サトリ君のパラレルワールド(1)
「__サトリ君、君にはパラレルワールドを行き来する能力がある」
玲さんに告げられる。
夕方の肌寒い風が僕の髪を靡かせて、これが夢じゃない事を伝える。
目の前にいる女性、際見さんが「ふふふ」と笑う。
「それって、どういう事ですか?」
保健室から出た瞬間連れ去られて、そのままどこかの教室まで運ばれ、いきなり「君の能力はパラレルワールドに行くことだ!」だなんて、信じられない。
というか、理解できない。
そもそも、なんでここに際見さんが居るのかが分からない。
「はぁ、はぁ、それはボクも聞きたいです……。いきなりサトリ君を連れ去るせいで健斗ちゃんキレてますよ」
教室の入り口から天美さんの声が聞こえる。
「ねぇ、私を縛っている縄。そろそろ解いてくれませんか?」
え、際見さん縛られてるの。
「逃げられると説明がめんどくさくなるから、しばらくそのままだよ」
「ひえー」
危機感の感じられない声。
本当に縛られてるのかな。
「そんな事より玲さん。なんで、いきなりサトリ君を連れだして……。というか、なんでサトリ君の能力がパラレルワールドを行き来するものだと?」
「とりあえず、最初から説明するよ」
玲さんが咳払いをして息を整える。
「まずこの子を縛っている理由から」
「よく考えたらこれ体罰」
「__この子の考えてたことが明らかにサトリ君のトラウマを狙った事だからだね」
声が焦っている。
確かに、際見さんの状況を見たら誰が見ても体罰と答えると思う。
「それはつまり、サトリ君の過去を知っているからだよね」
「玲さん……。サトリ君の過去ってなんですか?」
そうか、天美さんには話してないから知らないのか。
「後で教えるから、少し待っててくれ」
「え、はい」
「で、不思議に思ってね。少し手荒に聞き出したら」
「__実は私もサトリでーす」
「……と言われてね」
ん、え、いきなり話飛んでないですか?
「能力を使って、聞き出した事だから本当だよ」
「人を操るとかチートってやつじゃないですか? 流石の私も回避不可でしたよ」
「で、まぁ、詳しく聞いてみたらね」
え、このまま話進めるんですか!?
冷静に、冷静になるんだサトリ。そう、今は何も深く考えずに言われたことを聞けばいい。
正直、最近は超能力とか謎の組織とかで、摩訶不思議体験は慣れた。
「彼女は別世界のサトリ君で、パラレルワールドを行き来する能力があるからこの世界に来たそうなんだ」
……頭パンクしそう。
「ちょっと待ってください玲さん。つまり、その人は別の世界のサトリ君という事なんですか?」
「あぁ、能力を使って聞いたから真実だよ。正直、私も噓みたいな話だとは思うけど……」
と、言いながらため息を吐いた玲さん。
「もう少し謎キャラで居ようと思ったのに、こんな人がいるなんて予想外ですよ」
「あなたの世界に玲さんはいないんですか?」
「え、まぁ、私の世界の人類ほとんど滅んじゃったから、見てないですよ」
そうか、別の世界だったら世界がほろ……ってぇ!!?
ほろ、滅んだって、しかもそんな簡単に言います!?
「……君、サラッと凄い事言ったね。見て、アミとサトリ君が固まったよ」
「良かったですね。今のうちならサトリ君にいたずらし放題ですよ」
「しないよ」
というか、固まってしまったけど意識はあるからね。
いたずらされても気づきますよ。
「まぁ、私が幼い頃に世界大戦が起きて、核で人類死滅ってだけのよくあるお話ですよ」
あはは、とのんきに笑う際見さん。
よく笑えるね。
というか、よくある話じゃないよそれ。
「よくあるって、映画や物語の中でだろ……」
「核……。つまりあなたは住める環境じゃなくなった世界を捨てて、こちらの世界に逃げてきたって事ですか?」
「天美さんだっけ? 半分正解ですよ。正確には、もう一つ理由があるんです」
もう一つ?
僕は首を傾げる。
「もう一つの理由は、あるかもしれない幸せな私を見てみたいんです」
「幸せな私……?」
「私は色々な私を見てきたんです。パラレルワールドは無限にありますからね。でも、どの世界でも私は不幸せでした……。まぁ、私ほどではないですけどね」
あはは、とのんきに笑う際見さん。
どの世界の僕も、幸せじゃなかった……?
「数百以上の世界を探して、やっと幸せに近い世界を見つけたんですよ」
「それが、ここという事かな?」
「その通りですね~」
つまりこの人、際見さんは僕の分身みたいな人で、色々な世界の僕を見てきたけど、どの世界の僕も幸せじゃなかったから幸せな僕を見たくて、この世界に行きついたって事……?
あぁ、ダメだ。話を上手くまとめられない。
考えれば考えるほど頭がこんがらがる。
「それと、サトリ君のトラウマを刺激したのには、なんの関係があるんだい?」
「いやぁ、早くトラウマを克服してほしくて荒療治で治そうと思って失敗しました」
あはは、とのんきに笑う際見さん。
自分だから殴っても文句言われないんじゃないかな。
「トラウマは不幸せだから、克服して本当の幸せになってほしいんですよ。私は間接的な手助けしかするつもりないですし、本人に克服してもらいたいんですよね」
「はぁ、そのトラウマ克服の治療のつもりでサトリ君に目を開かせていたのに、余計な事をしてくれたね」
「そーりー」
この人、絶対に謝る気ない。
これが自分だと思うと、少し苛立ちを覚える。
「で、そろそろ縄解いてくれません? 痕ついちゃう」
「はぁ、分かったよ。後日詳しい話を聞きに行くからね」
「別世界に逃げたい」
「『逃げないでね』」
今の言葉、なぜか僕に言われている様な気がした。
「あ、能力使った! ずるいですよ~。あと、私とそこのサトリ君、色々共有してる部分があるから能力使ったら彼にも反映される事忘れないでくださいね」
「……手荒な事は出来ないって事ですね」
手荒な事するつもりだったの天美さん……。
というか、色々共有って詳しく聞きたい。
一体何を共有してるの!?
「快楽とかさ」
快楽。
「苦痛とか」
苦痛。
「私だけだけど、記憶とかね!」
記憶……。
でも、それだけならまだいい。
「苦痛が共有……。拷問の類も出来ないですね」
「物理も共有ですからねぇ」
ご、拷問。なんか天美さん怖い。
絶対にしないでね。拷問の痛みをいきなり味わうとか絶対に嫌だからね。
せめて、やる前に言ってね。
「それじゃあ私、これから行く世界あるので、失礼します!」
気配が消える。
なんだろう。天美さんが瞬間移動したときと同じ感覚だ。
タイトル回収




