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お風呂

 母に言われた通り僕はソファーに座ってゆっくりしている。


「サトリー、お風呂湧いたから入りなさーい」


 ソファーに座って点字の本を読んでいると台所にいる母からそう言われた。


「先に入っていいの?」

「何言ってるのお兄ちゃん? 男の子が先に入るのは当たり前だよ」

「当たり前なんだ……じゃあ、行ってくる」


 そういうのって普通女の子じゃないのかな?

 僕はそう思いながらも言われた通りお風呂場に向かう。


 脱衣所に着くと服を脱いで洗濯用のかごに入れる。

 家の中なら杖を使わなくてもどこに何があるのかくらいは分かるのでお風呂で転ぶなんていう間抜けな真似は殆どない。

 ないわけではないけど殆どない。


 髪を洗い体を洗い終わると湯船に入り方までお湯に浸かる。


「ふにぃ〜……」


 普段はシャワーなので久しぶりにお風呂に浸かると気持ちよすぎて気の抜けたような声が出てしまった。

 お風呂に浸かるって気持ちいいことだなぁ。


「ふっふふふ〜、気持ち良い」


 本当はちゃちゃっと入って出るつもりだったが、そんな勿体無いことできないなぁ。

 最後にお風呂に浸かったのは何年前だろう。


 __ガタッ


 今、脱衣所の方から物音がした?


「誰か、いるの?」

「……い、いないよぉ〜」


 あ、咲か。


「咲、何か取りに来たの?」

「わ、私は、咲じゃないヨォ」


 咲は焦るようにそう言い、最後の方は片言になってしまっていた。

 どうかしたんだろうか?


「私は咲じゃなくて……」

「咲じゃなくて?」


 僕は首を傾げる。


「お母さんだよ〜」

「お母さん?」


 咲は頑張って母の声を真似ているけど、絶対違うと分かる。


「さぁ〜きぃ〜ちゃ〜ん?」


 あ、今の母の声真似はすごく似てた。

 ていうか本人?


「わっ!? お母さん!」

「あんた、サトリのお風呂を覗こうだなんて考えてたんじゃないでしょうねぇ?」


 やっぱり、本物の母だったみたいだ。

 それにしてもなんで咲が僕を覗くんだろう?

 もしかして、僕があんまり長く入っているから心配してくれたとか?


「ち、ちぎゃうよ?」

「ふふふ、それも私の所為にしようとしてたわねぇ。全然似てなかったけど」

「あぁ……退避!!」


 ドタドタと走る音が聞こえる。


「逃げても無駄よ。絶対にアイアンクローの刑に処してあげるわ!」


 どうやら走って行ったのは咲の方だったみたいだ。

 母もそう言うと咲の走って行った方に走って行った。


「……楽しそうだなぁ」


 母と咲の家を駆け回る音を聞いて僕はそう呟いた。

 お風呂に入って二十分ほど経っただろうか。

 流石に逆上せてしまいそうになり、僕はお風呂から上がる。


「あ、服忘れた」


 僕はバスタオルで体についた水をふき取ると一回自分の部屋に服を取りに行こうと、腰にバスタオルを巻いて脱衣所から廊下に出る。


「__待ちなさい咲ー!」

「いやぁ! お母さんのアイアンクロー本当に痛すぎるんだもん!!」


 階段を物凄い勢いで降りる音が聞こえると階段の下にいた僕の体に強い衝撃が走る。


「あぎゃ!」

「わっ」


 どうやら僕は階段を降りてきた咲にぶつかってしまったみたいだ。

 僕は咲にぶつかるとその場に倒れてしまう。


「……痛くない?」


 結構な勢いで倒れた僕だが床にぶつかった痛みを感じなかった。

 むしろ、クッションのようなものに守られた安心感のようなものがある。


「あ、あわわわわわ!!」

「咲?」


 どうやら僕は咲を下敷きにしてしまったみたいだ。

 僕はしまったと思いすぐに起き上がろうと地面に手をつき体を起こそうとするが、地面に手をつけ力を入れた瞬間ぬるっとした何かが地面に落ちており、手を滑らせ中途半端に起き上がった状態からまた咲の体にのし掛かってしまった。


「あっ、ごめん咲」

「お兄ちゃんの胸、胸板、硬い、胸板……」


 のし掛かっている状態だから分かるが咲の心拍数がどんどん上がっていき呼吸が荒くなっている。


「さ、咲?」

「お兄ちゃんの髪、洗ったばかりでツヤツヤでキレイな……も、もうダメ……あびゃ」


 僕はなんだかこのままではまずい気がして急いで起き上がった。

 ぬるっとした何かの所為で起き上がるのは大変だったが腕に一気に力を入れてなんとか起き上がれた。


「さ、咲、あんた鼻血!……っていうかサトリ、あんたなんて格好……! やばい、私まで……」

「お母さん、咲鼻血出てるの?」


 もしかして僕にぶつかった時に鼻を打っちゃったのかな?

 僕は咲を心配し、咲の倒れている方を見る。


「と、とりあえずサトリ、あんたはこれを着なさい」

「ん?」


 僕は母に何かを着せさせられた。


「何?」

「私のエプロン、着ないよりはマシ……」


 母が黙ってしまう。

 いきなり黙る母に僕は首を傾げる。


「しまった……裸エプロンがここまで強烈だとは思わなかった……」


 母の声のする方からピチャピチャと何かが垂れる音がする。


「このままじゃ、本当に私まで失神する……」

「お、お母さん、大丈夫?」


 僕がそう聞くと母の方からする何かの垂れる音が強くなる。


「ご、ごめんサトリ。サトリはリビングにいてちょうだい……」

「えっ……うん」


 僕は一瞬迷ったが母がこう言うということは僕がここにいても何もできないんだろうと頭の中でまとめリビングに向かった。

三河家の廊下はこの日真っ赤に染まっていた。

咲と母の血で……。(鼻血)

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