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メイド喫茶(後編)

 「落ち着け落ち着け」と連呼しながら僕に服を着せてくれる健斗。

 ポタポタと水のような何かが垂れる音と鉄の匂いがする。


「サ、サトリ。終わったぞ……」


 息を切らしている健斗。


「ありがとう」

「お安い御用さ。にし、し……」

「凄く息切れてるけど」

「大丈夫だ。大丈夫だけど、少し休んでくる。流石に私、限界だわ」


 カーテンを開けて出ていく健斗。

 健斗が出ていくと、入れ替わるように犬子ちゃんと天美さんが入ってきた。


「サトリ君。その、健斗ちゃんが鼻血出しながら早歩きで出ていったけど……」

「え、健斗鼻血出してたの?」

「ふぅ、良かった。その様子じゃ何もされてないみたいだねぇ」


 そうか。だから、血の匂いとか何かが滴る音が聞こえたんだ。

 健斗、言ってくれればいいのに。

 多分、具合が悪かったんだろう。


「全く、本当にサトリ君は察しが悪いんだねぇ」

「え、なんで?」

「なんでだろうねぇ~」


 そう言って、ため息を吐く天美さん。


「あのー、誰もいないんですかー」


 外から女性の声が聞こえてきた。

 お客さんかな?


「あ、はいはい~! 今行きますよー」


 お客さんの声が聞こえると一応従業員の天美さんが出ていった。

 僕も、ずっとここにいるのは嫌だし外に出る。

 それにしてもこの服、なんか窮屈だなぁ。

 一番上のボタンだけ開けとこ。


「えっ、執事!?」

「え」


 あ、そう言えば今着てるのって執事服だった。


「あ、サトリ君。今出てくると……」

「ほんとだ! 執事がいる!」

「執事!?」

「うわっ、マジだ!!」

「しゃめっとこ」

「あーあ。こらこらぁ、写真は本人の許可を取らないとだめですよ」


 パシャパシャとシャッター音が聞こえる。

 え、もしかして僕取られてる?

 というか、どんどん人が増えてない?

 足音が少しずつ増えていく。

 聞こえてくる声は全て女性の物だ。


「あ、あの! 二年五組のサトリさんですよね!!」

「え、あ、うん」

「あぁ、私ファンなんです! 握手いいですか!?」

「あ、はい」


 僕は握手を求めてくる女性の圧に負けて手を差し出し握手をする。

 女性は感動した声を出して、ありがとうございますと言ってくれた。

 というか、ファンってなに!?

 僕にそんなの居たの!?

 も、もしかして今日の舞台でかな。

 自分でも上手くいったと思うし、それに大きい事務所さんからも声を掛けてもらったし、もしかして僕の演技って結構凄い?

 それは、少し……凄く嬉しいかも。


「……これ、使えるかも……。ねぇサトリ君!」

「な、何?」

「食券、欲しくない?」

「欲しい!」


 僕は、即答した。

 欲深いかもしれないけど、僕は出来るだけお金を節約して生活したい。

 母に負担は掛けたくないし。


「く、食い気味だねぇ。それじゃあさ、このお嬢様方に__」


 天美さんが耳打ちをしてくる。

 少しこそばゆいけど、食券がもらえるならと我慢する。

 僕は天美さんに言われたことに少し疑問を持ちながら従う。


「うん。分かった」


 僕は女性の声の沢山する方を向いた。

 こんな事をして、何になるのかよく分からないけど食券の為だ。


「お帰りなさいませお嬢様方。今日は誠心誠意、ご奉仕させていただくので沢山可愛がってください」

「「「……」」」


 し、視線が痛い。

 でも、これで終わりじゃないんだ。


「__お願いします」


 天美さんに言われた通りに首を少し傾けて、頭を少し下げて、軽く微笑みながら言った。

 は、恥ずかしい。

 凄く恥ずかしいよこれ! 演劇の時より恥ずかしい!

 み、みんなも何か喋ってよ。

 なんで、さっきまであんなに騒がしかったのにいきなり黙るの!?


「……お」


 お?


「「「おおおおぉぉぉ____!!!」」」


 前にいる女性達が息ぴったりに叫びだした。

 一体どうしたんだろう。

 ぼ、僕、そんなにおかしかった!?

 叫んじゃうくらいおかしかったのかな。

 僕は天美さんに言われた通りしただけなんだけど。


「ねぇ、天美さん……何がどうなって」

「流石、思った通りだよぉサトリ君!」

「ある意味、ハニートラップ」


 ダメだ。言ってる意味が分からない。

 こんな時に、健斗が居れば状況とか詳しく聞けたのに……。

 あれ、そう言えば健斗はどこに行ったんだ?


「健斗、どこにいるの?」

「ん、あぁ、健斗ちゃんならそこでおやすみなさいしちゃってるよぉ。まぁ、原因は貧血とかじゃないかな?」

「だ、大丈夫なのそれ」

「大丈夫。大丈夫。幸せな夢でも見てるんじゃないかなぁ?」


 それならいいけど。

 健斗、そんなに具合が悪いなら言ってくれれば良かったのに。

 でも、そんなに具合が悪くても着替えを手伝ってくれるなんて……。

 健斗はやっぱり、親友だ。


「じゃあ、私は接客をしますか。行列出来てきちゃってるしね~」

「あのー、どこに座ったらいいんですか?」

「はいはい~。今案内しますよお嬢様」


 あれ、僕のやることおしまいなのかな。


「人手、足りなそう」

「やっぱり?」


 聞こえるだけでも三十人以上の足音がしている。

 それを天美さんだけで接客するのは無理だろう。

 僕も何か手伝えたらいいんだけど。

 流石にさっきのだけで食券をもらうのは悪いし。


「ねぇ、天美さん」

「ん、はいはい、なんだい?」

「僕、何か手伝おうか?」

「私も」

「おぉ、それは嬉しいねぇ。それじゃあ、お言葉に甘えて犬子ちゃんには接客手伝ってもらっていい? サトリ君はお会計をしてもらえたら嬉しいなぁ。サトリ君がお会計したらお金ちょろまかす人とかもいなそうだし」

「分かった」

「了解」


 お会計か。

 僕は天美さんに会計の場所まで案内してもらった。

 天美さんが言うにはここに立っててくれればお会計しにお客さんが来るみたいだ。

 これは僕の特技、触っただけでお金を判別するが発動する。

 きっと、天美さんもそれを知ってて僕に会計を任せたんだろう。

 でも、天美さんに教えたっけ?

 まぁ、ここ最近は天美さんともよく居たし、知っててもおかしいくない気もする。

 そんな事を思いながらしばらく立っているとお客さんが来た。


「あの、お会計、いいですか?」

「あ、はい」


 この声、さっき僕のファンだって言ってくれた子だ。

 そう言えば、今の僕って一応執事設定なのかな?

 だったら、ちゃんと執事らしくしなくちゃ。


「お嬢様。もうお出かけですか?」

「え、あ、はい!」


 お客さんが来たときはお帰りなさいませって言ってたしお出かけの方がいいのかな。

 で、えっと、お金をもらうのは……。


「では、お給金の方をいただいてもよろしいでしょうか」

「は、はい!! サトリさんにならいくらでも!」


 え、いや、そうじゃなくて。

 結構、上手いこと言ったつもりだったけど誤解させちゃった。


「あ、あの、そうじゃなくてお会計の……」

「えっ、あっ! す、すみません!!」


 そう言いながらファンの子はお札を僕に渡してきた。

 この感触は千円札。

 よし、じゃあ、お釣りの方を……あ。

 あぁ、会計がいくらか聞かないと駄目じゃないか!


「すみませんお嬢様。お会計の方の金額を教えていただけませんか?」

「はい、えっと、630円です!」


 よし、これでお釣りを渡せる。

 370円、370円っと……。

 えっと、100円、100円、100円、50円、


「あの、大丈夫ですか?」

「え、はい、時間をかけてすみません」

「あ、大丈夫ですよ! ……むしろ、そのたじたじしてる感じが可愛いといいますか……。ぐへへ」


 えっと、今350円まで数えたから10円玉2枚で……よし!


「お釣りの370円です」

「ありがとうございます」


 僕は女性の手を探して、見つけるとお金を落とさないように少し握りながらお金を渡した。

 少し失礼な気もしたけど、お金を落とすよりはいいだろう。


「また、来てくださいね」

「は、はい!! 絶対にきます!!」


 そ、そんなに大きな声で言わなくても。

 その後もこの調子でお会計を済ませていく。

 最初は時間もかかっていたけど、慣れてくると最初よりは時間もかからなくなっていった。


「ありがとうございました」


 お昼時も過ぎて、お店もひと段落してきた。

 確か、ここに来たのが二時間くらい前だから、そろそろ一時頃かな?


「サトリ君ありがとー! 本当に助かったよ!」

「でも、少し疲れた」


 犬子ちゃんが疲れた声で言った。

 まぁ、二人で合計百人近くのお客さんの接客をしてたんだし疲れるか。


「まぁ、ひと段落着いたし。そろそろ本当のメイドさん執事さんも帰宅してくるから着替えとこうか」

「うん」

「あ、僕の服……」

「あぁ、それは今日中に私が洗濯して返すよ~。取りあえず、それを着とけばいいと思うよ。このクラスの子にも許可はもう取ってるし」

「いいの?」

「もちのろんだよ~」


 それなら良かった。

 それにしても天美さんは本当に優しいんだなぁ。

 最初の印象が悪かったのが嘘みたいだ。

 服の事も解決したし、僕は少し休もうかな。

 お客さんもいないし、座ってもいいよね。

 僕は今日室内の椅子に腰を掛ける。


「……楽しかった」


 自然に口から言葉が出てきた。

 接客というのは初めてだったけど、楽しかった。

 機会があったらまたしたいなぁ。

 今度は、目を開けてちゃんと相手の目を見ながら……なんてね。

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