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ひなげしの花咲く丘で  作者: yuuHi
第七部 ~神前試合は、運命の歯車に導かれ~
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 大粒の雪が舞うサン・オーヴァンの街じゅうを探しつづけたリオネルらが、館に戻ったのは明け方近くのこと。


 ベルリオーズ家別邸の玄関をくぐった彼らの表情は、疲労以上に憂慮の色が濃い。

 冷えた身体を温めるためではなく、いったん頭を冷やすために四人は居間へ向かった。


 眠らずに待っていたジェルマンが、葡萄酒を人数分用意する。それから全員分の外套を受けとると、なにも聞かずに一礼して部屋を辞した。


 椅子に腰かけたリオネルが、肘をついた両手で頭を抱える。

 憔悴しきった様子は容易に見て取れた。


「アベルが王宮を訪れた様子はなかったし、ここからうちの館までの道のりにもいなかった。サン・オーヴァンの繁華街にもそれらしい姿はなかったし、あとはどこを探せばいいんだろう」


 状況を整理しつつディルクが独り言のようにつぶやく。

 各所を探し回った。

 この時間になると、さすがにサン・オーヴァンの繁華街も人はまばらになる。だからこそ、アベルの姿が見当たらぬことも把握できた。まだ営業している数少ない飲食店や、いくつかの宿屋も回ったが、アベルの消息は知れない。


 リオネルは頭を両手にうずめたまま、言葉を発しなかった。


「もうすぐ明け方だ。このまま闇夜を探すよりも、仮眠を取り、明るくなってから出直したほうがいい」


 そう提案したのはベルトランだ。マチアスが考え込む様子ながらも、ゆっくりとうなずく。


「そのほうがいいかもしれません」


 なんとなく方向性が定まっていくなかで、皆の視線はリオネルへ集まった。


「リオネル、おまえも休んだほうがいい。このままだと身体を壊す」


 外の寒さは尋常ではない。毎年、冬には多くの凍死者が出る。ひと晩じゅう雪のなかにいることの危険性はだれもが承知している。けれど。


「おれは行く」


 姿勢を変えぬままリオネルは言い放った。


「死ぬぞ」


 ベルトランが渋面になる。


「アベルはこの雪のなかにいるかもしれない」

「そうかもしれない。だが、おまえの身になにかあればどうする」

「あの子は外套もまとわず、馬にも乗っていない」

「このあたりで倒れているような形跡はなかった。そんな薄着で、なおかつ徒歩で行ける範囲には限りがあるにも関わらずだ」


 どこか屋内にいる可能性が高いのではないか。そう指摘するベルトランに、リオネルはゆっくりと首を横に振った。


「……おれがアベルを追い詰めた」


 しぼりだすように声を発するその様子は、ひどく苦しげだ。


「一秒でも早く探し出さなければ」

「探し出すまえにおまえが倒れる」

「アベルは怪我のせいで本調子じゃない」

「一度冷静になって、万全の態勢であたらなければ、見つかるものも見つからないという話だ」


 論じる二人の脇から、ディルクが口を挟む。


「なあ、リオネル。どれほどアベルがおまえを求めているか、これでよくわかっただろう?」

「今、そのようなことを言ってどうするのですか」


 この状況を打開するためには、なんの役にも立たぬディルクの発言だ。マチアスが鋭い調子で指摘するがディルクは反論した。


「大事なことだよ。まったくわかってなかったようだから。リオネルのそばにいられないならば、アベルはどこにも居場所がない。そんなことわかりきっていたはずなのに」

「リオネル様はすでにご自身を責めておられます。これ以上言ってなんになるのです」

「居場所を失ったアベルが、どこへ向かうだろうかと考えるきっかけにはなるだろう? おれだって真剣にあの子のことを考えてる」


 会話を聞いていたベルトランが低くつぶやく。


「居場所を失ったアベルが向かう場所……」


 顎に手をあてて考え込む。


「イシャスに会いにいったとか?」


 ディルクが可能性を示唆したが、皆首を傾げる。


「馬も使わず、外套も羽織らず、シャサーヌまで戻る気はないだろう」


 ベルトランが言うと、「そうだよな」とディルクは難しい顔でうなずいた。アベルが向かいそうな場所に、だれも心当たりがない。そう、アベルにはリオネルを守るということ以外の行動基準がない。その基準を失った今、行く場所に検討がつけられないのだ。


 結論の出ないままの状態がしばらく続くと、リオネルが不意に立ち上がる。


「おい」


 ベルトランが声をかけるが、リオネルはかまわず扉口へ向かった。


「リオネル」


 肩を掴んでリオネルの足を止めさせたベルトランへ、苦いリオネルの表情が向けられる。


「放せ」

「――行くな。どんな状況であっても、アベルはおまえの無事だけを願っている」

「そんなアベルの手を、おれは放した」

「アベルとディルクのことを、思ったからこそだろう。二人のことが大事だったからこそだろう」

「そばにいたいと言ってくれた」

「…………」

「自分はシャンティではなく、アベルなのだと――リオネル・ベルリオーズに仕えるなんの肩書きも持たない従騎士なのだと、そう訴えていたのにおれは彼女を〝シャンティ殿〟と呼んだ」

「あのときはそうせざるをえなかった」

「行かせてくれ」


 目をつむり、ベルトランは大きく息を吐いた。


「ではこうしよう。今から護衛の騎士らを起こす。彼らに夜明けまで探してもらい、それまでおれたちは休むんだ。夜が明けたら交代しよう」

「おれはアベルを見つけないかぎり眠らない」


 リオネルは、肩に置かれたベルトランの手を払いのけて玄関へ向かう。


「そう言うと思ったよ。頑固だからね」


 親友の後を追いかけながらディルクが小さくつぶやいた。




 そして夜明け。

 互いを思いあうがゆえに傷ついた彼らが再会することはなく、無情な新年の朝が明けた。






+++






 普段は従者のトゥーサンに起こされて目覚めるカミーユだが、今朝は違った。


「朝だよ、トゥーサン!」


 初めて王宮で迎える新年に、カミーユは沸き立つ気持ちを抑えきれない。


「新年おめでとう!」

「え? ああ、お早いですね、カミーユ様」


 床に敷いた布団から半身を起こしながら、トゥーサンは髪をかき上げた。


「新しい年だ!」

「おめでとうございます」

「王都で迎える新年ってワクワクするね」

「そうですか?」


 デュノア領やその周辺でも新年はむろん盛大に祝ったが、王都は別格だ。サン・オーヴァンの街でも、王宮においても様々な催しがあり、その賑やかさは大陸一とも噂される。

 が、トゥーサンはいつもどおり冷静だった。


「トゥーサンも参加しようよ」

「いいえ、私はけっこうです」

「なんで。今日くらい、いいでしょ」

「カミーユ様のおそばにいられるわけではありませんから」

「新年なんだから、おれの従者だとか、護衛だとか、そういうお堅いことを考えるのはやめようよ」

「新年だからこそ、私はデュノア領にいる母がそうしているように、カミーユ様の健やかな成長と、シャンティ様のご無事、そしてデュノア家の繁栄を、神にお祈りします」

「……真面目だね」

「神前試合が一番初めの行事であるように、新年は神聖なものなんですよ」


 布団を片づけ、カミーユの身の回りの世話をしながらトゥーサンは言う。


「街へは行かないの?」

「書庫や、騎士の間などへ適当に行っています」

「サン・オーヴァンの街も賑やかなんだろうな。今年は、街への外出許可が出るといいんだけど」

「十五歳になれば出るでしょう」

「あと四ヶ月かあ」

「四ヶ月と、二十八日です」

「長いな……」

「あっというまですよ。それより、ノエル様にご挨拶へ行かなくてもかまわないのですか?」

「そうだ、行かなくちゃっ」


 慌ててカミーユは着替えはじめる。


「一日中、ノエル様に従っての行事参加なのでしょう?」

「そう、朝から晩までね。楽しみだなあ!」


 トゥーサンの用意した洗面用の盥で顔をすすぎ、部屋を飛び出すカミーユの、いつになく嬉しそうな後ろ姿を、トゥーサンは微笑で見送った。





 朝食をすませてから近衛隊の間へ向かえば、すでにきっちりと制服をまとったその姿がある。


「新年おめでとうございます、叔父上」


 沸きたつ気持ちを抑え、丁寧に頭を下げるカミーユに、ノエルも挨拶を返す。


「今年も一年間、よろしく」


 恐縮してカミーユは頭を下げなおした。


「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします!」

「早速だが、今日の午前中は神前試合、昼からはリヴァロから招いた楽団の演奏会、夕方から舞踏会だ。陛下はすべて参加になられるから、我々もそのご様子を見守らなければならない」

「もちろんです!」


 元気よく答えるカミーユに、ノエルはかすかな笑みを浮かべた。


「嬉しいのか?」

「えっ、いえ、そういうわけでは」


 悟られるほど態度に出ていたことが恥ずかしくて、カミーユは顔を赤らめる。


「そうか、王宮の新年祭は初めてだったな」

「あ、はい」

「私はもう何年も経験してきて慣れてしまったから、カミーユのような反応は新鮮だ」

「そういえば、叔父上は神前試合に出られたことがあるのですか?」

「もうずっと昔のことだが」

「リヴァル、として?」

「それ以外にないだろう」


 ノエルが苦笑するのも当然のこと、公爵家の血を引く者が挑戦者になるはずがない。

 すごい、とカミーユは目を輝かせる。


「叔父上はすごいですね!」


 リヴァルといえば、騎士のなかでも特に腕の立つ者しか抜擢されない。なにしろ、一年にひとりしか選ばれぬシャルム貴族の代表なのだ。それは大変名誉なことであり、貴族の子弟にとっては永遠の憧れだ。


「神前試合が見たかったのか?」

「いえ、そういうわけでは……」


 少し口ごもったのは、実のところ、姉のシャンティとは違ってカミーユはあまり激しい戦いを見るのが好きではないからだ。

 騎士の家に生まれたものとして情けないことだが、争い事を好まない。剣の腕がさっぱり上がらないのは、そのせいだろうか。


「その、なんというか、新年の雰囲気を味わいたくて」


 ふっと笑ってから、ノエルはうなずく。


「なるほど、新年の明るい雰囲気は、毎年経験してもいいものかもしれない。さあ、あと少ししたら陛下のもとへ新年の挨拶にいく。心の準備をしておきなさい。神前試合はそのあとになるだろう」


 カミーユは自らの服に乱れがないかを確認し、気を引き締めた。










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