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母との買い物

「__で、本当に、お風呂を覗いたのは偶然なのね?」

「はい……だから、アイアンクローは勘弁してください」


 と、咲は切実な声で言った。

 僕と咲はリビングでソファーに座っている


「まぁ、でも、サトリの裸を見たことに変わりはないわよね。それと、サトリの裸に欲情したことも」

「……はい」

「咲、歯を食いしばりなさい」

「いだだだだだだだ!!」


 咲の悲痛な声が聞こえる。

 なぜか咲に裸を見せてしまった僕ではなく、僕の裸を見てしまった咲の方が怒られている。


「お母さん、咲を怒らないで」

「う、サトリは裸を見られて怒っていないの?」


 怒るも何も僕が怒られる立場なんだけどなぁ。


「うん、だから咲を怒らないで」

「はぁ……。分かったわ」

「むきゅ〜」


 バタッと隣から何かが倒れる音が聞こえる。

 多分、咲が横で倒れたんだろう。


「頭が割れた」

「そんな強く掴んでないでしょ」


 強く掴んだから割れるのかな?

 僕はお母さんには、なるべく逆らわないようにしようと決める。


「咲、あなたは罰として留守番してなさい」

「留守番?」

「えぇ、実は夕ご飯の材料がなくてね。今から買いに行くから留守番してて頂戴」

「そんな事なら……むしろお兄ちゃんと一緒に二人きり、ふふふ」


 隣から邪気を感じる。


「あと、サトリは連れて行くから」

「「えっ?」」


 僕と咲の声が綺麗に被る。



 __というわけで、今、僕は母と一緒にショッピングモールに来ている。

 母と一緒に買い物に来るのは始めてだ。

 というか、ショッピングモールという場所に来ることが初めてだ。

 僕は普段、買い物は近くのコンビニですませている。


「平日なのに結構混んでるわね」

「凄い声」


 初めて聞く大量の声。

 母の声を聞き取るのもやっとだ。


「はぐれたら大変ね」

「うん……」


 もし、はぐれたら僕は死んでしまうんじゃないか?

 自慢ではないが始めて来る場所で迷子になって生還できる自信は微塵もない。


「それでね。サトリ……良かったら、なんだけど」

「?」


 母の貯めるような喋り方に僕は首を傾げる。


「手を、手を繋いでもらえないかしら?」

「……いいの?」


 僕は始めて来る場所が苦手だ。

 いくら杖があっても苦手なものは苦手なのだ。

 だから、母の申し出は僕にとって願ってもない事だ。


「え、えぇ、勿論よ!」

「んっ……」


 僕は母の方に手を差し出し、母は差し出した手を握る。

 初めて握る母の手は思っていたより柔らかく細かった。


「あ、あれよ! その、汗ばんでたり気持ち悪かったら言いなさい! 無理はしちゃダメよ?」


 なんだか、慌てたようにそう言う母だが母の手は離したくなるどころかずっと繋いでいたいくらい暖かくて気持ち良い……。

 なんか、今の変態みたいじゃないかな?


「そうだ。サトリ」

「何?」

「サトリは夜、何を食べたい?」

「作ってくれるの?」

「えぇ、腕によりをかけて作るわ」


 僕は少しだけ悩み、一つの食べ物の名前を思い浮かべる。


「……シチュー」


 なぜだか、ここ数年食べていないシチューを食べたくなってしまった。

 シチューなんて一番周りを汚してしまう食べ物なのにどうしても食べたくなってしまった。


「サトリ……分かったわ! 京子ほど美味しくは作れないけどお母さん頑張るわよ!」

「……ありがとう」


 京子? 一体誰なのだろうか?

 僕は京子という知らない人の名前を聞いて無性に切なく悲しい気持ちになる。


「さて、じゃあ、材料を買いましょう」

「うん」


 僕は胸の中にあるモヤモヤとした感情をかき消すように笑顔を作った。



 買い物もあらかた終わった。

 あとは会計を終わらせるだけだ。


「__サトリ、お母さん、ちょっとトイレに行くからここで待っててもらっていいかしら? あと、変な人に声をかけられても返事をしちゃダメよ?」

「分かった」


 僕は母に言われた通り、その場に立ちトイレに行った母を待つ。


「あれ、三河君?」

「……」


 僕は母に言われた通り、知らない人に話しかけられたので無視をした。


「……無視は、結構キツイ」

「……」


 でも、なんだか聞いたことのある声な気がする。

 この、特徴的な幼い声。


「もしかして、獣山さん?」

「返事遅い」

「……ごめん、知らない人だと思った」

「……今のも結構ショック」


 僕は「ごめん」と獣山さんの声のする方に頭を下げる。


「それより、三河君、こんなところで何してるの?」

「お母さんを待ってる」

「……なんで座らないの?」


 座る?

 僕はもしかしてと手探りで自分の周りに椅子がないか探す。


「あっ、椅子」

「……気づいてなかったんだ」


 つまり僕は、椅子があるのに椅子の前で突っ立てたのか。

 なんだか凄い恥ずかしい。


「三河君の赤面ゲット」


 獣山さんの方からパシャリとシャッター音が聞こえる。


「……そういえば、獣山さんは何しに来てるの?」

「買い物……妹のお菓子と私のお菓子」


 獣山さん、妹居るのか。

 なんだか意外だ。むしろ、獣山さんが妹だと言われた方が納得出来る。


「失礼な事、考えてない?」

「……考えてない」


 感が良いなぁ。

 もしかして、心でも読めるんじゃないかな?

 ……読めるのは僕だった。


「はぁ……」

「なんでため息?」

「自虐的なネタは思っちゃダメだなぁって思った」

「……ふーん」


 僕は自虐ネタを二度と考えないと誓う。


「__サトリ、待たせてごめん……」


 母が帰ってきた。


「って、サトリ、その子誰?」


 母の声のトーンが二つくらい下がった気がする。

 その子とは獣山さんのことを言ってるんだろう。


「……初めまして、獣山けものやま犬子いぬこと言います。三河君の友達です」


 あれ、僕と獣山さんって友達だったっけ?

 今日、初めて話した気がするんだけど。


「獣山……なるほどね。サトリのお友達……偶然かしら?」

「?」

「偶然?」


 偶然かしら、という母の問いの意味が分からず僕は首をかしげる。

 獣山さんも意味が分からないらしく母の問いを言い返す。


「なら、いいわ。犬子ちゃんね。私はサトリの母で三河みかわみさきよ。これからもサトリと仲良くしてね」

「……はい」


 なぜだか、母の声が少し怖かった。

 感情がこもってないというか、怒りがこもっているというか、矛盾しているけど、そんな声だった。


「三河君、私、もう帰らないとだから」

「……うん」

「じゃあ、学校で」

「またね」


 僕は獣山さんの方に手を軽く振る。


「サトリ、私たちもお会計済ませませて帰りましょう。咲が不貞腐れちゃうわ」

「……分かった」


 母は僕の手を握る。

 先ほどまで優しく暖かかった母の手が少しだけ冷たくなってた。

 トイレで手を洗ったせいかもしれない。

 でも、なんだか違う気がした。


(__怖い)


 僕は母に手を引かれ、心の中で小さく呟いた。

伏線回?

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