30
「生きていたんだね、よかった。よかったよ、本当に。ああ、でも――なんでこんなに熱いんだ?」
抱きついてはじめて、ジェレミーはアベルの体温に気づく。熱があるのだ。それもかなりの温度である。
「病気なんだね。しんどい? 苦しい?」
返事はなかったが、闇のなかで首を動かす気配だけが伝わってくる。
「ごめん……ごめんね、イシャス。ずっと放ったらかしにしてごめん。助けにこなくてごめん」
アベルはそっと瞳を開いた。
暗くてなにも見えない。
ジェレミーの声が聞こえてなければ、自分が目覚めているのかどうか――この現実世界にいるのかどうかもわからなかっただろう。
開いたアベルの目に、容赦なく雨粒が入りこむ。
――ああ、そうか。
ぼんやりとアベルは思い出した。
自分は、宮殿でカミーユをかばい、ジェルヴェーズ王子に暴行を加えられたのだ。
それから裏庭に連れてこられ、ジェレミーが来るまで気を失っていた。いつものおそろしい夢を見ながら、この世ともあの世とも付かぬ境界線を彷徨っていた。
ジェレミーの声に意識を取り戻し、そして、多くのことを思い出す。
謝るジェレミーにアベルはなにか答えようとして口を動かしたが、言葉にはならない。
本当は、「あなたが謝る必要なんてない」――そう伝えたかったのに。
ここに来てくれただけでも、アベルはなにかとても大きなものを、ジェレミーからもらったような気がした。
「これ、パンとお肉。食べて。部屋から毛布も持ってくるよ」
そう言ってジェレミーは食料を差しだすが、アベルは受けとることができなかった。身体を動かすことができないのだ。
それを悟ったのか、ジェレミーはアベルの口元へパンを運ぶ。
けれど、それをアベルが受け入れることはなかった。
多くのことを思い出した今、アベルの頭のなかにあるのはリオネルの身に迫る危険のことばかりだった。
――五月祭まであと何日だろうか。
残された時間はどれほどだろう。
「食べないのか? おなか空いているだろう?」
再びアベルは小さく首を横に振る。
「食べられないのか……でも、すごい熱だよ。食べないと死んじゃうよ」
もう一度ジェレミーはパンをアベルの口へ持っていく。
だがアベルの口は開かなかった。
「お願いだよ、食べて。死なないで。頼むよ、イシャス」
気がつけば、雨粒にまじってジェレミーの頬には涙が伝っている。
けれどアベルには、ジェレミーの懇願よりなにより優先しなければならないものがあった。身体中の力をふりしぼって声を発する。
「……リオ、ネル様に……リオネル・ベルリオーズ……様に、伝え……なければならないことが……あるのです」
「え?」
ジェレミーは聞こえてきた言葉を、すぐには理解できない。
「今、なんて?」
理解できないのは当然のことである。
煙突掃除の少年が、かのベルリオーズ家の御曹司に「伝えたいこと」があるなどとは夢にも思わないからだ。
「わたしの……首から、首飾りを外してください……これを、リオネル様に……そしてあの方に危険が迫っていると……伝えてください」
信じられぬまま、だが、言われるままにジェレミーはアベルの首飾りに手を伸ばした。雨に濡れた手で、それも暗闇のなかで外そうとしたのでかなり手間取る。
「は、外れた……」
冷たい首飾りを手に収めたときには、ある種の達成感をジェレミーは覚えていた。
「首飾りが外れたよ、イシャス」
「……リオネル様に……宮殿は危険だと――別邸へ移るようにと……」
幾度も同じ言葉を繰り返すアベルに、ジェレミーはうなずいてみせた。
なにがなんだかよくわからないが、アベルを安心させたかったからだ。
「わかったよ、イシャス。これをベルリオーズ家の嫡男様に渡せるように、おれ頑張るから。だから、イシャスも頑張って」
ジェレミーの言葉に、アベルはすっと心が軽くなっていくのを感じた。その瞬間だけは、雨の冷たさも節々の痛みも忘れ、身体がらくになったようである。
それからアベルはもうひとつ、重要なことをジェレミーに告げた。
「……わたしの腰にある袋を……あなたに」
「袋? なにが入ってるんだ?」
皮袋を探しあてたジェレミーは、なかをのぞいて仰天する。袋には、暗闇でも光を放つ金貨と銀貨、そして銅貨が入っていた。
「こ……こんなお金、どうしたんだ、イシャス」
我知らずジェレミーの声は裏返った。なにせこれほどの大金を、生まれてこのかたジェレミーは目にしたことがなかった。
「……これで、あなたは、ここから……自由になってください……」
「わ、わからないよ、なにがなんだか」
ジェレミーは激しく混乱する。
ベルリオーズ家の嫡男に首飾りを渡すとか、こんな大金を持っているとか――、まるで煙突掃除の少年には似つかわしくないことばかりである。
「だめだ、こんなお金もらえない。このお金があれば、イシャスを医者に連れていけるよ」
医者に連れていくことができるという相手の言葉に、アベルは慌てて先程と同じ言葉を繰り返す。
「約束です……、リオネル様に――」
ジェレミーには、なによりもリオネルに危機を知らせることを優先してほしかった。
もしジェレミーがボドワンに捕まってしまったら、彼はひどい目に遭うだろうし、リオネルに危険を知らせることもできなくなってしまう。
途中で言葉を詰まらせたものの、アベルの語調は強かった。
「わかった。わかったよ、おれ頑張るよ」
アベルの必死な様子に打たれて、ジェレミーは再び誓う。リオネル・ベルリオーズを探し、彼に首飾りを渡すとともに、アベルの言葉を伝えると。
アベルは安堵した。
今は、ジェレミーだけが頼りだ。
このままでは、リオネルが危ない。危機を知らせることができなければ、リオネルが敵の手中に落ちてしまう。
あの優しい主人が――。
リオネルを救うことができれば、今は自分のことはどうでもよかった。
「ありがとう、ジェレミー……」
最後の希望をジェレミーに託すと、冷たかった雨が、途端にあたたかく思えてくる。
残酷な運命の歯車が、少しだけゆるやかにまわったような気がした。
アベルは再び意識を手放した。
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シャルム宮殿の最上階から見る雨は、細い糸が連なっているかのように見える。
幾筋もの灰色の糸が、同じ色の空から吊り下がり、揺れている。
それが、王宮の広大な庭を絶え間なく濡らしているのだから不思議だ。
夜が明けても、雨はやまなかった。
サン・オーヴァンの春には珍しい天候である。雨が多い土地柄ではない。特に春夏は、雨が降っても一時的か、もしくは一日のみであることが多いというのに。
「弓試合か」
窓辺に立つベルトランが、雨の滴る風景を眺めながら、この日の午後のことを思い浮かべていた。
雨が上がらないので、狩りは延期されたままである。
この調子では午後もおそらく降り続けるだろう。そうなれば、騎士館内にある鍛錬場で弓試合が催されることとなる。
「おまえも参加させられるんじゃないか?」
「遠慮したいところだけど」
ベルトランの予測に、リオネルは読んでいた本から顔を上げずにつぶやいた。
「この際、エルネストやらジェルヴェーズやらを、矢で射殺してしまってはどうだ」
穏やかではない発言に、思わずリオネルは顔を上げる。
すると即座にベルトランが、「冗談だ」と言い訳した。
「物騒な冗談だね」
リオネルは苦笑する。
朝食をすませた後である。
共に食事の部屋から最上階へ上がった親友のディルクは、なにやらレオンに頼みごとがあると言って、そのままマチアスを伴いレオンを探しにいった。話が終われば、おそらくこの部屋を訪ねてくるだろう。
広く豪奢なリオネルの寝室は、王族だけが使用することを許された、特別な部屋である。
食堂や大回廊のざわめきから離れたこの場所は、庭園の木々の葉を打つ雨音が聞こえてきそうなほど静かだった。
「気持ちとしては、今すぐ殺しておきたいところだ」
自然とベルトランの声も低くなる。
「この国の王と王子だから、殺さないでいてもらえると助かる」
穏やかではない発言を繰り返す用心棒に、リオネルは含み笑いで釘を刺した。
「卑怯な簒奪者だ」
「……それに、おれを狙っているのが本当に彼らなのか、まだ判然としていない」
「だからだ、リオネル。だれもなにも動きを見せてこないから余計に不気味だ。なにか、とんでもない計画が裏で進んでいなければいいが」
「大丈夫だよ。おれは死なない」
「どこからくるんだ、その自信は?」
訝るベルトランに対し、リオネルは本に再び視線を落としながら、さらりと答える。
「アベルと離れたまま死ぬ気はないよ」
「…………」
恥ずかしげもなくアベルへの気持ちを口にするリオネルに、ベルトランは無言で頭をかいた。
「それにアベルを残して死んだら、心配のあまり、おれは化けてでるかもしれない」
「おまえの幽霊か――。そのときはおれもあとを追って、幽霊になったおまえの用心棒にでもなるか」
「ベルトランの幽霊は、なかなか怖そうだね」
「その〝怖い〟というのは、どういうことだ?」
先日、カミーユにも怖いと言われたベルトランは、生真面目な様子で主人に尋ねる。
そんなベルトランの質問を、軽く笑いながらリオネルはさらりと流した。
「あとを追われるのは困る。万が一のときは、おれの代わりにアベルを守ってほしい」
「それは約束できない。おれは生涯おまえと運命を共にする――おそらくアベルもそうだろう」
ベルトランが答えるまでにわずかな間があったのは、質問を流されたことへの戸惑いがあったからか。
「それは困ったな。なおさら死ぬわけにいかなくなってきた」
冗談めかしてリオネルが言うと、ベルトランは溜息交じりにつぶやいた。
「アベルの存在は諸刃の剣とういうわけか」
「なぜ?」
「おまえは自分の命をかけても、あの子を守ろうとしている。そういう意味ではアベルの存在はおまえの生命を脅かすが、逆に、あの子がいるかぎりおまえは是が非でも生きようとする」
「なるほど」
「――つまり、おまえの生も死も、あの子にかかっているということだ」
二人は顔を見合わせ、無言になる。
そしてふとベルトランが、「怖ろしいことだな」とつぶやいた。
「怖ろしいって――」
リオネルは再び苦笑する。
「大袈裟な口ぶりだね」
「諸刃の剣は厄介だ」
「そんな言い方はないだろう」
「出会ったときから厄介だとは思っていたが、あのお転婆娘はやはり厄介だ」
「…………」
文句ありげにリオネルがベルトランを見やったときだった。
二人は同時に、注意を部屋の壁へ向けた。
ベルトランの手が長剣の柄にかかる。
気配が感じられるのだ――暖炉のなかから。
人が煙突を下りてくる気配。それはまったく相手を欺こうという様子の感じられぬ、無防備な接近だった。
暗殺者にしてはあまりに大胆というか、……素人くさい。
二人は、煙突のなかの気配がゆっくりと下りてくるのを無言で待った。いったいなにが現れるのか。
カサカサ、乾いた音を立てて下りてきたのは――。
全身を煤で黒く染めた、ひとりの少年だった。
リオネルとベルトランがはっとしたのは、レオンから「黒い少年」の話を聞いていたためである。
――黒い少年とは、煙突掃除夫のことではなかったのか。
シャルムの法律では、煙突掃除を少年にやらせることを禁止しているが、実際には多くの場所で幼い子供たちが酷使されている。
少年は真黒な顔のなかで、唯一色彩を有している目だけを大きく見開き、自分に突きつけられた長剣の先とベルトランの顔を、怯えたように交互に見ている。
「ベルトラン」
リオネルが制すると、ベルトランはためらいながらも剣を下ろした。
少年から殺気は感じられない。
どうもこの子供が、刺客であるようには見えなかった。
剣の先が離れていくと、腰が抜けたように少年はふらふらとよろけ、後ろに尻もちをつく。殺されるかと思ったのだ。
床に座り込んでしまった少年にリオネルが歩み寄る。
ベルトランが鋭い視線を投げてよこしたが、リオネルは小さく首を横に振ってそれを受け流し、少年のまえまで歩むと手を差し伸べた。
「驚かせてしまったね、大丈夫か?」
手を差し伸べてくれた相手の顔を見上げて、あ、と少年の口が大きく開く。
それから少年は、信じられない機敏さで起きあがり、その場に伏した。
「あ、貴方様は、リ、リリリ……リオネル、べ、ベルリオオーズ様、でいらっしゃいますか?」
まるで幽霊とでも遭遇したかのような、慌てようである。
ベルトランは拍子抜けするが、リオネルは普段どおりの穏やかな物腰だった。
「ああ、私はリオネル・ベルリオーズだ。きみは?」
「……ジェ、ジェレミー。……煙突掃除夫です」
リオネルとベルトランは、目のまえで平伏する、黒く染まった少年を見やった。
レオンの話をあらためて思い返してみれば、やはり「黒い少年」はレオン王太子の幽霊などではなく煙突掃除夫のようだ。
ジェレミーの姿を目にしてはじめて、二人はそのことに思い至ったのである。
しかし、目の前の少年が、弓を繰り、宮殿から庭園のなかほどまで矢を射放つほどの腕の持ち主のようにはとても見えない。
「そんなにかしこまらなくてもいい。ジェレミー、ここへは迷い込んだのか?」
「ち、違います! リオネル様に、用事があって来たのです!」
勇気を振り絞るようにして、ジェレミーは大きな声を上げた。
「私に用が?」
リオネルは驚く。煙突掃除の少年が、いったい自分になんの用があるのか、見当もつかない。
一方ジェレミーは、ひたいを、首筋を、背中を、冷や汗がダラダラと流れつづけていた。
この日はボドワンが二日酔いで動けなかったため、ジェレミーはひと足先に仕事に出た。おかげで自由に動きまわることができ、無事リオネルを探しあてたのだが……。
考えてみれば、アベルは高熱を出していたのだ。熱に浮かされてただうわごとを口走っただけかもしれない。
それを真に受けて自分はとんでもない場所に来てしまったのかもしれない。
もしそうだったら、なんということだろう。
ジェレミーのなかでは、激しい緊張と不安が生じていた。
けれど、それでも声を張り上げたのは、ひとえにアベルに対して立てた誓いのためである。
――そして、アベルを救いたかった。
「リ、リオネル様は、イ、イシャスという者をご存じでしょうか」
「イシャス?」
少年の口から出た、思いがけぬ名に、リオネルとベルトランは虚をつかれる。
「知らなくもないが……」
歯切れの悪い口ぶりでリオネルは答えた。
イシャスといえば、アベルの子供のために、リオネル自らがつけた名前である。
「十二歳の男の子です。ベルリオーズ領から来た孤児で、とてもきれいな水色の瞳をしています」
とてもきれいな水色の瞳――。
その言葉を聞いた途端、リオネルの顔色が一変した。
しゃがみこみ、ひざまずくジェレミーの肩に手を置く。
「そのイシャスがどうしたんだ」
相手の態度が突然変化したので、ジェレミーは瞳をまたたかせる。
目の前の高貴な青年は、今までの落ち着きようが嘘だったかのように、心配と焦りをにじませていた。
早く伝えなければ、とジェレミーは思った。
慌ててポケットから首飾りを取りだす。
「これを、渡すように言われました」
リオネルの深い紫色の瞳が、大きく見開かれた。
少年から受けとったのは、水宝玉の首飾りである。黒い煤で汚れているが、それはまぎれもなく自分がアベルに贈ったもの。
――アベルだ。
「イシャス」という名の少年は、アベルだ。
言葉を失ったリオネルに、ジェレミーはすがりついた。
「もしイシャスを知っているなら、お願いです。イシャスを助けてください!」
「なにがあったんだ、その子はどこにいる」
問いつめるようなリオネルの口調のなかには、まさか――、という響きがある。
まさか、まさか――。
「イシャスは、怪我をして動けず、高い熱があって、だれにも看病されずに雨に打たれています。このままだと死んでしまいます。助けてください、リオネル様。お願いです、お願いです……っ」
リオネルは瞬間、双眸を閉じた。
気が遠くなるような感覚に襲われる。
なぜ――。
安全な場所に置いてきたはずのアベルが、なぜ。
アベルが傷つくくらいなら、自分が百万回斬られたほうましだ。それほどまでに大切な少女が、怪我を負い、高熱を出し、だれにも看病されずに雨に打たれているなど、想像するに身が引きちぎられるような思いがした。
瞳を閉じていたのは、ほんの一瞬のことである。
すぐにジェレミーをまっすぐに見据えて尋ねた。
「その子はどこにいる、今すぐ案内してくれ」
「た……助けてくれるのですか?」
信じられぬという様子のジェレミーに、
「命にかけても」
と、リオネルは覚悟をにじませた口調で答える。
その途端、ジェレミーの目から涙がこぼれ落ちた。
「あ、ありがとうございます!」
この人の声は、言葉は、そして眼差しは、なんと力があって強いのだろうとジェレミーは思った。リオネル・ベルリオーズという人間の魅力を、ジェレミーが垣間見た瞬間だった。
「イシャスは……サン・オーヴァンの町はずれ、煙突掃除を生業にするボドワン親方の家の裏庭にいます」
ジェレミーが言い終えるや否や、リオネルは扉口へ駆け出した。
遅れをとらずにベルトランがあとを追う。さらにそのあとを、ジェレミーは追いかけた。
だが部屋を出た瞬間、リオネルはだれかとぶつかりそうになって、身をひるがえす。
ディルクとマチアスだった。
「っと、危ないなあ」
驚いたディルクだが、ぶつかりそうになった相手の表情を見やって声を低くする。
「――なにかあったのか?」
「話はあとだ」
リオネルは親友を見向きもせず、回廊を再び走りだした。
「リオネル?」
そのあとをベルトランが、そして、見知らぬ黒い少年が、追いかけていく。
「なんだ……?」
リオネルはかなり慌てている様子だった。
あの冷静なリオネルにしては、大変に珍しいことである。
それに、いっしょにいた黒い少年……ディルクとマチアスにも思い当たるものがあった。
――黒い少年といえば、シュザンにレオンの窮地を知らせた、「レオン王太子の幽霊」である。
「共にいたのは、煙突掃除夫ですね」
マチアスの指摘を受けて、ディルクの脳裏によぎるものがあった。
「煙突掃除夫……」
カミーユの命を救ったのは、煙突掃除の少年。
「レオン王太子の幽霊」と、黒い少年と、煙突掃除夫……。
「マチアス、おまえはベルリオーズ家別邸へ向かってくれ。彼らがどこへ行くのか分からないが、きっとリオネルは別邸のほうへ戻る。あいつの助けになってやってくれ」
「貴方様は?」
「おれだけでも弓試合に出ないと、頭の硬い連中に説明がつかないだろう? また損な役回りを引き受けるよ」
「ご無事をお祈りしております」
さらりとマチアスは主人に一礼し、その場を立ち去る。
主人をひとり弓試合に出させることに対し、あまりにも迷いがないので、ディルクはあらためて疑念を抱かずにはおれない。
――やはり、従者に見離される日は近いのではないか、と。