プロローグ
降りはじめた粉雪が、街や王宮を包み、景色全体を白く霞ませている。
十一月末の王都サン・オーヴァン。
扉の硬く閉ざされた木組みの家々も、王宮の庭園に並ぶ葉を落とした木々の枝も、霜の降りた道も、冬の到来を無言で迎えている。
厳しい冬の始まりに、人々の口数も減るころ。
窓から粉雪が舞うのが見える王宮の大広間に、見慣れぬ男たちの姿があった。
雑然と並ぶ彼らはまったく統一感のない出で立ちだ。
ある者は刃幅の広い長剣を背負い、ある者は斧をぶら下げ、ある者は二本の長剣を携え、ある者は異国の騎士風情であり……身体の大きさも、服装も、武器も、まとう雰囲気までなにもかもがばらばらである。
彼らの正面に糸杉のように痩せて背の高い男が立っており、集まった面々を見回した。
傍らに立つ騎士がやや恐縮した様子で告げる。
「大神官ガイヤール様、新年の祝いの席にて神前試合に挑むことを希望する者たちでございます」
ガイヤールは静かに尋ねた。
「希望者は全員で何名ですか?」
「八十七名です」
「例年より少ないですね」
「昨年、フランソワ将軍が〝好敵手〟として抜擢され、だれも太刀打ちできなかったうえに、九名中七名に深手を負わせましたからね」
「つまり、今年はそれでも腕に自信のある者がそろったということですね。なるほど猛者ぞろいと見受けられます」
「ローブルグとの同盟締結をまえに、捕虜を全員本国へ送還しておりますゆえ、このなかから九人を選ぶことになります」
例年は、ローブルグとの戦いで捕らえたローブルグ人捕虜が、この神前試合に加わっていたが、同盟締結を受けて彼らは釈放する運びとなっていた。
「ええ、わかっていますよ」
そう答えたガイヤールが片手をゆっくりと上げると、男たちのなかから二名が大広間の中央へ進み出た。王宮の騎士が説明をはじめる。
「互いを傷つけずに勝負を決めることが規則だ。本番まえに負傷した者はけっして神前試合に出ることはできない。戦いに勝利しただけではなく、そのなかからガイヤール大司祭に認められた者だけが、神のまえで戦うことができる。わかっているな」
騎士が言い終えると、八十七名の挑戦者からは無言の了承が返ってきた。
「では、勝負開始」
進み出た両者は獲物を構え、次の瞬間には激しくそれをぶつけ合う。目を逸らせぬような激烈な戦いの最中、
「今年の試合には、特に手強い者をそろえていただきたい」
ガイヤールのそばへ近寄って耳打ちした者がいた。ガイヤールは目を細めて、ちらと声のほうを向く。
「ルスティーユ公爵様、それはいかなる理由で?」
「今回のリヴァルに、ぜひとも推したい人物がいるのだ」
「……なるほど」
ルスティーユ公爵の算段を漠然と察したガイヤールは、声を低めてつぶやく。
「けれど万が一リヴァルが挑戦者に打ち負かされることになっては、困るのでは」
新年の祝いの席で行われる神前試合は、戦いと勝利の女神アドリアナに捧げる儀式のひとつである。国中から集まった猛者のなかから挑戦者を定め、為政者の代表である騎士たる身分の者〝リヴァル〟と戦わせるのだ。
挑戦者は九名選出され、リヴァルに戦いを挑む。
リヴァルを倒した者には一生に使いきれぬほどの報賞金と騎士の身分を与えられるが、敗者は〝死の祈り〟を課せられる。つまり、三日三晩、水も食事も絶ち、眠ることも許されず女神に祈りを捧げなければならない。神前試合を生き伸びても、その三日間で衰弱して助からない挑戦者もいる。
これは、女神アドリアナに捧げる試合と祈りでありながら、それ以上に、国民に対して王侯貴族の力を見せつける儀式でもあった。
だからこそ、万が一にでもリヴァルが負かされることがあれば、それは為政者の権威の失墜につながる。
「いざというときのことは考えてある。ともかく、頼んだぞ」
試合を最後まで見ることなく去っていくルスティーユ公爵の後ろ姿を、ガイヤールは冷めた眼差しで見送った。