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ひなげしの花咲く丘で  作者: yuuHi
第六部 ~一夜の踊り子は誰がために~
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 宿営地から男たちの歌声が聞こえる。


 日が暮れたあとの、シャルム陣地。


 夕方にエルヴィユ家の援軍が到着したため、シャルム軍は普段よりも明るい雰囲気に包まれていた。けれど兵士らの表情が明るいのはそれだけではない。


 シャルム軍はユスターの侵攻を食い止め、前線を少しずつ押し返しつつあるのだ。


「ええ、本当にいい時機に到着してくださいました、シャルル殿」


 会議室となっている古城の一室で、他の諸侯らと共にロルム公爵はエルヴィユ家嫡男シャルルを迎えた。


「遅くなって申しわけありません」


 巨大な楕円形の椅子に腰かける諸侯らは、疲労の色を滲ませながらも杯を掲げてシャルルを歓迎する。


「いいえ、こちらが勢いをつけつつある今が好機です。エルヴィユ家の騎士団が加われば心強い」

「お力になれるよう努力します」


 そう言ってからシャルルはちらとリオネルへ視線を移す。

 視線に気づいたリオネルは、「お久しぶりです、シャルル殿」と微笑を返した。


 二人のあいだには、フェリシエとの婚約を解消した件で、互いに気にするような気配が漂っているが、他の諸侯らが同席しているなかで話すべきことではない。むろんリオネルとシャルルはそのことは重々承知なので、この件について二人とも触れなかった。


「こちらこそ、ご無沙汰して申しわけありません、リオネル様」


 恐縮した様子でシャルルは一礼した。


「お怪我を負った身体で戦場に赴かれると聞き、慌てて兵を率いてきました」


 王弟派貴族であるシャルルにとり、リオネルは現国王一族よりも敬愛すべき高貴な相手だ。


「私は平気ですよ」


 リオネルは笑う。


「またシャルル殿と共に戦えることを、嬉しく思います」


 共に戦うのは、今年三月の山賊討伐以来である。


「元気そうだね、シャルル」


 気軽に声をかけたのは、リオネルと共に古くからの馴染みであるディルクだ。


「おお、ディルク殿。そちらも変わりなく」

「妹君はお元気かい?」


 あえてリオネルとシャルルが話題に出さなかったことを、ディルクはいとも容易く口にした。軽率であるようにも見えるが、実のところ、かつての自身の体験からディルクなりにフェリシエのことを心配しているのである。


「え、まあ、そうだな。元気というか、なんというか」


 言い淀むシャルルへ、ロルム公爵が声をかけた。


「そういえば、皆様は幼いころからのご友人なのですね。王弟派貴族どうし、手を携えて戦えるならば私も嬉しいかぎりです」


 その言葉にレオンは肩をすくめたが、事実、戦地に集まったのは王弟派貴族ばかりである。


 ブレーズ家からも兵士が送られてきたが、ひとりとしてブレーズ家の正式な騎士団に所属する者はなく、皆雇われた傭兵だ。それに倣ってか、他の国王派諸侯からの援軍も、ことごとく傭兵だった。


 正騎士隊のフランソワ・サンティニは、名目上どちらにも属していないことになっているが、実際にはサンティニ家は王弟派諸侯である。

 シュザンがフランソワを選んだのは、彼が頼りがいのある将官であるということ以外にも、そういった事情を勘案していたからに違いない。


「シャルル殿には到着早々に申しわけありませんが、早速、戦いの現状と今後について、話し合いをはじめましょう」


 会議室に皆が集まったのはシャルルを迎えるためだけではなく、この作戦会議を行うためでもあった。諸侯らはそれぞれの持ち場の状況について語り、また課題についても議論した。


「アベラール軍のおかげで、我々は大変助かっています」


 左翼を守るテュリー伯爵はディルクに軽く頭を下げてから、リオネルへ視線を移す。


「けれど、アベラール軍がこちらへ移動したことで、右翼や中央が手薄になっているのではないかと懸念しています」

「たしかに今、中央はベルリオーズ軍と、小規模諸侯の私兵、それと各所から集まった傭兵という具合ですね。今のところベルリオーズ軍の強さで持ちこたえていますが」


 発言したのは、ムーリエ男爵家の嫡男グレンである。グレンは二十九歳で、もともと恰幅がいいほうだったが、この厳しい戦いでかなり引き締まってきている。彼自身も、彼が言うところの「小規模諸侯」の一員だ。


「もしも突然ユスターが、両翼からの攻撃を転換して中央に攻めてくれば、甚大な被害になります」


 同じく小規模諸侯であるギニー子爵が、可能性を示唆した。


「そのときには我々が食い止めます」


 あっさりとリオネルは言うが、ロルム公爵は難色を示す。


「食い止めるにも限度というものがあります。どうもユスター側は全軍を投入していないように思われるのです。もし数を増やして攻撃をしてくれば、どうなるかわかりません」


 ディルクが同意する。


「たしかに、あれがすべてとは思えないですね。なにか策を巡らせている可能性もあります」

「万が一リオネル様の身になにかあったり、あるいは中央の隊が全滅するなどということになれば、取り返しがつきません」

「ベルリオーズ軍が全滅するとは、なかなか想像が及びませんが、甘く見ていれば痛い目に遭う可能性はあります」


 これまで黙っていたフランソワが、はじめて意見を述べる。


「敵が兵力を増して攻撃してくる可能性も考え、少し中央のほうにも兵を戻したほうがいいかもしれません」

「右翼も攻撃が激しいようですが、状況はどうでしょう」


 ディルクが、右翼を守るフランソワのほうへ視線を向ける。


「一時はかなり危うい状況もありましたが、今は安定してきています」

「そうですか、我々のいる左翼のほうもまだ余裕がありますし、両側から中央へもう少し兵士らを割いてもいいかもしれませんね」


 ディルクの提案に、フランソワとロルム公爵が顔を見合わせると、リオネルが口を開いた。


「けれど、中央から見るかぎり、両翼への攻撃は変わらず激しいように感じられます」

「……まあ、事実としては、そのとおりですが」


 答えながらロルム公爵が眉を寄せる。


「余裕があるというわけではありません」

「ならば、現時点で中央に割くのは危険かもしれない」


 ふうむと顎に手を当ててディルクが考えこむ。その隣で、リオネルは出席者一同を見渡した。


「もし皆様にご納得いただけるなら、今日到着したエルヴィユ家の騎士団に、中央へ加勢してもらいたのですが、いかがでしょう」


 リオネルがそう言うと、シャルルが手を上げる。


「ぜひそうさせてください。我が隊が加われば、中央の陣を厚くできます」

「それは妙案です」


 ムーリエ家のグレンも賛同する。


「本当は援軍を左右に配置したかったのですが」


 気がかりな様子でリオネルは言う。


「右翼の戦力は足りていますか?」


 これまでの状況からすると、敵は片翼からシャルム軍を突き破ろうと執拗に攻撃を仕掛けてきている。左翼はアベラール家が加わっているが、右翼は当初から戦っているロルム家と正騎士隊の一隊が守っている状況だ。


 リオネルに問われると、ロルム公爵は幾度かうなずく。


「ええ、我々にはサンティニ将軍がついていますからね。それに、これまでの攻撃の仕方がすべて罠であり、隙をついて中央を攻めてくる可能性も大いにあります。そうなれば、中央が手薄だったときに甚大な被害を受けることになりましょう」


 リオネルが出席者の顔を見回すと、反意を抱いている様子の者はだれひとり見受けられなかった。

 幸か不幸か、主だった諸侯がすべて王弟派であるからこそ、山賊討伐の折とは違って、リオネルを中心として意見がまとまりやすい。


「では、明日からはその方針でいきましょう。シャルル殿、よろしくお願いします」


 リオネルに直接声をかけられて、シャルルは深々と頭を下げた。


「あともうひとつ話し合っておきたいことがあります」


 皆の視線がリオネルに集まる。


「それは?」

「万が一、南西国境を侵されたときのことです」

「アルテアガが侵攻してくると?」

「想定しておくに越したことはないかと」


 難しい顔つきになるロルム公爵の傍らで、フランソワ・サンティニはうなずく。


「ユスターと同盟を組んでいる以上、その可能性は充分にあります」

「かといって、もはや我々にはアルテアガと戦う余裕などありません」

「そのとおりです」


 リオネルが言った。


「ですから、今から準備をしておきましょう」

「準備って?」


 ディルクが目を細める。


「ロルム公爵殿に手紙を書いていただきたいのです」

「手紙、ですか」


 ロルム公爵は瞳をまたたかせる。


「密かにユスターとの和睦を承諾する旨の手紙です」


 は、とロルム公爵は口をあんぐり開けた。


「和睦とは――」

「むろん偽りの手紙です」

「…………」

「和睦を結び、シャルムとユスターが手を携え、今後はアルテアガに対抗するという旨を書き記してください。宛名はそうですね、ザシャ・ベルネットとしてください。その手紙を、さらに別の紙に包み、伝書鳩でアルテアガ王のもとへ届けてください」


 皆、呆気にとられる様子だった。


「手紙の内容を信じるか信じないかはアルテアガの勝手です。むしろ信じないでしょう、怪しすぎますから」


 言いながらリオネルは小さく口元に笑みを刻む。


「けれど、信じないまでも疑心暗鬼にはなります。小さな疑いの芽は、必ず両国のあいだに亀裂を生みます。その亀裂は、少なくとも南西国境への侵攻を遅らせるでしょう」


 ディルクが声を立てて笑う。


「おもしろいなあ」


 つられたようにロルム公爵も笑った。


「名案です」

「やってみる価値はありますね」


 フランソワが同意する傍らで、ロルム公爵は深くうなずく。


「では早速手紙をしたためましょう」


 意見が一致すると、続いて議題は今後の援軍の見込みに移り、死者や負傷者の把握、負傷者の手当てや搬送、遺体の埋葬など多岐に及んで諸侯らは話しあった。


 会議が終わり、諸侯らは各々の寝所へ向かう。

 その途中、フランソワはリオネルを呼び止めようとする。戦場に現れる不思議な少年について話しておこうと思ったのだ。


 けれど、フランソワが呼び止めるよりまえに、リオネルはシャルルに声をかけていた。

 なにやら真剣に話をする様子である。

「妹」だとか、「婚約」、「解消」などという言葉が聞こえてきたので、フランソワはあまり立ち入らぬほうがよいだろうと判断し、二人のそばから離れた。


 謎の少年については、公の場で話すほどのことでもないが、リオネルの耳には入れておきたいとフランソワは考えていた。けれど別に今夜でなくともかまわない。




 シャルム軍の宿営地を、少年が訪れるかもしれないとフランソワは思っていたが、その夜、彼は現れなかった。
















※今回、日本の歴史上の出来事を参考にしたエピソードを入れています。但し、あくまでファンタジーなので諸々ご了承いただけましたら幸いです。


※事情があり投稿を少しのあいだ止めていました。そのあいだ、心温まるメッセージを下さった読者様、お待ちくださっていた読者様に心より感謝申し上げます。拙い作者、拙い作品ですが、これからも温かく(生暖かく?)見守っていただけましたらとても嬉しいです。yuuHi

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