獣の襲来
「サトリの家……二回目だな」
「うん。お見舞いの時だけ」
サトリは腕を組んで胸の膨らみがバレないように歩く。
不幸中の幸いか、女の子バージョンのサトリの胸は小さく、腕を組めばバレない。
だが、サトリは焦っていた。
バレるんじゃないかと冷や汗を流している。
「部屋、入っていいよ」
「お邪魔します……」
健斗はサトリの部屋に入る。
『認識阻害』を使っている日から目を開けて生活しているが、部屋の様子は変わっていない。
相変わらずシンプル。というよりかは無機質な部屋だ。
ベットが一つ、点字の本を入れている小さい本棚が一つ、ほとんど使われていない机が一つ。
「座布団とお茶、持ってくるね」
「あ、気を使わなくていいぜ!」
「そう?」
サトリは目を開けているが『認識阻害』で健斗にはバレていない。
健斗は目の見えないサトリに階段を降りるという危険作業させたくないのだ。
健斗はサトリのベットを背もたれにして座る。
サトリも健斗の正面でなぜか正座をする。
「さて……」
健斗は焦りを感じていた。
(何をするか、何も考えてなかった)
そう、昨日も一昨日も作戦会議をしていたが、それは部屋に入るまでの作戦会議。
部屋に入ってから何をするかなんて考えていなかった。
「健斗は、なんでいきなり来たの?」
サトリはキョトンと首を傾けた。
健斗は冷や汗をダラダラと流す。
「あ、遊びに……」
何をして遊ぶかは決めてない。
サトリは何も答えずに健斗の事を見つめている。
そう、サトリは健斗が何も考えずに来ている事をすでに心を読み知っている。
だから、サトリは考えているのだ。
何をして遊ぶか。
10、20、30。
100、200、300。
無言で五分経過してしまった。
(そ、そうだ。何か笑い話を。面白い話、面白い話)
健斗は頭をフル回転させる。
過去に合った面白い出来事、面白い体験。
すべてを思い出している。
しかし、健斗の脳裏に移るのは練習に明け暮れる日々。
楽しかった出来事も、サトリとご飯を食べたり、サトリと話たりした記憶だけだ。
「そ、そういえば」
健斗は実際にあった出来事がダメならと、作り話を始めようとする。
「今日洗濯物を干しててな」
「うん」
サトリは一体何を言われるのかと息を飲み構える。
「すげー風が吹いて」
「うん」
「__『布団』が『ふっとん』じまった……」
__静寂。
__沈黙。
__無言。
__無反応。
流石のサトリも笑う事ができない。
何か、返しをする事さえも。
健斗は涙目になり、すでに泣きそうだ。
__ピンポーン。
そこに空気を読んでか、チャイムの音が鳴る。
「僕、出てくるね」
「あ、あぁ……」
健斗の声は震えていた。
だが、ここは部屋を出るのが優しさだろうとサトリは部屋を出た。
こうして、健斗の人生初の黒歴史が誕生したのであった。
※ ※ ※ ※
健斗とサトリが無言で見つめあっている頃。
三河家の前に二人の少女が立っていた。
「お、お姉ちゃん。連絡もなしに行くのは失礼なんじゃない……?」
少女の一人、獣山猫子は姉、犬子の後ろに隠れるように立っている。
そして、犬子はインターホンを押そうとしている手を止めて猫子の方を見る。
「私、サトリ君の携帯番号知らない」
「え、私持ってるよ?」
サトリのように無表情の犬子の目が一瞬見開いた。
「い、いつの間に?」
「前、一緒に買い物行った時だよ」
犬子は膝から崩れ落ちる。
「お、お姉ちゃん!?」
「あれは、私がした事。でも、妹に先を越された。猫子、恐ろし子」
「お姉ちゃん。何意味わからない事言ってるの?」
「猫子。番号もってるなら言って欲しかった」
犬子は立ち上がりながら言った。
「え、お姉ちゃんが持ってるって思ってたから」
「うぶっ……!?」
精神にボディーブローを受けたかのような衝撃。
涙腺を緩めないようにするのが大変だ。
そして、もう一度膝から崩れ落ちる。
「私の妹がこんなに辛辣なわけがない」
それは某有名ライトノベルのタイトルのようなセリフだ。
「何言ってるのお姉ちゃん」
犬子は一度深呼吸をして立ち上がる。
「押す」
「あ、押しちゃった……」
犬子はいじけながらチャイムを押した。
※ ※ ※ ※
サトリはドアの前で膝から崩れ落ちる。
(なんで、犬子ちゃんが……。犬子ちゃんの後ろに居るのは……もしかして猫子ちゃん?)
タイムイングが悪いにもほどがあると思うサトリ。
だが、居留守をするわけにもいかない。
サトリは立ち上がりドアを開けた。
「サトリ君、久しぶり」
「お、お久しぶりです!」
サトリは犬子の後ろにいる黒髪でくせ毛の少女の声を聞いて、猫子であると確信する。
「久しぶり」
サトリは犬子と猫子を見比べる。
犬子は一度見たことがあるから身長が低いのは知っていたが、猫子も犬子と同じくらいに小さい。
「遊びに来ちゃった」
「い、いきなりすみません!」
「分かった。入って」
サトリは二人を家に入れる。
「健斗も来てる」
「え、健斗さん……とは?」
(そう言えば、猫子ちゃんは健斗に会った事ないのか)
サトリがなんと説明すればいいのか迷っていると、代わりに犬子が説明しだす。
「佐藤健斗。サトリ君の女友達。私達と同じクラスで趣味は以外にも読書、身長は172センチでスリーサイズが上から81/57/85。好きな物は辛い物とサト」
「__そこら辺でいいよお姉ちゃん! 健斗さんって人の個人情報ダダ漏れだよ!!」
サトリすら知らなかった情報を犬子は息を吐くかのように言った。
流石のサトリもこれには驚いた顔をしている。
「新聞部は情報が武器だから」
「その武器を見せびらかすのはやめようよ!」
「サトリ君の家に来てテンション上がっちゃった」
「テンション上がっても個人情報を漏洩するのは良くないよ……」
サトリも猫子の意見にうんうんと頷いた。
「分かった。次から気を付ける」
犬子は少ししょんぼりしながら答えた。
ぐへへ




