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負傷した翌日から、リオネルは再び戦いに戻った。
南西に領地を有する諸侯らに加え、ベルリオーズ家、アベラール家、トゥールヴィル家、ルブロー家、エルヴィユ家、そしてフランソワ率いる正騎士隊の活躍により勢力を巻き返していたシャルム軍は、ローブルグ軍の参加によって優位を決定的なものにした。
さらに、背後で指揮していたザシャが斬られたことによって、ユスター軍は一気に勢いを失ったとみられる。
すでに数日まえからユスターの劣勢は見えていたが、指揮官らの合図に従って兵士らが退却していく光景をもってして、戦いは完全に終わりを迎えた。
ユスターが国境を侵してから一カ月と十日余り。ついにシャルム軍はユスター軍を国土から追い払うことに成功した。
長らく降り続いていた雨も止み、すでに月は替わって十一月になっていた。
ルステ川を超えてユスター国内へ兵を引き上げる敵軍を、シャルム兵らは勝利の叫びと共に見送る。追撃は不要だというのはリオネルの指示だ。
こちらへ背を向け、夕暮れどきの西方へ撤退していく敵軍は、徐々に深紅の落陽に燃え尽き、溶かされ、消えていくようだった。
「ああ、素晴らしい眺めだな」
つぶやいたのはベルトランだ。
リオネルは無言で焼き尽くされる地平線を見つめている。
「ユスター側も少しは懲りただろう」
地面には、足の踏み場もないほどに遺体が折り重なる。そのほとんどは、戦いの終盤にシャルムとローブルグの連合軍によって倒された敵兵だ。ユスター軍の被害はすさまじいものだろう。
「……逃げ帰った軍が力を取り戻すまでは、心配ないだろうけれど」
含みのある口調でリオネルは答えた。
「また攻めてくると?」
「エストラダの動き次第かな」
「……なるほど」
二人が話しているところへ、馬を寄せてくる者がある。
「兵を引き揚げますか、リオネル様」
尋ねたのはクロードだ。
敵の姿が夕日と共に地平線の彼方へと消え去り、そして、星が藍色の空に光りはじめたのを見てリオネルはうなずく。
「そうしよう」
かしこまりました、と一礼してクロードは踵を返すと、騎士らに指示を下す。シャルム軍もまた、続々と軍営に戻り始めた。
最後まで戦場に残っているリオネルのもとへ、二騎が近づく。薄闇のなかでもはっきりとわかる立派な体躯はフランソワ・サンティニ。その隣の比較的小柄な騎士は、ロルム公爵だ。
「リオネル殿」
公爵に名を呼ばれると、リオネルは静かに言った。
「ついに終わりましたね」
「ええ、リオネル殿のおかげです。感謝してもしきれません」
「お二人や騎士たちの努力、そして駆けつけた多くの方々で勝ち取った勝利ですよ」
「むろん、そのとおりです。けれど、真っ先に駆けつけてくださったのはベルリオーズ家でした。あのときの援軍がなければ持ちこたえることはできなかったでしょうし、リオネル様のご決断がなければ、他の諸侯らも参加しなかったかもしれません」
かすかに目を細めてリオネルは笑んだ。
「お役に立てたのなら光栄です。ロルム家の兵士やフランソワ殿率いる正騎士隊の方々は、開戦当初から戦い抜き、さぞや疲労していることでしょう。今夜からはゆっくり休ませてあげてください」
「むろんです」
二人は声をそろえて答えた。
「しかし念のため、明日からも兵士を交代で国境の警備に当たらせるつもりです。撤収したと見せかけてユスター軍が再び侵攻しないともかぎりませんから」
そう言うフランソワへ、リオネルが視線を投げかける。
「ならば私の騎士たちを配置しましょう。お二人の兵士たちには休息が必要です」
「そこまでベルリオーズ家に負担をかけることは――」
「私の配下を残しても構わないぞ」
突如皆の耳に聞こえてきたのは、低く、よく通る声だ。視線を向ければ、トゥールヴィル公爵フェルナンがフランソワの背後から現れた。
「我々は途中で加わっているから余力がある」
ありがたい申し出だが、甘えてよいものかロルム公爵やフランソワが迷っている様子でいると、フェルナンに従うロランドが言った。
「この話は軍営に戻ってからにいたしましょう。とりあえず、城へ戻って服を着替えませんか」
返り血を浴びて全身が汚れているので、ロランドは不愉快そうだ。
「そうですね」
答えたのはロランドの弟ベルトランだ。
六騎が次々と馬首をめぐらせ、東へ向かい始める。東の空は、すでに闇の色に呑まれつつあった。