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ひなげしの花咲く丘で  作者: yuuHi
第三部 ~五月祭は、春の歌と花冠をきみに~
198/513

26



最後のほうで痛そうな描写が入ります。苦手な方はご注意くださいm(_ _)m










 リオネルの姿がない。


 この日アベルは、ボドワン親方やジェレミーの目を盗んでは、朝方からリオネルを探していたが、その姿はどこにも見当たらなかった。


 入り組んだ煙突のなかをあちこち移動し、「舞踏会の間」や大回廊、賓客室や食堂までそっと暖炉の奥から覗いたのだが……。

 行き違ったのだろうか。


 他に特別思い当る場所もなく、アベルは焦慮と共に激しい疲労を感じていた。


 まだ五月祭までには日にちがある。けれど、早く伝えなければならないと気持ちは急くばかりで落ち着かなかった。



 宮殿の地上階、騎士や貴族はむろんのこと使用人らもめったに通らぬ、物置に通じる廊下。ここは、煙突掃除で疲れた身体を、少年らが束の間休めることができる場所だった。


 アベルとジェレミーは午前中の仕事を終え、一日のうちで唯一与えられる正午の短い休憩をとっている。

 むろん、昼食などあるはずなく、口を濡らすほどの水が飲めるだけだ。


「イシャス、次は最上階につながる煙突だよ。なんだか緊張するね」


 ジェレミーに話しかけられても、アベルの意識はどこかへ飛んだままだった。ぼんやりとしていたのは、陰謀のことが気にかかっているせいだけではない。


 そんなアベルの頭を、ボドワン親方が拳でなぐりつけた。


「ぼけっとするな!」


 鈍い痛みでアベルはようやく頭が麻痺したような感覚から脱し、今の自分の立場と状況を思い出した。


「今日のおまえは、いつもに増して仕事が遅い。慣れてないからといって、さぼっていたら承知しないぞ」

「すみません」


 立ちあがり頭を下げたアベルを、もう一度親方は殴った。するとアベルの身体がよろけ、倒れそうになりながらも、どうにか踏みとどまる。


「しっかりやれ!」


 見ていられないといった感じでジェレミーが傍らに立っていたが、親方を止めることなどできるはずがない。


 ジェレミーは気がついていた。

 思いつめた様子であると同時に、アベルが慣れぬ重労働と貧しい食事で徐々に弱りはじめているということに。


 けれどジェレミーにできることは、密かに声をかけることくらいしかなかった。


「ねえ、イシャス。調子が悪いなら今日はおれが頑張るから、無理しないで」

「ありがとうございます」


 答えたアベルの声は、憂いを含みながらも、ジェレミーの優しさに対する感謝にあふれていた。



 ――次は、最上階につながる煙突の掃除。


 これはもう一度、最上階の周辺を探す良い機会かもしれないとアベルは思った。

 もしかしたら、どこかに出向いていたリオネルが午後には戻ってくる可能性もある。


 危険を承知で、アベルは再び煙突から最上階へ下りることを決意した。











 日が傾きはじめる時間だったが、空には曇が多く、太陽の姿を確認することはできない。


 クラリスは長椅子に腰かけ、何度も、何度も昨夜の出来事を思い出していた。


 あの少年は、幻だったのではないか。

 あれは夢だったのではないか。


 ――寂しい心が見せた、白昼夢。


 そんなふうに思えてしかたがなかった。


 なぜなら、あの瞳。

 あの人と同じ色。


 そんな偶然があるはずない。


 すべて夢だったのだ。

 不安と希望、そして狂気が入り混じった、儚い夢。

 そうであるに違いないと思った。


 だから、彼がここに現れるはずがない。あれは夢だったのだから。


 ……そう考えようとするのは、本当は期待しているからだろうか。現れなかったときに失望することが怖いから。


 ならばもし……もしも本当に彼が今日、ここへ現れたなら――。


 クラリスは顔を上げた。


 人の気配。

 音もなく開く扉。


 あの日も今日も、部屋の鍵をかけず、うっすらと扉を開いていたのは、なにかを――だれかを待っていたからかもしれない。


 気がつけば、思い浮かべていたのと同じ色の瞳が、まっすぐにこちらを向いていた。


「こんにちは。調子はどう、クラリス」


 少年が尋ねる。たしか彼は、カミーユ・デュノアと名乗っていたか。


「なんでそんなに驚いた顔をしているの? 今日、また貴女に会いに来るって言ったじゃないか」

「……ええ」


 しびれたような感覚のなかで、クラリスはようやく答えた。


「そうですね、あなたがそのように言っていたことを覚えています」

「答えは出てる?」


 青灰色の瞳の向こうにあるなにかを探すように、クラリスは少年を見つめる。

 そして、哀しげにつぶやいた。


「出ています」

「うん」

「……ここを、去ります」


 わずかな間を置き、カミーユはしっかりとうなずいた。


「わかった」


 迷いのない足取りでクラリスに歩み寄る。そして、その手をとった。


「行こう」


 クラリスはカミーユの手を握り返す。容姿や雰囲気から想像するよりも、少年の手は力強く、男らしかった。


 この手は、自分をどこへ連れていってくれるのだろうと、クラリスは思った。

 その場所から見る世界は、今、自分が見ている世界より鮮やかだろうか……。


 カミーユに手を引かれ、クラリスは部屋を出る。


「不安」という感情は、頭の芯が麻痺したような感覚のなかでは、はっきりとは感じられない。

 けれど、漠然とした「恐怖」があった。


 得体の知れない恐怖。

 シャルム宮殿の上空に立ちこめる雲が、怖いと思った。


 この恐怖にどのような意味があるのか、クラリスが気づくことができたのなら彼女にとっても、またカミーユにとっても、別の結末が待っていたのかもしれない。


 二人は部屋を出た。

 昼間なので燭台に火は灯っていないし、陽の光もない。


 暗い回廊を二人はゆっくりと歩き出した。


「ジェルヴェーズ王子は、今、狩りに出かけているんだ。大丈夫、堂々と歩いていればだれも怪しんだりはしないよ」


 カミーユはクラリスの手を離し、彼女の少し前を歩く。

 その後ろに、熱に浮かされたような心地のクラリスが続いた。


 はじめてクラリスがここへ来たときも、ひどく長く感じられた回廊だが、今日は一段と長いような気がする。


 この回廊はどこまで続くのだろう。

 この回廊を抜けたら、どんな景色が見えるだろう。


 もう少しで回廊が終わる、そう思ったときだった。

 カミーユの足が突然、止まった。


 クラリスは顔を上げて絶句する。

 目前に立っていたのは――。



 ――フィデールとジェルヴェーズだった。



 しばらく言葉もなく両者は見つめあう。


「なにをしている?」


 ジェルヴェーズの口からこぼれたのは、嘲るような、けれど激しい怒りを含んだ声だった。


「カミーユ……、クラリス」


 次いで聞えてきたのは、フィデールの、信じられぬという響きの声。


「いったい、なにを――」

「カミーユ・デュノアといったな。おれの女を連れて、どこへ行こうとしていた?」


 怒気をまとったジェルヴェーズが、フィデールの言葉を遮り、ゆっくりとカミーユへ歩み寄る。


 けれど、カミーユはまっすぐにジェルヴェーズを睨み返していた。


「……おまえの従兄弟は、よほど私に殺されたいらしいな、フィデール」


 歯と歯のあいだから絞り出すように呻きながら、ジェルヴェーズはカミーユの金色の髪を乱暴に掴み上げた。


 髪を引っぱられたカミーユの頭は後ろへのけぞり、まだ少年らしい細く白い首がジェルヴェーズの目前に晒される。


 髪を掴んでいないほうの手を、ジェルヴェーズは短剣へと伸ばした。


「殿下、お待ちくださいませ! なにか事情があるのかもしれませぬ」


 珍しく慌てた様子のフィデールが、クラリスを押し退けカミーユに駆け寄る。


「カミーユ、説明しなさい。殿下のご不興をこれ以上被れば、母上を困らせるだけではなく、デュノア家やブレーズ家にとっても望ましくない結果となる。わかるだろう?」


 のけぞった無理な体勢のまま、カミーユはちらとフィデールを見やったが、なにも語ることはなかった。

 代わりに、再び視線をジェルヴェーズに戻し、そして何者にも屈しない固い意思を秘めた眼差しをぶつける。


「おもしろい」


 ジェルヴェーズが、短剣の鞘を払う。


「フィデール、従兄弟殿に別れを告げろ。ブレーズ公爵とその妹君には、私から事情を説明しておこう」

「殿下――」


 フィデールの手が、宙に浮かんだまま行き場所なく止まっている。彼ほどの男の手にも負えぬ事態だった。


「こ、この方をお助けください……」


 カラカラに乾いた喉から、クラリスはようやく声を発した。

 緊張と恐怖から、うまく声が出ない。それでも、ジェルヴェーズの腕に取りすがり、必死に訴える。


「ジェルヴェーズ様、違うのです……」

「おまえは黙っていろ」


 平手ではあったが、鋭い一発が、クラリスの頬を打った。

 それを止めようとして身じろぎしたカミーユだが、易々とジェルヴェーズの腕に封じ込まれる。


「この女に惚れたか」

「違います。この人を助けたいのです、貴方の手から」


 カミーユは毅然として答えたが、彼とて恐怖を感じていないわけではなかった。


 このままいけば取り返しのつかない事態になる。そのこともわかっている。

 けれど、引き下がらないのは、守るべき矜持があったからだ。


 ――権力と暴虐に屈してなるものか。


 自らの信念を貫いた先にあるものが「死」であるなら、それでもしかたないとさえ思えた。


 射るような青灰色の瞳を向けられ、ジェルヴェーズは口端を歪める。


「犬のように吠えていられるのも、これまでだ」


 短剣が光る。

 クラリスが両手で顔を覆う。


 苦い表情でフィデールは己の短剣に手をかけた。

 あと一瞬遅かったら、フィデールは短剣を抜き、ジェルヴェーズを力づくでも止めていただろう。……カミーユを死なせるわけにはいかなかった。


 けれど次の瞬間、短剣を抜く必要はなくなっていた。


「お待ちください!」


 高い声が響いたのだ。


 クラリスの後方から現れたのは、髪の一本一本からつま先まで黒一色に染まった少年。

 清潔で優美な宮殿の最上階に位置する回廊には、似つかわしからぬいでたちである。


 煤にまみれた少年――それは、アベルだった。




 アベルはリオネルを探すため、煙突を抜け出て密かに最上階の様子を探っていた。そして、この現場を目撃したのである。


 ……愛する弟カミーユ。

 彼が、まさに今ジェルヴェーズの握る短剣によって、喉を掻き切られんとしているところを。


 迷いなどなかった。


 大声を張りあげてジェルヴェーズを制してから、彼らのもとへ走った。

 ……その途中、さりげなく片手でクラリスのドレスに黒い煤をつけながら。


 カミーユとクラリスは目を丸くし、ジェルヴェーズは眉根を寄せてその少年を見やった。なにせ、このような姿の者をかつて目にしたことがない。


「王子殿下、どうかこの方をお放しくださいませ」


 アベルはジェルヴェーズのまえで深くひざまずいた。


「何者だ?」


 思わぬ事態であったが、さすがは一国の王子、ジェルヴェーズの口調は落ち着いている。


 一方、問われた少年の口からは、信じられぬような言葉が飛び出した。


「わたしは煙突掃除夫です。……先程、掃除の最中、誤って部屋に立ち入りこちらの貴婦人のお召し物に煤をつけてしまったのです。殿下から贈られたお召し物、この姿では王子殿下がお戻りの折りにお会いできぬと涙を流され、どうしてよいかわからず途方に暮れていたところに、この若い貴族の方が通りかかり、密かにご婦人を洗濯場へお連れしてくださると申し出てくださったのです。すべての咎はわたしにございます。このお二人に罪はございません」


 煙突掃除の少年は、ひたいが床に触れるほど頭を下げた。


 少年の言っていることは理路整然としていたし、クラリスの背後にまわったフィデールがドレスを確認すると、確かにそこには黒い煤が付着していた。


 この話を信じない理由はない。

 けれど、出来過ぎた状況であることは確かだ。


 皮肉めいた眼差しで、ジェルヴェーズは煙突掃除の少年を眺めてから、カミーユ、そしてクラリスへと視線を移す。


 アベルの心臓は高鳴った。

 もし信じてもらえなければ、カミーユが危ない。

 どうにかしてこの子を救わなければ――。


 一方カミーユは、なにが起こったのかまったく理解できずにいた。

 なぜ煙突掃除の少年がここにいるのか、彼の語った話はいったいどこから湧いて出てきたのか……。


 そのうえカミーユは、この少年の正体に気がついていなかった。

 目の前の煙突掃除婦が、哀しい別れの日から一日たりとも忘れたことのない、会いたいと願ってやまない人――だれよりも慕い尊敬する姉――アベルことシャンティ・デュノアであるということを。


 けれど気がつかなかったのも当然のことである。

 美しい姉が、まさか男装し、このような汚れた姿で宮殿にいるなどとは夢にも思わない。

 そのうえ、回廊はうす暗いし、アベルの声は吸い込んだ煤によってかすれていたのだから。


 出来過ぎた話の裏付けを取るためか、ジェルヴェーズがカミーユとクラリスに向けてなにかを言おうとした。


 だが、この機会を逃すまいと先に口を開いたのは、フィデールだった。


「殿下、たしかにクラリスの衣服に煤がついております」

「…………」


 煙突掃除夫のような立場の者が、王子の寵姫の衣類を汚すなど、見過ごすことのできぬ粗相である。


「すべてはこの者が招いた事態。子供といえども処罰を」

「……さようだな、フィデール」


 なにかを腹のなかに飲み下すような面持ちで、ジェルヴェーズは短剣を鞘に収める。


 冷静になって考えてみれば、いくら王子という立場とはいえブレーズ家の血を引く者を手にかけることは、避けるべき事態であった。ブレーズ家は、現王家が最も頼りとする貴族なのだから。


 だがジェルヴェーズとしては、むしゃくしゃした気分である。

 都合よく流され、ごまかされたのだ。

 今日のことといい、謁見におけるリオネルやレオンのことといい、ジェルヴェーズにとって苛立たしいことばかりが続いていた。


「おまえが罰を受けるか」


 ジェルヴェーズは冷酷な眼差しで少年を見下ろし、尋ねる。


「むろんでございます」


 きっぱりとアベルは答えた。

 内心、ほっとしながら。


 ――これで、カミーユを救うことができる。


 だが、大切な弟を救ったアベルにふりかかった運命は残酷だった。


「よい覚悟だ」


 そう呟くと同時に、ジェルヴェーズはアベルを苛立ちのかぎりに蹴り上げた。

 回廊の壁際まで飛ばされたアベルは、壮絶な痛みに身体を折る。しばらく呼吸もできない。


 そのとき、我に返ったカミーユが声を上げた。


「やめろっ!」


 それまで事態の展開に呆気にとられていたカミーユが、状況を呑み込んだのだ。


 むろんカミーユは未だにこの少年がだれなのか、気づいていない。

 だがわかることは、この煙突掃除の少年が、どういう理由か自分をかばい、罪をかぶろうとしている。そのことだけはたしかだった。


「この人は――、ッ」


 ――この人は無実だ。


 そう叫ぼうとした台詞は、最後まで言葉にならなかった。

 フィデールがカミーユの鳩尾を突いたのだ。


「クラリス、衛兵の間へ行き、ノエル副隊長を呼んできなさい」


 驚きと恐怖から立ち直れず、大きく目を見開いて震えているクラリスに、フィデールは厳しい視線と声を向けた。


「早く行け。それとも、カミーユを殺す気か」


 はじかれたようにクラリスの双眸に正気の色が戻り、フィデールをまえにして一瞬、哀しみに表情を歪める。

 なにか言いたそうに口を開き、だがなにも言えぬまま、感情をふりきるように回廊を走りだした。


 彼女の後ろ姿をフィデールの青灰色の瞳が見送っていると、入れ違うようにして二人の人影が回廊に現れる。


「イ……イシャス」


 姿が見えなくなったアベルを探していたジェレミーと親方だった。


 床に倒れるアベルの姿を目にしたジェレミーは喘ぐようにその名を呼んだが、親方はといえば、目前の人物を認識して気を失いそうになる。


 宮殿に出入りするなかで、ボドワンも顔だけは見たことがあった。


 シャルム王国第一王子ジェルヴェーズ。


 その傍らにいる若者はおそらく高位の貴族であろうし、彼が抱えている少年は気を失っている。

 そして最大の問題は、自分が雇った煙突掃除の少年が、壁際に身を折って倒れていることだ。

 とんでもない事態になっているようだった。


 真黒な姿のジェレミーと親方風の大男を一瞥し、フィデールは彼らの関係を悟る。


 フィデールの冷たい声が、二人に浴びせられた。


「煙突掃除夫の元締めか。……この者は非礼を働いた。相応の罰を受けるだろう」

「イシャスがなにをしたというのですか?」


 思わず問い返したジェレミーを、親方が殴りつけて黙らせる。


「申しわけございません!」


 ボドワンはその場で両手両足を地面につき、かすれた声で謝罪した。


「その者は、いかようにもご処分くださいませ」


 謝罪に対し、ジェルヴェーズは冷徹に答える。


「貴様などに言われなくとも、そうする」


 そして、倒れているアベルにつかつかと歩み寄り、再び蹴りつけた。内臓まで響くような痛みが、アベルの身体を突きぬける。


 けれど、どんな痛みも耐える覚悟はできていた。

 ――カミーユを守ることができたのだから。


「殿下、このような者を嬲れば、お召し物が汚れます」


 淡々と言うフィデールに、ジェルヴェーズはわずかに笑って答えた。


「それは、私が以前おまえに言った台詞の返礼か?」


 以前の台詞というのは、前日、人の気配がするといって暖炉をフィデールがのぞきこんだ際、ジェルヴェーズが「服が汚れるぞ」と忠告したことである。


「そういうわけではございませんが」


 フィデールは苦笑したが、ジェルヴェーズの目は笑っていなかった。


「かまわぬ。着替えればいいことだ」


 痛みで身をよじるアベルの身体を、ジェルヴェーズが今度は正面から蹴りつけ、踏みにじる。反射的に内臓を守ろうとして身体を丸めたアベルの顔に、激しい苦痛の色が浮かんだ。

 だが、ひと声も発しない。


「イシャス!」


 ジェレミーが叫んだが、隣からボドワンが小声で一喝する。


「おまえも死にたいのか! 同じ目に遭いたくなけりゃ黙っていろっ」


 咄嗟に反論できず、代わりにジェレミーの目からは涙が溢れた。


 苛立つ感情をぶつけるように、ジェルヴェーズはアベルへ暴力を振るい続けた。

 そのかんにノエルが現れ、気を失ったカミーユをフィデールから無言で引きとり、蒼白なクラリスを部屋へと促す。


 ノエルには、なにが起こったのかおおよそわかっていたし、この事態において自分がしゃしゃり出る幕はないのだということを知っていた。


 力なく倒れている少年が、ジェルヴェーズの硬い長靴ちょうかで踏みつけられる光景に心を苛まれながら、けれど成す術もなく、クラリスはノエルと共にその場を去っていった。


 アベルは身を守る力もなく、意識を手放していた。








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