温泉編『初日(裏)』
僕は昔から普通だった。
周りのみんなみたいに医者になりたいとか人の役に立ちたいとか輝いている夢はなかったし、それなりに生きてそれなりに元気なら他はどうでもいいと思っていた。
ある日、僕の住んでいる地域でテロが起きた。
それは大規模なテロで世界的なニュースにもなった。
当時小学生で学校に居た僕は必死に逃げた。
心の底からヤバいと思ったし、学校を信用できていなかった。
幸いな事にテロは一日で終わり、ゴミ箱の中に隠れていた僕は助かった。
でも、助かったのは僕だけだった。
学校もテロの標的になっており、いち早く学校から逃げた僕以外は皆殺された。
お母さんが早くに死んで男で一つで育ててくれたお父さんも買い物をしていたデパートの中で殺された。
__皆、皆殺された。
人の命が紙切れの様だと当時の僕は思ってしまった。
だってそうだろう、たった一日で数百数千の人が殺される。
昨日まで重くて硬い、宝石の様だった命がたった一日で数えきれないくらい壊れた。
まるで、紙切れだ。
最初の一日は泣いた。
次の日も泣いた。
三日目、お腹が空いたことに気づいた。
唯一の肉親で大好きなお父さんがいなくなった僕は盗みをするしかなかった。
食べ物を盗み、食べ終わった後は決まって泣いていた。
食べ物を盗むことにも慣れ、いつものように店から果物を盗もうとした時、運悪く店主に盗む瞬間を見られてしまった。
当然捕まった僕は自分の人生が終わったと思った。
『ちょっと待ってはくれないか?』
そんな時だ。明らかにこの辺りの物ではない服を着た女が僕を助けてくれた。
その女は黒髪黒目でお母さんの写真にそっくりだった。
『そのリンゴ、二倍の金額で買うからその子を見逃してくれないかい』
店主は渋々僕の手を離した。
『君、少し来てはくれないか?』
僕は何をされるか分からず怖い気持ちを押し殺し、女に着いて行った。
しばらく、歩くと周りに人はいなくなり、僕と女の人だけになった。
周りに人がいない事を確認すると女は僕の肩を掴み。
__電話だよ! 電話だよ!
「ん、んん」
僕は電話の着信音で目を覚ます。
まだ開ききってない目で携帯を確認すると画面には『りーだー』と書いてあった。
こんな時間に電話とか、あの人何考えてるの?
「はい、もしもし」
「あぁ! 良かった! まだ起きてたのだね!」
寝てたんですけど。
「実はだね。お願いがあって電話したのだよ」
「お願い?」
「アミが連れてきた子。サトリ君だったかな」
アミ、本名で呼ばれるのは久々だ。
僕の本名は『神ヶ埼アミ』リーダーの指示でリーダー以外には天美と名乗っているけどいるけど本名はアミだ。
まぁ、呼ばれ方とかはどうでもいい。
「うん、それがどうしたの? 上層部もOKしたんでしょ?」
「あぁ、そうなんだけどね。最後の試験が微妙だったから、再試験をしたいんだ」
「……また足を撃たれるとか嫌ですからね」
「だ、大丈夫! 今回は銃とか使わないから」
この人、加減を知らないからまた大変な事になる気がする。
というか、絶対になる。
「それで、試験内容は?」
「サトリ君を拉致監禁して欲しい。部屋もすでに準備しているよ」
「__は?」
と、いうわけで僕は今、サトリ君の隙を窺っている。
それにしも、拉致監禁とは簡単に言ってくれる。
確かに、サトリ君の泊まってるホテルにいるのは三河一家、佐藤一家だけだけど、サトリ君を連れだすのは簡単じゃない。
それに、サトリ君の能力的に絶対に顔を見られないようにしないと駄目だし。
「健斗ちゃんの動向もチェックしないと」
健斗ちゃんが近くに居たら拉致どころじゃない。
僕がボコボコにされちゃう。
ん、サトリ君、混浴に入るの!?
前から思ってたけどサトリ君ってオープンすぎるんじゃないかな。
素直すぎるって言った方がいいのかな。
いくら家族とは言っても義理だし、女だよ。
危険を感じたりしないのかな。
「でも、まぁ、混浴ならこっちも安心して見れる」
正直、男性のお風呂姿を見たら僕の理性が持たない。
サトリ君も入ってき……。
僕は自分の鼻血が出ている事に気づく。
僕も女なんだから仕方ないだろう。
あぁ、サトリ君気持ちよさそうな顔してる。
可愛い。
……僕完全に変態だな。
結局初日はサトリ君を攫うチャンスはなかった。
サトリ君は三日間いるからあと二日で何とかなるだろう。




