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あたしのパパは不滅ときどき爆散  作者: GODIGISII
第三章 因果応報の不文律 後編
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第十五話 「絶賛指名手配中の超絶訳アリ物件」


 本日の空模様は雲一つない晴天。

 そして青砂を運ぶ風がほとんど吹いていない静かな日だ。

 なれど、どこもかしこも騒がしい。


『いよいよこの日がやって参りました。会場にお越しの紳士淑女の皆様、心の準備はよろしいでしょうか?』


 実際に騒がしいわけじゃない。むしろ観客の多くが口を開けずじっと沈黙して待っている。 

 年に一度の、この地の王を決める一戦をいまかいまかと待ちわびている。

 そうして生み出された何万何十万もの鼓動の高鳴りが膨れ上がり反響し合い、広大な闘技場をたしかに震わせていた。


『それでは入場してもらいましょう。まずは北の選手からァーッ!』


 目の前の鉄格子の門が開けられ、盛大な爆発音と共に青砂が吹き上げられて幕となる。


「二人とも、準備はいい!?」

「いいわよぉん!」

「あぁ」


 真っ青な帳が下がりきってから、我々は足を上げた。


『彼らは人族でありながら巨人を倒し、竜を倒し、数々の死闘を制し、ここまで勝ち上がってきました! 勇者ケイ!! 拳聖グリゴール!! 不死者アレン!! 誉高き戦士たちよ、真の栄光はすぐそこだッ!』


 淡々と、しかし真心の籠った紹介で観客が沸き上がる。

 今大会で最も有望な挑戦者である我々に溢れんばかりの大声援を送ってくれる。

 その全てを受けながら舞台中央へと進む。

 

「すごい期待されてるね!」

「そうねぇん……」

「……そうだな」


 カレンと同類で裏表が無く純粋、悪く言えば無知で鈍感なケイは我々の勝利を望む声をそのままに受け取った。

 しかし俺とグリゴールは当然気付いている。

 無数に飛び交う声援の中に、カレン達のを除いて我々の勝ちを確信しているものは一つもないと。

 仕方のないことではある。


『続いて! 南の選手、入場ッ!』


 向こう側の入場口が派手に爆発し、波が引くように観客がスッと静まる。


『その強さ、まさに史上最強! 長年に渡り数多の挑戦者を、力ある者どもを悉く粉砕せり! 誰が青土に愛された男の敗れる姿を想像できようかッ!! 本大会百三十連覇中! 我らが王者、土魔神ラファーダルッッ!!!』


 ――客席が噴火した。

 たった一人の魔人に向けて、どっと声援が大波となって押し寄せる。我々に向けられたものよりも激しく大きなものが。


「そういうことだったんだ」


 さすがのケイもどちらのオッズが圧倒的に低いかを理解した。

 少し落ち込んだケイを励ます暇もなく、彼が目の前にやってきてニヤリと笑う。


「ぃよう、絶対にお前達が来ると思ってたぜ」

「それはそれは、光栄なことで」


 土色の肌に真っ赤な瞳と真っ白な歯を嵌めた筋肉の塊。

 身長百八十五センチメートルと魔人の中では平均よりも少し小柄なくらいだが、体重は三百キロを優に超す。……そう、ケイと似た特異体質の持ち主である。

 そしてその頭髪は“なぜか”準決勝までとは打って変わって派手な黄金色になり逆立っていた。


 決勝戦は両者が準備完了の合図を出すまで開始されないので、まずは互いに相手の足元から頭の上までをじっくりと視て吟味する。


(本当にふざけた強さをしてやがるな。この男はヴィールタスの遣いか何かか?)


 それで分かりたくもないことが分かったところでラファーダルが口を開いた。 


「よーし、そんじゃあいっちょ四将らしいことでも言っとくか! えー……よくぞここまで来たな人族の勇者よ。我こそが魔王様よりこの地を賜りし四将が一人、ラファーダルだ」


 そこでラファーダルは言葉を止め、少しの間固まってから実況席の方を見た。

 追って見るとロジャーが口をパクパクさせていた。……マジかコイツら。


「これまで万を超える戦士が我に挑み、あっけなく散っていった。お前達は我を蛮族させてくれるのか?」

『違うラッファ! 蛮族じゃなくて満足だ!』

「あ、そうなの?」


 ちょっとしたおふざけで闘技場全体が笑いの渦に包まれた。

 なるほど人気があるわけだ。


「……とまぁ、そういうわけで全力でお前達を叩き潰す。親しい人に別れの挨拶は済ませたか?」


 なんて和んでいたらラファーダルの気配が一変した。

 皆に慕われる気の良い領主から、《激動》の二つ名通りに激しい闘争を求める狂戦士へと変貌したのだ。まだ五百歳にも満たない若さでよくやるものよ。不死者ポイントを贈呈。

 

「…………うん、いいよ。グゥとアレンくんもいいよね?」 


 ケイはすでに準備万端だ。

 腰にかけた聖剣の柄に手を置き、いつでも一閃を放てるようにしている。


「ラファーダルちゃん、ちょっと大事な話があるんだけど、待っててくれるかしらぁ?」

「ん、おう。いくらでも待つぜ」


 そこで予定通りグリゴールが遮った。

 神妙な面持ちでこちらを向く。


「グゥ? どうしたの?」

「ちょっとした提案……というよりか頼みがあるわ」

「うん?」


「――アタイ一人で彼と戦いたい」


 グリゴールは長らく温めてきた思いを解き放ち。それに対してケイは、


「……何、言ってるの? ダメだよ、グゥ一人で勝てるわけないじゃん」


 乙女の純情をバッサリと一刀両断。

 何も意地悪で言ったわけではない。ただ率直に客観的事実を述べたのだろう。

 俺だって何も知らなければ同じ内容をやんわりと諭すように告げている。


「だから言ったろうに」

「一応よ一応。それじゃアレンちゃん、あとは頼むわよぉん」

「二人ともどういうこと? あとは頼む……って……」


 まだ試合開始前で、突拍子もない発言に動揺し、俺を仲間と認識しており、一切の警戒心を抱いていないケイの背中を突く。

 彼女の意識はハッキリしたまま体が硬直した。


「どう? もう大丈夫かしら?」

「石縛孔を突いた。これでしばらくは喋ることすらままならん」

「助かるわぁん」

「思う存分やってくるといい。重っ」

 

 打ち合わせ通り、二人の戦いの邪魔にならないように成人女性五人分の質量を持つケイを運んで舞台中央から遠ざかる。

 ケイは唯一動かせる眼球だけをこちらに向け、何かを言いたそうにしていた。

 どうしてこんなことするの、とか。早くグリゴールを止めて、といった辺りだろうか。


『これは予想外の展開です! グリゴール選手は単身でラファーダル選手に挑戦するつもりです!!』

『北チームにはヤツがおります。何かしらの策を講じてはいるでしょうが、とはいえラファーダルと一騎打ちさせるというのは自殺行為としか思えませんな』


 ラファーダルは初戦から準決勝までに計八人の選手と戦い、そして拳を計八発命中させて勝ち上がってきた。

 対戦相手のほとんどがグリゴールよりも体格が優れた魔人にも関わらず、たった一撃でのされてしまった。しかも本人曰く無闇に殺さぬよう加減しているという。

 まさに一撃必殺、まさに史上最強。

 初優勝以来、どの賭け場でもラファーダルの配当倍率(オッズ)が一,一を超えることはない。唯一二倍弱を記録したのがロジャーと対戦した時だと。


 生身で龍に勝てると思われていて、実際勝ったのだ。


 いくら勇者一行の一人といえど、ケイのような特異体質でもない人族の身で、そのような規格外の化け物に単身立ち向かうのは自殺行為だと捉えられるのは当然だ。


『グリゴール選手にラファーダル選手、本当に試合を開始してもよろしいのでしょうか!?』

「ああ、いいぜ」

「いいわよぉん」


 ラファーダルが利き手の左腕を引いて構え、応じるようにグリゴールが右腕を引いて構える。

 ケイは必死に目を見開いて俺とグリゴールを交互に見ていた。

 早く止まってくれ、早く止めてくれと。


「まぁ、見ておきなさい」

『それではロジャーさん、試合開始の合図をお願いします』

『両者構えてぇー……始めィッ!』


 グリゴールが地を踏む、

 ラファーダルが地を蹴る、

 拳と拳が接触。


「うぉっ」

 

 生身同士なのに砲弾と砲弾がぶつかったような、誰も寄せ付けない音と衝撃が生まれた。

 各々の体を通って地面まで伝わった力が青砂を舞い上げる。


 そして力負けして下がったのはラファーダルであった。


「アナタ今、手ぇ抜いてたわねぇん?」

「抜いてたっつっても、六割は出してたぜ? ……お前、本当に人族か?」


 観客が大いに沸き上がり、同時に激しく困惑した。

 過去にワッフンくんの尻尾の振り回しを食らって弾き飛ばされるくらいはあっただろうが、ヒト同士の殴り合いで引き下がったことは一度もないのだろう。

 少なくとも今日までは。


「ど……うし……て」

「もう喋れるのか!? ったく、勇者というのはいつの日もとんだ化け物だな」


 ケイに目をかけている間にまたしても観客がどよめいた。

 どうやら挨拶を済ませて一旦下がったグリゴールが上着を脱ぎ去っていた。


「なにあ……れ。どう……なってる……の」


 ケイも観客も、グリゴールの鍛え抜かれた肉体に驚愕したのではない。

 笑った時に見せた犬歯が獅子のように鋭く。

 体中に浮き出た血管が黒々としていて。

 肩甲骨のあたりからは蝙蝠のような翼が生えていたからだ。


『グ、グリゴール選手の身に一体何が!?』

『あの身体は……。そういうことじゃな』


 四千年生きるだけあってロジャーは何があったのかを軽く推察できたようだ。

 お前、やったなと視線が届いた。

 やっちまったぜと視線を送り返した。


「アレン……くん! グゥは……どうしちゃった……の!?」

「おとといの夜のことだ――」




 ♦︎♦︎♦︎




 決勝進出祝いの宴の後、神妙な面持ちをしたグリゴールに話があると誘われ、街外れの古びた監視塔まで連行された。

 

「よくこんな穴場を知っていたな」


 命と営みの結晶たる街の全景が一望できる。

 周りは農地のため人の気配は無く、風の音と虫の鳴き声だけがよく聞こえる。

 密談するには持ってこいの場所だ。


「告白するにはどこがいいか聞いて回ったのよぉん」

「おいおい。俺はバツイチ子持ち、ところによっては絶賛指名手配中の超絶訳アリ物件だぜ? やめときな」


 ずっと思い詰めた硬い表情をしていたので軽い自虐をぶつけてみると。

 ふふっと上品に笑いはしたものの、やはりそう変わらず険しいままだった。

 不安と緊張、それと僅かに恐れが混じっている。


「アナタにしか頼めない、大事な話があるのよ」

「そうか。実は俺からも話があってな。先に言わせてもらうぞ」

 

 覚悟を決めた乙女の言葉を遮り、ダメ元で先手を打つ。



「――明後日の決勝戦、君は棄権しなさい」



 ケイとミロシュが言うに言えないことを大人である俺が代わりに告げる。

 グリゴールとしても薄々勘づいていたようで、特に驚きはせずに息を吐いた。


「ワケを聞いてもいいかしら?」

「うむ、理由は脆い重い厚いの三点だ」


 たしかにグリゴールは鍛え抜かれた良い身体をしている。だが、ケイのように常識外れの頑丈な骨身を持っているわけではなく、俺のように死を超越しているわけでもない。

 殴り合いにおいて史上最強とまで謳われるラファーダルの拳を一発でもまともに受けてしまえば、枯れ枝のようにぽっきりといくか大穴が空く。あくまで人族の範疇に収まっており、ゆえに脆い。

 いくら口では気にしないと断言していても、勇者たるケイは弱者たるグリゴールを庇うように戦うだろう。彼女の存在自体がケイにとって重荷となってのしかかるのだ。ゆえに重い。

 

「そして何よりも、君達はカレンから厚い信頼と好意を得ている。あの子は優しすぎるきらいがあってな」


 他人の苦しみを自分の苦しみのように感じてしまえるのだ。

 もしも親愛なるグリゴールが試合に出て、大怪我をするか無惨に死のうものなら心に深い傷を負う。

 カレンはまだ幼い。

 いつか大切なものを失い悲しみに暮れる日はやって来るだろうが、今ではない。

 幼い娘に哀しみを背負わせたがる父親がどこにいる。いたら名乗れ。徹底的に矯正してやる。


「これ以上の説明がいるかい?」


 彼女は俺の話を一言一句漏らさず聞いて首を横に振った。

 しかし、納得しているわけでもなかった。


「遠慮せずに述べたまえ」

「ええ、アタイが五体満足で勝てばいいのよねぇん?」

「ほう? ならば今から十数える間に雪か雷でも降らせてみろ。それが出来たら信じてやろう」


 か弱き人族が《土魔神》を相手に五体満足で勝つなど、それくらいの確率だ。

 万に一つもない。


「魔法の使用が許可されていたなら色々仕込んでやれたんだがな……。君をラファーダルとやり合えるほどに強くする術は持ち合わせちゃいない」

「嘘はダメよぉん、一つだけあるじゃない」

「はて、なんのことやら……」


 彼女はいやらしく細めた目で俺の懐を、隠された膨らみをじっと見下ろしてくる。


「早く出しなさいな。アナタが試合中以外は肌身離さず持っているそれよぉん」


 しばらくすっとぼけて口笛を吹こうがこちらを睨んで静止したままだったので。

 ぶっとい手を伸ばして手荒くまさぐられてしまう前に、仕方なく命よりも大切なものを取り出した。

 

「これが何かを知った上で言っているのか?」


 黒い革水筒の首を摘んで軽く左右に振る。

 ちゃぷんちゃぷんと可愛らしい音が鳴った。音の正体は可愛さと正反対に位置するものだが。

 

「もちろん知ってるわよ。それを飲めばアタイは強くなれるってことも」

「生きていたらの話だ」


 この液体は滋養強壮の良薬などではない。むしろその逆、猛毒だ。

 歴史上で最も偉大で強力な吸血鬼の血は、飲んだものをまず死に至らしめる。

 肉体が耐えきれずに自壊するのだ。

 俺だって安定して飲めるようになるまで三十年はかかった。


「でも、それしかないでしょ?」

「……まぁ、な」


 事実、ラファ―ダルに対抗する力を得るにはこれしかない。

 化け物を倒すには自らも化け物となってぶつかるしかない。

 ヒトのままではアレには勝てん。


「十中八九死ぬぞ?」


 ガエルの血を飲めば高確率で死に、飲んだ上でラファーダルと戦っても……まぁ、勝てないだろう。

 だというのに、グリゴールは穏やかな目で呆れたように笑っていた。


「アタイが死んだら誰があの子達の面倒を見るっていうの。ケイは朝飯一つまともに作れないしミロシュは全部吹き飛ばす以外に掃除が出来ないのよぉん? シモーネちゃんのところで住み込みで働いていた頃は週一でアタイがあの子の部屋を掃除してあげてたんだから。それにまだ生涯を共にしてくれるイイ人も見つけてないのに。そんなんで死ねるわけないじゃない。――生きて、勝つわよ」

「…………合格だ。好きにしろ」


 かぁーっと、肺の中の空気をほとんど吐き出してから投げ渡した。

 もちろん、齢三桁に満たないガキンチョの著しく根拠に欠けた決意を認めたわけじゃない。

 ここで拒否しようものなら殺してでも奪い取りにくるだろうから仕方なしにだ。

 ここで力尽くで抑えようとも必ず抜け出して単身挑むだろうから仕方なしにだ。

 それならまだ、万に一つしかない希望でもくれてやった方が良いだろうよ。

 決して認めたわけじゃない。


「あ、ちょっと待て」


 グリゴールが水筒の栓を抜き、躊躇なく口をつける直前に止めた。


「なによ。いまさら小言はよしてちょうだいな」

「最後にこれだけは聞いておかないとな。どうしてそこまでしてヤツと戦いたいんだ?」


 何が君を突き動かす。

 誰が心の中で咆哮している。


「そうねぇん……。ひいじじの代から続く因縁…………なんてのは正直言ってどうでもいいわ」

「ほう」

「彼は史上最強の拳士じゃない? 一応聞くけど、アレンちゃんの見てきた中で彼にステゴロで勝てそうな人はいたかしら?」

「……いないな。いてたまるか」

「そ。ならよかった」


 水筒を握る手に力が籠る。


「ラファーダルに勝って、アタイこそが史上最強の乙女になるわよぉん!!」


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