13
アベルは、王都、サン・オーヴァンを目指した。
どこの領地へ行っても、寒さの深まった町々では、仕事も、助けてくれる人もなかった。
人々は門戸を堅く閉ざし、どうやって自分たちがこの冬を越すことができるか、そのことで精いっぱいだ。家族全員が一人も欠けることなく春を迎えるためには、そうするしかないのである。
秋に収穫した食べ物を大切に分けあい、家族で肩を寄せるようにして暮らしている。
当然、そこにアベルが入る余地はない。
この現実に直面すると、サミュエルの親切が、複雑な気持ちで思い返された。一家には借金があったというのに、アベルに食べ物を分け与えてくれた。
はじめから、体力を取り戻したアベルを売るつもりで、そうしたのだろうか。
そんなふうには考えたくなかったけれど、アベルには結局のところ、よく分からなかった。
彼がどんな思いであったにしろ、結末は、悲しいものだった。このことに変わりはない。
このように、仕事も、食べるものもなく、手持ちのお金も少なくなった以上、どこか大都市に行って、それらを探さなければならなかった。
小さな町の暮らしは貧しいけれど、大都市であれば、豊かな住民も多く、アベルの手元にも、なにかがいくらかこぼれてくる余地があるかもしれなかった。
エマ領から近くて、大都市を有する領地といえば、ベルリオーズ公領や、ブレーズ公領がある。
けれどベルリオーズ領へ行くには、アベラールを通らなければならなかったし、ブレーズは母親の実家なので避けたい。そうすると、目的地は王都サン・オーヴァンしか思いつかなかった。
エマ領を出て、ビゾン、セスブロン、バシュレなど、小さな所領の、町や村を渡った。
通行税を支払うために、もはや安宿に泊まるだけのお金の余裕すらない。
日が陰る前に、町の門をくぐることができれば、民家の門戸をたたいてまわり、玄関や屋根裏など、どこでもいいので片隅で眠らせてもらえる家を探した。
親切な人に出会うと、残りのスープを分けてくれることや、毛布を貸してくれることもあった。けれどそれはよほど幸運なときだけだった。
まわった民家の全てに断られたときや、町に入るのが夜更けになったときなどは、家畜小屋の干し草のなかで眠る。これらの全てが、アベルにとっては、心にも身体にも辛く厳しい体験だった。
冷たく門戸を閉められれば傷ついたし、家に入れてもらえれば安心したけれど、そこで目にする家族の暖かい団欒は、アベルの胸を孤独で締めつけた。
毛布がなければ寒くて寝付けず、たとえ毛布があって眠れたとしても、堅い床の上で一晩過ごすと朝には体中が軋む。
家畜の糞尿の匂いのなか、藁の上に身体を横たえて眠るのは、想像を絶する苦しさだった。
アベルは次第に、心も、身体も、弱っていった。
こうしてシャルム王国の直轄領に入ったときは、エマ領を出て、さらに一ヶ月近く経っていた。
もうすぐ年が明けようとしている。
アベルはサミュエルのおかげでほぼ治りかけていた病気も、過酷な生活のなかで再び悪化しはじめていた。
直轄領に入り、さらに王都サン・オーヴァンにたどり着くまでに、年は明けていた。
一年前は、暖かい部屋で、美しいドレスをまとい、デュノアの館で新年を祝った。
病弱な母もその日は起きてきて、父と、カミーユと、乳母のエマ、そしてトゥーサンと、皆で御馳走が並ぶ食卓を囲った。子牛や羊、七面鳥の肉も出た。
砂糖入りの暖かい葡萄酒、蜂蜜と香辛料の入った焼き菓子。
それらと暖炉の薪が燃える匂いとが混じって、部屋のなかは、とてもよい香りがした。
そんな光景を思い出しながら、このときアベルの身体は、もう指の一本も動かせないほどまでに、衰弱していた。
目的地であるサン・オーヴァンにはたどり着いたが、もう、仕事を探して働く体力は残されていなかった。