この世界が出来た悩み
「悠斗、少し待ってくれる?」
ここでの用事、というかノームが引き伸ばしてた件も終わり、今度こそ街に戻るつもりだったが今度は千佳が俺たちを引き止めた。
「どうした?」
「どうした、ってわけじゃないけど少し気になってね。聞きたいことがあるのよ。」
「聞きたいこと?さっきは無さそうだったが?」
「さっきと今では状況が違うでしょう。
そっき、ノーム様?が言ってたけどノーム様である理由を聞きたいのよ。」
そういえば、ワシだからこそ意味がある、と言っていたな。
「呼び方なんぞワシのことはノームで良い。
お嬢さんの質問じゃが、ワシはな感謝しておるんじゃ。」
千佳の質問に俺の方を向いて答える。
「俺?」
「お前さんがあの時、あの少女を助けなければワシら生まれることが無かった存在じゃ。
ブラン様の魔力と、ルージュ様の力によってワシら六大精霊は生まれた。
生まれるはずのなかったこの命を、生きるということを経験できた恩は何事にも変えがたい喜びじゃった。
そして生まれた恩を返すことができるのに、むざむざと見逃すことはありえん。」
「ルージュさんが生を与えたとしか聞いてなかったし女神ブランの魔力によって、というのは初耳だったな。」
「ワシら六大精霊はルージュ様の眷属とはいえ、この世界を構成する力はブラン様の魔力によって作られた。
その中の一つがワシらというだけなのじゃから知らなくとも無理はない。」
「事情はわかったけど…、俺は感謝されることなんて…。」
俺はユウちゃんとシアの方を一瞬だけみて目を逸らしてしまった。
「お兄ちゃん?」
「ユウト様?」
困った様子で俺の方を見つめる少女達。
まっすぐ見つめ返すこともできず俯いた俺が口を開かないのを見かねたのか、
「言いたいことがあるならはっきり言いなさい!」
千佳が少しだけ怒りつつ俺に先を促した。
「俺は、この世界が出来て本当に良かったのか、と思っています。」
「ふむ、理由を聞いてもいいかの?」
「昔話を聞いた時からずっと考えていたんです。
もしこの世界が出来なければユウちゃんとシアが家族を失う苦しみを味わうこともなかったんじゃないかって。
もしあの時、一人の子供を助けなかったら、ここにいる二人の子供に苦しむ人生を経験させることはなかったんじゃないかって。」
多数の幸せのために少数を犠牲に、ではないけど俺がやったことはそれの逆と変わらない。
一人の子供を救ったことで少なくとも二人が傷ついた。
だからと言って一人の子供を助けずに見捨てていたら、例えあの時死ななくても俺は後悔したまま生き続けることになったはずだ。
助けたことは間違ってなかった。
だけど本当に正しかったのか、わからなくなっていた。
そんなジレンマを否定するかのように、
「ユウは難しいことわからないけど、お兄ちゃんが助けなかったらこの世界はなかったってことだよね?
お兄ちゃんやお姉様達に出会えないなんてユウはいやだよ!」
「私もユウと同じですの。あの苦しみがユウト様と出会うためだったのなら何度だって耐えれるの!」
「お前さんのしたことは間違っておらん。
言ったであろう、生きることの喜びを知れたことに感謝しておるのじゃ。
生きることが何も全て楽しいことだけではないのはわかっておろう?」
「それはそうですが…。」
「お主がこの世界で起こったことの責任まで感じる必要などありはしないのじゃ。
多くの生きる者が集まれば火種は生まれる。
それを自分の所為だと責めるのはいささか傲慢ではないかの?」
この世界で生きてきた人たちが俺の悩みは間違っていると言ってくれる。
「そうですよ、悠斗さん。女の子自身はあなたに感謝しているのです。
あなたが女の子を助けたことでできたこの世界ですが、この世界ができるという保証もありませんし悠斗さん自身が望んだわけでありません。
それでももし悠斗さんの考え通りだとして誰かに責任があるとすれば、私が思うにそれは女神ブラン様ではないでしょうか?」
同調するかのような言葉とともにレナさんがとんでもないことを追加して言い出した。
その言葉を聞いてユウちゃんやシア、ノームは特に驚いたようにレナさんを見つめた。
生きてることは聞いたが命を賭してこの世界を作ったと言われる女神。
もっともポピュラーな信仰対象である女神を否定する人はほとんどいないはずだ。
「どうして女神ブラン、なの?」
「…悠斗さんのためだけにと作ったこの世界は、助けられた女の子のエゴの象徴なのですから。」
作られた原因より作った本人が悪いって言いたいのかな。
一番気にしていたユウちゃんやシアは気にしてないと言ってくれる。
俺が悪いとかじゃなくてノームの言う通り起こったこと全ての原因が自分だと思うのは傲慢過ぎるのかな。
レナさんも女神ブランが本当に悪いと言ってるわけじゃない。
「ごめん、少し考え過ぎていた。」
「若人は迷いながらも自分の信じた道を進めば良いのじゃ。気にする必要はない。」
少しだけ暗い話になりかけたが、ずっと抱え込んでいた心の重荷が取れるのであった。