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あたしのパパは不滅ときどき爆散  作者: GODIGISII
第三章 因果応報の不文律 後編
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第七話 「二つある」

 もしかしたら部屋の中では時間の流れが遅くなっているのか、ケイとケイを励まし隊の皆は一日中籠りっぱなしで夕食すらも摂らなかった。


「おはよーっ!!」


 ただそれでも一晩眠ればなんとやら、乙女心となんとやらで、朝にはいつも通りの状態に戻っていた。


「ごめんねグゥ! アレンくん! わたしはもう大丈夫だから早く朝ご飯を食べにいこ! もうお腹ペコペコ!」


 男部屋のドアを勢いよく開けてまくし立て、寝起きの悪いミロシュを起こしに再び自室へ戻って行った。

 彼女がどのような決断をしたのか、それともまだ迷っているのかはいずれ分かる。

 こちらからは何も聞かない方がいいだろう。


「昨日のことには触れない方向で。あとは流れで」

「そうねぇん」

「それといつまで俺を抱き枕にしているつもりだ。ふざけた寝相をしやがって」

「あらぁ、ごめんあそばせ」




 ♦♦♦




 ここら辺で最も大きくて盛況な店の中で。

 周囲のどの席を見ても我々以外に純粋な人族はいなかった。

 だからといってこちらを見てフォークやナイフを投げつけてくる者など一人もいない。


「注文がお決まりでしたらこちらの呼び鈴をお使いください」


 オーダーメイドの制服を着た給仕ももちろん、他の客にするように丁重に案内をしてくれた。

 もはや我々の中に「魔人とはまともな意思疎通が取れない」などと考える者はいないだろう。

 ただ、ここで新たな問題が浮上した。


「で、どれが毒入りなの?」

「なんでいきなりそんなこと言うの? おじぎして?」


 食料問題である。

 ドンスタ現象の土地に迷い込んでしまったせいで予定の二倍近く時間がかかってしまったが、ケイとグリゴールが背負う頭の悪そうなリュック――軽く見積もっても成人男性の死体がそれぞれ八個ずつ入る――に詰められた食料が枯渇することはなく、今の今までずっと中央大陸から持ってきた干し肉やら干し魚やらを食べてきた。

 つまりまだ、串焼きを食べた俺とグリゴール以外の三人は封魔大陸産のものを口にしていない。


「そうだよカレン、失礼だって」

「だってさ、中央大陸にだって毒のある食べ物はいっぱいあるし、魔界にないわけがないじゃん」

「……よくぞ見破ったな。それではボクがおじぎします」


 カレンは俺の洗練されたおじぎには目もくれずに、ケイとミロシュの間でメニューを開いて女子らしく話し合っていた。

 悔しいので蘊蓄だけでも垂れ流してやる。


「ちなみに魔人だからといって毒に耐性があるわけではないからな。我々人族より身体が大きく頑丈なため致死量が大きいだけで毒は毒だ。オカエシダケを食えば身体が崩れ落ちるし、マドロミクチナシの実を食べれば昏倒する。……まぁ、中には完全な耐性を持つ者もいるが」

「へぇー。それでどれが毒料理なの?」

「毒料理は注意書きと共にだいたい最後の方にある。クセになる味で美味しいよ?」

「いらない」


 一応は言われた通りに最後の方をめくって毒料理のページを開き、破り捨てる幻影が見えるくらいの勢いで閉じた。


「ほらアレンちゃん、アタイ達も決めるわよ」

「そうだな。すみませーん」


 自分で選ぶより店の人にオススメを聞くのが早いので呼びつけ。

 給仕さんが複数の触手を用いて器用にお冷を配り終えたあとで尋ねた。


「そうですね、本日のオススメは双頭眼鏡鶏ツインヘッズグラスコッコのオムレツでしょうか。人族の方でも美味しくいただけると思います」


 頭髪代わりに生えている青色の触手をぐにゃぐにゃと蠢かせ、ヒトとは上下逆に位置する目と口でにこやかに笑いながら教えてくれた。

 中々に衝撃的な貌をしているが、喜ばしいことに嫌悪感を持つ者はおらず、カレンに至っては口に出さないものの触りたそうにうずうずしている。


「じゃあそれでお願いします」

「アタイもそれにするわぁん」

「わたしは昨日食べてないから、二皿ください」

「あたしもお腹すいてるから……とりあえず二十皿で!」

「右に同じく」


 給仕さんはカレンの注文を聞いた瞬間触手をビクリと逆立たせて固まり、その次の人物の言葉で俺の思考も停止した。

 

「あのー?」

「あっ、申し訳ございません! えぇと、一皿と一皿と二皿と二十皿と二十皿……双頭眼鏡鶏のオムレツが計四十四皿でよろしい……ですか?」


 本当にそれほど食べるのか。本当にあなた達は人族なのか。

 などと言いたげな目で確認したが、カレンもミロシュもさも当たり前のような顔をしていたので何も言わずに控えた。

 それからすぐ厨房より「はあぁッ!?」と喚声が起こったが、我々ではないどこかのマナーの悪い客がふざけた注文を出したに違いない。きっとそうだ。

 

 なぜか厨房内の騒がしさが一段階上がり、十分とそこらで先ほどの給仕さんが網のように束ねた触手に皿を乗せてやってきた。

 ちょうど半分の二十二皿を置き、卓のほとんどが白と黄と赤で埋まってしまった。 


「残りの半分はいつ頃お作りしましょうか? 三時間ほど経ってからでよろしいですか?」


 給仕さんが極めて常識的に考え常識的な質問をする。

 対する非常識人二人の答えはというと、

 

「あたしは三十分くらいでいけるけど、ミロシュは?」

「私もそれでいい」

「……か、かしこまりした」


 よって滑らかな触手をガチガチにこわばらせながら下がった。

 さながら邪悪な魔獣に「皆殺しにされたくなければ生娘を生贄に差し出せ」と脅された村長のような反応である。

 これではどちらが魔人か分からない。


「いただきまーす!」


 さっきは毒だのなんだのと言っていたカレンは視覚と嗅覚によって目の前の料理が安全なものだと確信し、スプーンで豪快に掬って最大限開いた口に放り込み。

 誰よりも早く味を知って顔を綻ばせた。

 これにて食料問題の解決である。


「あの、ミロシュさん?」

「……何」


 カレンの毒味が完了し、ミロシュがスプーンを手にしてオムレツを割ろうという時に止めた。

 ムッとしてレンズ越しに睨まれたがそれでも聞いておかねばならない。


「本当に食べるんですか? その量を」


 その体でとまで言うと嫌われそうなのでやめておいたが、ミロシュは三人の中で最も小柄である。

 ものさしを使っておらず目測なので正確性に欠けるが、グリゴールが百九十センチメートル、ケイが百六十三センチメートル、そしてミロシュが百五十四センチメートルと、成長期のカレンよりも少し大きい程度である。

 しかも運動量に至っては我々の中で最も少なく、極力動かないようにしている。

 胃に穴でも空いていなければそれほど食べる必要があるとは思えない。

 

「私より小さいカレンも同じ量食べている。まだ何かある?」

「いえ……」


 早く食わせろと言わんばかりにスプーンを握る手に力が込められていたのでそれ以上は何も追及しなかった。

 しかしまさか、魔法学院首席の賢者様が子供染みた対抗心に突き動かされているのか? 不愛想な顔をして可愛らしいところもあるものじゃのう。

 などと心を爺にして二人の食いっぷりを見守った――。


 おおよそ三十分が経ち。

 あの給仕さんが何も持たずにやってきたが、どの皿にもかけら一つ残っていないのを見て少しの間硬直した。


「本当に平らげるとは……。すぐに残りを持って参ります!」


 もちろんカレンがミロシュの分を食べてあげたとかではない。

 彼女は自分で頼んだ分をきっちりと平らげた。どころか食べる速度に至ってはカレンよりも一段早かったのだ。

 彼女が《暴食》の二つ名で謳われる理由がよぉく分かった。


 ひょっとすると現代では度を越えた大食いは特異体質ではなく、探せばすぐに見つかるのだろうか?


(……おい、あそこの席見ろよ)

(あいつら人族だよな?)

(しかもどっちも女だぜ……。どうなってんだアレ)


 耳をすませば次から次へと聞こえてくるわ聞こえてくるわ。

 どうやら魔人からしても非常識な存在らしい。

 

「今まで食べたオムレツの中で一番美味しい! いくらでもいけるよねこれ!」

「……ん」


 二人は恥も外聞もなく思うがまま卓上に埋め尽くされたオムレツを食していく。

 一時は盛り返した黄と赤が次々と白に染められていく。


 そして、ついに。


「ごちそうさまでしたーっ!」

「ごちそうさま」


 それぞれ二十皿、二人合わせて四十人前を完食してしまった。

 立ち上がったり直接話しかけてくる者こそいないが、そこら中から感嘆の声や拍手が鳴り出した。

 俺から見てもちょっとした手品か魔法だとしか思えないのだから当然のことだ。どこへ行っても大食い芸だけで食っていけると保証しよう。

  

「あっ……えっと……」


 今更恥ずかしくなったのか、カレンは顔を俯けて縮こまってしまった。

 我々の中で群を抜いて図太いミロシュは全く気にもせず飄々としていたが。


「それで、あの、ミロシュさん」

「何」


 満足いくまで食えたからか、食事前と比べてわずかに声が弾んでいる。

 これはかなり機嫌がいいな。

 だから思い切って聞いてみることにした。


「どうしてあなた達はそこまで食べられるんですか?」

「どうしてって、私は《魔臓》持ちだから」

「ま……ぞう……?」


 生まれて初めて聞く言葉だ。

 全くの門外漢なので詳しい説明を求めた。


「簡単に言えば魔力を貯めておける不可視の臓器。魔力溜まりとも言われる」

「ほう」


 この星の全ての生物は多かれ少なかれ魔力を保持している。

 ヒトは魔力のほとんどが血液に含まれており、鍛錬によってその最大保有量を増やすことができる。

 使用した魔力の回復には休眠や食事を必要とするので、余程のことがない限り短時間で使い切るのは望ましくない。

 ここまでが千年前に最先端だった情報だ。


「魔臓は血液中の魔力とは別に膨大な魔力を貯めておける。もちろん魔臓にも容量はある」


 つまりは血液中の魔力を全て使い切っても、魔臓から取り出して使えるわけだ。

 普通の人が銅貨や銀貨を手で持ち運ぶのならば、魔臓持ちは高価な宝石をポケットや荷袋に入れて持ち運ぶのに等しいといったところか。


「魔臓にはどうやって魔力を貯めるの?」

「摂取した栄養を魔力に変換・凝縮し貯蔵する」

「どうりであそこまで馬鹿食いしたわけか」


 思い起こせば人並み外れた魔力量を持つ者の共通点として、たしかに大食いが多かった気がする。よく食べよく飲みよく吸うことが偉大な魔法使いへの近道だと教えられるくらいには。

 なるほど合点がいった。


「それじゃあミィ」

「カレンにも魔臓がある」


 一番小さい身体で誰よりも多く食べる少女に全員が目を向ける。

 カレンの表情が困惑と照れの混ざりあったものに変わった。


「そう、なのかな?」

「魔臓が満杯じゃない限り、満腹なのにどこか一か所だけ穴が空いている感覚があるはず。私はこの辺り」


 ミロシュが肝臓の下部を指差す。


「うん……あるにはあるんだけど…………」


 何か言いにくいことでもあるのか、急に言葉を詰まらせた。

 もったいぶってないで早く言えとミロシュが目を細めたので、観念して右の人差し指で心臓の右あたりを。そして左の人差し指でヘソの上を指して、



「――たぶん、二つある」



 この日俺は初めて、ミロシュの間抜け顔を拝見できた。

 そして勇者一行や戦災龍と並んだせいで霞んでいたが、ようやく再認識できた。


「えへへ……」


 やはりこの子は神々の欲しがる至宝――《焦がれ星(ジ・ステラ)》たる怪物だと。


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