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三十と一夜の短篇

七月七日その日に。(卅と一夜の短篇第15回)

作者: ひなた


 愛しています。

 あたくしのこの言葉は、どれだけあなたの心に届いているのでしょうか?

 愛しています。

 あなたのこの言葉は、どれだけあたくしの思っているものと、重なる意味を持っているのでしょうか?

 お互いに愛し合っていることを、信じ合っていることを、信じているあたくしの不安でした。

 不安になるということは、信じきれていないということだと、理解はしていますの。ですけれど、どうにも、わからないんですわ。

 言葉というものは、どれほどまでに心を映してくれるのか。

 なにもかもが嘘のようで、嘘こそが真実のようで、平穏なるままに恐怖しますの。


 そもそも、あたくしとあなたは、一から十まで、すべてがちがっていますわ。

 あなたは苦労をしていて、とても一生懸命で、立派なお方ですもの。ご自身の力で、信頼というもの得てきましたし、すべてご自身の力で生きていらっしゃいます。

 どのようにしたところで、あたくしにそのような真似、できようはずもございません。

 一応は仕事もしているのですし、努力はしているつもりではございます。

 けれども所詮、お金持ちの家に生まれましたあたくしは、自分の力で手にしたかといわれれば、なににおいてもそのようなことはないのです。

 そんなコンプレックスが、あたくしの、あなたへの憧れの原点であったと思います。

 恋がこんなにも熱くなるだなんて、その当時としましては、考えてもみなかったことでしょう。

 あなたはその頑張りから、周囲の方々の、絶大な信頼を得ていたことでしょうね。

「ですから、あたくしはただ、あの方に休んでいただきたかっただけですの。お疲れのことでしょうから、休養も取らなければ、きっと倒れてしまいますわよ」

 なにをするにしても、あたくしが考え、あたくしがしたことが、成功したことなんてありませんでしたわ。

 それは自分でも気づいていますから、あたくしは、ほかの人に従わなければならないのだと思っておりますの。

 家柄のこととか仕来りのこととか、よくわかりませんから、勝手なことをしても困らせてしまうだけですもの。

 その他ものものさえも自覚した上で、お仕事に没頭なさるあなたにあたくしは休みを与えました。

 休んでもらいたい、無理をしているように見えましたから、それだけがそのときのあたくしの思いでしたのよ。今でも間違ったことをしたとは思っていませんの。

 だって、ずっと遊んでいる人だって、たしかにいるんですから、そのことがあたくしには不平等に思えてなりませんわ。

 しかしあたくしの訴えは、少しも聞き入れていただけませんでしたわ。

 どれほどに必死になったとしても、あたくしの父は、許さんの一点張りなのですもの。

「あんな男とおまえとじゃ、そもそも、立場も身分も、あまりにちがう。愛を許しただけでもありがたく思い、満足していればいいものを、おまえらはそうしなかった。仕事を放りだして、それはどう考えても悪影響であるというのに、まだ許せというのか?」

 生まれがちがうというだけで、どうして愛に障害ができてしまいますのかしら。そのことがどうもあたくしには納得いきませんわ。

 おかしいとの声が、耳にだけ届いて抜け落ちているのだということが、見ていてもわかるほどだというだけに、あたくしは悔しくてたまりませんの。

 どうして。どうしてですの。

 思うけれど、わかたれたあたくしとあなたは、会うことも許されないままですわ。

 美しい川を挟んで、はなればなれ、別世界。手を伸ばしたところで、届くはずもありませんの。どうにか会いに行こうかと企てましても、川の番に拒まれて、可能なはずもありませんの。

 距離よりも離れた長さが、あたくしの恋の叶わないことを告げるようで、苦しくなってどうしようもなくて、吐きだす場所もなくて、すべてを忘れようと働きましたわ。

 それはもう、狂ってしまうほどに、仕事に掛けましたの。

 そうしていましたら、辛いことも悲しいことも、一時的とはいえ忘れられると思いましたから。


「ああ、哀れ、特例を設けよう。認めんと思うほどに、努力を見せれば、年一度のみ、向こうへ会いに行くことを許そうか」

 遂に体調を崩してしまいまして、このままあたくしは死んでしまうのか。むしろ、死んでしまえたらどれほどよいことか、そう思っていましたところ、父が訪れて仰いましたの。

 一年という時間は、ばらばらで過ごすにあまりに長くありますが、これまでに比べましたら、希望があるだけいくらもましですわ。

 少なくとも、死んでしまいたいとは、思わずに済むかもしれませんわね。

 あなたが待ってくれていると思いましたら、星と消えてしまうことなど、できはしませんもの。

 もし、星になったあたくしを、あなたが確実に見つけてくれて、毎日あたくしを見てくださるのなら……。

 芽生えた気持ちを振り払い、どうにか生きて、父に認められるまでに努力をして、またあなたに会える日を夢見て働きますわ。ですからお願い、あなたも、あたくしを哀れんででも構いませんから、どうかあたくしに会いに来てはくださらないでしょうか。

 きっと晴空の下、あたくしがあなたへと会いに行くことができるであろう、七月七日その日に。

 どうか、会いに来てくださいまし。約束が果たされるべし、七月七日その日に。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 「あたくし」の気持ちが切々と語られていて、美しい流れになっています。  伝説をなぞりながら、独特の語り口で世界が拡がっています。
[一言] 同じ会にいて、最大級に楽しい事は隠れた「お題」を知っていて会員の紡ぐ様々な物語を読めることだと思っていました。今回がまさにソレ。 錫さんが強制労働という切り口。ひなたさんが姫からの愛の独白と…
[一言] 詩情があっていいですね。
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