怖い
お母さんとお父さんのお墓の前で手を合わせる。
お線香の悲しい香りを感じながら、挨拶をする。
去年はあまり伝える事がなかったけど、今年はいっぱいあります。
まず、咲やお母さんと仲良くなれました。
そして、お友達が沢山できました。
僕は数分の間、お父さんとお母さんに最近の出来事を伝えた。
本当はもう少し伝えたいことはあるけど、それはまた来た時に。
「お兄ちゃん。もういいの?」
「うん、全部話すのは勿体ないから」
次来た時に話す事がなくなっちゃうしね。
「あの、すみません」
後ろから女性の声が聞こえる。
声のする方に振り返ると、そこには僕と同い年くらいの女の子が居た。
手にはお線香の束を持っている。
「今、回っていて挨拶をさせていただいてもいいでしょうか?」
「あ、いいわよ」
「ありがとうございます」
挨拶して回ってるって偉い子だなぁ。
そうか、他の人のお墓に挨拶する人もいるんだ。
女の子は持っているお線香に火をつけて、立てる。
そして、数秒ほど手を合わせる。
その時の女の子の表情はまるで愁いているようだった。
「ありがとうございました」
「ふふ、挨拶をして回っているなんて偉いわね」
「いえ、確かに他人ですが、大切になったかもしれない人達なので」
大切になったかもしれない人か。
確かに、そう考えると他人でも他人じゃないように思えてくる。
「大人びているのね」
「いえ、そうでもないですよ。それより、家族でお墓詣りなんて今時珍しいですね」
「今日は、命日だから来てるのよ」
いつもはほとんど来ていない。
というか、来れない。
お母さんは一人でたまに来ているらしいけど。
「そうなんですか。成仏していると思いますが、この人たちは幸せな人たちなんですね」
「ふふ、そうかしら」
「そうですよ。君もそう思うよね」
女の子が僕の方を向いて言った。
え、いきなり僕に振るの。
僕は咄嗟に返事ができなくて、女の子の顔を見返す。
『にく__』
女の子の顔を見ると、笑顔の女の子の顔に文字が浮かんでくる。
『憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い__』
え……。
『消えろ、消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ__』
女の子の顔が『憎い』『消えろ』の文字で埋まっていく。
どんどん増えていく。
その思いは確実に僕に向けられたものだ。
「さ、サトリ、どうかしたの?」
「お兄ちゃん……?」
気づいたら僕の手が小刻みに震えていた。
僕は震えを止めようとするが、止まらない。
なんで、笑顔でそんな事を思えるの。
「どうかしましたか?」
なんで、そんな平然と、そんな酷い事を思えるの。
手だけじゃなく、足も震えてきた。
怖い。文化祭の日に攫われた時なんて比にならないくらい怖い。
僕は玲さんの命令で恐怖を感じないはずなのに、どうしようもなく怖い。
「大丈夫ですか?」『化け物が』
顔の文字を見た瞬間。
僕の中で何かが弾けた。
「お、お兄ちゃん!?」
「どこか痛いのサトリ!?」
頭が痛い。吐き気もする。
訳がわからない。
考えられない。考えたくない。
「なんで、そんな事を思うの……」
「え、サトリ、どうしたの」
「お、お兄ちゃん……?」
「__近づかないでよ!!!」
涙が溢れてくる。
喉が痛い。僕は膝から崩れ落ちて、目を押さえる。
なにも見たくない。
「おにい、ちゃん……」
「サトリ……」
心配そうな声で呼びかけてくるお母さんと咲。
ごめん。今は二人の顔も見たくない。
「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ!! 見たくない。見たくないよ!!!」
叫ぶように僕は言う。
喉が痛くて、喋りたくないのに勝手に声が出る。
もう、なんなんだ。
「私、何かしてしまいましたか……」
白々しい。あんな事を思っておきながら。
僕は指の隙間から女の子の顔を見る。
「……」『こっちも駄目かぁ……』
駄目……?
意味が分からない。
この子の思っている事が一つも分からない。
「お母さん……」
「な、何、サトリ……」
「帰りたい……」
「え、あ、うん」
僕は車に向かうため立ち上がろうとする。
でも、足に力が入らないせいで転んでしまう。
イタッ。
「お兄ちゃん!? えっと、そうだ。おんぶするから!」
「そうね。サトリ、ゆっくりしていなさい」
咲に持ち上げられる。
「うん。ありがとう……」
僕は咲の肩に手を掛ける。
情けない。
それにしても咲、力持ちなんだね。
「その、お気をつけて」『でもまぁ、他人に頼れるだけいいかな』
両手を咲の肩に掛けているせいで女の子の顔を見てしまう。
本当に、何を思いたいんだ。
その後、僕は家に連れ帰られて付きっ切りで看病された。
二人には悪い事をしてしまった。
あとで謝っておかないとね。
__こうして、僕はまた目の開けられない生活に戻った。
「成仏だって」
「あ、あはは、サトリが心配で成仏できてないなんて言えないね」
という幽霊夫婦の会話があったとかなかったとか。




