第六章 ひなげしの花咲く丘で 65
セレイアックの大通りを、馬に跨った若者が五人、猛烈な速さで駆け抜ける。
「おい、リオネル。速すぎる! 危ないぞ!」
そう叫ぶディルクも、遅れずにリオネルについてきていた。
「聞こえているのか、リオネル! ベルトランもなにか言ったほうがいいんじゃないのか!」
ベルトランの背中に問いかけても、やはり無言の返答ばかり。
結果的にこの事態を招いてしまったジュストは、眉根を寄せて苦い表情のまま馬を駆けている。
「この様子じゃ、どうにもいい展開になるとは思えない。やっぱり、伝えないほうがよかったんじゃないか?」
馬を駆けながら、ここにはいない相手にこぼすディルクを、レオンがちらと振り返った。
「だが、おれたちだけで判断できることではない。リオネルが叔父上と話すまたとない機会だというマチアスの考えは、正しいと思うが」
結局、マチアスの提案でディルクらは、この事態をリオネルに伝えにいくことにしたのだ。家庭教師を務めているラロック家へ行き、クレティアンがアベルに会いにいったことを告げると、リオネルは即座に雇い主に断って仕事を切り上げた。
クレティアンへ居場所を告げたジュストを責めることなく、けれどひと言も発することなくリオネルは馬に跨り、アベルが待つはずの部屋へ向かう。
ちなみにマチアスが同行することについては、ディルクがけっして許可を出さなかったために、彼だけ館に残ることになった。
セルヴァント通りの小間物屋に辿りつくと、リオネルは馬から飛び降りて部屋へ向かう。
そして手荒に扉を開けた瞬間、はっとしたようだった。
窓辺に立っていたのは、リオネルの父親であるクレティアン。
久しぶり会うはずの父親に挨拶もせずにリオネルは寝室や浴室を確認しにいく。ディルクもまた、クレティアンにさっと一礼してからリオネルと共に探したが、ひなげしの髪飾りが食卓に置かれているだけで、アベルの姿はどこにもなかった。
ようやくこのとき、リオネルがクレティアンに声をかけた。
「父上――アベルはどこに」
リオネルの様子を黙って見守っていたクレティアンが、ゆっくりと口を開く。
「リオネル、久しぶりだ。元気そうでよかった。ベルトランも」
「そんなことを話しているのではありません。アベルはどこへ」
「シャンティ殿なら、亡くなった」
クレティアンのひとことに、ふわっとリオネルをとりまく空気が変化したのが、ディルクにもわかった。
「お、おい」
止める間もなく動いたリオネルが、クレティアンへ歩み寄り、その襟首を掴み上げている。
「落ちつけ、リオネル。きっとこれには、なにか事情が――」
慌てて止めに入ろうとしたが、あまりに緊迫した空気に、それ以上ディルクは言葉を発することができない。
「リオネル様……!」
ジュストも慌てて駆け寄ったが、リオネルは振り返りもせず、クレティアンを睨み据えた。
「父上、アベルになにをしたのですか」
「リオネルのためを思うなら、自ら命を絶つようにと、シャンティ殿には告げた」
ベルトランが鋭くリオネルの名を呼んだものの、そのかいもなくクレティアンが言い終えるや否や、リオネルの拳がベルリオーズ公爵の顔を殴打していた。
手加減のない力に、均衡を崩したクレティアンが背後の窓に手をつく。そのクレティアンの胸倉を再び引き寄せ、リオネルは低く声を発した。
「アベルはどこにいるのです?」
切れた口端の血をぬぐいながらも、クレティアンは冷然と答える。
「シャンティ殿はもういないと言ったはずだ」
「彼女が本当に死んでいたなら、私もあとを追います」
「領民を見捨て、家臣を見捨て、親である私より先に死ぬというのか」
「ええ、そうです」
きっぱりと告げるリオネルに、クレティアンはかすかに笑ったようだった。
「そなたは変わった」
「変わったとは」
「以前のそなたであれば、なにがあっても領民のため、家臣のため、そして私のために生きただろう」
「もう二度とアベルと離れません」
「〝愛を知った女は賢くなり、愛を知った男は愚かになる〟とはよく言ったものだ」
古くからシャルムに伝わる言葉をクレティアンが口にすれば、ディルクは軽く眉をひそめる。愛を知って賢くなったアベルが、本当に死を選んだとはディルクにはどうしても思えなかった。
それはリオネルも同様かもしれない。けれど、ここまで彼が怒りを露わにしているのは、おそらく、死を選択するようにとアベルに迫ったクレティアンの行動を許せないのだ。
「――愚かでけっこうです。アベルの居場所を教えてください」
クレティアンを引き寄せ、リオネルは低く告げた。いつだって冷静で立場をわきまえるリオネルが、クレティアンを拳で殴ったうえに、未だに彼の胸倉を掴んでいるなど、信じられないことだ。
けれど、余人にはけっして介入できぬ雰囲気が二人のあいだにはあった。ジュストやベルトランでさえ立ち入れないでいる。レオンは端から諦めの風情だった。
おそらく、リオネルとクレティアンがはじめてする親子喧嘩だろう。どうなるのかまったく見当がつかない。
冷や冷やしながら皆が見守るなか、クレティアンがなにか言おうと口を開いた。けれど声が発せられるより先に、部屋の扉が開いた。
――そこにいたのは。
澄んだ空色の瞳が、大きく見開かれる。
「リオネル様……公爵様!」
二人に駆け寄ったのはアベルだ。
もう娘の姿ではなく、男物の服をきっちりとまとった従騎士だった。
アベルが引き離す必要もなく、リオネルはクレティアンを解放する。それから、従騎士の姿のアベルを両腕で抱きしめた。
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なにが起きたか、すぐには理解できなかった。
男物の服を作るためにオリヴィエと共に向かった仕立屋から戻れば、リオネル、ディルク、レオン、ジュスト、ベルトランが部屋に来ていて、しかもリオネルがクレティアンの襟首をつかんでいたのだから。
クレティアンはすでに殴られた跡さえあった。
「アベル――」
きつく抱きしめるリオネルの声には深い安堵がにじむ。なにを心配していていたのかは、聞かなくてもわかる。リオネルはその不安を、小さな声で口にした。
「アベルがいなくなってしまったのかと思った」
「……ごめんなさい」
「きみがおれのために死を選んだのだと、父上が言っていたから」
「だから、公爵様を?」
クレティアンを殴ったのは、そのためだったのか。
「真実かどうかはわからなかった。けれど、少なくともアベルを追い詰め、容易くきみの〝死〟を口にした父上を赦せなかった」
「それは、〝シャンティ〟のことで」
身動きできないので、アベルは抱きしめられたまま、ただリオネルの服の胸元を見つめている。
リオネルの香り。
服も、香りも、彼に所属するなにもかもが、胸を締め付ける。
「〝シャンティ〟のこと?」
「シャンティだったわたしが死に、アベルとして生きるなら、リオネル様のおそばにいてかまわないと、クレティアン様はおっしゃってくださいました」
アベルを抱きしめたまま、リオネルがクレティアンを振り返る。するとクレティアンは淡々とした口調で言った。
「……言っただろう、シャンティ殿は死んだのだと」
リオネルが苦い表情になる。
「なぜそのように思い違いをさせるような言い方を?」
「真実だからだ、リオネル。シャンティ殿を我が館に住まわせ、そなたのそばに置いておくわけにはいかない。だから、シャンティ殿には完全に死んでいただいた」
それでもリオネルは納得できないようだった。
「生きた心地がしませんでした」
「リオネル、そなた、アベルが死んでいたら本当にあとを追うつもりだったのか」
「命があってもなくても、アベルの命が失われれば、私の心が死ぬことに変わりありません」
アベルがリオネルを見上げると、そっと耳の後ろから髪のあいだに手を触れられる。
「よかった本当に、アベルが無事で……」
こちらを安堵の色で見つめるリオネルの瞳をまえにすれば、アベルはあらためてクレティアンに短剣を渡されたときに、命を絶つ道を選択しなくてよかったと思う。
この人のために――この人が想っていてくれているあいだは、アベルはなにがなんでも生き抜かなければならない。
目を閉じ、リオネルの手のひらに頬を寄せた。
アベルの頬の温度を受け止めながら、リオネルがクレティアンに言葉を向ける。
「アベルとしてなら、館で住まうことを許しくださるのですか、父上」
「そうしなければ、私のひとり息子は館に戻ってこないのだから、しかたがない。それとも他の選択肢が我々にあるのか?」
「……ありがとうございます」
「それでいいか、リオネル。アベルは生涯そなたの家臣だ」
けっして結ばれることはないのだと暗にクレティアンが示唆すれば、リオネルはアベルの身体を解放し、あらためてその姿を見つめた。
「女性の姿はもちろん美しいですが、私はこの姿も好きですし、むしろ安心です」
リオネルの返答に、クレティアンが大きく溜息をつく。アベルは顔を赤らめ、ディルクは笑いをこらえるのに必死のようだった。
けれど、次のクレティアンの言葉に、緊張感が漂う。
「はっきり言ってほしいなら、そうしよう。そなたとアベルが結ばれることはないだろう。それはわたしの判断ではない。赦されぬ仲だからだ。それでもいいのかと聞いている」
「アベル以外の者と結婚する気はありません」
「……私がここまで歩み寄ったというのに、そなたは一歩も譲らないつもりか」
「他の女性と結婚させられるのは、ご免ですから」
「ならばアベルが館に住まう許可も取り消すことになる」
「けっこうです、このまま市井でアベルと暮らせるなら本望です」
クレティアンが頭を抱えた。生まれながらに賢く聡明で、子供らしさがないほど聞きわけのよかった息子が、ここにきてはじめて――そして最大の反抗をしめしたのだから、クレティアンでさえどうしたらいいいかわらないのも当然のこと。
アベルは焦る。
せっかくリオネルとクレティアンが和解する機会が訪れたというのに。
この機会を逃すわけにはいかない。おそらく今決裂すれば、もう二度と平和的な解決は訪れない。これが最後の機会だろう。
「リオネル様、わたしはどのような形でも、リオネル様のおそばにいられるなら幸せです」
「そばにいられたって、アベル以外の人と結婚させられるくらいなら、おれはここに残るよ」
「先のことは、あとで考えましょう」
「そういうわけにはいかない」
「今は、公爵様のお心に感謝して、館へ戻りませんか?」
リオネルが難しい表情でアベルを見つめる。
「戻りたいのか」
「……わたしひとりのリオネル様ではありませんから」
「そういう気持ちで言っているなら、無理に戻る必要はないよ」
アベルは首を横に振った。
「きっと、神様が定められたことなのです」
リオネルがわずかに目を細める。
「大きな木には鳥や動物が集います。その木の周囲には花が咲き乱れ、頭上には星が降りそそいで輝きます。皆が必要とするその木を、わたしは広い丘のうえに返さなければ……そうしなければならないのです」
形容しがたい色をたたえたリオネルの瞳をまえに、アベルはどんな顔をすればいいのかわからなくなった。
「おれは、そんな立派な木じゃない」
小さく告げるリオネルの、その声、その表情。
立派な木でいることは、リオネルに孤独を強いてきたのかもしれないと、はじめてアベルは思った。
たった一羽の小鳥の宿り木になるような、炉端の林檎の木に、リオネルはなりたかったのかもしれない。そして、その小鳥は――多少うぬぼれてよいならば、アベルだったのかもしれない。
丘の上の木は、ひとりで多くの鳥や動物を守り、空を抱え、弱い花々を大きな枝の葉に隠して、いつだって気を張って生きてきた。
だとすれば。
「どんな木でもいいのです」
――立派な木じゃなくていい。
「丘に返した木が、小さな苗木でも、どんな木であっても――他にどんな鳥が集まってきても、あるいは空がどんな嵐になっても、周りの花が枯れ果てても、かまわないのです。どんなときだって、わたしはその木に寄りそっています」
ときには鳥の姿で枝にとまり、ときには星になって降りそそぎ、ときにはひなげしの花になって……。
「そうやって、いっしょに生きていきませんか?」
先程から変わらず、リオネルはアベルをまっすぐに見つめていた。
沈黙のなかに、かすかな笑みを含んだディルクの声が響く。
「最高の求婚じゃないか? リオネル、丘へ戻ってこいよ」
プロポーズ……。
そんなつもりはなかったのだが。
「おれもさ、おまえに集う小鳥の一羽だから」
含み笑いのディルクの言葉に、すかさずつっこんだのはレオンだ。
「小鳥? そんなかわいいものか? 木に巣を作るカミキリムシかなにかの間違いだろう」
「カミキリムシとは、失礼だな。それならレオンは、木の枝からぶら下がるミノムシか?」
シャルムの王子を〝ミノムシ〟呼ばわりして平然としているディルクは、ある意味無敵だと思う。けれど、そんな二人の会話をリオネルは少しも気にしていないようだった。
真剣になにか考える様子のリオネルを、アベルは祈るように、ただ黙って見つめているしかない。
不意にリオネルが声を発する。クレティアンに向けたものだった。
「父上、私は夢を見ていました」
「夢?」
クレティアンが問い返す。
「……父上が、アベルを館に住まわすことをお許しくださらなかったので、彼女のためにこの生活をはじめましたが、そのうちに夢を見たのです」
リオネルはアベルを見つめたまま、ひとりごとのようにクレティアンに語りかける。
「ベルリオーズ家の跡取りである責任も、王弟派のうえに立つ重荷も、貴族として生きる息苦しさも、命を狙われ続ける緊張感も、すべて忘れ、ひとりの人間として愛する人と共にただ平穏のうちに生きるという――、そういう夢を見ました」
「……それは、幸福な夢だったか」
「ええ、信じられないくらいに」
リオネルの言葉に、アベルは胸を突かれる。
夢を見ていたのはアベルだけだと信じていた。
幸福な夢を見せてくれたのはリオネルで、けれどリオネルも同じ夢を見ていて。
その夢を壊したのは、従騎士の姿に戻ったアベルだ。
かすかに細められたリオネルの瞳。
その表情は苦しげで。
アベルは思わずリオネルの服を掴み、ひたいをその胸に押しつける。リオネルの鼓動に切なさが込み上げた。
「わたしも、同じ夢を見ていました」
「……アベル」
「とても幸せな夢……リオネル様から頂いた夢、見ていたのはわたしだけではなかったのですね」
ひたいを押しつけるアベルの肩に、リオネルはそっと手を置く。
「辛い目に遭わせてしまったけれど、そう言ってくれるか」
「毎日、毎朝、目覚めるたびに、信じられないくらい幸福でした」
背中に腕がまわり、すっぽりと抱きしめられる。アベルはその腕に身体を委ねた。
「けれど……夢はいつまでも夢のままですが、ベルリオーズ邸には現実があります。それはけっして悪い意味ではなくて……夢がきっと現実になる場所だと信じています」
「…………」
「夢のようだった生活は、ベルリオーズ邸で消えるわけではないと思うのです。また、あの場所に戻って、いっしょに……今度は騎士の方々やイシャス、エレン、その他大勢の人たちともいっしょに、生きてみませんか」
リオネルは、すぐには答えなかった。しばし無言でアベルを抱きしめていたが、しばらくしてようやくそっとつぶやく。
「――おれと、現実の世界で生きてくれるのか」
「もちろんです」
「おれのようなちっぽけな木に、ずっと寄りそってくれる?」
「はい。神様がお許しになるかぎり」
「神が許さなくても、おれはアベルの手を離したりはしない」
二人の会話を聞いていたクレティアンが、無言でうつむいた。
意を決したように、リオネルはクレティアンに告げた。
「……父上、アベルと共にいることをお許しいただけるなら、館に戻ります」
そうか、とクレティアンは息を吐くようにつぶやく。
「なにがあっても、生涯アベルと共に生きます」
もう一度クレティアンは、そうか、と答えた。
「けれど、最後に、この生活にけじめをつけさせてください。私は商家の子弟の家庭教師をしています。この部屋を引き払う準備もあります。どうかあと一週間だけ、私たちに夢の続きを見る時間をください」
皆の視線が集まるなかで、クレティアンが静かに告げた。
「かまわないだろう」
ディルクやレオン、それにジュストもほっとした表情だ。ただひとり、ベルトランだけは、感情を読ませぬいつもの仏頂面だった。
「そうと決まれば、お邪魔虫は退散しようか。ああ、お邪魔虫じゃなくて、カミキリムシとミノムシだったっけ。……あ、今笑ったな、ベルトラン」
「いや、見間違いだ」
「笑った。たしかに見たぞ」
「気のせいだろう」
ベルトランとつまらぬ言い合いをするディルクの腕をレオンが掴む。
「そんなことはどうでもいい。帰るぞ、カミキリムシ」
ややむっとした顔になってから、ディルクもやり返す。
「同じ虫どうし巣に帰るとするか、ミノムシ殿下」
「だれがミノムシ殿下だ」
顔を引きつらせるレオンの傍らで、ディルクがベルトランを指差した。
「また笑っただろう、ベルトラン」
「いや、笑っていない」
「今度はたしかに見たぞ。ちなみに、おれたちがカミキリムシとミノムシなら、ベルトランは、アベルとリオネルにとって本物のお邪魔虫じゃないか」
ベルトランは片眉を吊り上げる。
「しかたないだろう、リオネルを守るためならお邪魔虫でけっこうだ」
非建設的なやりとりの傍らでは、ジュストが深々とリオネルに頭を下げていた。
「リオネル様、誠に申し訳ありませんでした」
クレティアンには告げないという約束を破ったことを、気に病んでいるようだった。
けれど、リオネルはゆっくりと首を横に振る。発せられたのは、なにか諦めたような雰囲気さえ感じさせる、穏やかな口調だった。
「ジュストにはいろいろと苦労をかけた。こちらは大丈夫だから、父上の警護を頼む」
このような結果になったことで、リオネルがなにを思ったかはわからない。
けれど少なくとも、リオネルに居場所を知らせたジュストに対して、憤りなどを抱いている様子はない。
それでもジュストは頭を下げた姿勢を崩さなかった。
「……もしお許しいただけるなら、あと一週間、リオネル様がご不在のときにはアベルを守らせていただけませんか」
申し出るジュストをリオネルは見やる。
「無理しなくてもいい」
「いいえ、けっして無理をしてなどおりません。どのような場所であっても、私はリオネル様の愛する女性を――いえ、仲間であり、後輩であるアベルを、守りたいと考えています」
リオネルがちらとクレティアンへ視線を向ける。クレティアンは軽くうなずき返した。
「……では、おれが仕事を辞めるまでの数日間、アベルのことを頼めるか」
「もちろんです」
ようやくジュストが顔を上げる。この生活でアベルを最後まで守りたいというのは、彼なりの罪滅ぼしなのかもしれない。
「一週間……」
アベルとリオネルは顔を見合わせる。
あと一週間の夢。
けれど、クレティアンに許されていっしょにいられる一週間は、きっとこれまでの日々より特別な意味がある。
込み上げる切なさを持て余して、アベルはリオネルの手を言葉もなく強く握った。