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あたしのパパは不滅ときどき爆散  作者: GODIGISII
第三章 因果応報の不文律 後編
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第十四話 「確認」


 開会を告げる派手な花火が複数発打ち上がった。


『それではこれより大会四日目、準決勝を開始いたします! 盛り上がって行きまショーッ!!』


 そして花火よりも数段大きな歓声が上がった。

 今日も魔界のみんなは元気です。


『本日も実況はわたくしミルカと、特別ゲストのロジャーさんでお送りします!』

『はいはい、ドーモドーモ』


 準々決勝が終わり中一日置かれたが、やはり人族は滅ぼされた方が良いのかもしれない。


『ついに準決勝ですよロジャーさん!』

『楽しみですなー。この姿でも火を吐けそうなくらい昂ってきました』

『危険ですので決して吐かないでくださいね? それではさっそく参りましょう! 準決勝第一試合! 北のチームはこの方々!』

 

 実況と演出の爆発に合わせて舞台に出た瞬間、ドッと火山が噴火したように観客が沸き上がり空気が揺れた。


『細かい紹介はもういらないでしょう!

 ――人族の希望と我々の期待を背負い、彼女は進む!! 勇者ケェェェェイッ!!

 ――叩け! 壊せ! 拳の乙女よ華やかに!! 拳聖グリゴォォォールッ!!』


 歓声に負けじと実況が声を張り上げる。


『そしてそしてェーッ! 四大大会における総合優勝回数は歴代最多の八百二十六! 長き眠りより覚醒し、偉大な王が帰って来たッ!! 《再生覇王(ロードリローデッド)》《永劫なる意志》《不滅の大魔導》アレェン、メーテウスゥゥウッッ!!』


 勇者コールと拳聖コールに加え、俺の名までもが観客席の至る所から声高に叫ばれるようになっていた。

 我々は完全に受け入れられ、認められたのだ。


『対する南の選手はこちらァ!!』


 三人でも抱えきれない声援を受けながら舞台中央まで辿り着いた後、対戦相手が呼び出された。

 向こう側の出入り口手前で快音と共に青砂が舞い上がる。

 我々が受けたものとなんら遜色ない大歓声が送られる。


『二十年連続準優勝! 今年こそは皿ではなく優勝杯を勝ち取れるかァ!?《筆頭竜騎兵》ティエティエェェェーッッ!!』


 それもそのはず、竜鱗の全身鎧を纏った相手は決勝常連の強者なのだから。

 ラファーダルさえいなければいつでも四将の座につける男なのだから。


『ティエティエ選手を支えてくれる相棒にも登場してもらいましょう!!』


 舞台の西側、実況席とは逆の位置に設けられた巨大な扉が開き。

 ぽっかりと黒い穴が現れると、

 

「――ワッフーン!!」


 ティエティエがこちらへ来る途中で一度止まり、暗闇の奥に呼びかけた。

 直後、呼びかけに応じるように音が生じた。観客の盛り上がりとは別のズシンズシンという重低音と振動が暗がりから生まれ出てくる。さらにはがりがりと石が石を削るような音も。

 次第にそれらは大きくなり、ついに音の主が日の下に姿を現した。


「ここで見るとやっぱり大きいわねぇん」

「それにすごい硬そうだねー」


 縦横十メートルはある魔獣用の通路を、それでも窮屈そうに体を縮こまらせた状態でようやく抜け出し、両翼を広げ咆哮。


『出たァーッ! 岩竜のワッフンくんですッッ!!』


 それは神話の時代から人々に恐れられしもの。


 (ドラゴン)はヴィールタスの創造した決戦兵器である。

 個体差はあれど総じて強靭な四肢と頑強な鱗を持ち、さらには腹の中に溶鉱炉を隠し持った空の絶対的支配者だ。

 その中でも岩竜または鎧竜とも呼ばれている種は最上位だと名高い。

 見た目通りに鈍重で飛行能力は低いが、溶岩の海を泳いで塗り固めた分厚い装甲が生半可な攻撃を通さない。火竜や風竜などといった他の竜種とサシで戦った場合もまず負けないとされている。


『どうですかロジャーさん。ワッフンくんの調子のほどは』

『ええ、良い感じですな。ワシの見立てでは過去最高に仕上がっています』

 

 あぁ、嫌になる。

 竜の長たる男の見立てに間違いはないだろう。

 あぁ、嫌になる。

 ラファ―ダルは毎年、たった一人で、四将相当の実力者と高位の竜を同時に相手取って勝利を収めているのだ。

 おかげで俺の心の中ではすでにワクワクよりもウツウツが多く占めている。


 もちろん雄という性のゆえ、戦いが好きだ。

 互いを熟知した強敵と戦うのも全く見ず知らずの猛者と戦うのも好きだ。そのようなつわもの達とやり合う時には血潮が熱く燃え、いくらか口角が上がって心が躍る。いつ死ぬか分からない緊迫した状況のおかげで生を実感できる。

 

 それはそれとして。


 狂信的な闘争主義者たる魔人の血が流れてはいないし、人族の中でも勇者や英雄などと呼ばれるようなイカれた感性の持ち主でもない。

 血沸き肉躍る戦いは好きさ。だけどそれ以上に戦って勝つのが好きなんだ。

 一世一代の決戦でちょっとばかしのズルをして勝てるのなら、ほんのちょっぴり悩んだ後で即実行する。

 これらは魔界では少数派の臆病者にこびりついた薄汚い観念だが、人族の世界では一般的な多数派の考え方だ。


「アレンくんに岩竜を頼みたいんだけど、大丈夫?」

「ふっ、この俺様が今まで何千匹竜を狩ったと思っている? 任せておくがいい!」


 だから勝利宣言の出来ない試合を前に、決して顔には出さないだけで酷く憂いている。


 あー、棄権したい。

 どうにかバレないように魔法を使いたい。

 試合開始直後に自爆して終わらせたい。

 魔法は禁止、一回死んだらそれでおしまい、なんてクソみたいなルールを作りやがって。誰のせいでそんなルールができたんだよ。俺が自爆を繰り返して優勝回数を稼いだせいだよ。

 あー、やだやだ。


「……うしっ!」


 心の中でひとしきり吐いてから。

 パパンと両頬を叩いて戦いに必要のない雑念を取っ払う。

 弱音はナシだ。


『ティエティエ選手はロジャーさんの教え子でしたね。試合開始の前に何かかける言葉はあるでしょうか?』

『ティエー! 気負わんでいいぞー! そやつらには負けてしまっても構わんからなー!』


 無神経老害龍の煽りとも取れる応援を受け。

 それでも一応は自身を鍛えてくれた師に向けて一礼する。

 そして再びこちらを向いた時、彼はすでに出来上がっていた。

 

「オレは今年こそはラファーダルを倒しゼンフトゥの王になる。あの方に随分と買われているようだが、貴様らと遊ぶつもりはない。すぐ楽にしてやる」


 ただしその目は我々ではなく、まだ自身が出場するとは決まっていない決勝戦を見据えていた。


「こりゃまた、嘗められたものだな」

「ねー」

「気の早い男はモテないわよぉん?」




 ♦♦♦



 

『おぉっとこれはぁーッ!?』

『綺麗に分かれましたなぁ』


 試合開始直後、ケイとグリゴールが場所を変えるために明後日の方向へ瞬発し。

 ティエティエも岩竜と共に俺を狙うのではなく二人を追っていった。


「アレンくん任せたよーっ!」

「頑張ってねぇん!」


 視界の外から聞こえてきた声に振り向かず、ただ親指を立てて応える。

 たしかに任された。


「さぁて……」


 二人がティエティエを倒してくれることを信じてデカブツを中心に捉え、さらに視界を狭めて集中。そうでもしないとあっさり死にかねない。

 それでも人として、おじぎだけは忘れずに。


「どうぞお手柔らかによろしくお願いします」

「ガァゴっ!」


 俺が下げた頭を上げると、ワッフンくんは軽く鳴いて鉄の門扉じみた翼を開閉した。

 残念なことに岩竜なだけあって知能が高く、どこぞの喋れてヒトの姿をとれる老害よりもよほど礼儀正しい。

 取っ払ったはずの雑念が穴という穴から入り込んでくる。


(これは……カウンター狙いだな)

 

 最初は互いに瞳を見つめ合って出方を窺い。

 どうも向こうからは攻めてくる気配がないので、ありがたく観察を優先する。

 正面に弱点は…………ない。

 ならばと駆け回って側面背面と探すも、傷一つ綻び一つ見当たらない。いかにも大会直前にマグマ風呂に浸かってきましたよといった具合だ。


『アレン選手とワッフンくんの方はまだ接触がありませんね。アレン選手は何をぐるぐるしているのでしょうか?』

『古傷でも探しているんでしょう。奴は狡猾な男ですからな』


 少し癪に障る言い方だが、たしかにその通りなので何も言い返せない。

 

『おーいアレン、そやつに弱点はないぞー! はよう突っ込め突っ込め!』


 言われずとも分かっている。

 彼はどこから打たれてもいいように待っていて、さらには紅王蠍と同等以上の硬さがあることも。

 そして俺には拳しかないことも。

 こんなことならそこそこ良質な剣でも買っておくんだった。


「ふゥー……」


 腹を決め、たっぷり息を吸って吐いて――


 ――瞬発。


 間合いに侵入、

 巨大な手と爪が振り下ろされる、

 柔の拳にて大半を受け流し、

 受け流せなかった分の力を乗せて、

 

「ハァッ!」

 

 壱の秘拳、壊門。


「んんんンーッ!」


 巨木のような脚の付け根に打ち込んだ一撃が竜に悲鳴を出させることはなく。

 こちらは反作用により指の骨から肩甲骨まで粉々に。

 

「うぉっと」


 痛くも痒くもない攻撃を受けると大概の魔獣は嘗めてかかるものだ。それこそヒトであろうと。

 しかし賢いワッフンくんは即座に追撃をしてきた。


「知ってた。知ってたさ」


 一旦間合いの外へ逃れ、呼吸を整える。

 腫れ上がった肉と粉々になった骨を元通りに。

 再び竜の瞳を覗いてみるも、やはりそこに油断の色は無かった。


「参ったなぁ……」


 もう十分に力量は測れた。

 こいつは強い。

 どれくらい強いかといえば千年以上昔の、今とは段違いに冴えていた俺とやりあっても四回に一回は殺せるくらいには強い。

 つまりはリハビリ中に戦っていい相手ではない。


 ――だから、どうした?


 魔法が使えなくとも、一度しか死ねなくとも、やるしかねえんだ。

 できないことをやるわけじゃない。できるかどうか分からないことをやるだけなんだ。千年前なら比較的容易にできたことを今、再現するだけなんだ。

 やるぞアレン、やるんだアレン。

 皆が見ている、カレンが見ているぞ。


 勢いよく湧き出てきた弱音が形を成して凝り固まってしまう前に、気合いと根性と愛情の大波で押し流した。


『アレン選手ラッシュを仕掛けたァ! 目にもとまらぬ速さの連撃! 長いこと実況をやっていますが私の目でも拳が捉えられません! 一体一秒に何発打ち込んでいるんだッ!?』

『十八と三分の一ってところですな。これでも彼の全盛期にはまだまだ及びませんよ。鈍りに鈍ってます』

「ぬぉおおオオオオオオッッ!!」


 ただひたすらに必殺の、並の生物が相手ならば必殺の拳を打ち込む。

 並外れた頑強な鎧と接触するたび血と肉が飛び散り骨が折れる。

 鎧を破壊するための命令、壊れた骨身を治す命令、竜の攻撃を回避する命令を同時に下し続ける。

 痛みに泣き叫ぶ余裕はない。今に見ていろとロジャーに悪態をつく余裕もない。


「ガァガッ!」


 しばらく一方的に打ち込んでいるとワッフンくんがやけになった大振りをしてくるように。

 未だ相手の攻撃はこれっぽっちも痛くないとはいえ、自分の攻撃が全く当たらないのは不快で堪らないだろう。

 そのまま荒れ荒んでしまえ。冷静さを欠いて沸騰してしまえ。己の過ちに気付いた時にはもう――


「――ぬぐぅおっ!?」


 懐に潜ってがむしゃらに拳を打ち込んでいると、彼は不意に飛び退り。

 腕でも脚でもない第三の武器、巨大な尻尾が死角より現れた。 

 俺の拳が空を切った完璧なタイミング、そして今の今まで隠していた機敏な動きで繰り出された横薙ぎを避けきれず。

 のけぞりながらもどうにか柔の拳で受け流せたが肘から先の感覚がない。


「おいおい、腕を返してくれよ。試合後のハイタッチができな――」


 距離をとって軽口を叩いた最中に、ワッフンくんの口から高温の空気が漏れているのを感知。

 咄嗟におニューの両腕を顔の前で重ねて息を止める。

 同時に視界が紅く染まる。


『紅だぁあああッ! 一瞬にして火炎に抱かれたアレン選手、絶体絶命かァーッ!?』


 衣類は即座に焼け落ち、

 皮は焼け爛れ、

 肉は焼け崩れ、

 終いに骨が焼け焦げた。

 

(痛ってぇなチクショウ)


 痛覚を遮断する余裕はない。

 剥き出しになった神経をすりおろすような想像通りの痛みが止まない。

 だけど俺はまだ、生きている。

 心臓が動いていて、血が巡っていて、ものを考えられる。

 まだ、死んじゃいない。

 耐えて耐えて耐え抜いてみせろ――




『えー、ワッフンくんの息吹がもうすぐ収まりそうですが、心臓の弱い方は目を背けておいてください。きっと見るも無惨なことに……なっ、なななんとアレン選手!! 生きています! たしかに生きています!!』


 視界から紅が消え去って直ぐに、実況の吃驚と共に大歓声が起こった。


『信じられません! あれだけの炎をものともしていない! これがかつて世界を恐怖に陥れた不死者の力なのかァーッ!!』


 ものともはしているんです。

 それでも必死に、死なないように焼けて溶けたそばから再生していただけ。

 少しでも気が緩めば、少しでも再生が遅れれば、少しでも痛みに耐えられなければ死んでいたでしょう。

 こればかりはワッフンくんが岩竜で助かった。仮に火竜の放射であれば間違いなく再生が追いつかなった。


『千年近い空白期間があるとはいえ、岩竜の炎くらいなら耐えられるようです。全盛期は理不尽でしたよ。ワシの吐いた炎を受け切ってピンピンしていましたからな。ちなみにあの薄汚いポンチョも再生しとるんですよ』


 竜の炎で焼け焦げて消滅したはずなのに“なぜか”元通りに修復されて足元にあるポンチョを拾ってかぶる。

 これも子供の頃は膝下までの丈があったが、大人になった今では腰までしかないので下半身がとてもスースーする。

 ふと実況席の方を見るとカレン達と目があったが、すぐにそっぽを向かれた。

 すまないね。羞恥心なんてものは今さっき焼却されたんだ。


「それじゃ、第二ラウンドと行こうか」


 アレだけ盛大に吐き出したんだ。しばらくは羊を丸焼きにする程度の可愛い火の玉しか出せないだろうよ。

 その間に少しでも削らせてもらう。


「そろそろ脚の一本はもらうぞ!」


 再び懐に潜り拳を打ち込む。


「ォオオオオッ!!」


 矮小な人族の技は重みが無く、決定打とならないのは分かっている。

 動く要塞たる岩竜を仕留めるのがどれほど困難かは分かっている。

 だが、それは向こうも同じこと。

 激しく損傷した箇所を即座に治し、最大火力の息吹でも殺しきれなかった。

 両者ともに決め手に欠けている今、勝敗を決するは……心だ。

 

『おぉっとぉ! グリゴール選手の拳がついに鎧を割りましたッ! そしてケイ選手のとんでもない猛攻だァーッ! ティエティエ選手、捌き切れるのか!?』

「俺も負けてられな……い……」


 不意に視界が真っ暗になり、体がとても軽くなった。

 向こうの形勢が良いことを知ってわずかに気が緩んだせいか、賢い岩竜が見事に俺の逃げ先を読み切ったかのどちらかは分からない。あるいはその両方かもしれない。



『あぁーっと!! アレン選手、下半身を残して食べられてしまったァーッ!!』



 あっさりと勝敗は決した。




 ♦︎♦︎♦︎




 巨大な卵を乗せるのにちょうどいい形状をした闘技場がよく見える。

 照明は点けられておらず月に照らされているだけだが、それでもなお百万を超える魔人が住む街の中で抜きん出た存在感を放っている。


「すみませーん! ツンザキイモとリュウノザのミネストローネ、紫角牛のステーキ、それと毒棘盾蟹の毒抜き炒めご飯を三つずつ追加してください!」

「私も同じのを四つずつ」

「か、かしこまりましたっ!」

 

 決勝進出祝いの会場はロジャーに顔を利かせて確保させた最高級ホテルの屋上に置かれている。

 このためだけに呼び出された一流の料理人達が魔臓娘らのせいで手を休める暇なく働いてくれているのだ。

 大変ありがたく、そして大変申し訳ないとも思う。あとで秘伝のレシピをいくつか教えてあげよう。


「それじゃー! エンモタケナワなので、みんなに意気込みを言ってもらおーっ!」


 祝勝会が半ばを過ぎたあたりで。

 酒は一滴たりとも飲ませていないのだが、誰かさんが持ってきた竜火酒の臭いだけで軽く酔っぱらったカレンが立ち上がった。


「まずはケイから!」

「うん! 決勝でも頑張ります! 明日明後日とちゃんと鍛えて休んで…………あ、明後日決勝だったね」

「……大丈夫?」

「え、うん。大丈夫だよ大丈夫。心配しないで、あはは!」


 どうもケイは天然というか抜けているふしがある。

 アンディにかけられた心を脆くする呪いに知能低下の効果でも付属していたのだろうか。


「そ、そうなんだ……じゃあ気を取り直して、次はグリゴール!」

「アタイも死ぬ気で頑張るわよぉん!」

「最後はアレン!」

「はい、決勝でも死なないように頑張りたいと思います!」


 俺が立派な決意表明をした途端になぜか皆が静まり返った。

 少し待っても誰も話そうとしないので、俺に次いで年長者のロジャーが先陣を切った。


「アレンおヌシ、あの時絶対死んでたじゃろ?」

「それあたしもずっと言おうと思ってた!」

「同じく」

「あれはどう考えても死んでたよナ」


 全員がうんうんと頷く。仲間のはずのケイとグリゴールまでもが頷いた。

 どうも先ほどの試合で俺が食われて死んだと考えていらっしゃるようだ。

 たしかに俺はワッフンくんに嚙みつかれて下半分を持っていかれ、さらに咀嚼されて首から下も持っていかれた。だが……


「今大会のルールは【一度死亡が確認された選手はその時点で脱落とする】で間違ってないな?」

「ああ、そうだが……まさか!?」

「そのまさかだ。誰が俺の死を【確認】した? いつ俺が死んだよ? えぇ?」

「……いや、いつも頭だけになったらすぐ死んどるじゃろうが」

「はぁーん? それは昔の話だろ? 今の俺は……いや、あの時の俺は頭だけで生き延びてワッフンくんの腹の中に侵入して身体を生やせたんですぅ! 出来ないって証拠はあるんですか証拠はぁ!?」


 我ながら子供じみた言い分だが、ルール上は何ら問題はない。

 アレン・メーテウスが死んでいたか生きていたかは俺のみぞ知るところなのだから。

 あとは食われた直後の記憶を消して真相を闇に葬れば万事解決である。


「……フン、どちらにせよオレ達の負けだ」


 なぜか皆が生ゴミを見るような細めた目でこちらを睨視してくる中、少し離れた席に座る金髪を短く刈り込んだ色男が独り呟いた。

 ティエティエくんである。

 今日の敗北を糧にさっそく鍛え直すつもりだったところをロジャーに無理矢理連れてこられたという。


「貴様が死んでいようといなかろうと、オレは二人に負けたのだ。残されたワッフンだけでは太刀打ちできまい」

「そうそう、話が分かるねぇ。君にはうちのグリゴールを妻にする権利をあげよう!」

「あらやだ本当ぉ!? 不束者ですが末長くよろしくお願いするわぁん!」

「な、何をっ!? おい貴様離せ! やめろ、それ以上寄るな――」


 種族と性別の隔たりのない宴は盛り下ることはなく。

 そしてこの日の夜、グリゴールに男同士の大事な話があると持ちかけられたのはあの色男ではなく、俺だった。

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