温泉編『三河サトリ』
いちごミルクを飲み終わると僕はカフェを出て、部屋に戻る。
本当は温泉に入ろうと思ったんだけど。
僕が携帯の電源をつけると『7:52分』と表示されている。
お母さん達との待ち合わせ時間は8時だから、もう時間がない。
僕が自分の部屋のある七階まで戻ると部屋の前にお母さんと咲が居た。
「お兄ちゃん。もうそろそろ起きてくるかな?」
「えぇ、そろそろ8時だから来るはずよ」
「それにしても、お母さんも私もお兄ちゃんに早く会いたいからって部屋の前で待ち伏せなんてお兄ちゃんの事好きすぎるでしょ」
「__何してるの?」
「「……え」」
二人がこちらに振り向く。
僕の部屋の前で何してるんだろう。
「お兄ちゃん……。いつからそこに?」
「お兄ちゃんの事好きすぎるよ、のところから」
「……」
咲の顔が『恥ずかしい』という文字で埋め尽くされる。
「……、ば、バイキングに行きましょうか」
お母さんの目が泳いでいる。
顔には『誤魔化さないと』という文字が書いてある。
「うん」
聞きたいことはあるけど、バイキングに行ってからでもいいかな。
落ち込む咲をお母さんが励ましながらバイキングに行く。
バイキングに着くと、やっぱり僕たち以外のお客さんは居ない。
僕たちは従業員さんに案内されて席に座る。
「__咲、僕の事好きなの?」
咲の体がビクッと震える。
咲に確認したし、僕の聞き間違いじゃないはず。
「は、はい。そうです」
「さ、咲だけじゃないわ。私も好きよ……! 私達にそんな事をいう資格はないかもしれないけど」
お母さんも……。
咲とお母さんの二人が落ち込んだ表情になっているけど、僕はそんな事より自分の中に湧いてくる感情で頭の中がいっぱいだった。
ずっと、嫌われてると思ってた。
最近は優しいけど、それでも心のどこかでは嫌われてると思っていた。
『__なんで、あなたなんかがうちに来たのよ……。この疫病神……!!』
『__お前のせいで、お父さんは死んだんだ!! 返してよ!! お父さんを返してよッ!!!』
昔を思い出す。
僕がまだ三河家に来たばかりの頃。
お母さんと咲に投げかけられた言葉。
『ごめんなさい……ごめんなさい……』
泣きたい気持ちを押し殺し、謝り続ける幼き僕。
「__僕、家族になれてたのかな……」
「え……」
ずっと、思ってた。
僕には本当のお父さんお母さんの記憶がないから、本当の家族の記憶がないから。
本当の家族の意味が分からなかった。
同じ家に住んでたら家族なのかな。
同じご飯を食べてたら家族なのかな。
同じ血を流していたら家族なのかな。
答えはずっと出なかった。
「お母さん」
「何……?」
「僕はお母さんの子かな」
さっきまで目を泳がせていたお母さんの目が僕の目をしっかり見る。
「当り前よ!! 私は、サトリの事を本当の息子だと思っているわ……!」
「僕は、咲のお兄ちゃんかな」
「うん、お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ!」
嬉しすぎて胸が弾けそうだ。
今まで思い詰めてきたことが一気に消えて、その代わりに幸福を詰め込んだようだ。
まだ、完全に不安が消えたわけじゃないけど、それでも重く抱えてた物が軽くなった気持ちだ。
僕は立ち上がり、咲の隣に立つ。
「お、お兄ちゃん?」
「ありがとう」
僕は咲に抱き着く。
僕なんかに抱き着かれるのは嫌かもしれないけど、今はこうせずにいられなかった。
咲は小刻みに体を震わせている。
「あわ、あわわわわ」
さ、流石に抱き着きすぎたかな……。
僕はそう思い咲を離した。
すると、咲の鼻から血が噴き出してくる。
まるで噴水の様だ。
__っじゃないよ!?
「だ、大丈夫咲? 血、止めないと」
僕は焦りながらポケットに入っているティッシュを取り出す。
そして、ティッシュを咲の鼻に押し当てる。
「お、お母さん。だれか呼ばないと」
「え、えぇ、従業員さんを呼んでくるわ」
お母さんがかなり焦りながらレストランの従業員さんを呼びに行く。
その時、顔に『咲、羨ましいわ……』と書いていたけど、それを気にしてられるほど今の僕は冷静じゃなかった。
咲の鼻から出てくる血、咲の顔には『幸せすぎて死ぬ』と書いてある。
よく分からないけど、死にそうなほど辛いという事だろう。
「ど、どうしたら……。咲、死んじゃダメだよ……」
僕は涙目になっているだろう。
咲はうつろな目で僕の顔を見る。
すると、咲の顔に『可愛すぎんだろうがッ!!』と文字が浮かんでくる。
そして、先程よりも勢いよく鼻から血が出てくる。
「血、血が止まらない……。どうして……!?」
「サトリ、従業員さんを連れて来たわ。一旦別室に連れて行ってくれるみたいだから離れて」
「で、でも」
「大丈夫。少し休めば落ち着くから」
でも、咲の鼻から出てきている血の量は明らかに休めば治るというものではなかった。
確か、人間が1リットルくらいだったはず。
咲の鼻から出てきている血は見ただけでも1リットル以上だ。
「大丈夫よ。それより、早く別室に移さないと本当に死んじゃうわ」
「わ、分かった」
お母さんの顔には『咲、それは良い思いした罰よ』と書いてあった。
よく分からないけど、お母さんのいう事に従う。
従業員さんが咲を抱えてどこかに行ってしまう。
「本当に、大丈夫なのかな……」
僕は心配しながら運ばれる咲を見る。
「らいじょうぶよ」
お母さんの顔に『心配してる顔も可愛い』と書いてある。
お母さんも相当焦っていたんだろう。
先程ではないが少しだけ鼻から血が出ている。
※ ※ ※
「ふふっ」
「覗きは悪趣味ですよ」
「そういうアミだってずっと見てたじゃないか」
サトリ達が泊まっているホテルの最上階。
天美と玲は壁一面を覆うほどのモニターの前にいる。
「良い家族じゃないか」
「そうですね」
二人は微笑む。
「__さっそく、綺麗な物を見れたみたいで私は嬉しいよ」
サトリ君の目に必要なのは癒しだからね、と呟き玲は部屋を出る。
その言葉の意図しているのが何なのかは、まだ分らない。
サトリ君と皆様のおかげで『四半期現実世界〔恋愛〕ランキング』で58位に入りました!!
ありがとうございます。




