【三章】プロローグ
僕は昔の記憶を覚えていない。
全部を覚えていない訳じゃないけど、本当のお父さんとお母さんの顔とか、何が好きだったとか、所々思い出せない。
原因は交通事故らしい。
ある日、車で出かけていた僕とお父さん達は事故に遭って、ニュースになるくらい大きな事故だったらしい。
お父さんとお母さんはその時に死んじゃって。
僕は右目を失明して、記憶障害になった。
僕のお父さんは偉い人の息子みたいで、色々な人が病院まで来てくれた。
でも、来る人はみんなお金の事や地位の事しか考えていなかった。
多分、その時僕は人間不信になっていたんだと思う。
毎日、来てくれるのは僕の事ではなく、僕の周りしか見ない人ばかり。
本当に心配してくれたのは病院の人達だけだった。
そんなある日、白髭を生やしたおじさんと杖をついて歩くおばさんが面会に来た。
また、汚い人なんだろうと無視していたら、おばあさんが僕の頭に一枚の紙を貼った。
剥がそうと思ったけど、一緒に来ていたおじさんに押さえつけられて、数分くらいして紙を剥がした。
そして、その紙を見たおばさんは震えながら病室を逃げていった。
その顔には『化け物』と書いてあったのを覚えている。
意味が分からなかった。一体、何に向かってそう思ったんだろうと思った。
そして、出ていったおばさんを見て、一緒に来ていたおじさんは言った。
『お前のような奴が__を名乗るな』
何と言われたのかは、はっきりとは覚えていない。
でも、僕はその言葉で心を折ってしまった。
そして、『化け物』が自分を差している事にも気づいた。
それからは、僕は化け物なんだ。僕は生きてちゃいけないんだ。
と、自分を責め続ける毎日だった。
だから、僕は病院の先生に頼んで、左目も失明してる事にしてもらった。
自分は化け物じゃないんだと思いたかったからだ。
そして、それから数週間ほどが経って、僕は三河家に引き取ってもらった。
人間不信だった僕は、三河家の人とほとんど話すことはなかった。
だから、今の環境になっているのは自分でも驚いている。
三河家に来て数日が立っても、僕は家の人と話せなかった。
そんな僕を気にかけて、獅子さん。咲のお父さんが話しかけてくれた。
最初は何を言われても返事が出来なかったけど、少しずつ話ができるようになってきた。
ある日、『お誕生日はいるなんだ?』と聞かれて、3月21日と答えた。
そしたら、獅子さんが『もう少しじゃないか! プレゼントを用意しなくちゃな』と言ってくれた。
顔は見てないけど、その言葉が心からの物だという事は分かった。
嬉しかった。正直、泣きそうになった。
自分の生まれてきた日を喜んでくれる人がいる。それだけで、涙が出そうになった。
でも、そんな幸せは続かなかった。
獅子さんが亡くなった。
原因は交通事故。僕のお父さんとお母さんと一緒だ。
『疫病神』
咲やお母さんからは、そう言われた。
自分でもそう思う。思ってしまった。
僕は疫病神なんだって。
僕の口数はどんどん減っていき、最近までは必要最低限の事しか喋らなかった。
そして、高校の入学式。
新しいクラス、新しい人達の声。
小学校、中学校は友達も作らずにいた。
だから、高校もそうなんだろうと思っていた。
『なぁ、お前、なんて名前なんだ?』
そんな時に、僕は健斗に会った。
話しかけてきたのは健斗から、あの日の事は今でも覚えている。
人に話しかけられたのが久々で、「あ、え、えっと」と上手に喋れなかった。
出来れば、あの時に戻ってやり直したいくらい恥ずかしい思い出だ。
『にしし、お前、面白いやつだな! サトリって呼んでいいか?』
最初は、なんだこの人って思ったけど、健斗は愛想のない僕に毎日話しかけてくれた。
そして、高校初めての文化祭の日。
僕は、健斗に連れられ文化祭を回っていた。
僕が数年ぶりに笑ったのはあの日だ。
『俺達、もう親友だな!』
親友。僕は大きくうなずいた。
あの日から僕は、トラウマを乗り越えようと努力を始めた。
挨拶は出来るだけしようとしてるし。
愛想も良くなったと思う。
※ ※ ※ ※ ※
「……。ここは?」
僕は意識を戻す。
ベットの感覚。あ、そうだ。
僕、倒れちゃったんだ。
「大丈夫かい。サトリ君?」
玲さんの声が聞こえる。
看病してくれてたのか。
「今、何時ですか?」
「11時半だね。もう少しで始業式が終わってアミや佐藤君達もくると思うよ」
結構、寝ちゃってたんだ。
皆には迷惑かけちゃったなぁ。
後で謝らなくちゃ。
「サトリ君、今日転校してきた彼女と何かあったのかい?」
彼女……。あぁ、あの人か。
冷静になった頭で、色々と思いだす。
そういえば、なんであの人はあんな事を考えていたんだろう。
あの考えは、明らかに僕に向けてのものだった。
でも、僕は彼女との面識がない。
「実は__」
考えて返事が遅れるのも悪いので、この前の出来事と僕のトラウマについて玲さんに話した。
「……。そうか……」
「すみません。迷惑をかけて」
「いや、気にしないでいいんだよ」
玲さん優しいな。
「サトリ君はもう少し休んでいればいいよ。私は少し席を外すけど、もうアミたちも来るはずかだら」
「わかりました」
なんだか、このベットの硬さ、病院の頃を思い出すなぁ。
こんなにアルコール臭くはなかったけど、匂いもどこか似ている気がする。
そんな事を思いながら待っていると、保健室の扉が開く音がする。
「__サトリぃぃぃぃ!!!?」
健斗が叫びながら僕のとこらまで来た。
心臓飛び出るかと思った。
「健斗ちゃん~。サトリ君驚いちゃってるよぉ」
「サトリ君、大丈夫?」
「サトリさん!? 倒れたって聞きましたけど大丈夫ですか!?」
わ、わぁ、大所帯だ。
犬子ちゃんに猫子ちゃんまできたの。
なんか嬉しいな……。
「大丈夫だよ。みんな、ありがとう」
「よがっだああああ!!!」
健斗が抱き着いてきた。
健斗の泣き声、初めて聞いたかもしれない。
なんだか、新鮮でくすっと笑ってしまう。
「ちょっ、健斗さん!」
「健斗ちゃん~。だいた~ん」
「私もあとでしよ……」
保健室で、こんなに騒がしくしちゃダメな気がするけど、なんだか嬉しくて止められない。
数年前なら考えもしなかった光景だ。
それも、嫌な光景じゃなくて、良い光景。
僕も嬉しいって素直に思えるようになったよ。
僕は抱き着いて泣く健斗の髪を撫でて、自分は疫病神じゃなくなったんだと思う。
「__ありがとう健斗……」
「さどりいいい」
それにしても、少し泣きすぎだよ。
僕は笑みを浮かべながらそう思った。




