サトリの母
サトリが泣くのを見るのは何年振りかしら。
私は車の中でそんな事を思う。
サトリは昔からとても強い子だった。
京子や三鷹さんが死んでも、誰かの前で泣く事はなかった。
だからこそ、サトリは危うい。
少し亀裂が入ったら、きっとサトリは砕けてしまう。
強いから、自分が傷ついている事に気づけない。
強いから、自分より周りを気遣ってしまう。
だから、自分が傷ついていると気づいた時の精神的ダメージは計り知れない。
だからこそ、私はサトリに昔の事を思い出してほしくない。
サトリが京子や三鷹さんの事を忘れているのなら、忘れさせておいた方がいいと思う。
最初の頃は、なんでサトリは京子や三鷹さんの事を覚えていないのかと苛立っていたけど。
今では、サトリも忘れたくて忘れているわけではないって分かっている。
「__なにこの状況……」
家に帰り着いて、すぐにサトリの部屋に行くと、鼻血を垂れ流しながらビクビクと痙攣している咲が居た。
あぁ、完全に気を失っているわね。
「咲、、少し退かすわよ」
咲を横に退かして、サトリの熱を測る。
行く時にも測ったけど、心配で心配で仕方がない。
熱を測ると、体温が38度まで下がっていた。
私は胸を撫で下ろすと、倒れている咲を抱えてリビングまで行く。
サトリが寝ているうちに夕ご飯を作っておく。
あと、鼻血取り紙を持って行って、サトリの部屋の掃除もしなくちゃ。
「お粥、サトリ卵好きだから入れておきましょう」
咲をソファに寝かせると、私は夕ご飯の準備を始める。
でも、お墓参りに行くだけで精神不安定になるとは思わなかったわ。
完全に私の不注意ね。
「ごめんね……」
私は一人台所で呟く。
謝りたい。サトリにも、サトリを幸せな子にするって約束した京子や三鷹さんにも。
でも、謝る勇気がない。
謝って、全部話したら嫌われるかもしれない。そんな恐怖があるから。
本当はサトリに『血の繋がった人達』が居る事も、その人達が近くにいる事も知っている。
でも、渡したくない。
もし、サトリに話したら、サトリはその人達の所に行ってしまうかもしれない。
その事を考えると、どうしてもサトリに話すことができない。
「サトリ、入るわよ」
サトリの部屋に入る。
サトリは、少し息苦しそうにまだ寝ている。
「ん、お母さん……?」
「あら、起こしちゃった? ごめんね」
サトリに近づくとサトリが起きてしまった。
「どうかしたの?」
「サトリの水枕を取り換えに来たのと、ちょっと掃除をね」
「あ、うん。ありがとう」
サトリは頭の下に敷かれている水枕をこちらに渡してくれた。
私は水枕を受け取り、代わりの水枕をサトリの頭の下に敷いた。
「具合はどう?」
「うん……。大丈夫、だよ」
サトリはまだボーっとしている。
「それじゃあ、ご飯が出来たら来るから。それまで安静にしてなさいね」
「分かった……」
サトリは横になる。
前までのサトリは、部屋に入って来た時点で「勝手に入らないで」って言ってきたけど、最近は本当に優しくなった。
何か、大きな心境の変化でもあったのかしら。
《獣山》
前に、ショッピングモールで会ったあの子。
確か、犬子ちゃんだったかしら。
彼女が原因の一旦なのは確かね。
サトリの数少ないお友達が『獣山』だなんて、そんな偶然ある訳ないじゃない。
「獣山……。なんで今更」
あいつらはサトリを捨てたはず。
なのに、なんで今更関わりを持とうとする。
あんた達のせいで、サトリがどれだけ悲しんだか知らない訳じゃないでしょうが……!
獣山の名を聞くだけで、はらわたが煮えくり返りそうになる。
駄目ね。今は私がサトリの家族、サトリの母なんだから……。
優しい母で居ないと、怖がられちゃうわ。
「はっ、私寝てた!?」
「寝るというより気絶してたわよ。それより、もう夜ご飯! このお粥、サトリの部屋に持ってってちょうだい。私は飲み物と薬を持っていくから」
寝起きの咲は、お粥を喜んで運ぶ。
あの子もあれね。サトリ大好きすぎるわ。
__まぁ、私もだけどね。
伏線がじわじわ回収できてる。
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