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ひなげしの花咲く丘で  作者: yuuHi
第六部 ~一夜の踊り子は誰がために~
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「この状況をどう打開するか、ですね」


 葡萄酒を口に含みながらフェルナンが言う。


「こちらに援軍が加わっても戦況に変化がないということは、ユスター側も同じように兵士の数を増やしているのでしょう」


 今夜の夕餉は、兵士らの食事と同じく干し肉と根菜の煮込みである。夕餉の時間は、諸侯らの作戦会議の時間でもあった。


 硬いパンをちぎりながらロルム公爵は首を傾げる。


「いったいどこから湧いてくるのでしょう」

「はじめは正規軍を動かし、それから地方の豪族が兵を率いて、次々と駆けつけてきているのかもしれません」


 可能性を示唆したのはディルクである。それをテュリー伯爵が引き継いだ。


「なるほど、ユスターも我々と同じように、開戦当初に比べて勢力を増しているということですね。あるいは小出しにするのが相手の作戦であるとか」

「もしはじめからユスターに充分な兵力があったならば、当初から一気に攻めたほうが、シャルム軍を突破し国境を超えることができたはずです」


 指摘するフェルナンは、丸一日戦い通しだったというのにさほど疲労の色が垣間見えない。それは彼の用心棒ロランドや、ルブロー家嫡男エヴァリスト、ディルクらも同様である。幼いころから厳しく鍛えられてきた彼らだからこそだろう。


 一方レオンはというと、疲れたからと言って早めに食事を切り上げ、自室で休んでいる。

 けれど実のところ、古城の書庫にわずかながら哲学書が埋もれていたため、それらを読む時間がほしいというのがレオンの本音だ。今ごろ、彼は自室にこもって本を読み耽っていることだろう。


「ではなぜユスターは、開戦当初から全勢力を結集して攻めてこなかったのでしょう」


 疑問を口にしたのはシャルルだ。


「それは――」


 話しあっているところへ、開いたままの扉からリオネルとベルトランが姿を現す。ディルクが片手を上げた。

 皆が話をいったん中断し、熱心な王弟派であるシャルルやロルム公爵などは席を立ってリオネルに一礼する。軽い会釈でリオネルはそれに応えた。


「アベルは?」


 ディルクに問われると、リオネルは小さくうなずく。ディルクがほっとした顔になった。


「順調に回復しているのですね」


 シャルルから確認されると、リオネルはわずかに瞼を伏せた。


「ひどい状態ではありますが、悪化はしていません。せめてもの救いです」

「そうですか……」


 複雑な表情でシャルルは眉を寄せる。助かってほしい。けれど、アベルが戻ってきたとなれば、またフェリシエが騒ぐだろう。

 かようなシャルルの思いを、だれひとりとして察する者はない。


「話を中断させてしまい、申しわけありません」


 謝罪してからリオネルは自らの席についた。リオネルの夕飯は冷め切っているが、気にする素振りもなく食べはじめる。


「サンティニ将軍、なにか言いかけていたのでは」


 フェルナンに促されて、険しい面持ちだったフランソワがはっとした。


「ええ、そうでした」


 ちらとリオネルを見やってから、フランソワは話しはじめる。その仕草からは、彼がアベルのことを気にかけている様子が見て取れた。


「――なぜユスターがはじめから全軍を挙げて攻めてこなかったか、ということについてですが、正規軍を動かしているにしては、腑に落ちないことが少なからずあります」

「それは?」

「まずユスターが侵攻を開始した際、ここにいたのは私と私が率いてきた騎士のみだということは、皆様ご存知ですね」


 むろん、とロルム公爵がうなずく。


「私が知らせを聞いて兵を率いて駆けつけたのは、その翌朝のことです」

「相手は、なんの前触れもなく攻めてきました。――つまり宣戦布告をしてこなかったのですよ」

「たしかに文書も届いていないようですね」


 国、諸侯、街……いずれにおける戦いにおいても、開戦前には通常、宣戦布告をするものである。


「それぞれの隊の統率者はたしかにいるようですが、全体を統括する者が見受けられません」

「ということは」


 ディルクが怪訝な面持ちで尋ねる。


「ユスターはまとまっていないということですか?」

「そのとおりです。ユスターは、国王主導のもとで攻めてきていないのでは」

「兵力を結集しきらぬままに、シャルムへ攻め入ったと?」

「ええ、トゥールヴィル公爵殿。私はそんな気がしてなりません。あるいは、王家が絡んでいるにしろ、シャルムへの侵攻は急に決まったのではないかと」


 ふうむ、とディルクが顎に手をやる。


「それはどういうことだろう」

「ローブルグとの同盟締結が失敗したこと、さらにはシャルムがローブルグとの交渉を成功させたことを受けて、早急にシャルムを潰しておくべきと考えたのでしょうか」


 仮説を述べたのはロルム公爵である。


「それが今のところ最も可能性が高いと思われます。けれど、宣戦布告をしないのは国としての恥。いくら急な侵攻だったといえども、それを怠ったということが腑に落ちません」

「責任の回避、かもしれません」


 これまで食事を取ることに専念しているように見えたリオネルが、その手を休めて議論に参加した。

 皆が不思議そうな顔になったが、フェルナンだけは「なるほど」とうなずく。


「これは公式な戦いではないと」

「はい。宣戦布告はなく、王族の参加は確認できず、総帥は未だ不明。正規軍を動かしたという証拠もなく、全体の兵力もはっきりしない――つまり戦いの実態はあやふやで、いざとなればユスターは、国としてシャルムに侵攻したのではないと主張することができます」

「戦いに勝った際には隣国からの非難を受けずに済み、負けた際には王家となんら関係のない戦いだったと説明できる。そういうことか」


 諸侯らのあいだに苦い色が浮かぶ。


「これだけの規模の兵士を組織しているのだから、王家がまったく絡んでいないとは考えにくいが」

「どうも狡猾な指導者がいるようですね」


 ロルム公爵がつぶやく。


「リオネル様の命を狙い、ご家臣に怪我を負わせた男――なんといいましたか」

「ザシャ・ベルネットです」

「その者が指揮をとっている可能性は?」

「否定はできません」


 ザシャは特使の代表として抜擢された男である。王族からの信頼も厚いはずだ。これまで戦場で幾度か対峙したが、不思議なことに連日現れるわけではない。本陣で戦いを指揮している可能性は充分にある。


「だとすれば、もうひとりいるかもしれないね」


 ディルクがリオネルへ視線を投げかける。


「モーリッツ・ヘルゲルか」

「二人とも本国へ送還されたんだろう?」


 なんの話かと、フェルナンが視線をよこす。

 ちなみに先程からルブロー家のエヴァリストも同席しているが、落ち着き払った態度で話を聞くことに徹していた。


「ローブルグへ交渉に――」


 説明しかけたディルクに、リオネルは首を振った。ディルクが、「あ」という顔になる。ローブルグへ交渉に赴いたのは、シャルム第一王子ジェルヴェーズということになっている。


 けれど平然とフェルナンは尋ねた。


「もしや交渉先で会ったのか?」


 リオネルとディルクの視線を受けると、それくらいは知っているとフェルナンは笑う。


「ジェルヴェーズ王子は交渉へは向かったものの、途中で断念し、最終的にはリオネルやレオン殿下がローブルグへ行き同盟を結んだのだろう?」

「それは本当の話ですか」


 テュリー侯爵やシャルルらをはじめとした諸侯らが驚き、声を上げた。同じ王弟派諸侯でも認識は様々のようだ。フェルナンはどこから聞き知ったのか、皮肉めいた表情だった。


「さあ、国王派連中は偽りだと騒ぐでしょうが」


 そう言ってフェルナンはちらとリオネルへ視線をやる。しかたなさそうにリオネルは口を開いた。


「交渉へ赴いたのはジェルヴェーズ殿下です。ベルリオーズ家のためにも、そう認識しておいていただければ幸いです。ただ、シャルム使節がローブルグでユスターの使節と会ったというのは事実のようです。それが、ザシャ・ベルネットとモーリッツ・ヘルゲルです」


 諸侯らは顔を見合わせる。

 ディルクがリオネルの説明を引き継いだ。


「彼らは、シャルム使節の数名を誘拐して、彼らの命と引き換えに本国へ戻るように要求してきました。そのことがローブルグ王の耳に入り、捕らえられてユスターへ送り返されたのです」

「なぜその話はこちらへ伝わっていないのでしょう」

「それは……」


 沈黙したディルクとリオネルの代わりに、これまで黙っていたルブロー家嫡男エヴァリストが答える。


「ローブルグとの交渉については、あらゆることが秘密裏になっているようですよ」


 意味ありげな回答だ。柔和な彼が言ったものだから、余計になにか恐ろしいものがある。


「国王陛下は卑劣なことをなさっておられるのですね」


 低くロルム公爵がつぶやく。隠しきれぬ苛立ちと不安が滲んでいた。


「いったいだれがなにを仕組んでいるのか、もはや容易には推測できません。敵はそれだけ多く複雑です」


 そう説明したのはディルクだ。ロルム公爵がうなずいた。


「敵は国外だけではなく国内にもいるということが、なにより恐ろしい」

「国内の敵が最も手強かったりするのですが、今はユスターを国外へ追い出すことを先に考えましょう」


 ディルクの言葉に皆がうなずく。


「さて、国外の敵はどうやら責任を回避するつもりらしいとわかったのですから、今後も容赦なく戦い、斬らせてもらいましょう。統率者がザシャ・ベルネットやらであれば、やつを叩き斬るのみ」


 フェルナンが一同に向けて言うと、深いうなずきが方々から返ってくる。


「やつを叩き斬るのはおまえか、リオネル?」


 問われて、「ええ」とリオネルは生真面目に答えた。


「私が彼を斬ります」

「頼もしいな」


 フェルナンが笑った。

 諸侯らは議論を切り上げ、明日の戦いに備えて休む。



 夜空には幾千の星たち。

 リオネルの寝室では、傷を負った少女が高熱や痛みと戦っている。


 ――戦いの夜が更けていく。










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