第九話 「食べ放題」
――おじぎをするのだ!
言い慣れた言葉と共に《十本指での筆記》を行い。
現在保有する魔力の半分を使用して圧力を与えた。生身の人間が受ければ二秒と持たず骨まで潰れる圧を。
「ギシ……イシィ……」
「ほう」
だが此奴は多少苦しそうにしながらも、高く上げた尻尾と重そうな鋏を地につけずに耐え切った。
ゆえに三爪以上の魔獣だと確定。
名前はそうだな、すでに別の誰かが名付けているだろうが紅王蠍とでも仮称しておこうか。
近頃の魔獣は丈夫だなと感心していると、怒りを感情を表すように尻尾の先端が膨らみ、再び毒の弾を撃ってきた。
それも一発ではなく、二発三発と続けて。
「連射も出来るのか!」
だがそれはすでに見切った。
追尾も分裂もしない遠距離攻撃などこのアレンには通じぬ。
余裕を持って避けつつ接近し、拳を叩き込む。
「壱の秘拳、壊門……ぐあぁッ!」
流石に主武装である巨大な鋏は最硬度を誇るのか凹ませることすらかなわず、返ってきた衝撃により指先から肩までを骨折。特に指の骨は全て粉々になってしまった。
まぁ、薄々感付いてはいたが。
「なんのぉ! 弐の秘拳!」
腹部は柔らかいはずだ。
滑り込んで切り裂く。
「斬鉄拳ンぬにゃアッ!?」
畜生ォ、持って行かれた……!
「……んならこうだ! 伍の秘拳――」
新しい腕を生やしながら滑り抜けて直ぐ尻尾に飛び乗りそこからさらに跳躍。
高所から回転を加えての踵落としで背甲をぶち抜いてやる。
「――大噴石ィッ! ……ぃぎっ!」
骨盤を含む右脚の骨が全骨折および踵骨が粉々に砕けた。
身体を修復するため一旦距離を取る。
俺の拳が全く通じないのを知った魔獣は何の追撃もせず、ただ煽るように尻尾を左右に揺らしていた。
ならばその尻尾を二度と使えなくさせてやる。
「捌の秘けングほォッ!?」
鋼の柱を折る最大威力の蹴りが当たる寸前に。
ヤツは想定以上の速さで尻尾を振るって人をボールのように打ち返しやがった。
「がはッ!!」
ほとんど石のように固まった青土の壁に受け身も取れずに打ちつけられた。
よって複数の臓器が潰れ、潰れなくとも三十本近く折れた骨が刺さって穴を空け。
生きているのが不思議なくらい被害は深刻で十秒と動けなかったのに、やはり追撃は無く毒の弾も撃たず「次はどうする弱小な種族よ」などと小馬鹿にした目で佇んでいた。少なくとも俺はそう受け取った。
絶対に許さん。
「シュー、コォー……。シュー、コォー……」
熱くなった血を頭と脚に回し、呼吸を整え…………瞬発――
(――星砕きィィッ!!)
アリジゴクの大顎に捕らえられて腰から下を持って行かれながらも、顔面に頭突きをお見舞いしてやった。
さすがに少しはダメージが入ったようだが、同時に俺の頭蓋も弾け散った――。
「……まだピンピンしてるなぁ」
俺が傷一つない身体で目覚めた時、ヤツもまた生きていた。
こちらを警戒しながらも、頭突きされた痛みと感触を払い飛ばすように大きく身体を震わせる。
そして相も変わらず犬のように尻尾を振るい眼をぎらつかせ、まだまだやれるぜと訴えていた。
「うん、間違いなく四爪だな」
《祖拳》《流星を砕く者》と謳われた我輩の拳を受けて倒れずにいるので、竜と同等以上の化け物だと断定。
人族の雑兵一万人と戦わせても皆殺しにできるだろう。
「それでも俺は、コレでいくぜ」
背負った異名と積み上げてきた経験が、拳で倒せと轟き叫んでいる。
彼にも王たる矜持があるらしく、俺を無視してカレンを追うとか地上にいる仲間を呼び寄せるといった卑怯な動きをしていない。全く当たらないと分かるや毒の弾も撃たなくなった。
その身一つで元魔王である俺に打ち勝とうとしている。
然らば応えねばなるまい、応えなくては名が廃る。
「化け物殺しの拳、しかと見せてやる。手始めにお前の鋏を壊す」
宣言。
瞬発、接近、壊門。
粉砕骨折。
鋏に変化無し。
修復、壊門。
粉砕骨折。
鋏に変化無し。
修復、壊門。
粉砕骨折。
鋏に――
「グフォッ!」
好き勝手に打たせてくれていた紅王蠍が急に殴り飛ばしてきた。
それはなぜか。
「……今のでやっと、凹んだな? 次で貫く」
一発で駄目なら二発、二発で駄目なら三発、三発で駄目なら千発でも万発でも同じ場所にぶち込んでやる。
「ギシッ……ギシィイイーッ!!」
ついに王が雄叫びと共に重い腰を上げた。
その巨体からは予想も出来ないほど機敏な動きで鋏と顎を振るい、尻尾から絶え間なく毒の弾を射出して襲い掛かってきたのだ。
「そうだ、遠慮せずに来い」
一方的にやったりやられたりするのはそれほど好きではない。
全力で殴り殴られ蹴り蹴られ、最後に立っていた方が勝者だ。
「さぁ、どっちが上かシロクロつけようぜ!」
♦︎♦︎♦︎
「ごちそうさん。……おぇ」
あの巨体を動かしていただけあって乾燥・圧縮してもなお大きいものをどうにかして腹に収め、感謝のおじぎを。
それから鋏にもたれて休んでいるとカレンが皆を連れて帰ってきた。
ケイとグリゴールは青い返り血塗れの自身をよそに、俺の側にある穴だらけの亡骸を見て驚く。
「これを……アレンくんが一人でやったの?」
「上にいたのとは比べ物にならないくらい強そうねぇん?」
「うむ。まさしく強敵であった」
紅王蠍よ。
お前の魂は俺の中で生き続ける。
またいつの日か相まみえようぞ。
「そっちも凌いだか」
「うん、ラクサくんが大魔法をバンバン撃って頑張ってくれたんだよー。すごい助かっちゃった!」
「大したことはしてねーヨ。それにオレの魔力は全部カレン由来ダ。礼ならそっちに言ってくレ」
そう発声してカレンの方にクチバシを向ける。
「んもぅ、謙遜しちゃってぇん」
「謙遜もしすぎると嫌味」
「人間に直接感謝されたことなどほとんどないだろうが、今回は素直に受け取っておけ」
「そうだよラクサ! 勇者様に褒められるって凄いことだよ! コーセーに語り継がれるやつだよ!」
どうも褒められ慣れておらず気恥ずかしいのか、五百年生きる大妖精様は言葉の通じない本物の鳥と化して何も喋らなくなってしまった。
まだまだ若いものだ。
「カレンもよく頑張ったな。出口を見つけて皆を呼んできてくれたんだろう?」
「……ううん、出口は見つからなかったから魔法でトンネルを掘ったの」
「それはそれでよくやった。偉いぞー超絶偉いぞー」
自身の持てる力を発揮し、最善とはいかずともやれるだけのことをする。
極めて当たり前に思えるが、緊急時においてはこれが存外難しいのだ。
カレンとラクサにそれぞれ不死者ポイントを贈呈。
「さて……そろそろやるか」
「ん」
ミロシュが次から次へと魔法で焼くなり凍らせるなりして脆くした外殻を俺が力づくで剥がしていく。
「二人とも何するつもりなの!?」
「まさかそれ、食べたりしないよね?」
「何って、決まっているだろう。なぁミロシュ」
「当然」
魔法学院首席卒業者と魔法学院魔獣研究部顧問の二人がいて、目の前には貴重な魔獣の新鮮な死体がある。
ならばどうするか。
解体して調べ尽くす以外に何がある。…………試食はあるかもしれない。
「アレンくん、わたしも近くで見ていい?」
「……あ、あたしも」
「好きにするといい。二人も俺達と一緒に解剖するかい?」
それは結構ですと息を合わせて即座に突っぱねられた。
「アレン、鋏剥がして」
「フンっ、がぁっ!」
「……うわぁ、ぎっしり身が詰まってる」
「これは中々高密度な筋肉をしているな。あの重い鋏を振り回せるのだから当然ではあるが」
「今度はこっちやって」
「おう」
「結構スゴイことになってるね……」
「ねー」
最初は二人してパン窯の中を覗き見るように興味津々だったものの。
俺とミロシュがああでもないこうでもないと専門的な用語を並べて熱中するようになってから次第に興味も薄れ、グリゴールとラクサを連れて洞窟内の探索にでも行ってしまった。
もちろん残った我々は研究者としての血と好奇心の騒ぐままに解剖を続ける。
「しかしアレだな、毒袋が見当たらない。あれほどの強酸に耐えられるとなれば極めて優秀な材料になるのだが……」
「たぶん、ここの毒腺」
「……あぁなるほど、発射直前に精製しているのか――」
探索から帰ってきたカレン達が呆れているのをお構いなしに時間も忘れて没頭した。
それでついに、紅王蠍を四十の部品に解体して調べたあたりで切り上げた。
「ふぅ、このくらいでいいだろう」
「……ん」
「やぁっとユーイギな時間ってのが終わったのぉ? 今何時ぃ?」
何度も腹の音を鳴らしていたカレンが少し不機嫌そうに嫌味を垂れる。
「俺の体内時計によると七時過ぎってところだが」
一応天井に指を投げて爆破し、この洞窟に落ちてきた時と同じくらいの穴を空けると。
ぱらぱらと流れ落ちる砂に優しい月明りが重なり、幻想的な青く煌めくカーテンが出来上がった。
「あらぁ、いい雰囲気じゃない」
「わぁ……綺麗……」
「だねー」
おかげでカレンの機嫌がころりと良くなった。
「これを肴に晩餐といこうじゃないか。喜べカレン、今宵は食べ放題だぞ! 新鮮で貴重なタンパク源が山ほどあるからな!」
しかしどういうわけか、いつもなら大喜びする「食べ放題」という単語にそこまで良い反応をせず。
どころか不安げな苦い顔をして目を細めた。
「貴重なタンパク源ってもしかして……それ?」
「うん、これ」
解剖済みで綺麗に肉と殻に分けられた紅王蠍を見ながら「そっかぁ、これかぁ」と四回頷き、
「ヤダァーっ!!」
悲痛な叫びが木霊した。




