命日に
僕は小さい頃の記憶が無い。
いや、ないと言ったら語弊があるね。
正確には欠けている、だ。
所々覚えてる所はあるんだけど、少しだけ。
お医者さんの説明によると『ショックによる記憶障害』らしい。
だから、僕は自分の本当のお父さんとお母さんの事を覚えていない。
「それじゃ、行きましょうか」
「お兄ちゃん、靴ちゃんと履ける?」
「うん、大丈夫」
いつもは履きやすい靴を履いているが、今日はしっかりとした黒い靴を履く。
服も、いつものラフな物じゃなく、学校の制服。
八月二十五日。今日は、僕のお父さんとお母さんの命日だ。
「シートベルトはした?」
「うん、大丈夫だよー」
「僕も」
車の窓から外を見る。
なんでだろう。毎年、この日は晴れている。
目を開けて初めて分かったけど、雲一つない晴れ模様だ。
でも、なんでだろう。僕は今日のこの天気が嫌いだ。
いつもなら、気持ちいいと感じるんだろうけど、今日は不思議と嫌悪感を感じる。
「今年も晴れたわね」
「うん、毎年この日は雲一つない晴れだよね」
そうか。毎年こんな天気なんだ。
嫌だな。
※ ※ ※ ※
十五分ほどで墓地に着いた。
「私達はお花とか準備してから行くから、サトリは先に行ってていいわよ」
「分かった」
お母さんと咲はトランクに積んである、お供え用のお花やお菓子を確認している。
僕は一足先にお墓参りをしよう。
この墓地は百以上のお墓がある、大きな墓地だ。
「__迷った」
そんなところで迷わない訳がない。
「君、大丈夫かい?」
「あ、すみません。迷ってしまって……」
迷って、オロオロしていると男の人が心配して声を掛けてくれた。
男の人は黒いスーツを着た清純そうな人だ。
男の人の顔を見ると、なぜか少しだけ懐かしさを感じた。
「それは大変だね。 俺で良ければ案内するよ」
「え、でも」
「遠慮はしなくていい。俺はもう用事を済ませたし、困っている男の子をほってはおけないだろう」
「えっと、ありがとうございます。それじゃあ、お願いします……」
男の人は優しい笑みで「あぁ」と答えてくれた。
優しい人だ。でも、なんでだろう。
この人……『考えている事』が読めない。
「それじゃあ、ついて来てくれるかい」
「あ、はい」
僕は男の人について行く。
「そう言えば、君の名前はなんて言うんだい?」
「三河、サトリです」
「そうか、サトリ君か。いい名前だね」
そう言われると少し照れる。
「でも、左しか飛べない鳥だなんて、少し不自由そうだね」
「え……?」
「あ、いや、なんでもないよ」
左しか飛べない鳥? 何の事だろう。
僕は空を見てみるけど、鳥なんて飛んでいない。
「君、もしかして家族の命日か何かかい?」
「はい、お父さんとお母さんの」
「そうなのか。俺もね、兄の命日なんだよ」
ここには百以上のお墓があるんだし、そういう偶然もおかしくない。
あんまり、良い偶然じゃないけど。
でもそうか。だからこの人、黒いスーツを着ているのか。
「君は悲しいかい?」
「え、何が、ですか……?」
「いや、お父さんとお母さんの事を思い出して悲しい気持ちになったりするかいって事だよ」
悲しい気持ちか。
あまり、考えた事はなかった。
ほとんど覚えていないからって理由もあるけど、考えるとそれこそ悲しくなってしまうから、あまり考えないようにはしていた。
でも、そうだな。改めて考えてみると、悲しい。
涙は出ないけど、泣きたい気持ちにはなる。
「悲しい気持ちにはなります」
「そうかい。そうだよね」
「あの、お兄さんも悲しくなったりしますか?」
僕がそう聞くと、少し意表を突かれたような顔をする。
聞かれると思っていなかったみたいだ。
「そうだね。確かに悲しい気持ちはあるけど、それ以上に悔しいかな」
「悔しい?」
「俺が見た生きてる兄の最後の顔は心底幸せそうだったんだ。そして、死んだ兄の顔は心底安心した顔だった。それが無性に悔しくてね」
なんで、それが悔しい理由なんだろう。
男の人の顔は、懐かしむようで悲しむような表情だった。
そして、僕を見る目はとても優しい。
「あ、着いたよ」
「え……」
僕は目の前にあるお墓を見る。
墓石には『田中家』と書いてあった。
「田中……?」
「あぁ、君のお母さん『田中京子』とお父さん『田中三鷹』のお墓だよ」
「あの、なんで僕のお母さんとお父さんの名前を……」
お墓にはすでにお線香が立てられていた。
お線香の短さからして、ついさっき立てたばかりみたいだ。
そして、男の人のお兄さんの命日と僕のお父さんお母さんの命日は一緒。
もしかして、この人……。
「もしかして、お兄さん」
「俺の名前は『樹鳩』。君のお父さん、田中三鷹の弟だよ。初めまして、佐鳥君」
「やっぱり……」
つまりこの人は僕の叔父さん。
だから、懐かしい顔だと思ったのか。
きっと、この人の顔はお父さんに似ているんだろう。
「本当はもう少し話したいんだけど、今日は時間がないんだ。だから、最後にっ!」
樹鳩さんが僕の肩を掴んで自分の方に寄せてくる。
僕は驚いて一瞬固まってしまった。
そして、『パシャ』っと最近よく聞く音が聞こえてきた。
「うん、上手く撮れてる」
「写真……」
「よし、待ち受けにできた。それじゃあ、さようなら佐鳥君」
樹鳩さんはにっこりと笑って、僕に手を振りながら去っていく。
お父さんの弟……。
僕に血の繋がった肉親がいたんだ。
咲やお母さんに不満があるというわけではないが、血の繋がっている人がいるっていうのは嬉しい。
「__サトリー、待たせてごめんねー」
丁度いいタイミングでお母さん達が来た。
惜しい。もう少しで樹鳩さんと会えたのに……。
シリアスを本格的に書くのは初めてなので、ご指摘などいただけると嬉しいです。




