またみんなで
僕はギリギリで演劇に間に合った。
犬子ちゃんのお母さんは僕達を学校に下ろすと急いで帰っていった。
あの人が居なかったら間に合わないところだった……。
というか、あの人が僕を誘拐しなければ遅刻ギリギリになることもなかったんじゃ。
「サトリぐん! ほんどうに良い劇が出来たよ゛!! ありがどう!!!」
僕は最後の劇が終わり、舞台の裏で千琴さんに泣きながら抱き着かれている。
千琴さんの声は喜びに満ちたものだった。
近くにいるほかの部員さん達は「千琴様の泣き顔可愛すぎ」「天使だわ」などの声が聞こえてくる。
ここまで喜んでもらえると照れてしまう。
「素晴らしい劇でしたよ。サトリさん、本当にうちの部に入りませんか?」
「あ、それはいい」
「ははは、それは残念です」
悠斗君とも結構仲良くなれた気がする。
正直、少し入部したい気持ちもあるけど、勉強に集中しなきゃだから練習する時間がない。
『文化祭、夜の部を開始します。生徒の皆さんは校庭に集まってください』
文化祭、夜の部。
確か、みんなで踊りをする企画だ。
健斗たちと待ち合わせしてるし、早くいかないと。
「すみません。待ち合わせをしてるので先に出ます」
「あら~、早いのねぇ~」
「サトリさん。お疲れ様でした」
「ざとりくん!! まだいづでも遊びにぎていいんだがらねっ!!」
「はい、ありがとうございました!」
僕は満面の笑みを浮かべ男子演劇部を出た。
最初はあまりいい印象がなかったけど、今は一緒に劇が出来て良かったと思う。
千琴さんは優しくて頼りになる人だし、悠斗君は千琴さんの事になると怖いけど基本的には優しくてしっかりした子だし、他の部員の皆さんもいい人ばかりだった。
僕は笑みを浮かべたまま健斗達との待ち合わせ場所まで行く。
ずっと室内にいたから気づかなかったけど、人の声がだいぶ少なくなってる。
みんな帰ったのかな?
「お! サトリー!」
「遅くなってごめん」
「大丈夫だぜ! 俺達も今着たところだしな」
「そうだよお兄ちゃん! 気にしなくて大丈夫だよ!」
「サトリ君~、胸少しはだけてるよ~私たちを悩殺するつもりかい~?」
「あ、ボタンが……」
僕のシャツのボタンが一つ止まってなかった。
今日で二回目だし、これは恥ずかしい……。
「サトリ君の赤面ゲット」
「待ち受け、決定です」
犬子ちゃんと猫子ちゃんの声が聞こえた瞬間、カメラのシャッター音が聞こえる。
前から思ってたけど、僕撮られてる?
というか、猫子ちゃん来てたの?
「猫子ちゃん、来てたの?」
「あ、え、その今着たところで……。本当は朝から来たかったんですが勇気が出ず……」
そうか。普通の日ならまだしも今日は文化祭でいつもより学校にいる人は多い。
対人恐怖症の猫子ちゃんにとっては苦行みたいなものだもんね。
それでも来たんだ……。
「頑張ったね。猫子ちゃん」
「うぅ、ありがとうございます……」
恥ずかしそうに言う猫子ちゃん。
「ほら!! お兄ちゃん早く行こっ!」
「うっ、咲引っ張らないで」
「おい、あんま急ぐなよ!」
「おぉ、咲ちゃんは大胆だねぇ」
「猫子、手繋いでていいよ」
「ありがとうお姉ちゃん」
僕は咲に引っ張られ、美味しそうな匂いのする方に行く。
そう言えば僕、お昼もろくに食べれてない。
そのことに気づいた瞬間、僕のお腹が鳴く。
「あ、お兄ちゃん。お腹空いてるの?」
「うん。お昼も食べてない」
「そういや俺も食ってねぇや」
「私もだねぇ」
まぁ、あんなことがあったしご飯の事なんてすっかり忘れてた。
僕の鼻には色々な食べ物の匂いが漂ってくる。
「お兄ちゃん! 私がタコ焼き買ってきてあげるよ!」
「いいの?」
「うん!! じゃあ、すぐ買ってくる!」
咲がタコ焼きを買いに行ってくれた。
なんか、申し訳ないし今度お礼に何か買ってあげよう。
「さ、サトリさん」
「ん?」
僕は裾を引っ張られ、猫子ちゃんの方を向く。
「そ、その、かき氷食べませんか?」
「かき氷?」
かき氷って確か、細かく砕いた氷の上にシロップをかけて食べるお菓子。
少し食べてみたいかも。
前からジュースみたいなものなのか、アイスみたいなものなのか気になってたし。
「そ、それじゃ口を開けてください!」
「え、うん」
僕は口を開いた。
すると、僕の口に小さいスプーンの物が入ってくる。
そして舌の上に、冷たい物が置かれる。
「むぐ」
「ど、どうですか?」
「美味しい……」
僕が舌の上に置かれたものを噛むと、舌の上に置かれた物は一瞬で溶けてしまう。
これが、かき氷。
イメージしていたものと全然違う。
ふわふわで甘くて、氷というよりも雪のようだ。
「美味しいよ猫子ちゃん!」
「そ、それは良かったです」
「おぉ、さり気なく関節キスとはやるねぇ犬子ちゃんの妹ちゃん」
「あっ……」
間接キス? 何それ。
僕、別に猫子ちゃんとキスしてないけど。
「あ、あわ、あわわ!!?」
「僕、猫子ちゃんとキスしたの?」
「き、キスッ!?」
「おぉ、サトリ君は相変わらず鈍いねぇ~」
鈍いって……。
「おにいちゃーん! タコ焼き買ってきた……なんでその子顔真っ赤なの?」
「サトリの無慈悲な攻撃を受けたんだよ」
無慈悲な攻撃って何が?
「なるほど。そんな事よりお兄ちゃん! タコ焼き!」
「うん、ありがとう咲」
「えへへ、お安い御用だよ!」
なんだろう。咲の可愛さが最近増してきてる気がする。
一か月前まではあんなに避けてきてたのに。
人って変わるんだなぁ。
「ほら、あーんして!」
「うん。あー」
僕が口を開くとタコ焼きが僕の口の中に入ってくる。
口に入れられた瞬間、僕は一つの事に気づく。
このタコ焼き、熱々だ。
僕は口から出ないように口を押える。
尋常じゃない熱さだ。 やけど確定。
僕はその場に膝をつく。
「さ、サトリどうした!?」
「もしかしてぇ、タコ焼きが熱すぎたんじゃないかなぁ?」
「あぁ、お兄ちゃんごめん!!」
「お、おい獣山妹! かき氷貸せ!」
「は、はい!」
「サトリ、ほら口を開けろ氷で冷ませ」
僕はやっとの思いで口の中のタコ焼きを飲み込んで口を開く。
すると、口の中にかき氷が入れられる。
「ひ、ひぬかとおもっひゃ」
やけどと口にかき氷を入れてるせいで上手く喋れなかった。
「ごめんねお兄ちゃん!」
「だいひょうぶ」
タコ焼き、食べるのは二回目だけど一回目の時はここまで熱くなかったから油断してた。
そう言えば、昔もお母さんに「ほら、冷ますから少し待って」と言われたっけ。
「熱いなら吐き出せばよかったじゃねぇか」
「そんなはしたない事できない」
それに勿体ないしね。
僕がそう思った瞬間、大きい爆発音のようなものが聞こえてきた。
突然の爆発音にびっくりして一瞬目を開けてしまう。
僕が目を開けた瞬間そこには__
「おぉ、始まったね~」
「綺麗だねお姉ちゃん」
「綺麗」
「去年より派手だな」
「うちの学校結構お金持ってますからね。それにしても文化祭の最後に打ち上げ花火は豪華すぎな気がしますけど」
僕は目の前の綺麗な光景に目を奪われる。
目を閉じないといけないと分かってはいるけど目を離せない。
綺麗に散っていく火花が模様を描き本当の花のようだ。
花火、まさに名前通りの物だ。
花火は十数発ほど打ち上げられると終わってしまう。
花火が終わった瞬間、僕ははっとなり目を閉じた。
天美さんがこっちを見てた気がしたけど、天美さんは僕の目が見える事を知ってるから大丈夫だろう。
「ん~! 終わっちまった!」
「終わったねぇ~」
花火が終わると文化祭終了のアナウンスが校庭に響く。
「花火だけでも見れて良かった……」
「来年は一緒に文化祭回ろう」
「う、うん。頑張るよ!」
僕はまだ、花火の余韻が消えない。
あんなに綺麗な物、初めて見た。
「お兄ちゃんは音だけでつまらなかったんじゃない?」
「……そんな事ない」
また見たい。
「また見たい」
思ったことがそのまま口から出てしまう。
「にしし。そうだな! また見ような!」
「そうだねぇ~またみんなで見ようねぇ」
「うん、また見よう」
「そ、そうですよ! 見ましょう!!」
みんな、友達になったのはつい最近だけど、本当に友達になれてよかった。
つい一か月前までは健斗以外に頼れる人も話せる人もいなかった。
でも、今は沢山いる。
「いいの……?」
「にしし、当たり前だ!」
いつものように笑いながら言う健斗。
「そうですよ!」
いつもとは違い、覇気のある声で言う猫子ちゃん。
「そうだねぇ~」
いつものように少し作ったような声で言う天美さん。
「サトリ君、また見よう」
いつものように優しい落ち着いた声で言う犬子ちゃん。
「そうだよお兄ちゃん! またみんなで見ようよ!」
いつものように明るい声で言う咲。
「うん……見よう」
僕はみんなの方を向いて微笑む。
少し前までならあり得ない事だ。
ありえないくらいに嬉しい事だ。
__また見よう。
「またみんなで」
『サトリ君のパラレルワールド~貞操が逆転した世界~』一章完結。
読者の皆様が少しでも楽しんでくれたなら、作者として嬉しく思います。
一章のテーマは『出会い』。
出会いによりサトリ君が少しずつ明るくなっていくのが話の流れでした。
この物語は一旦完結となりますが、もし二章をやることがあればその時はまたサトリ君たちの事を作者と共に見守ってください。
では、長い間この作品を観覧いただきありがとうございました。




