閑話『佐藤健斗の1日』
ブックマーク500記念です!
健斗視点の話です!!
俺、佐藤健斗は、朝四時きっかりに目を覚ます。
起きる時間が体に染み付いているから目覚ましなんかは要らない。
この時間は、俺以外の家族が寝ている為、静かに家を出る。
別に、夜間外出したいだとかそんな理由ではなく、単に走る為だ。
朝は早く起き、軽く十キロは走る。
走り終わり、家に着くとシャワーを浴び、朝食と昼飯の準備をする。
「今日は、卵焼きでいいか。海斗姉さんが豚汁飲みたいって言ってたしついでに……」
朝飯を作り終わると昼食の弁当を準備する。
うちは五人家族で母と父と姉と妹がいる。
「弁当はどうしようか……」
料理のレパートリーを増やしたい俺は、出来るだけ毎日違うおかずを用意する。
『健斗の唐揚げ、すごく美味しい』
弁当のおかずを考えていると、いつかサトリに言われた事を思い出す。
自分の顔が徐々に熱くなるのを感じる。
俺、風邪でも引いたか?
「唐揚げ……鳥肉余ってるし、偶にはいいか」
俺が前と同じおかずと作るのには最低でも二ヶ月の期間が空く。
だが、今日は唐揚げが食べたい気分なんだ。
「そう、唐揚げが食べたい気分だから、少し多めに詰める……」
食べきれなければサトリに食べて貰えばいいだろう。
あいつ、男の癖に結構食べるからな。
普段はあんまり食べてないみたいだけど。
「お、健斗、今日も早くからご苦労だな」
「おふくろ……おふくろこそ、こんな早起きでどうしたんだよ?」
後ろからおふくろが呼びかけてきた。
普段なら八時過ぎまで爆睡しているのに。
「今日は佐藤家五ヶ条の日だろ? そんな日に当主の俺が寝坊できるかよ」
「あ、そういや、そうだったな」
佐藤家五ヶ条。古来、男がまだ人口の半分以上存在し、権力も力も強かった時代に、女しか生まれなかった家系佐藤家は男に負けてられぬと佐藤合気柔術という柔術を編み出した。
佐藤合気柔術は、たったの数ヶ月で他の流派を圧倒するほどの強さを見せつけた。
しかし、佐藤家には女しか生まれず当主を出来るものがいなかった為、よその男を婿に入れ、形だけでも当主とするしかなかった。
そのことに端を発した後に三代目当主となる女、佐藤雨音は自らを男と偽り佐藤家初の女当主となった。
それ以降、佐藤家に生まれる女は男を装わなければならないという掟ができた。
佐藤家五ヶ条とは、三代目当主の佐藤雨音が作った掟のことである。
佐藤家の女はこれを決められた日に声に出し確認しなければいけない。
「それにしても、面倒くさい教えだよな」
「そう言うな、ご先祖様が残してくれた言わば遺産の様な物なんだぞ?」
「……本音は?」
「クソ面倒くさいな! あははは!!」
おふくろは大口を開けて笑う。
俺は弁当箱に食材を急いで詰めておふくろと一緒に道場まで向かう。
「お、全員集まってるな!」
「……眠い」
「母上、早く終わらせましょう」
姉の海斗姉さんがあくびをしながらぼやき。
妹の宗也が早く終わらせたいとおふくろを急かすように言った。
「そうだな。俺もはよ終わらせて二度寝したい」
「……拙者も」
「僕は早く学校に行きたいです」
おふくろが道場の奥にある掛け軸の前に立つと、俺達はおふくろの三歩後ろに立った。
「それじゃ、始めるぞ」
空気が変わる。
先ほどまでの面倒くさいといった雰囲気からぴりぴりとした真剣な雰囲気になる。
「一つ! 佐藤家に生まれた女たるもの、男より強くあるべし!」
「「「一つ! 佐藤家に生まれた女たるもの、男より強くあるべし!」」」
「二つ! 佐藤家の女は、恋路以外での婚約を認めぬ!」
「「「二つ! 佐藤家の女は、恋路以外での婚約を認めぬ!」」」
「三つ! 佐藤家の当主は、家族で最も強き者が担うべし!」
「「「三つ! 佐藤家の当主は、家族で最も強き者が担うべし!」」」
「四つ! 佐藤家の者は、家族、友人、知人、その全てを守れる強さを持つべし!」
「「「四つ! 佐藤家の者は、家族、友人、知人、その全てを守れる強さを持つべし!」」」
「五つ! 佐藤家の女は、自由な恋をし、愛し合うものと生涯を共にすべし!」
「「「五つ! 佐藤家の女は、自由な恋をし、愛し合うものと生涯を共にすべし!」」」
「以上をもって、佐藤家五ヶ条とす!!」
おふくろがそう言うと、俺達は五ヶ条が書いてある掛け軸に礼をする。
五ヶ条を言うたびに、三代目はよっぽど自由な恋に憧れてた人だったんだなと思う。
三代目は古文書によると、生涯独身だったという。
「はい、ご苦労さんお前たち」
「……拙者は寝る」
「海斗姉さん、そんなとこで寝たら風邪ひくぜ?」
姉が道場の床に横たわり、寝てしまった。
「僕は部活があるので、もう行ってきます!」
「あ、台所に弁当置いてるからな!」
「はいっ! ありがとうございます!」
宗也は慌てながら道場を走り去って行った。
剣道部のエースは忙しそうだ。
「さて、俺も寝るか!」
「おふくろ、寝る前に朝食食って、海斗姉さんも!」
「ふぇ、拙者は眠いのだぞ?」
「昨日もネットゲームを夜中までしてたからだろ?」
「むぅ、分かったぞ」
姉とおふくろは眠たそうな目で台所に向かった。
俺もそれに着いていく。
「それじゃ、いただきます」
「いただきます」
「贄に感謝」
姉は俗に言う、厨二病の引きこもりだ。
いい大学出てるのにもったいない。
「うまうま」
「健斗氏の贄は毎日うまいぞ」
「ん、あんがと」
俺も、食い終わったら急いで学校に行かないとな。
「じゃ、俺はもう行ってくる。昼飯は冷蔵庫入れてるからな」
「いつもすまないねぇ」
姉が頭を下げる。
「本当にな。親父が海外旅行から帰ってくるまでめんどくせぇぜ」
「む、そこは『それは言わない約束』っていうところぞ?」
「そんな、ネットの常識なんてしらねぇよ。じゃ、行ってくるから!」
俺は机の横に置いていたカバンを取り急いで家を出た。
家から学校まで約五キロある。
バスで行けばいいのだが運動のために俺は毎日走っている。
「よし、今日も余裕で間に合うな」
行く途中にあるコンビニを外から横目で見て時間を確認する。
その時、店内に『男は頭を撫でてもらうのに弱い!』と書いてあるポスターがあった。
ほんとかよ。と思いながら俺は止めた足を再び動かした。
二十分ほどで学校に着き、時間は朝のホームルームの十分ほど前だった。
「健斗ちゃんおはよ」
「おう、おはようさん」
俺が席に着くと毛並みのいい茶髪でクラス一低身長の女、獣山犬子が挨拶してきた。
獣山は最近、サトリと仲がいいらしい。
俺も何度か話してるのを見た事がある。
「健斗、おはよう」
「おっ、サトリ、今日もいつも通りの時間だな。おはようさん」
カバンの中にある筆箱を出していると後ろから今着いたサトリに挨拶される。
数ヶ月前にサトリならありえない事だが、これも俺の気持ちが届いた結果だろう。
初めてサトリと会った時は話してもくれなかったからな。
「健斗も、いつもどおり早いね」
「おう、俺のモットーは早寝早起きだからな!」
「偉い……」
まぁ、本当は早く起きないとやらないといけない事が出来ないだけなんだけどな。
友達には見えを張りたいものなのだ。
「僕も、同じ男として頑張らなきゃ」
ぐっと、小さくガッツポーズとるサトリ。
その可愛い姿に周りの女子もこちらを見る。
「は、ははは、頑張ってくれ」
しかし、俺は可愛いサトリよりサトリに嘘をついている罪悪感の方が大きかった。
サトリは俺を男だと思っている。
もし、サトリに女である事がバレて失望され、話しさえしてもらえなくなったらと思うと正直に話せないんだ。
「あ、チャイム」
「じゃ、また後でな」
サトリにそう言って俺は前を向いた。
四時限目の授業が終わり、お昼になった。
俺とサトリは屋上で一緒に飯を食べる。
「今日は妹いないんだな」
「咲は、昼休みやることがあるみたい」
久々の二人きりだ。
サトリの妹は俺がサトリを狙ってると勘違いして怪しんでいる。
俺はサトリのただの友人なのにな。
「う、やっぱ、入れすぎたな」
弁当のふたを開けると弁当箱にぎっちりと詰められた唐揚げが顔を出した。
見ているだけで吐き気がする。
「どうしたの?」
「いや、唐揚げを作りすぎちゃってな……」
「__唐揚げ!」
「っ!?」
サトリが俺の方に寄ってきた。
目を閉じているから分かりにくいが、サトリは食いしん坊な顔をしている。
長年、と言っても一年と数ヶ月だが、友人をしてきた俺にはわかる。
「よ、よかったら食うか?」
「うん……!」
サトリは首を激しく上下に揺らした。
普段はクールな感じなのに、これはギャップがあって可愛いな。
前に姉さんが言ってたギャップ萌えってこれのことなのか。
「ほ、ほら、口開けろ。前みたいに食わせてやるよ」
「うん……ありがとう」
にっこりと笑みを浮かべながら口を開ける。
なんか、あれだな。エロいな。
そんなことを思うながらサトリにあ〜んをする。
あ〜ん、くらい友人なら普通にやるだろう。
「ほら」
「むぐ……」
サトリは口に入れられた唐揚げを咀嚼する。
よっぽど好きなのか頬が緩んでいる。
可愛いな。
「美味しい。美味しいよ健斗」
なんだろう。
朝、姉に言われたより数十倍嬉しい。
やっぱり、友人からの評価って嬉しいもなんだな。
「ほら、もう少し分けてやるよ」
その後も、サトリがお腹いっぱいになるまで食べさせてやった。
その所為で俺のおかずの唐揚げはほとんどなくなり、サトリはお詫びにと食べかけのおにぎりをくれた。
一回、サトリが口につけたもの、友人なら間接キスくらい普通だろうと俺は味わって食べた。
「そういえば、朝コンビニで『男は頭を撫でてもらうのに弱い!』ってポスターに書いてあったんだが本当かよ? って思ったぜ」
「うーん、嬉しい人は嬉しいと思う」
「ふーん、じゃ、やってみるか?」
サトリが照れ屋なのは知っている。
知っているからこそからかいたくなったのだ。
「……うん、分かった。健斗、こっち来て」
「え、あ、おう」
なんだ?
意外なサトリの反応に戸惑いながら俺はサトリの方に近づく。
サトリに近づくと、ふわっといい香りが俺の鼻に漂ってくる。
「じゃあ__よしよし」
「ふぇっ……!?」
サトリに頭を撫でてもらった。
俺の頭は一瞬ショートし、真っ白な状態になった。
「健斗、いい子。よしよし」
まるで、過保護な親父の様に頭を撫でてくるサトリ。
サトリの子供になるやつは幸せだな。
……っじゃなくて!!
「サトリ! な、なんだよいきなり!」
俺はサトリの手を振りほどき、サトリから少し離れた。
「だって、健斗がしようって……」
いや、あれは俺が撫でられるんじゃなくて、お前が撫でられるって事なんだけど……。
キョトンと首を傾げるサトリを見て、突っ込む気すらなくなってしまう。
「ま、いいか……」
「ん?」
俺は頭に残る微かな手の感触を感じて頬を緩ませる。
サトリは先ほどから首を傾げたままだ。
「サトリ、教室戻るか」
「……うん」
サトリは釈然としないといった風に言う。
俺はそんなサトリを見ながら、本当に良い奴と友人に慣れて良かったと思う。
できれば、この友情が一生涯続くことを願うぜ。
俺はさほど信じてない神様にそう願い教室に戻った。
はい、実は健斗くん……男じゃなくて女の子だったんです!
いや、騙して申し訳ありませんでした!!




