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文化祭が始まる!

 __文化祭当日。

 風邪は昨日治り、千琴先輩に練習に付き合って貰った。

 準備は万端だ。

 やれることもやった。

 悔いのないように頑張らなくちゃ。


「頑張らなくちゃ……なんだけど……」


 僕は周りの声を聞く。

 いつもの数倍騒がしい。

 文化祭はまだ開始していないが最後の準備などをしている生徒の声だ。

 そして、屋台なども設置されている。


「迷った……」


 文化祭開始20分前。

 僕は迷っていた。

 ここがどこなのか分からない。


「サトリ君、何してるの?」

「その声……犬子さん?」

「正解。で、何してるの?」

「迷ってる」

「学校で……?」


 そんな馬鹿な、みたいな顔をしているのが想像出来る。

 学生が学校で迷う。

 それも一年生じゃなくて二年生の僕がだ。

 情けなくて泣きそう。


「うん、ここどこなのかな?」

「……どこだと思う?」

「人の声多いし、中庭とかかな」

「……ここは校庭のど真ん中」


 なるほど……ここ校庭だったんだ。

 いや、違うんです。

 屋台とかでいつもと道が違ってて分からないだけなんです。

 普段はこんな迷わないんです。


「サトリ君ってドジっ子なの?」

「違う……」


 と、思いたい。


「教室まで案内しようか?」

「うん」


 もう、ここはいつもの学校じゃない。

 魔窟だ。

 屋台に囲まれて僕の方向感覚は全く役に立たなくなってる。


「サトリ君」

「ん、何?」

「猫子の事、ありがとう」


 猫子ちゃん?

 そういえば猫子ちゃんとはあのショッピングモール以来会ってない。


「猫子、あの日から頑張ってる。買い物とかネットですませないで外まで行ったり、学校に行く練習に毎日制服着てるし」


 学校に来る練習って……。

 でも、そっか。猫子ちゃん頑張ってるんだ。

 僕は胸の中で少しだけ安堵にする。


「そっか」


 僕は少し下を向いて微笑んだ。



 そんな感じで話をしつつ僕と犬子さんは歩いている。

 教室に着くとうちのクラスでも何かをするみたいで、いつもより騒がしかった。

 僕、何するか聞いてないんだけどもしかしてみんなから忘れられてるのかな……。


「あれ、今日うちのクラスも何かするの?」

「え、犬子さんも知らないの……」

「何も聞いてない」


 よかった……。

 それだったら、僕だけが忘れられているわけじゃないね。


「あ、サトリおはよ。……獣山も」

「健斗、おはよう」

「私はおまけなの?」

「いや、ちっこくて見えなかっただけだ」

「最近健斗ちゃんひどくない?」


 最近、ちょうど健斗の家に行った日らへんから、健斗が犬子さんや天美さんに辛辣になった。

 でも、喧嘩をした感じでもないんだよなぁ。

 もしかして、健斗って女性が苦手なのかな?

 僕以外の人と話してるところ聞いたことないし。


「俺はお前をライバル認定してるからな」

「ライバルって……あ、そゆこと……」

「どういうこと?」

「サトリ君は知らない方がいいかも」


 え、気になる。


「とりあえず、そういうことだ」

「……分かった。勝負だね」

「あぁ」


 なに、なんで決闘開始みたいな雰囲気なの。

 僕、全然事情掴めてないんだけど。

 僕は知らないほうがいいかもってことは僕にも関係していることなんだろうし。


「健斗ちゃん、今日何かあるの?」

「ん、あぁ、うちのクラス文化祭の出し物なにもないだろ。だからせめて他のクラスの手伝いでもしようってことになってな。各自、違うクラスの手伝いをしてるわけだ」

「そうだったんだ。僕も何かしようか?」

「いや、サトリは演劇部の方があるだろ。他のやつも勝手にやってるだけだし、気にしなくていいぞ」


 このクラス、いい人多すぎでしょ。

 確かに、僕は演劇部のほうがあるし、できれば開始までセリフの練習をしておきたい。


「サトリ君、サトリ君」

「ん、何?」


 犬子さんが僕の服の裾を引っ張る。


「良かったら演劇の練習手伝おうか?」

「いいの?」

「うん。私は暇だし」


 練習をするなら誰かに手伝ってもらった方がいい。

 男子演劇部のみんなは自分のことで手一杯だろうし、健斗も忙しそうだし、犬子さんが手伝ってくれるならすごく助かる。

 僕は犬子さんの提案を受け、頷いた。


「だったら、お願い」

「ちょ、ちょっと、待てよ! 俺も、俺も手伝うぞサトリ!」

「え、でも……健斗は他の」

「お、俺の作業は後に回しても大丈夫なやつだし心配するな! サトリの演劇成功のための手伝いのほうが重要だぜ!」


 け、健斗……。

 僕は嬉しくて涙が出そうだよ。


「台本とかあるか?」

「いや、ない。でも、全部暗記してるから大丈夫」

「暗記って……全部?」

「うん、最初から最後まで」

「……驚愕」

「俺は慣れた。教科書も暗記したって言ってたしな」


 そんなに驚くことかな。

 僕はずっとこうしてきたし、あんまり不思議なことだとは思わないんだけど。


「ま、クラスの端でも使って練習しようぜ」

「うん」


 僕のやる役はヒロインの子に想いを寄せる男だ。

 男は盲目で自分を悪役から助けてくれた少女に恋をする。

 そんな男が少女とキスをして魔法の力で視力を戻すというものだ。

 ありきたりと言えばありきたりだけど、王道はやっぱり面白い。


「で、手伝うって言っても何すればいいんだ?」

「えっと、僕が演技するから評価して」

「ん、そんなんでいいのか?」

「楽勝」

「うん、じゃあお願いね」


 僕はその場にぺたりと座り込む。

 僕が一番力を入れたいのはこの演技だ。

 男が無実の罪のせいで牢獄に入り、寒い牢獄の中で少女の事を想うシーン。

 このシーンはセリフが少なく、演技力で見せるシーンだ。


「__名前も知らない貴女様……想いも届かぬ貴女様……美しく強き貴女様……」


 僕はできるだけ悲しい顔をする。

 ここに詰める感情は悲しみと希望だ。

 相対してると言ってもいい感情を上手く表現する。


「僕は、そんな貴女様をお慕いしております……もしも、貴女様にこの気持ちが伝えられるなら……」


 僕はうずくまり言葉を押し殺す。

 わずかに手を震わせる。

 ここでどれだけ絶望感を観客さんに伝えられるかが重要だ。

 千琴さんから「このシーンは少し臭い感じでもいいから」と言われてる。

 ここから下剋上していく主人公の最初のどん底感を記憶に残してもらうのが大切なんだ。


「__どう?」

「……」

「……」


 二人からの返事がない。

 やっぱり、ダメだったのかな。

 今のは僕の全力をぶつけた演技だ。

 これでダメなら、もうダメなんだろう。


「__凄い。すごいぞサトリ!!」

「驚き……」

「な、なぁ、続きは、続きはどうなるんだ!?」

「えっ……」

「まだ、演劇初めて二ヶ月くらいだろ! 凄いな!」

「本物の役者さんみたいだった」


 そこまで言われると少し照れる。

 そ、そうか。良かった。僕の演技悪くないんだ。

 僕は胸を撫で下ろして安心する。


「これならマジで役者にもなれるな!」

「お、大袈裟……」

「んや、そんな事はないと思うよ〜」

「げっ、天美さん」

「げっ! はひどくないかな?」


 つい反射で……。

 僕は立ち上がり、天美さんの方を向く。


「サトリ君〜、そろそろ演劇始まるみたいだよ〜。早く行かないとだよ〜」

「あ、もう、そんな時間……」


 家を早くに出たけど校庭で迷子になったせいでほとんど意味がなかった。

 僕は荷物をまとめる。


「健斗、犬子さん。ありがとね!」

「おう、頑張ってな」


 僕は早歩きで演劇部に向かう。

 周りも開始の時間が近づいてきた所為か来た時よりも慌ただしくなっている。

 僕はそんなみんなの声を聞いて微笑む。


 __文化祭が始まる!

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