狸寝入り
__ゲームセンターから家に帰り着いた僕はリビングでソファーに座るといつもより動いた所為か疲れ寝てしまった。
「すぅ、すぅ」
「どうしてこうなった」
目を覚ますと寝ている間に帰ってきたのであろう咲が、僕の肩に寄りかかって寝ていた。
僕の耳に入ってくるのは咲の寝息と付けっぱなしのテレビの音だけだ。
起こそうかとも思ったが部活で疲れて仮眠している咲を起こすのは気が引ける。
「うーん、せめて今何時か分かれば……」
どうしたものかと考えているとテレビから「午後七時をお知らせします」と聞こえた。
「お母さんももう少しで帰ってくし……それまでこのままでいいか」
「……ふへへ、おにぃちゃん」
僕は母が帰ってくるまでここままでいいかと少しだけ微笑む。
肩に掛かる咲の頭の感触から咲がメガネをしていることがわかる。
最後に咲の顔を見たのは十年以上前だ。
その時はメガネなんてかけていなかったけど、いつの間にか目が悪くなっていたのかと感傷的なってしまう。
「__ただいまー」
「ん」
昔のことを思い出して感傷的になっていると玄関から母の声が聞こえた。
「ただいまー、遅くなってごめ……」
リビングの扉を開く音が聞こえると母の声が止まってしまう。
「おかえり、お母さん」
「……え、えぇ、ただいまサトリ」
「それと」と言って母の足音が僕の方に近づく。
僕はどうしたんだろうと首を傾げた。
「咲も、た、だ、い、ま!」
「い、いたたたたい! お母さん頭割れる! 割れるってば!」
母と僕の距離が歩幅一歩分くらいに近づくと肩にもたれ掛かってた咲の頭が離れ、離れた直後咲の絶叫に近い声が聞こえた。
「やっぱり咲、あんた起きてたでしょ!」
「そ、そんなことは……」
「本当のことを言いなさい」
「いだっ! いだだだだ!! ダメ、本当に割れるぅ!! 起き、起きてましたぁ!」
咲、起きてたんだ。
なんで寝たふりなんてしてたんだろう?
「前も言ったわよね。サトリを困らせるのはダメって」
「えっ! お兄ちゃん困ってた?」
咲の声が僕の方を向いている。
多分この質問は僕に向けてしているのだろう。
「うん、少しだけ」
「ほらっ!」
「でも、少し嬉しかった」
「ほらっ……?」
僕の両肩が掴まれ体を揺らされる。
「お、お兄ちゃん! それ本当?」
「う、うん、あと、揺らさないで……」
目の見えない状態で他人に体を揺らされるのは恐怖でしかない。
声の近さから咲が揺らしているのは分かるがそれでも怖いものは怖いのだ。
「あっ、ごめん!」
「サトリ……」
肩の方は離されたが次は額を触られる。
「熱はないわね……」
「??」
なんで今、熱を測るんだろう?
僕、そんなにおかしいことを言ったかな?
「私に触られても嫌がったそぶりを見せないし……」
「お、お母さん、いいじゃん! 今のお兄ちゃん、うまく言えないけど凄く可愛いし!」
「……咲」
可愛いって、僕は男なんだからその褒め言葉は少し複雑な気持ちになるよ。
「そうね。でもサトリ、具合が悪かったりしたらすぐ言いなさいね」
「……うん」
もしかして今の僕、凄く顔色が悪かったりするのかな。
ここまで心配されると嬉しさを通り越して少し不安を感じるよ。
「さて! お母さんはご飯の準備をするから咲はお風呂を溜めてちょうだい」
「あ、うん!」
咲はそう言うとお風呂場まで小走りで向かった。
僕は何をすればいいんだろう?
「ねぇ、僕は何したらいい?」
「えっ、サトリはソファーでゆっくりしてていいわよ」
母は微笑みを含んだ声でそういった。
確かに目の見えない僕じゃ家事とか一切できない。
「役に立たなくてごめん」
「えっ、あっ、いやっ! 違うわよ! サトリはそこにいてくれるだけで十分なの! サトリがいるから私達は頑張れるの! ほらっ、だからサトリはそこでゆっくりしているのが最大の仕事、みたいな……」
母はそんなに僕のことを思ってくれていたのか。
僕は泣きそうになるのをグッとこらえる。
「分かった!」
「私の息子が男神すぎる件……」
母の言っていることはよく分からないが僕は座って母たちの仕事が終わるのを待つ。
お風呂回は次回です