弓
「行こう!っじゃないわよ!」
武器選びに行く前と同じようにご機嫌ナナメな千佳。
「お、おう?」
「使う武器は決まったけどいきなり実戦とか言わないわよね?」
それは確かに怒るのも無理ないか。
「イ、イワナイヨ?」
「絶対何も考えてなかったでしょうが!」
当然すぐにバレて余計に怒らせてしまった。
「た、ただな!お前が選んだ弓だけど俺は使ったことすらないし教えようも無いんだ!
他の人達だって基本は近距離武器がほとんどだしな。」
大会に出た目的は本来いろいろな武器の使用者を見て、戦って学ぶことだった。
その中には弓も含まれていたが、手を抜いたら即敗北に繋がったため使い慣れた剣のみとなっていた。
勇者やウルドさんの弓の戦いを見て使い方を真似ろ、と言われても正直無理な話だ。
大会にでてた中でも別格の二人から、見て技術を盗めるような人はもはや天才という言葉すら生温い。
そんなことを俺も千佳も出来るはずはない。
それに千佳はもともと基礎をしっかりとやり、堅実に学んでいくタイプだ。
いきなり応用から手を出して手順をスキップすることはしない。
「…むぅ、勧められて適性もあったから使えると思ってみたものの時期尚早だったかな。
もう少し買ってからのことを考えるべきだったわ。」
頭を抱えつつどうしたものか、と思案し始めた。
ただ俺にはなんとなく弓を教えてくれそうな人に心当たりがある。
やっぱり弓といえばエルフ!そうパトである。
何の武器を使っているかも知らないが、俺が苦労して倒した魔獣も雑魚扱いしてたくらいだし、得意な武器があってもおかしくない。
部屋にはパトはいないしとりあえず呼んでみるか。
俺は心の中で、
(なぁパt…
と思った瞬間、ノック音が聞こえすぐさま扉を開けるレナさん。
そして来訪者は案の定パト。
…正直冗談のつもりだったが完璧なタイミングすぎて本気で怖いです。
というか俺が起きたことをパトから聞いたって言ってたし一緒に付いてきたのならずっと扉の前で待ってたのかな?
扉の前で入るタイミングを失ってずっと待ち構えてた姿を想像したら、それはそれでかわいそうなので突っ込まないでおこう。
心の中を読んでるならバレてるだろうが口に出さなければみんなにバレることはない。
これはそう、俺とパトの秘密。
一方的にパトの弱味を握った風になっていったが、
「話す時間を取れるようにと気を使ってゆっくり来たのに散々ないいようですね?」
パトがニコニコ笑顔で俺の考えを訂正してきた。
「ごめんなさい。」
すぐさま謝らないと、と危険感知が働いて考えるより先に言葉が出ていた。
「まぁ別にいいんですけどね。
それよりエルフ=弓という固定観念はいかがなものですか?」
「え?いやー、なんとなくそうなのかなって…。」
やれやれと言いたげな雰囲気で、
「異世界人の方って妙なところにこだわりがありますよね。
それにエルフが弓を扱えるというなら僕じゃなくてへーティでもいい気がしますが?」
パトがそう言った瞬間、弓を学ぼうとしていた当人は一気に青ざめて、
「お願いします!それだけは…!」
普段落ち着き払っている七海さんすらガクガク震えてる。
何があった…、なんて聞かなくてもわかるか。
俺は2週間かけてへーティさんにゆっくり教えられていたが、二人は一週間ちょいで叩き込まれている。
つまり一人換算に直すと俺の約4倍の速度。
俺の体験したガス欠マラソン修行の4倍とかトラウマになっても仕方ないな。
「安心してください、へーティも弓は扱えませんし、あくまで変な事を考えていたユウトさんへ言っただけですよ。」
俺が原因だと言わんばかりの言葉に千佳から睨まれる。
「お、俺は何も言ってないからな!それより千佳が弓を学ぶのに適した人はいない?」
このままでは千佳の怒りが爆発しそうなので無理矢理話を切って本題に入ることした。
「そうですね、心当たりはありますしちょうどこの街に滞在しています。
弓の、という事でしたら快く引き受けてくれると思いますよ。」
適任者がいたようで安心した。
早目に行きたいとは思っていたがダンジョンに行くのは学んでからになるだろう。
だが千佳が不安なまま行くよりよっぽどいい。
「おぉ、本当か?それは良かった。出来れば仲介をお願いしたいけど頼めるか?」
「それは構いませんが、正直言いますとへーティ以上ですよ?それでもいいんですか?」
その言葉でビクっとした千佳。
「それはどういう…?」
「言葉通りですよ。こと弓に関してはあの人ほど偏執的な方はいない、ということですね。」
千佳は険しい表情で思案し始めた。
弓を学べる絶好の機会だけどへーティさん以上ということで恐怖もあるんだろう。
だが、
「対象がへーティさんってことで少し…、ううん、かなり不安もあるけど何事も試す前から逃げ出したくない。
パトリックさん、その弓を教えてくれる先生を紹介してください。」
教えを請う方向に結論が至ったようだ。
パトも頷き、
「少し待ってくださいね。」
そう言って目を閉じて呟き、何やら魔術を使っているようだ。
見ただけでは何をしてるのかわからなかったが連絡を取ってくれているようで、話を終えたのか目を開いて千佳の方を向き、
「弓のことを学びたい人がいる、と伝えたらすぐに来てくれるようになりました。」
「ありがとうございます!」
「これくらいのことでしたら気にしないでください。
それにただのお礼ですから。」
パトはそう言ったが千佳の方は不思議そうにしていた。
例の過去に会っている出来事かな?
まぁ教えてくれないんだろうけど。
千佳も聞きたそうにしているが、聞いたとしても自分の知らない自分の活躍を聞いても反応に困る。
結局何も聞かないことを選択したようだ。
俺も宗士と茉緒の会話から始まりの魔王を倒したって言われても実感がわかない。
考えても仕方ないことは置いておくとして、とりあえず今はその弓の先生を待つことにしよう。
1週間3話の予定が1話になってしまい申し訳ありません。
8/10から1週間は毎日投稿予定です。