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あたしのパパは不滅ときどき爆散  作者: GODIGISII
第三章 因果応報の不文律 後編
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第十三話 「オコッテナイヨ」

 闘技場から溢れ城壁の外まで届くほどの大歓声が沸き上がった。 


『――しょ、勝負ありッ!! ナガル選手、起き上がれません! 期待の新人を一撃で砕いたラファーダル選手、堂々の一回戦突破だァーッ!!』


 試合開始直後に挑戦者がラッシュを仕掛け、絶対王者はその全てを受け切り。

 返礼の一発で試合を終わらせてしまったのだ。


『ありゃりゃ……もう少し手加減すりゃよかったかな……』


 舞台に音を拾う魔法か何かがかけられているのか、ラファーダルの申し訳なさそうな呟きが観客席に流れた。


「顔が似てるだけの他人ってわけじゃなさそうねぇん」

「……あぁ、あの男で間違いない」

「実は何度も会ってたなんてねー」

「やっぱりあたしたち持ってるね! …………えっ? ちょっとなんでみんなしてこっち見るの? あたし変なこと言った?」


 カレンが心の底から退屈すれば必ず新鮮が訪れ、余計なことを言えば何かしら余計なことが起こり。

 見えない神の手が介入していると言わんばかりにこの子が引き寄せているというのはすでに共通の認識である。

 良くも悪くも持ちすぎているのはお前だと、誰しも口には出さない代わりにじっとカレンを見続けた。


 本日の感想や明日以降の戦術を話し合って時間を潰し、大半の客が出て行くまで待ってから我々も席を立った。

 時刻はすでに四時過ぎ、じきに空が焼け始めるころだ。


「今日は何食べようかなぁ。一回戦を勝てたお祝いに美味しいもの食べないとね!」

「まだ夕飯には早いわよぉん。美容効果のある砂風呂が有名らしいから先に行きたいわね」

「早く夜にならないかなぁ……。ところであれ、何してるんだろ?」


 特に物販などがあるわけでもないのに、出入り口付近で無数の魔人がたむろしていくつもの集団が出来ていた。


「おい、来たぜ」

「やっとか」


 なぜか我々の行き先を塞ぐように集団が移動して広がり、さらに形を変えて輪となる。

 流れるように包囲されてしまった。


「カレン、出るなよ」

「……うん」


 誰に言われずとも四人でカレンを背にし、それぞれが一面を受け持つ陣形を取った。


「アンタらが勇者一行で間違いねえな」

「こいつらがあの黒騎士アンディをやったってのかよ」

「へっへっへっ……」


 二百を超える戦闘種族が、揃いも揃って血走った目でこちらを睨みつける。

 戦うことと喋ることしか能のない頭スカスカ老害龍の迂闊な発言により、俺達の正体が中央大陸からやってきた勇者一行だとバレてしまっているせいだ。


「まずは一回戦突破おめでとうと言っておくぜェ……」

「ケケケッ……」


 いつ飛びかかられてもいいように警戒していると、群れの中から代表者らしき三人が前に出てきた。

 彼らは大会には出場していないが、それなりに力ある魔人だということは一目で分かった。


「んもぉん、砂風呂に行く時間が無くなるじゃない」

「ご飯の前に運動しとけってことだねー!」

「私の食事を邪魔するのは許さない」


 これも魔界の醍醐味ゆえ仕方なしと諦めていると。

 三人の魔人が大きく空気を吸い込んで肺を膨らませ、


「ここにいる全員との対戦を申し込ォオオムッ!!」

「もちろん大会が終わってからでいいぞゴルァアアアッ!!」

「今日のところはサインだけ寄越せやアアアアッ!!」


 思いの丈を叫んだ――。


「…………えっ?」

「今、サインとか言ってなかった……?」


 予想していたものとは若干異なる台詞のせいで俺以外は困惑を露わにした。


(不可解)

(どういうことよぉん?) 

(アレンくん、これはそのまんまの意味で受け取っていいの?)

(……まぁ、そうだな)


 背中を合わせながらも小声で話し合い、意見をまとめたケイが慎重に口を開いた。


「えっと、きみたちはわたしたちと戦いたいんだよね?」

「そうだ! 勇者を討って名を揚げる!」

「俺は名声なんていらねえ。ただお前らとやりてえだけだ」

「ヒッヒッヒ……」


 代表者達の言葉に、後ろで輪を作っている魔人達がうんうんと頷く。


「やるのは今じゃなくて、大会が終わってからでいいの?」


 ケイがもう一つ疑問に思っていたことを尋ねる。

 変なことを聞くもんだなと、彼らは揃って不思議そうな顔をして答えた。


「大会期間中にやるのはマナー違反だろ」

「んだんだ」

「日程はそっちが決めてくれ。もちろん大会で勝ち上がっても負けても無事じゃすまねえだろうから、充分に回復してからで構わねえぜ」


 振り向かずとも、ケイ達がぽかんと呆けた顔をしているのが分かる。


 そうだ。

 これが魔人だ。

 魔人とはこういう生き物なのだ。


 たとえ自身は傷つき疲弊していようと万全な状態の相手と戦うことを好み、よほどの事情がなければ手負いの者を攻め立てはしない。

 それは彼らにとっての美徳であり、他種族からすれば愚かな性質でもある。

 もしも魔人の多くが人族のように目的のためには合理的で冷酷な手段を厭わない種族であれば、我々はとうの昔に滅ぼされていたに違いない。


「とにかく今日はサインくれ!」

「俺にも俺にも!」

「あっ! ずりーぞお前! 次は俺が予約してたんだよ!」

「んだとテメエ!? やんのか!?」

「あぁん!?」


 戦闘こそ起こらなかったものの、サイン攻めにあったおかげで結局日が暮れてしまった。




 ♦︎♦︎♦︎




 開会を告げる派手な花火が複数発打ち上がった。


『それではこれより大会二日目、第二回戦を開始いたします! 盛り上がって行きまショーッ!!』


 そして花火よりも数段大きな歓声が上がった。

 今日も魔界のみんなは元気です。


『本日も実況はわたくしミルカと、特別ゲストのロジャーさんでお送りします!』

『はいはい、ドーモドーモ』


 一回戦が終わり中一日置かれたが、幸運なことに襲われることも妨害をされることもなかった。

 四大大会は次なる四将を、つまり広範な地域を治める王を決める大会でもあり、似たような大会が人族の国で行われた場合何が起こるか想像に難くない。

 出場者は身に覚えのない不正を仕立て上げられたり食事に毒を盛られたり道を歩いているだけで矢が飛んで来たりは当然のこと、それこそ臨時収入を得た“無関係”の何者かに寝込みを襲われることだってあるだろう。本人の腕っぷしだけでどうにかなる方が珍しいはずだ。

 やはり人族は滅ぼされた方が良いのかもしれない。


『北チームはこちら――』


 そんな俺の思考を掻き消すかのように実況の声が響き、いつの間にか舞台中央に立たされていた。

 

『――そして南チーム最後の選手はこの方! 身長百六十三! 体重二百六十三! 二十二歳! 海を越えて魔人を皆殺しにやって来たァッ! 《電光石火》《人族の希望》《怪力勇者》ケェェェェイッッ!!』


 前回よりも数段熱のある紹介と派手な演出。


「やだアナタ、大人気じゃない」

「みんな応援ありがとう! 頑張るよー!」


 実況では割と物騒なことを言っているのに観客席からとめどない勇者コールが起こり、ケイが方々に向けて手を振っていく。

 一回戦で巨人相手に豪快な勝利を収めたおかげで魔人達の心を掴んでいたのだ。


『はい皆さーん! ケイ選手の腕が疲れてしまいますのでそれくらいでお願いしまーす!』


 勇者コールが強制的に終了させられ、我々は目の前だけに集中する。

 本日の対戦相手は三人組の魔人だ。それぞれ角や尻尾が生えているくらいで変哲のない姿をしている。

 彼らは揃って軍の百人隊長だと紹介されていたので油断はできない。

 

「まずは頭数を減らすべきだな」

「勇者は最後だ。どうにかして周りを削らないと勝ち目はない」

「あの気持ち悪いオカマからやるか?」

「そうしよう。おそらくアイツが一番弱い」


 俺の不死者耳が高感度なおかげかそれとも彼らの声が大きいのか、作戦会議の内容が筒抜けで。

 言われているぞと告げ口するまでもなく、グリゴールの顳顬には青い筋が浮かびあがっていた。


「…………アタイがやってくるわねぇん」

「できる限り殺すなよ。いくら魔人とはいえ殺し殺されは禍根を残すからな。カレンも見ている」


 グリゴールはこちらを見ずに「善処するわ」とだけ言い残して独り前に出て。

 《憤怒の剛拳》と呼ばれるに相応しい力を発揮した。


 彼らが殺されるよりも酷い仕方で搾られたのは語るまでもない――。




 開会を告げる派手な花火が複数発打ち上がった。


『それではこれより大会三日目、準々決勝を開始いたします! 盛り上がって行きまショーッ!!』


 そして花火よりも数段大きな歓声が上がった。

 今日も魔界のみんなは元気です。


『本日も実況はわたくしミルカと、特別ゲストのロジャーさんでお送りします!』

『はいはい、ドーモドーモ』


 二回戦が終わり中一日置かれたが、幸運なことに襲われることも妨害をされることもなかった。

 四大大会は次なる四将を、つまり広範な地域を治める王を決める大会でもあり、似たような大会が人族の国で行われた場合何が起こるか想像に難くない。

 やはり人族は滅ぼされた方が良いのかもしれない。


『北チームはこちら――』


 そんな俺の思考を掻き消すかのように実況の声が響き、いつの間にか舞台中央に立たされていた。


『――身長百九十! 体重年齢共に非公表! 乙女の恋路を邪魔するヤツはブチ殺す! 《拳聖》《憤怒の剛拳》グリゴォォォールッ!!』


 前回よりも数段熱のある紹介と演出。

 観客席からは勇者コールと共に拳聖コールも生じた。

 その卓越した技と力により、ケイだけでなくグリゴールまでもが魔人を魅了してしまったのだ。


「さすがは勇者御一行様。大人気ですねぇ」

「あとはアレンくんだけだねー!」

「今日はアナタの番よぉん」

「俺はできることなら戦わずにいたいよ。これでも狂信的な平和主義者なんでね」


 戦わずに済むならそれでいい。俺の正体だけでもバレないよう、ケイとグリゴールに暴れてもらって勝ち上がればそれでいい。

 争いはそれほど好きじゃないんだ。


『いやぁロジャーさん、予想通り勇者チームが勝ち上がって来ましたね!』

『そうですな。今年ばかりはワシも出場しておけばよかったと後悔してます』

『ところで勇者チームの一人、アレン選手についての情報がほとんどないのですが……魔界一の知恵者であるロジャーさんならば何かご存知でしょうか?』

「ッ!?」

 

 咄嗟にロジャーの方を向いて睨みつけた。

 《虐殺機関》《二重の死を齎す魔王》などと呼ばれていた時代の、重く澱んだ目で睨みつけた。

 お前マジでいらんこと言うなよと、本気で圧をかけた。


『もちろん知っていますとも。彼のことはたくさん』


 しかしながら。

 常人に明確な死を想像させ、意のままに従わせる圧をヤツはものともせずに言葉を紡いだ。


『若い子らは知らないでしょうが彼は元勇者です。魔王も二度務めてました。ワシより長生きですよ。四大大会制覇(グランドスラム)も何周かしてますしな』

『……はい?』


 ペラペラおじさんの突飛な発言を聞いた観客が困惑しざわめき立つ。


『えぇとロジャーさん。それは冗談、でしょうか? どう見てもアレン選手は人族の若い男性にしか……』

『あの男は不死者ですからのう。大会の規則書(ルールブック)に【一度死亡が確認された選手はその時点で脱落とする】とあるでしょう? それは彼のおかげで追加されたものです。おーいアレン、一回死んでみてくれんかー?』


 無視を貫き通そうと思ったが、実況のミルカさんにも是非ともお願いしますと頼み込まれ、観客の期待の視線も全身にささるので……仕方なく頭をもぎ取って。

 新しく頭を生やして蘇った時にはラファーダルが勝負を決した瞬間よりも大きな歓声が轟いていた。

 今日も魔界のみんなは元気です。


「はぁー……」

「人気、出たじゃないの」

「そ、そうだよアレンくん!」

「なんだかなぁー……」


 とにかくアイツは後でカラッと揚げてカレンとミロシュに食わせてやるとして、切り替えて本日の対戦相手を見据える。

 片方が鷲のような翼を背負い、片方が背丈よりも長い尾を生やしている以外にはほとんど見た目の変わらない双子の兄弟だ。

 実況ではどちらも千人隊長だと紹介されていた。非常に油断のならない相手である。


「一度殺せばいいとはいえ、まさか不死者が相手とはな……」


 研ぎ澄ました不死者耳が二人の会話を捉えた。


「でもよ兄貴、アイツが元魔王だって信じられるか?」

「いんや、どうにも信じらんねえな。これっぽっちも格ってもんが感じらんねえ」

「だよな。とするとアレか、昔はアイツでも天下取れるくらいに程度が低かったってやつじゃねえの?」

「ちげえねぇ」


 仲睦まじい双子の弾んだ声色。

 少し言い方を変えるなら、調子に乗ったクソガキ共の囀り。


「アレンくん、もしかして怒ってる……?」

「オコッテナイヨ」


 アレン・メーテウスを程度が低いだの苔むした人間だのと侮るのはいい。

 運も才能もない故にちまちまと積み上げ、命がいくつもあって足りただけの、平々凡々な臆病者に違いないのだから。

 たしかにかつて魔人の王座に就いたが、不死者でなければどう転んでも千人隊長どころか百人隊長にすらなれやしないのだから。

 いくらでも軽んじておくれ。心の底から油断しておくれ。


 ……だが、

 

 ほどほどの才能しか持たぬくせに。

 たかが千人隊長の矮小な肩書きで。

 吹けば飛ぶような軍団を任されただけのささやかな身分で。

 俺様が何度も命を捨てて漸く打ち破ることのできた、誉高き傑物らを貶すのは許されない。


「決して怒ってはいないが、この試合は任せてもらおう」


 半年は泣いたり笑ったりできなくしてやる――。


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