第二十一話 「迷宮」
迷宮と呼ばれる建築物が古より世界中に現存している。
それは時の権力者が己の力を誇示するために建てたものであったり、魔法使いの訓練施設であったり、高知能の魔獣が造った巣であったりと、成り立ちからして様々である。
どこぞの大国が予算と威信をかけて攻略に臨んだものの帰還者は確認されず、などといういかにもな迷宮があれば。とうの昔に内部の秘密通路まで調べ尽くされて、今では子供の遊び場となっているものまで存在する。
「アレがそうじゃない?」
「雰囲気あるわねぇん」
勇者一行の前に現れた苔むした四角錐の迷宮は、間違いなく前者に分類される危険な代物である。
「あっ、見て見て二人とも。あそこに何か書いてあるよ!」
「えぇっとぉん……『生を求めし者よ、引き返せ。死を訪ねし者よ、考え直せ。力持ちし者よ、ここが汝の死に場所ではない』ですって。やーねぇん」
百段近い階段の先、四角錐の上部にはぽっかりと開いてヒトを飲み込まんとする暗い入口と。
階段の手前に立てられた石碑にはとにかく立ち入らないことを勧める警告文が刻まれていた。
「なら二人で行ってきて。私はここで待っているから」
「ダメだってミィ。アレンくんも言ってたでしょ。三人で行きなさいって」
おのおのが死と隣り合わせの修行を乗り越えて、一年前の自分よりは格段に強くなれたと自信を持ってアレンと再会した日に告げられたのだ。
『それでは最後の試練を与える。とある迷宮の地下最深部の宝物庫に三千年前から封じられている秘宝がある。絶対に中を開けずにそれを持ってくるんだ。一人も欠けることなく達成できたら認めてあげよう。……あ、ちゃんと三人で仲良く攻略しなさい。というか三人でやらないとたぶん死ぬから』
そこまで言われてミロシュは気だるげにしながらも二人の前に出た。
「ミィ? 何するつもりなの?」
「下がってて」
ミロシュは師である魔法学院学長より授けられた大杖をかざし、二つの言葉を唱えた。
「――《経ル年劣ル華》《疾レ風ヨ怒リニ答エヨ》」
石と鉄で作られているだろう迷宮の上部から砂に変えられてゆき、そのまま暴風に吹き飛ばされていく。
あれよあれよという間に迷宮の顔である地上部――要塞と表現できるくらいの体積はあった――が石碑だけを残して風と共に消え去った。
「迷宮、無くなっちゃったけど……」
「秘宝は地下にある。なら上はいらない。……ほら」
あそことミロシュが杖で指す場所、地面と同じ高さに均された床石に、地下へと続く階段があった。
ミロシュは小さい歩幅でさっさと近づき、魔法で光を投げ入れてから二人を見た。
(ほんと強引よねぇ。あの子、将来はきっと旦那を尻に敷くわよぉん)
(ねー)
少し留まっているだけで早く来いと睨まれたので、小声で話しながら向かう。
「余計な心配。死ぬまで独身で構わない」
魔法使い特有の高性能聴覚にしっかりと捉えられていた。
「なんて言う人ほど早いって聞くわよ。アレンちゃんとかどーお? カレ、顔はつまらないけど中身と身体は素敵よぉん?」
「無理」
食い気味に否定するミロシュを見てケイは思った。アレンくんごめんと。
けれども今はそんな些細なことよりも目の前の未知に心を囚われていた。心の底からワクワクしていた。
「それでどうするの? 誰が先に「アタイが先に行くわ。女は度胸なのよぉん!」
表に出していないだけでグリゴールも同じく昂っているのだろう。
強くなった自分の力を試したい、と。
そのように感じとったケイは先頭を譲ることにした。
「今日中に帰りたいわね」
その言葉の通り罠の有無を気にせずにずかずかと下っていく。
運よく迷宮にありがちな罠が一つも作動しなかったのか、そもそも仕掛けられてはいなかったのか、何事もなく階段を下りきった。
その先はまたしても闇であった。
「やっほーっ!」
闇の奥に声を飛ばすと小さく反響して返ってきた。
アレンのように正確な反響定位を使えるわけではないが、広いか狭いかくらいは分かる。ここはかなり広い空間のようだ。
「――《月ノ欠片ヨ我ガ下照ラセ》」
誰に言われるまでもなくミロシュが声と指で綴り、強い光を生み出した。
「うわーっ!」
「らしいわねぇん」
「単純」
最も離れた場所にはさらに下へと続く階段があり、そこへ着くまでにはいくつもの罠が待ち構えている。
細い足場と飛び飛びの足場がある以外には鋭い棘の床と壁が張り巡らされており。
天上から吊るされているは巨大な振り子の斧と棘付きの鉄球。
そこかしこに炎か矢を射出するような罠が設置されている。
いかにもな、いかにもなとしか言いようのない景色が広がっていた。
「――《経ル年「待って。ここはアタイにまかせてちょうだい?」
ミロシュが魔法で解決するのを遮ってグリゴールが先に出た。
しかしどういうわけか足場の方にはいかずに棘床の前に立った。
「どうしたんだろ?」
「不可解」
「いくわよぉん……」
グリゴールは右脚を後ろに上げてしならせ、
「ハァッ!」
思い切り蹴りつけた。
バキバキバキと歯切れの良い音を鳴らして、床から生え出た鋼鉄の棘がドミノ倒しのように次々と折れていく。
「えぇー……」
「尖ってるなら折って平らにしちゃえばいいのよぉん。アナタもやる?」
「わたしはいいかな……」
歴代最強の吸血鬼の血と、史上最強の魔人の修行によって鍛え上げられた乙女はやはり凄まじいものであった。
巨大な振り子の斧を手刀で割り、棘付きの鉄球を殴って砕き。
射出された矢を全て掴むか叩き落とし、吹きつける炎に至っては吸血鬼の翼を羽ばたかせて寄せ付けない。
意気揚々と進んで自分とミロシュのために道を作ってくれるので「翼があるなら飛んで行けばいいんじゃないの?」とは言えなかった。
「はぁい到着ぅ!」
まかせての言葉通り、横に一切逸れることなく安全な一本道を作ってくれた。
もうこっちにきても大丈夫よとグリゴールが手招きしたその瞬間、
「――ッ!? 避けてグゥ!!」
今の今まで天井裏に隠されていた巨大な振り子の斧が現れ、音も無くグリゴールに襲いかかったのだ。
当の本人はまだ気付いていない。
ミロシュの魔法も間に合わない。
自分がここから跳んでも剣を投げても届かない。
一秒先の残酷な未来が見えてしまった。
「きゃあああーーッ!!」
乙女の肌に鋼の刃が接触し、バキリと大きな音がなる。野太い悲鳴が響き渡る。
「……なんてねぇん」
割れていた。
薄い氷の板を踏みつけた時のように。
グリゴールの肉体に触れた鋼鉄の刃はボロボロに割れていた。
幻としか思えないものを見て、ケイとミロシュはくぐもった声しか出せずにいた。
「ちょっとちょっとぉ。どうしちゃったのよぉん。そんな驚くことないじゃない」
「……すごいよグゥ」
自分はあの罠を避けることができるし壊すことができる。剣を使って防御だってできる。
けれども、生身で受けて耐えることだけはできない。棘を踏めば刺さって痛いし、振り子の斧で斬られたら血が出て涙が出る。
本当に、すごい。
「本当に強くなったんだね」
ケイはこれまでグリゴールのことを仲間だと言いつつも、心のどこかで『背後に隠して守るべき弱者』だと認識していた。剣を持てば当然のこと、徒手で戦ってもほとんど負けたことがないからだ。
そうやって無意識のうちに下に見ていた彼女が今日初めて『背中を預けられる対等の仲間』に変わった。
感じたことのない嬉しさがこみあげてきた。
「何笑ってるのよケイ? 大丈夫?」
「竜の血肉を食べた副作用?」
「あ、ううん、何でもないよ大丈夫! それにしてもすごいねグゥ! 今のどうやったの!?」
「ちょっと血と筋肉と皮を硬くして呼吸を合わせただけよぉん。アナタもラッファに鍛えてもらえば三日でできるようになるわよ」
「あはは、無理だって」
♦♦♦
「わたし結構方向音痴なんだけど、大丈夫かなぁ」
「壁を全部壊せばいい。付き合ってあげる必要はない」
「賛成よぉん」
「えぇ……」
生き物のように変化し、一度迷い込んでしまえば永久に彷徨うとされる迷路を突破し。
「まだ熱いわねぇ。もうちょっと冷やしてもらえるかしら?」
「《資モ産モ凍テ結ベ》」
「そうそう、これくらいよ。いい湯加減だわぁん。アナタたちも入ったら?」
「無理だって……」
落ちてしまえば最後、骨まで溶かしてしまう溶岩の湖を越え。
「《戒メノ磐牢》《烈炎咆唸》……まだこんなに。鬱陶しい」
「いいじゃない。中々手ごたえがあるわよこの子達」
「ねえ、この人たちってもしかしなくてもアレンく「それ以上は言っちゃダーメ」
顔は覆い隠してあるがどこか見覚えのある、生きのいい死者の軍勢を相手にし。
魔界最凶と謳われる迷宮を勇者一行は破竹の勢いで攻略していった。
そして、ついに。
「長い階段だねー」
「ほら、見えてきたわよぉん」
これまでとは桁違いに長く続く階段を下り終え。
地下第七層、迷宮の最深部へと到達した。
「広いわね。それに綺麗ねぇん……」
「ここ本当に地下だよね?」
「無駄に広大」
三人はパタリと足を止めた。
階段を下りた先にあったのはローランゼンフトゥの闘技場を思わせるほどの広々とした空間だったのだ。天井までの高さは二十メートルはくだらない。
壁に床に天井に魔法の照明と空色に淡く光る鉱物がはめ込まれており、どこにも影が生まれぬように計算されている。
「まるで別世界ね。それか夢の中」
グリゴールがうっとりとして呟いた。
あの奇妙な物体さえ目に入らなければ自分も頷いていた。
「それでアレは何だろ?」
それは中央に佇む三つの丸。
妖しく黒光りする無機質な球体が、ここが夢の中ではなく現実だと認識させる。
「アレンちゃんの言ってた宝物庫の秘宝ってわけじゃなさそうねぇん。向こう側にある金ぴかの扉がたぶんそうでしょうし」
「――《揮イ分カレテ城「待って待って! ダメだってミィ!」
危うく先制攻撃を仕掛けそうになったミロシュを制止した。
ミロシュはいつも自分とグリゴールのことを短絡的で危なっかしいと言うが、この中で誰が一番危険な思考回路を持っているのかは言うまでもない。
「ほんとアナタってば物騒ねぇん」
「アレはどう考えても敵。今のうちに壊しておいた方がいい」
「何もしなければきっと大丈夫だって。近づかないようにこうやって壁に沿って扉まで行けば――」
――ピカッ。
ケイが横を向いて一歩踏み出した瞬間、三つの球体から赤い光が照射された。
光線はそれぞれ三人の頭の上から足までをゆっくりとなぞっていく。
体の表面だけでなく自分の心の中まで覗き込まれているような、とても嫌な感じがした。
「……はぁ」
「これは……アナタの言った通りかもしれないわねぇん」
「ご、ごめんねミィ」
三人をなぞった赤い光線が消滅して十数える間もなく……球体が動いた。
丸いままで転がり出したのではない。
貌を変えたのだ。
一つは筋骨隆々で豪気な印象を抱かせる魔人の貌に。
一つは無数の疵痕を重ねた風格ある古き龍の貌に。
そのどちらもたしかに見覚えがあった。
「本物……じゃないよね? 黒いし」
ケイの質問に答える者はいなかったが、ミロシュは一人納得したような顔で頬を膨らませていた。
「ミロシュアナタ、アレが何か知ってるわね?」
「ん、本で読んだことがある。攻撃対象が心の中では勝てないと思っている相手に変化するゴーレムがかつて製造されていた」
一つ造るのに国一つ買える資金が必要であり、三桁と製造されていないがその危険性ゆえにほぼ全て破壊されたと、学識ある魔導士は表情ひとつ変えずに語った。
「で、世界に残り十台とないうちの三台がこんなところで番犬をしてるってワケねぇん」
「わたしがロジャーでグゥがラファーダルってことだよね? ……あれ? ミィのは?」
経年劣化により故障したのか、ゴーレムの内一つは姿を変えず球体のまま動かない。
「私は別に、倒せない相手なんていないから」
しかしミロシュは何の気なしに故障とは別の理由を述べた。
「アナタってほんとそういうとこあるわよねぇん。ま、そこが頼りになるんだケド」
「ねー」
「……馬鹿にしてる?」
半分は冗談でもう半分は本当だ。
グリゴールの女性よりも女性らしい気遣いに日頃助けられているのと同じく、ミロシュの遠慮も手加減もない核心をついた言葉には幾度となく救われた。
自分がただの人殺しだと知って塞ぎ込んだあの日だってそうだ。
他のみんなは自分を傷付けないように優しく見守ってくれたけれど、ミロシュだけはいつもと接し方を変えずに厳しい言葉をぶつけてくれた。
『いつまでそうしてるつもり? 悩む暇があるなら素振りでもしてきたら? 戦う以外に何もできないんだから』
『わたし、もう……戦いたくないよ』
『なぜ』
『なぜって……。わたしが戦ったらみんな殺しちゃう。誰も殺したくない』
『なら誰も殺さないように加減して戦えばいい。腕や脚の骨を折ったくらいで誰も死なない。手加減しても問題ないくらい強くなればいい』
責めるわけでも慰めるわけでもなく、普段通りにミロシュの考える最善を提案してくれた。おかげで今の自分がある。
本当に、頼りにしてる。
「……何? 私の顔に何か付いてる?」
「あ、ううん違うよ! それよりも早くアレを倒しちゃおう! 一発大きいの決めちゃって!」
先制の一手を頼まれたミロシュは先程下りてきた階段に戻り、ゆっくりと腰を下ろした。
「えっ?」
「どうしちゃったのよアナタ。具合でも悪いの?」
突然の離脱に二人は困惑を隠せない。
二人が立ち尽くしているとミロシュは怠そうに口を開いた。
「私の相手はそもそも動いてないから。自分の分は自分でやって」
「んもぅ意地悪ねぇん!」
「いいよグゥ、帰ったらアレンくんに言いつけよう。ミィだけ協力しようとしませんでしたって」
「…………まだ何もしないとは言ってない。身体強化の魔法くらいはかける。強度は?」
そよ風が背中を押すくらいの弱さにすることもできるし、ちょっとでも体の動かし方を誤れば骨が砕けるくらいの強さにもできると続けた。
「そんなの決まってるじゃない」
「だね」
ケイとグリゴールは互いに目を合わせ、
「「一番強く!!」」
共鳴した。
♦♦♦
グリゴールの決死の捨て身技により、体の三分の一が抉れてバランスを崩したゴーレムがラファーダルの貌を取り戻そうと再生を始める。散った欠片がそれぞれ意思を持っているかのように本体に戻ろうとしている。
「トドメは……任せた…………わよぉ……」
「ヤァああッ!!」
グリゴールの犠牲を無駄にはしないと、無防備なゴーレムの正中をリターンエースで貫き通す。
硬い核を割った感触がたしかに返ってきた。
「やった……?」
「みたいねぇん」
突き刺した剣をゆっくりと抜くと。
一足先に堕ちて動かなくなった龍モドキに続き、土魔神の贋作も目から光が消えて停止した。帰宅中の欠片もだ。
「はいこれ」
「ありがと」
捨て身技の際に千切れ飛んだ右脚を取ってきて渡した。
「やったわねぇん」
「うん!」
当たり前のように脚をくっつけて立ち上がったグリゴールと拳を合わせる。
遅れてミロシュもやってきて拳の代わりに杖を突き出した。
「ほら。私がいなくてもどうにかなる。二人を信じていた」
「んもぅ、上手いんだから」
「あはは」
歓びに浸りながらも、凄惨な残骸二つとミロシュの心を覗いて停止したゴーレムに触れないように迂回して、グリゴールの背丈二つ分の高さがある黄金の扉の前へとやってきた。
「ケイ、そっちを押してちょうだい」
「うん。せーのぉっ!」
常人の何倍もの筋力を持つ者と吸血鬼の肉体を持ち限界まで力を引き出せる者に押されては、如何なるものも抗えない。
ギシィ……と、見た目通りに分厚く重たい扉が開かれ、眩い光が溢れ出した。
「……すっご」
それを目の当たりにして反射的に声が漏れ出た。
金塊、宝石、金塊、宝石、煌びやかで縫い目のない繊細な織物、あらゆる国の金貨。
三人が死ぬまで遊んで暮らし、三人の死後も子々孫々が何不自由なく遊んで暮らし、再び生まれ変わってもまだ遊び尽くせるだけの輝きがそこにはあった。
世界の半分の富がここにあるとまで思わせる財の山脈だ。
物事をよく考えてから口にするグリゴールとミロシュはしばらくの間息すら吐けなかった。
「ご自由にお取りください……だって」
宝物庫の中で唯一、何の変哲もない木材で作られた立て看板にはそのように書いてあった。
おかげでようやく二人は声を取り戻し、宝の山の中から本来の目的を探すことに。
「そっちにはあったー?」
「全然見つからないわねぇん……」
誰が運び入れたのか、五千年以上も昔の古いものから千年ほど昔の比較的新しいものまで、とにかく膨大な量の財宝が積まれているせいで目当ての秘宝が一向に見つからない。
「どいて。私がやる」
ついに業を煮やしたミロシュが魔法で風の渦を起こし、時短料理を作る主婦がボウルの中身を掻き回すように宝物庫の財宝を乱雑に掻き回した。
互いにぶつかり傷つけ合い、着実に価値を落としてゆく宝の中にそれはないかと目を見張り、
「あそこの床だけ変じゃない?」
ふと地面を見たときに他とは微妙に色の違う場所を見つけた。
ミロシュに魔法を止めてもらい、今更ではあるが他の財宝を傷付けないように丁寧にどかしていく。
「あった!」
たしかに色の違う箇所があり。
台所の床下収納染みた取っ手も見つかった。
「……開けるわよぉん?」
「……うん」
「……ん」
これほどの宝があるというのに、さらに奥に隠されているのだ。
それ一つで国一つを買い取れるようなとんでもないモノに違いないとさすがのケイも緊張して生唾を飲んだ。
ガコッと気持ちのいい音を立てて床下への扉が開く。
「……え?」
「ずいぶんと飾り気がないわねぇん」
予想とは程遠いものが目に入った。
煌々と光り輝く財宝ではなく、黒や茶の地味な色をした壺がずらりと並べられていたのだ。
その全てが蓋をされて鎖や紐で厳重に縛られている。
「これ、もしかしなくても違うんじゃない?」
「秘宝って感じはしないわね」
「多分これでいい。底を見て」
また一から探すのかと落胆していたところ、一番小さいのを取って観察していたミロシュが何かを見つけた。
言われるがままに別の壺を持ち上げて底を見ると、何やら文字が記載されていた。
「製造年、神帰暦四千九百八……じゃあこれ二千年前の物ってこと!?」
「そう」
「こっちのは二千五百年前に作られたらしいわねぇん」
三人で手分けして壺の裏側を見ていくと、約三千年前に作られたとされる物がたしかに見つかった。
しかし本当にこれでいいのか、周りにある財宝と比べてあまりにも地味で輝きを感じられないが、本当にこんなものが秘宝なのかと思った。
「アレンは三千年前のものだと言っていた。そして絶対に開けるなとも。その二つに該当するのはこれしかない。他にあるなら探してきて」
そんな思いをミロシュに見透かされていたのか理路整然と説得された。
「そろそろ帰りましょ。じゃあこれはケイ……に任せたら絶対に我慢できなくなって開けるわねぇん。任せたわよミロシュ」
「ん」
「えー! 開けないって!」
「アナタとアタイは護衛よぉん」
グリゴールの言った通り、心の中ではすでに開けたくなっていたのでその判断は正しかった。これもラファーダルと修行をした成果なのだろう。すごい。
目的の品を手に入れた三人は地上を目指し、今度は下ってきた階段を上っていく。
「それにしてもアタイ達、本当に強くなったわねぇん……」
「だねー」
「ん」
雑に攻略されて危険性の無くなった迷宮を歩きながらそんな話をした。
何度思い出してもやはりあのゴーレムは恐ろしいものだった。
いくら模倣だったとはいえ、本物とそう劣らない力があった。土の無い場所なのでラファーダルは格闘しか仕掛けてこなかったが、ロジャーの方は本物と同じように魔法を用い灼熱まで吐き出した。なんなら再生能力がある分本物よりも厄介だったかもしれない。
そんな化け物二体を正面から相手取って勝利を収めた。
(わたしたちは無敵だ!)
三人で力を合わせればどんな相手にだって勝てると、心の底から実感している。
厭味ったらしい不死者が口を酸っぱくして忠告するような過信や慢心ではない。
「地上よぉん!」
特に新たな罠が作動するようなこともなく、ただ来た道を戻っただけで地上にたどり着いた。
「生きて帰ってきたぞ!」とケイとグリゴールが雄叫びをあげてミロシュが耳を塞ぐ。
「まだ明るいけど、一日経ったわけじゃないよね?」
三人は朝から迷宮に突入し、そして空の焼けないうちに秘宝を持ち帰った。
たとえば不死身の人間が挑戦するとして。どんなに早くてもひと月、場合によっては一年はかかると言われている難攻不落の迷宮をたった半日で制覇したのだ!
中央大陸に伝われば間違いなく人族史に記される大偉業である。
ことの大きさを知ってか知らずか興奮冷めやらずにいると、朝通った道から何か小さなものが近づいているのに気づいた。
それは少しずつ大きくなり、夏草色の鮮やかな鳥が真っ直ぐ飛んできているのだと分かった。
あれは知っている。カレンが契約している妖精のラクサだ。
「やっほーラクサくーん! 迎えに来てくれたのー!?」
こちらからも歩み寄って羽ばたきがくっきりと視認できる距離まで近づき、少し様子がおかしいことに気付いた。
ラクサはクチバシをパカパカ開閉させて必死に何かを伝えようとしている。
なので凱旋のような歩きから小走りに変えて駆け寄った。
「ラクサくん……だよね? どうしたの?」
「たっ、たた大変なことになっちまっタ!」
大妖精のただならぬ雰囲気と声色で空気が引き締まる。
「あの、あああっ、あのだナッ!」
「落ち着いてちょうだい。ちゃんと聞いてるわよ」
「何があったの?」
「じ、実はつい先日――」
一体どんな話が飛び出てくるのかと、三人揃って生唾を飲み込んだ。
「――先輩と嬢ちゃんが掻っ攫われタッ!」




