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あたしのパパは不滅ときどき爆散  作者: GODIGISII
第三章 因果応報の不文律 後編
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第二十四話 「真紅の宝石」

 白、白、白。混じり気のない白だけが手を伸ばした先に在る。

 触ろうとしても触れない、夢幻を見ているかのような距離感を狂わせる純白。

 よく見れば所々刳り抜かれているので夢ではなさそうだ。


「……アレンくん?」

「何ぼーっとしてるのよぉん」


 一つ二つと見知った顔も生えてきた。やはりこれは現実だ。他人の吐瀉物を飲み干すよりも受け入れ難い現実。


「まさか、なぁ……」


 まさかこの俺が、百歳にすら届かぬ若造に三度も敗れるとはな。

 いや、二度まではいい。二度までは上手い具合に勝たせて自信を付けさせてやろうと考えていた。それから死なない程度に嬲って世界の厳しさを骨の髄まで沁み込ませてやるつもりだった。元より二度俺を殺せた時点で合格を与える気でいたのだから。

 その結果がこのザマだ。


 俺は一体どうすればよかった?


 あそこで確実にグリゴールを仕留めておけば、石縛孔にでも刺して完全に動きを止めておけばよかったか? ケイが勇者にあるまじき戦法を閃かぬよう、ラファーダルのカツラを人質に取らず戦い切ればよかったか? そもそも俺とケイ達に大人と赤子ほどの圧倒的な実力差があれば――。




 ♦♦♦




 白、白、白。混じり気のない白だけが手を伸ばした先に在る。

 触ろうとしても触れない、夢幻を見ているかのような距離感を狂わせる純白。

 よく見れば所々刳り抜かれているので夢ではなさそうだ。


「……アレンくん? 何で今爆発したの?」

「んもぅ! どうしてくれるのよぉん! アナタの脳味噌で汚れちゃったじゃない!」

「ちょっと、頭を切り替えたくてな」


 しょうもない自己問答に陥った頭を廃棄して綺麗さっぱり切り替えた。


「……さて」


 手をついて立ち上がり、すでに集合していた四人の顔を見回す。

 おーおー、どいつもこいつも立派な顔つきになりやがって。


「これにて最終試験は終了だが、最後にそれぞれ批評していこうと思う。まずはケイ!」

「はっ、はい!」

「よくぞ双竜の型をモノにしたな! それは俺様が二番目に戦いたくない優れた剣術だ、誇れ! あとは筋力解放を自在にできるようになれば、数千年後も語り継がれる偉大な勇者になるだろう! 次にグリゴール!」

「んふふ、はぁい!」

「もっと命を大切にしろ、馬鹿者が! 吸血鬼といえど頭を潰されたらそこで死ぬんだぞ!? ラファーダルの影響でネジが外れてしまったのかもしれんが、アレの真似はしようとするな。命がいくつあっても足らんぞ? それ以外はまぁ、まずまずだ! 次にミロシュ!」


 手放しで褒められると思い込んでいたのか少しムスっとした乙女を放って、無駄な時間に付き合わされたとさらに不機嫌そうな賢者様を見る。

 さっさと済ませろ。早く休ませろと顔に出ていた。


「ミロシュさんは……うん、何も言うことがないっスね……。これからも精進してください」

「ん」


 ミロシュが最初に放った流星群のような巨礫の雨はカレンが防いでくれたからいいものの。もし俺が生身で受けることになったとして、果たして剣四本でどうにかできるだろうか。

 手数はたぶん足りているだろうが半々の確率で一発は打ち漏らして死ぬ。二回に一回は俺様を殺せる魔法が使える時点で合格です。

 そもそもミロシュの身体強化魔法が無ければケイとグリゴールは俺に太刀打ちできないので、本当に何も言うことがございません。ミロシュさんこそが勇者一行の屋台骨です。

 食あたりにだけは気を付けて欲しいところです。


「そして最後! カレン!」


 一人だけずっと気落ちしている娘に目を向ける。

 威圧的で堂々とした漆黒のマントと戦闘服を纏っているのに、飼い主を誤って噛んでしまった犬のようにしょんぼりとした顔で俯いていた。


「……ごめんなさい」

「どうして謝る必要がある? 君はよくやった。カレンを殺す気がないとはいえ腕の一本くらいは躊躇なく奪うつもりだった賢者様を相手によく持ちこたえた」

「えっ……。そうなの!?」


 カレンは即座に首を回して隣の大食い仲間を見下ろした。「あたし達友達だよね? ミロシュはそんなことしないよね?」とでも言いたげに見つめている。


「聖呪が使えるなら腕くらい取れても接着できるから」

「ほらな」

「……ウソでしょ」


 女の友情に亀裂が生じてしまったかもしれないが構わず続けよう。


「とにかくよくやったなカレン。暴食の賢者様と引き分けたんだ、誇って「――引き分けじゃない。あのまま続けていたら私が勝った」


 大人しそうな見かけによらず負けず嫌いの気がある狂犬が噛み付いた。

 

「一年前はそうだったかもしれないけど、今のあたしは負けないよ? 必殺技とかもいっぱい覚えたんだから!」


 なんてこった、狂犬は二匹いた。


「身長だってミロシュより高くなったし」


 カレンが勝ち誇ったようにミロシュを見下ろす。

 成長期に栄養価の高い食事をさせたこともあってか修行期間でぐんぐんと背が伸び、今ではミロシュを大きく抜かしケイと並ぶほどになったのだ。顔つきにはまだまだ幼さが残るが身体はすらりと大人びてきた。なので悪い男に言い寄られても粉砕できるように鍛えてある。


「私は人より胸が大きい。カレンには全然ない。つまり背が高いだけでまだまだ子供」

「はぁー!? そんなのあっても動きづらいだけだからいらないし!」

「んもうアナタたち、やめなさいってば!」

「「――《(タカラ)(ウブ)()(ムス)ベ》」」


 白熱する二人の間に止めに入ったグリゴールが吸血鬼だからと雑に氷漬けにされた。


「こうなったら決闘よ決闘! どっちが上か白黒はっきりさせなきゃ!」

「返り討ちにしてあげる」


 戦闘経験はミロシュが圧倒的に上回っているが、魔力量とセンスはカレンの方が上だ。

 そんな二人が本気でやり合えばどうなるか気になるところではある。もちろん今やらせるつもりはないが。


「勝った方が相手の言うことをなんでも一つ聞く、でいい?」

「それで構わない」


 まだなんとか理性が残っているのか、決闘開始の合図をしてと二匹で俺を見る。


「あー、うん。気が済むまでやってていいよ。あっちにご馳走を用意してあるけど全部食べておくから」

「…………決闘はまた今度ね!」

「ん」




 ♦♦♦




「それじゃ開けるぞ。覚悟はいいな?」

「……うん!」


 謁見の間へと繋がる青い扉を押し開く。


「ったく、いつまでやっておるんじゃ。ラッファが半分は食っちまったぞい」


 そこはもはや謁見の間ではなく、ちょっとした宴会場と化していた。

 由緒正しき部屋の中心に置かれた馬鹿でかいドーナツ型のテーブルと、その上に隙間なく敷き詰められたご馳走。それらを囲む三人の魔人と緑色の鳥が一羽。


「ひはひほはふはへへは、ふひほーふ!」


 うち一人が両手に持った骨付きの肉を頬張りながら弟子を褒めた。


「あらやだ、見られてたの? 恥ずかしいわぁん!」

「んぐ……。おう、全部見てたぜ。後ろ向いてみ」


 ラファーダルに言われるまま勇者一行は振り返り、それぞれ大なり小なり驚きの声を漏らした。

 白い壁があって覗き穴もないはずなのに向こう側が見通せる。つまりは一方鏡マジックミラーになっていたからだ。


「それじゃあ、ずっとわたしたちを見てたってこと?」

「それを……食べながら?」

「おいラッファ、どうしてくれる。ヌシが食いすぎたせいでワシの弟子が怒り心頭じゃぞ」

「俺だけのせいにすんなよ! おっさんもさっきまでバクバク食ってたじゃねえか!」

「ワシは龍なんだから仕方なかろう!」


 いい歳をした大人二人が責任のなすりつけ合いを始めた。ラクサは何かを予感したのか我関せずと剥製のフリをしている。

 すると背後から「わたしはラファーダルを」「私はロジャーを殺す」なんて物騒なささやきが聞こえてきた。

 これはいけない。話題を変えねば。


「そ、それはそうとケイ! 魔王様に何か頼み事があるんじゃないか?」

「あ……うん、そうだけど。どこにいるの?」


 部屋の奥の、床が一段高い場所に置かれた玉座には誰も座っていない。

 ロジャーとラファーダル以外には前髪が目にかかって男だか女だか分からない影の薄い気弱そうな魔人しかいない。

 そのため勇者一行はキョロキョロと見回して魔王の影を探し始めた。


「……あの、僕が魔王です」


 たまらず魔王様自らが弱々しく名乗りを上げた。


「……えっ?」

「本当にアナタが魔王ベルなのぉん?」

「信じられない」

「う、嘘じゃないです。信じてください。僕が魔王ベルなんです。今はベルディヒって言いますけど……」


 いくら本人が魔王を自称しても三人は顔をしかめるばかりで一向に信じようとはしなかった。

 おそらくロジャーとラファーダルから「魔王は七つの顔を持つ」とか「自分の戦い方ができれば誰でも倒せる危険(デンジャラス)な存在」などと聞かされているのだろう。だとすればこの、風格というものが一切ない気弱な男を魔人の王だと信じるのは無理な話だ。俺も魔王をしていた時は、ここまで気弱ではなかったのにまず信じてもらえなかったのだから。


「ベルディヒ様、たぶんもう無理です。ベルダイク姉さんに代わりましょう」

「そうするよ……うぅ」


 ベルディヒが前髪の隙間からうっすら見える瞳を閉じ、二秒と待たずに開くと。

 ほんの一瞬、熱風が吹きつけたような気がした。 


「えぇっ!?」

「それどうなってるのよぉん!?」


 するとみるみるうちにベルディヒの頭髪が伸びて前髪はかきあげられ、金色の目を輝かせる姉御肌の女性に変わった。

 顔だけでなく体格すらも弱々しい男性から肉感的な力強い女性のものに変わっていた。

 その雰囲気や佇まいはまさしく女帝や女豹と評するほかない。 


「私がベルダイクだ。これなら魔王だと信じてもらえるかい?」


 ロジャーやラファーダルと同等の気迫を感じ取れたのか、ケイはブンブンと首を縦に振った。


「信じるわ。今のアタイじゃアナタの魅力には敵いっこないもの」


 グリゴールもよく分からない理由で納得した。ミロシュも魔王を睨んで背中の杖を握っているので信じてくれたのだろう。


「でもどうしてベル……ディヒさんがベルダイクさんに変身したの? 二人は別人なの?」

「それはだな……どうだミロシュ、分かるか?」

「…………多重人格」

「つまり魔王様は気を狂わせている。ベルディヒとベルダイクは妄想の産物であり同一人物ということだな?」

「そう」


 なるほど実に合理的で夢のない答えだ。

 しかし現実というのは存外非合理で夢に溢れている。

 

「残念ながらその答えでは赤点だ。ハッハッハ、まだまだ見識が足らんな! よくぞそれで賢者を名乗れたものよ!」

「……あそう。なら早く答えを。それと私は賢者を自称したことはない」


 ミロシュは落ち着きながらも、これ以上しつこく追い打ちしたら問答無用で消し飛ばすという凄みをきかせていた。

 藪蛇にならぬよう話を進める。

 

「魔王様は世にも珍しい七つ子としてこの世に生を受けた――」


 互いに場所を奪い合うことなく母親の胎内ですくすくと成長していた日に、父親が旅行に行かないかと提案した。もうすぐ陣痛が始まるので、今のうちに気晴らしをするつもりだった。

 そんな希望と幸福に満ちた旅先で事故は起こった。魔界に住んでいれば誰にでも起こり得る、不幸な事故だった。


 亜竜(ワイバーン)に襲われたのだ。


 父親は特段強い戦士ではなかった。母親を守るために戦い、三爪の魔獣になすすべもなく殺され。

 母親は父親が貪られているうちに逃げたが女の、それも身重の体ではろくに走ることもできずに追いつかれ。

 自身の生を諦め、食い殺される直前に祈った。


『神様、どうか子供達の命だけはお助けください』

 

 亜竜は母親の胸から上を食いちぎって満足し、次の得物を探しに飛んでいった。

 その一部始終を彼方から観ていた者がいた。魔人を創造した神、ヴィールタスだ。

 彼女は腹の中に遺され、光を見ることも叶わず朽ちていく子らを哀れに思った。


 ゆえに七つの肉体を組み合わせて唯一無二の器を作り、七つの魂をその器に注ぎ込むことによって生き長らえさせた。


 ヴィールタスは暴虐神と呼ばれるほどに自分勝手で残虐ではあるが、それはあくまでドゥーマン以外の他種族に対してのみだ。

 身内に対しては今なお清らかな乙女と呼ばれた日の顔を残しているのだ。


『この子が件の……うむ、強くなる目をしておる』


 さらには古よりの懐刀に命じて育てさせた――。


「……おかげさまで立派な魔王様になりました、とさ」

「このワシが丹精こめて育てました。……んまぁ、今ではワシより強くなっているがの」

「何言ってるんだいオヤジ! あの時のオヤジは風呂掃除中に怪我をしたせいで弱っていたじゃないか」


 まるで実の親子のように和気あいあいとした二人を見て微笑ましく思った。

 俺とカレンも周りからはそのように見られているのだろうか? そのように見られていたらいいな。


「そういうわけで! 魔王様は多重人格ではなく実際に七つの魂を持っていて、七人が共生しているのだ。ベルディヒ、ベルディハ、ベルダイク、ベルディッシュ、ベルッチ、ベルディフ、それともう一人は、たしか……」

「ベーグルディッヒだ」

「以上の七名が魔王ベル様なのだ。忘れずに覚えておくがいい!」

「なんか色々と凄すぎてついていけないや」

「……」


 至極丁寧な解説を終えて。

 ケイは口を開けて唖然とし、ミロシュは納得できないといった表情を貼り付けたままカレンと共にご馳走を頬張っていた。


「そろそろ他の兄妹達に変わってもいいかい?」

「え? ……あっ、わざわざ大丈夫です……よ? わたしまだ頭の整理が追いついてないし」

「そ、そうねぇん……」

「そんな寂しいことを言わないでおくれ。みんなアンタ達と話したいって言っているんだ――」




 ♦♦♦




 魔王ベルは何度も姿を変え、それぞれが満足するまで語ったり尋ねたりをしていった。

 そんな終わりの見えない質問攻めと長話にケイとグリゴールが辟易した顔色を隠し切れなくなってきたところで、再びあの気弱で影の薄い男ベルディヒが表れた。


「その……ごめんなさい! 僕の家族が迷惑をかけました……」

「ぜ、ぜんぜんそんなことないですよ! とても新鮮で楽しかったです! だよねグゥ!?」

「そ、そうそう! アナタが気に病む必要はないわよぉん!」

「えっと、それでそのぅ……。勇者さんは僕に用があって来たんです……よね? 何でも言ってください。僕に出来ることだったら力になりますから。殺し合いとかも……本当は嫌ですけど…………受けて、立ちます」


 果たしてこれが古来より死闘を繰り広げてきたとされる勇者と魔王の会話だろうか?

 七人兄妹の中で末っ子のベルディヒはあまりにも気弱がすぎる。新しい器を用意して、そこに一人だけ魂を移した方がいいくらいには魔王に向いていない。

 それでも実力は確かだ。先日試合を行い、三度俺を殺したくらいには強い。


「実はわたしたちはあなたを倒しにきたわけじゃないです。四将の一人ノヴァク・グルテンムリーを討伐する許可をもらいにきました」

「あ、そうだったんですね……。それなら僕は止める気はないで「――おい貴様、貢物も無しに許可を貰うだと? 魔王様を怒らせたいのか?」


 いくらなんでもあっさり話が通りそうだったので口を挟んだ。


「あの……アレン……? 僕そういうのはいらないし怒りもしないけど……」

「ダメです魔王様、こういうのは威厳が大事なんです威厳が。さぁどうぞ!」

「え……えぇっと……それじゃ……ノヴァク・グルテンムリー討伐を許すので、代わりに何か価値あるものをくだ…………よこ、せ……?」


 なぜそこで疑問形なのかと死ぬほど声に出したかったがどうにか飲み込んだ。

 一応意味は伝わったようでケイとグリゴールは互いに顔を見合わせた。


「価値のあるものって言っても、リターンエース……はさすがにあげられないし」

「アタイも大したものは持ってないわねぇん。こうなったらもう、身体を捧げるしか……」

「あっ……それなら何もいらないです。本当に気持ちだけで「――何もないだとォ? ではその古びた壺はなんだ!?」


 今の今までベルディヒよりも影の薄くなっていたものに光を当てる。

 すぐにケイが壺を取ってきて「ははーっ」と仰々しく献上した。


「ふぅむ、どれどれ……。なるほどこれは三千年前に製造されたのか。……むむ、この印はまさか! あのアレン・メーテウスが造ったものではないか!?」

「あ、やっぱりそれアレンくんが造ったものなんだ」

「さて、茶番はこれくらいにして……みんな集まれ! 開封するぞ!」


 古ぼけた壺をテーブルから離れた床に置き、それを皆で囲む。

 頬袋に食べ物を詰めたカレンとミロシュが最後にやってきて、誰が黙れと言ったわけでもないのに一人も声を発さなくなった。

 静かなのでそれぞれの鼓動の音がよく聞こえる。

 これを餌に招集したロジャーとラファーダルは中身を知っているが、それ以外の何も知らぬ者達は一様に鼓動を高鳴らせている。

 

「ねえアレンくん、この中には一体何が入ってるの? 秘宝って言ってたよね?」

「この中にはな、真紅の宝石が何十個も入っている。しかもその一つ一つに国家予算並みの価値がある」


 国家予算という言葉を聞いた複数人が唾を飲み込んだ。

 壺を厳重に縛っていた鎖と紐を一つずつ丁寧に解いていき、残るは蓋を外すのみとなった。 


「では開けるぞ? 皆の衆、覚悟はできているな?」

 

 開封を目前にして、鼓動の音がますます大きくなる。

 このまま心臓を破裂させて死傷者が出ては困るので、あまり溜めずに蓋を取った。


「え?」


 壺の中に詰まっていたのは白くざらざらした、砂のような何か。


「…………塩?」

「そう、これは塩だ」

「真紅の宝石ってのは?」


 せっかちな若人のために塩の中に指を三本突っ込み、一番最初に触れたものを摘まんで取り出す。

 

「これだ」

「おぉ! いい出来じゃのう!」

「だろ! ここまでするのに苦労したぜ!」

「早くくれよ!」

「まぁまぁそう焦るな焦るな! ちゃんと全員分あるから!」


 俺とロジャーとラファーダルのいわゆる師匠連中は真紅の宝石を実際に目にして、デカいカブトムシを捕まえた子供のようにはしゃいだ。

 しかしそれ以外の連中からは先ほどまでの鼓動の高鳴りが失せてしまっている。

 はて、どうしてだろうか?

 

「……ねぇ、アレン」

「どうした娘よ!?」

「それが真紅の宝石……なんだよね? ふにゃふにゃしてて石には見えないんだけど?」

「そりゃあ鉱物ではないからな」


 真紅の宝石というのはあくまで比喩だ。どうやら最近の若い者は総じて頭が固いらしい。


「わたしの故郷にはすごく似てるものがあるんだけど、もしかしてそれって……」

「あぁそうだ。もちろんこれは――」



「――梅干しだ」


 

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