表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひなげしの花咲く丘で  作者: yuuHi
第一部 ~婚約破棄された伯爵令嬢は、男装して旅に出る~
13/513

13




 アベルは、王都、サン・オーヴァンを目指した。


 どこの領地へ行っても、寒さの深まった町々では、仕事も、助けてくれる人もなかった。


 人々は門戸を堅く閉ざし、どうやって自分たちがこの冬を越すことができるか、そのことで精いっぱいだ。家族全員が一人も欠けることなく春を迎えるためには、そうするしかないのである。

 秋に収穫した食べ物を大切に分けあい、家族で肩を寄せるようにして暮らしている。


 当然、そこにアベルが入る余地はない。


 この現実に直面すると、サミュエルの親切が、複雑な気持ちで思い返された。一家には借金があったというのに、アベルに食べ物を分け与えてくれた。

 はじめから、体力を取り戻したアベルを売るつもりで、そうしたのだろうか。

 そんなふうには考えたくなかったけれど、アベルには結局のところ、よく分からなかった。

 彼がどんな思いであったにしろ、結末は、悲しいものだった。このことに変わりはない。


 このように、仕事も、食べるものもなく、手持ちのお金も少なくなった以上、どこか大都市に行って、それらを探さなければならなかった。

 小さな町の暮らしは貧しいけれど、大都市であれば、豊かな住民も多く、アベルの手元にも、なにかがいくらかこぼれてくる余地があるかもしれなかった。


 エマ領から近くて、大都市を有する領地といえば、ベルリオーズ公領や、ブレーズ公領がある。

 けれどベルリオーズ領へ行くには、アベラールを通らなければならなかったし、ブレーズは母親の実家なので避けたい。そうすると、目的地は王都サン・オーヴァンしか思いつかなかった。


 エマ領を出て、ビゾン、セスブロン、バシュレなど、小さな所領の、町や村を渡った。


 通行税を支払うために、もはや安宿に泊まるだけのお金の余裕すらない。

 日が陰る前に、町の門をくぐることができれば、民家の門戸をたたいてまわり、玄関や屋根裏など、どこでもいいので片隅で眠らせてもらえる家を探した。


 親切な人に出会うと、残りのスープを分けてくれることや、毛布を貸してくれることもあった。けれどそれはよほど幸運なときだけだった。

 まわった民家の全てに断られたときや、町に入るのが夜更けになったときなどは、家畜小屋の干し草のなかで眠る。これらの全てが、アベルにとっては、心にも身体にも辛く厳しい体験だった。


 冷たく門戸を閉められれば傷ついたし、家に入れてもらえれば安心したけれど、そこで目にする家族の暖かい団欒は、アベルの胸を孤独で締めつけた。

 毛布がなければ寒くて寝付けず、たとえ毛布があって眠れたとしても、堅い床の上で一晩過ごすと朝には体中が軋む。

 家畜の糞尿の匂いのなか、藁の上に身体を横たえて眠るのは、想像を絶する苦しさだった。

 アベルは次第に、心も、身体も、弱っていった。




 こうしてシャルム王国の直轄領に入ったときは、エマ領を出て、さらに一ヶ月近く経っていた。


 もうすぐ年が明けようとしている。

 アベルはサミュエルのおかげでほぼ治りかけていた病気も、過酷な生活のなかで再び悪化しはじめていた。



 直轄領に入り、さらに王都サン・オーヴァンにたどり着くまでに、年は明けていた。


 一年前は、暖かい部屋で、美しいドレスをまとい、デュノアの館で新年を祝った。

 病弱な母もその日は起きてきて、父と、カミーユと、乳母のエマ、そしてトゥーサンと、皆で御馳走が並ぶ食卓を囲った。子牛や羊、七面鳥の肉も出た。

 砂糖入りの暖かい葡萄酒、蜂蜜と香辛料の入った焼き菓子。

 それらと暖炉の薪が燃える匂いとが混じって、部屋のなかは、とてもよい香りがした。


 そんな光景を思い出しながら、このときアベルの身体は、もう指の一本も動かせないほどまでに、衰弱していた。


 目的地であるサン・オーヴァンにはたどり着いたが、もう、仕事を探して働く体力は残されていなかった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ