温泉編『海斗の質問』
僕の電源を入れる。
画面には『7:27分』と表示されていた。
確か、お昼の集合時間が8時だからまだ30分はある。
「ちょっと、歩いてみようかな」
正直、今も目を閉じたい気持ちはあるけどそれじゃダメだ。
昨日、温泉街の人混みの中を歩いているだけで気持ちが悪くなってしまった。
僕はドアの前で一度深呼吸をして外に出る。
流石にこの時間に外にいる人はあまり居ないと思う。
というか、このホテルに泊まってる人が居ない気がする。
僕は息を落ち着かせると廊下に出る。
廊下には誰もいない。
「ぬ、サトリ殿ではないか」
と思ったけど、居た。
僕が声のした方を向くとそこにはお風呂上がりなのか長い髪が湿っている浴衣姿の女性が居た。
なんで浴衣なんですか、海斗さん。
そう、そこに居たのは健斗のお姉さんの海斗さんだった。
「おはようございます」
「うむ、おはようでござる」
前から思っているけど海斗さんの喋り方は変わっている。
でも、作ってるような感じでもない。
少し違和感はあるけど。
「サトリ殿は今か風呂でござるか?」
お風呂、散歩するだけのつもりだったけど、それも悪くない。
「はい」
「拙者は今行ってきたところでござるよ」
やっぱり、お風呂上がりだったみたいだ。
「早起きなんですね」
「はは、違うでござるよ。拙者はオールでござる」
「オール?」
「寝てないという意味でござるよ」
寝てないって、何かあったのかな。
よく見れば、海斗さんの目にはくまがあった。
「あ、心配しなくても大丈夫でござるよ。それより、サトリ殿の方こそ早起きでござるね」
「うん。色々あって」
「あ、昨日攫われかけた件でござるね。確かに、そんなことがあって安眠できるわけないでござるな」
少し申し訳無さそうな顔をする海斗さん。
顔にも『無神経だった』と書いてある。
あ、違う。
「そうだ! レストランは一階のカフェで少しお茶しませぬか? 奢るでござるよ」
暇だし、いいか。
ご飯までまだ結構あるし。
というわけで僕は一階にあるカフェに来た。
カフェの中は一席一席区切れらていて、おしゃれな感じで少し僕の肌には少し合わないかも。
「好きな物を頼んでいいでござるよ」
「ありがとうございます」
僕はメニューを見る。
コーヒーは苦手だから、甘い物がいいな。
あ、これでいいや。
「いちごミルク」
「うむ、拙者は抹茶ラテで」
海斗さんが店員さんに頼む。
喋り方は変だけど、大人の女性って感じだ。
「折角でござるから、お喋りをしようでござる」
「お喋り?」
「うむ、サトリ殿とは前々から話をしたいと思っていたのでござる」
お喋り。
嫌いじゃないけど苦手だ。
僕、トーク力がないから。
「そうでござるね。健斗の事を少し聞いてもいいでござるか?」
「はい」
「サトリ殿は健斗の事は親友だと思ってるのでござるよね」
僕は迷うことなく頷いた。
「それは良かったでござる」
ニコッと微笑む海斗さん。
「では、拙者達の家の事はどう思うでござるか?」
「家?」
「うむ、拙者達の家はどう見ても普通とは違うでござる。女なのに男のフリをする。気持ち悪いとは思わないでござるか?」
気持ち悪い。
どうして、そんなことを聞くのだろう。
海斗さんの顔は真剣だ。
つまり、僕も真剣に考えて答えないといけない。
「変わっているとは思います。__でも、気持ち悪くはないです」
「……それは良かった」
海斗さんの顔には『全く、建斗が羨ましい』と書いてある。
どうして、羨ましいんだろう。
「お待たせしました」
カフェの店員さんが頼んだ飲み物を運んでくる。
いちごミルク美味しい。
「あ、そうだ」
「ぬ、どうしたのでござるか?」
折角だから、僕も聞きたかったことを聞こう。
「なんで、そんな喋り方をしてるんですか?」
確かに喋り方に違和感はないけど、前健斗の家に行ったときと喋り方が違う。
そんな、簡単に喋り方が変わることはないはずなのに。
「あぁ、これは癖でござるよ」
「癖?」
「拙者はなんでも真似してしまうのでござる。この喋り方は数日前に見た時代劇のせいでござる」
「でも、演技っぽくない」
僕がそう聞くと少し感心したような目でこちらを見てくる。
「拙者の特技は真似をして、それを自分の物にする事でござる」
「? それって」
どういう事なんですか、と聞こうとした時、海斗さんがポケットからコインを出す。
「サトリ殿、このコインをしっかり見てくだされ」
「……はい」
よく分からないけど、言われた通りコインを見る。
海斗さんはそのコインをギュッと握る。
そして、パッと開くとそこにコインはなかった。
「……コインが消えた」
「これは昨日、テレビでやってたマジックでござる」
「凄い……」
つまり、昨日見たマジックを真似したって事だ。
でも、全くタネが分からない。
まるでプロの技だ。
「正直、昨日テレビに出てたマジシャンより上手くできてる自信があるでござる」
一度見ただけでそこまで出来るなんて、本当に凄い。
「つまりな。これが自分の物にするって事だ」
「……健斗の声?」
健斗の声がする。
でも、健斗の声のする方には海斗さんが居る。
「この喋り方、演技に聞こえるか?」
「健斗と同じ……」
イントネーションも声の質も同じ。
モノマネというのもおこがましい程に似ていた。
「まぁ、そいう事でござるよ」
「自分の物にする……」
お金が取れるレベルだと思う。
だから、変な喋り方でも違和感がないのか。
これには納得するしかなかった。
「まぁ、拙者の事なんてどうでもいいでござるよ。それより、健斗でござる」
「健斗?」
「うむ、最後にもう一つ聞きたいでござる」
なんだろう。
僕は軽く首を傾げる。
「もしも、健斗に告白されたら……サトリ殿はどうするでござるか?」
「健斗に告白……」
一瞬、冗談で聞かれてるかと思ったけど海斗さんの顔は真剣だ。
考えた事もなかった。
健斗は親友だし、好きだけど女の子って気づいたのも最近だし……。
__もしも、告白されたら__
僕は頭の中でその状況を再現してみる。
でも、返事ができない。
健斗は可愛いし、料理が上手だし、優しいし。
普通の男の人ならすぐに付き合うんだろうけど。
「質問が難しかったでござるね……。じゃあ、健斗が他の男と付き合う事になったらどう思うでござるか?」
もしも、健斗が……。
『サトリ、こいつ俺の彼氏だぜ……』
『初めまして』
『俺たち、ラブラブなんだぜ!』
健斗が知らない男に抱きついた。
なんだろう。この気持ち。
よく分からない。
よく分からないけど。
「__少し嫌です……」
健斗が自分の気持ちで付き合っているんだから僕がどうこう言うのは違うけど。
嫌だ。 そう思ってしまった。
「親友なのに……だめですよね」
僕が自己嫌悪で俯くと、海斗さんは微笑む。
「そんな事はないよ」
そう言うと、海斗さんは立ち上がった。
「抹茶ラテも無くなったし、拙者は部屋に戻るでござる。あ、お会計は済ませておくから安心していいでござるよ」
「ごちそうさまです」
僕は海斗さんの方を向いて軽く、頭を下げる。
「__良かったでござるね健斗。脈大アリでござるよ」
「え?」
海斗さんが去り際にそう言うと壁で見えない隣の席からガタンと物音が鳴る。
僕は少し不思議に思いながらも、いちごミルクを飲んだ。
いちごミルク美味しい。
海斗姉様の喋り方は結構変わります。
口調は作者の気分で変わります。




