マクルドナルド
マクルドナルド。通称『マルド』は、ハンバーガーを主力に世界規模で展開するファーストフードチェーン店だ。
その人気は絶大で年中お客が絶えない。
僕は一度も来たことがなかったけど、平日でこれだけの声が聞こえるんだから本当に凄いんだろう。
放課後。犬子さんとの約束通り、犬子さんに付き合っている。
美味しい物ってマクルドナルドだったんだ。
「サトリ君、何にする? 約束通り奢る」
「お姉ちゃん、私はラッキーセットがいい。おもちゃは五番のやつ」
何がいいと聞かれても、僕は初めてメニューが分からない。
でも、前、咲の話を聞いた限りでは『マルドの物は全部美味しい』らしい。
これは、あの必殺技を使うしかない。
「猫子ちゃんと一緒のラッキーセットってやつで……」
「……おもちゃは?」
犬子さんが鼻声で聞いてくる。
マルドはおもちゃも貰えるんだ。
「えっと、一番可愛いのがいい」
可愛いやつなら咲にあげられるから。
僕、おもちゃには興味ないし。
「お姉ちゃん、なにこの可愛い生き物」
「ティッシュ使う?」
『ブー』と鼻をかむ音が聞こえる。
花粉症かな?
「買ってくるから、適当に座って待ってて」
「うん」
「あ、お姉ちゃん、シェイクも」
シェイク?
「分かった」
トタトタと犬子さんの足音が遠ざかっていく。
というか、僕と猫子ちゃんの二人きり!?
どうしよう。
「……サトリ、さん。席に、座りましょう」
「うん」
やっぱり、猫子ちゃんは言葉に詰まりながら喋る。
僕は猫子ちゃんに誘導されるまま席に座った。
「……」
「……」
あぁ、この無言の時間。結構辛いなぁ。
犬子さん無しじゃ、話しも出来ないや。
「さ、サトリさんは、生まれた時から、目が、見えないん、ですか?」
「えっ……ち、違う。昔……」
僕は、猫子ちゃんが口籠りながら聞いてくれた質問に答えようとする。
そして、昔の事を思い出す。
「昔、事故で見えなくなった」
嘘だ。
「そう、ですか。大変、ですね」
「大変……」
確かに、目が見えないのは大変だ。
でも、僕の場合は見える方が大変なんだ。
「でも、最近は前より大変じゃない……かも」
最近は、階段を降りる時に手を貸してくれるし、ご飯を食べさせてくれるし、みんな優しい気がする。
前は、何でも一人でしなきゃダメだったし、生きるので必死だった気がする。
「そう、ですか。羨ましい、です」
「猫子ちゃんも、犬子ちゃんがいる」
「確かに、そうですね。お姉ちゃんは、とても、優しくて、誇らしい、存在です」
そう言った猫子ちゃんの声が震えてるのに僕は気づいていた。
「__私には、お姉ちゃんしかいないんです」
猫子ちゃんは対人恐怖症。
きっと、僕じゃ想像も出来ないような事があったんだろう。
きっと、お姉さんの犬子さんにしか頼れなかったんだろう。
「他の人は、信じられないんです」
「猫子ちゃん?」
猫子ちゃんの呼吸音が近づいたのに気づく。
多分だけど、僕と猫子ちゃんの顔は十数センチまでに近づいているだろう。
「でも、なぜか、あなたを疑えないんです」
「……」
近い声に若干恐怖を感じるが、なぜか後ろに離れる事が出来なかった。
「ねぇ、なんでそんなに顔を近づけてるの?」
「お姉ちゃん……」
「犬子さん……」
良かった。タイミング良く、犬子さんが戻ってきてくれた。
「お姉ちゃん、なんで手ぶら?」
「店員さんが席まで持って来てくれるって」
犬子さんはそう言うと、僕の向かい側の席に座る音が聞こえた。
「それより、なんで猫子はサトリ君の隣の席に座って、顔を近づけていたの?」
「……秘密」
「そう」
「もしかして、嫉妬?」
「猫子、お菓子抜くよ?」
「ごめんなさい」
僕は獣山姉妹の話を聞きながら笑みがこぼれる。
本当に、仲のいい姉妹なんだな。
「__お待たせしました! ご注文のラッキーセットとマルドセットです!!」
僕が微笑んでいると、注文した品が届いたみたいだ。
そして、僕は聞き覚えのある声に首を傾げた。
「健斗?」
「な、な、サトリ!?」
やっぱり、健斗だ。
それにしても、学校休んでマクルドナルドにいるなんて、健斗って悪い子なのかな?
「健斗ちゃん、ウェイトレス姿可愛い」
「ち、ちげぇよ! 俺が着たくて着たんじゃなくて、店長に無理やり」
「健斗、なんでマクルドナルドにいるの?」
ウェイトレス姿って、健斗そんな趣味があったんだ。
大丈夫。僕は、健斗が変な趣味を持ってても友達だから!
「それに、ウェイトレスなんて……大丈夫。健斗は僕の友達だよ」
「だから、ちげぇって! これは店長の趣味! 店長の悪趣味!!」
あ、そうなんだ。
「それと、今日ここにいるのは、店長に泣きつかれたからだ。なんでも、今日は従業員が誰も入れないみたいでな。『ここままじゃ死んじゃう!! 助けて!!』ってな」
「そうなんだ……」
「このことは学校には黙っててくれ。獣山も頼む!」
「いいよ」
友人に女装趣味が無くて本当に良かった。
明日から、会話がぎこちなくなるところだった。
「それより、なんで獣山と二人でこんな所にいるんだよ?」
「それは」
答えようとした瞬間、僕は違和感に気づく。
二人? 健斗、なんで猫子ちゃんの事を数に入れてないのかな?
「__サトリ君と仲良くなったから」
えっ。
犬子さんが僕の言葉を遮って言ってきた。
ここの着た理由って猫子ちゃんの事じゃないのかな?
「そうなのか。まぁ、サトリも友達が増えたほうがいいからな。でも、あまり遅くなったら妹に心配されるぞ? あんま長居するなよ」
「うん」
やっぱり、健斗は優しいな。
ちゃんと心配してくれるなんて。
「__ちょっと~!! 健斗ちゃん!! ヘルプ! ヘルプゥゥ!!」
「あっ、俺、そろそろ戻るわ! じゃ、また明日な!」
健斗は忙しそうにそう言って、行ってしまった。
「さっきの、サトリさんの、友達ですか?」
「えっ……」
猫子ちゃんの声が隣から聞こえ、驚いてしまう。
居たんだ。さっきまで完璧に気配なかったけど。
「すみません。隠れてました」
「これが、猫子が他人に会った時の本当の反応」
なるほど、話すどころか姿すら見せないのか。
確かに、対人恐怖症って感じだ。
犬子さんは軽度って言ってたけど、これは重度じゃないだろうか?
そう考えると、本当に僕はいい方だったんだな。
「だから、サトリ君に対する反応が気になる。なんで、猫子?」
直球で聞く犬子さん。
「分かんない」
即答する猫子ちゃん。
「そう」
「うん」
……。
えっ、会話終了!?
いや、確かにこれ以上、話を広げられないけど、それでいいの!?
僕は内心驚愕していた。
「これ、バレンタイン期間限定のチョコシェイク」
「美味しそう」
しかも、何事もなかったように!?
僕の前にもことっとコップの置かれる音がした。
「あ、僕のも?」
「うん、美味しそうだったから」
「これ、当たり。美味しい」
猫子ちゃんが嬉しそうにそう言った。
僕も、前に置かれたシェイクとやらを手探りで掴む。
ペタペタと周りを触ると、ストローみたいなのがついていた。
多分、シェイクは飲み物の一種なのだろう。
「いただきます」
僕はストローに口を付け、吸い込む。
すると、飲み物とは思えない。
例えるなら、チョコアイスをイイ感じに溶かした状態の物が流れ込んできた。
「……」
「あれ、美味しくない?」
「お姉ちゃん、チョコ苦手なのかも」
僕は、驚愕して声が出ない。
「__美味しい!」
今まで飲んできたどんな飲み物より、今まで食べたどんなアイスより、群を抜いて美味しい!
僕は、満面の笑みになり、夢中でシェイクを飲む。
「お姉ちゃん、なにこの可愛い生き物」
「ティッシュ、足りない」
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のマクドナルドとは関係ありません。




