男子演劇部の狂信者
一時限目開始の五分ほど前。
「__ギリギリセーフ!!」
と言う声とともに教室の扉が勢いよく開けられた。
声からして健斗だというのが分かったがいつも遅刻なんてしない健斗が遅刻ギリギリなんて珍しい。
「よっ、おはようサトリ」
「うん、こんな時間に珍しい」
「あぁ、家で色々あってなぁ……まっ、気にしなくて大丈夫だぜ! しっかり間に合ったしな」
「あ、チャイム……」
「おっと、じゃあまた休み時間にな」
健斗はそう言って席に座る。
授業はいつも通り終わった。
「ふい〜、やっと一時限目終わったぜ」
「次は数学」
「うっ、苦手科目到来だぁ」
グデ〜っとした声で健斗は言った。
「がんば」
健斗の声から健斗の頭の位置を計算して撫でた。
「な、頭を撫でるなよ……」
「隣の席で、イチャつかないでほしい」
「ん?」
隣の席から言われ僕は撫でる手を止め横を向く。
「あ、名前覚えてない?」
「……ごめん」
僕は健斗以外のクラスメイトの名前を覚えていない。
それは、このクラスになって最初の日、自己紹介があった日に僕は遅刻して参加できなかったからだ。
「私は獣山犬子。友達にはキャン子って呼ばれてるの」
「……もしかして、朝謝ってきた子?」
「あぁ、そう」
つまり、この子が新聞部の子で噂を広げた三人の一人なのか。
「新聞の件は、ごめんね。テンション上がっちゃって」
「うん、びっくりした」
「ん、サトリ、新聞ってなんだ?」
あ、健斗は知らないんだ。
確かに新聞読むようなタイプじゃないしね。
「色々あって男子演劇部の副部長さんとじゃんけんして負けたから放課後に男子演劇部に行かないといけないの」
「あー、全く訳わからんな」
「とりあえず、放課後に男子演劇部に行かないといけない」
「そうなのか。なんとなくわかったが状況はさっぱりだな」
自分で説明しておいてなんだが僕は説明が下手みたいだ。
「そうか。放課後か……男子演劇部は女子禁制だからな」
「そうなんだ」
「ま、今日は俺一人で先に帰るぜ」
そうか。
でも、女子禁制なら仕方ない……?
「なんで帰るの?」
「いや、何でって……あっ」
「健斗ちゃん、墓穴」
獣山さんがそう言うと二時限目開始のチャイムが鳴った。
__そして放課後。
僕は教室に一人で待っている。
健斗は「よ、用事があるぜお」と明らかにおかしい口調でそう言って帰ってしまった。
「待たせてすみません」
「悠斗君?」
「はい、それでは行きましょうか」
悠斗君に手を握られ、僕はそのままどこかに連れて行かれる。
真っ暗な状況で誰かに手を掴まれ引っ張られるのは中々の恐怖だ。
「着きましたよ。ここが男子演劇部です」
ガラガラと重い扉を開ける音がする。
「あっ、三河君来たよ」
「さすが千琴様が認めただけの事は」
「容姿だけなら副部長クラス……羨ましいぺろぺろさせろ」
僕が男子演劇部の中に入る幾つかのひそひそ話が聞こえる。
声の響き方から結構大きいスペース、多分体育館くらいの広さがあることがわかる。
「さて、もう少しだけついて来てください」
「うん」
悠斗君は僕の手を掴み、連れていく。
「着きましたよ」
声の感じからして先ほどより小さい個室のような場所にいることがわかる。
「じゃあ、サトリ先輩。お、ね、が、い、聞いてくださいね」
「お願い?」
「はい」
と、笑い混じりの声で悠斗は言った。
ふふふ、と微笑む声が少しずつ僕に近づいてくる。
少し怖くなった僕は一歩後ずさる。
「__どうしてこうなった」
やられている途中で気づいたが。
「ふふふ、やっぱりくぁわいいわねぇ」
低い、男らしい声で幸太郎さんが言う。
「そうですね。正直、僕の負けです」
「あらら、悠斗ちゃんもくぁわいいわよ?」
幸太郎さんと悠斗君の会話を聞きながら僕はため息をついた。
「あの、一ついい?」
「ん、どうかしましたか?」
「なんで僕は女の子の服を着てるの?」
それも、多分だけどメイクまでさせられている。
もしかしてじゃんけんに負けたから罰ゲーム的なやつなのかな?
「何でって、僕たちと演劇に出てもらうからですよ」
「え?」
「だから言ってるじゃないですか。お、ね、が、い、です」
「お願い……」
つまり、僕は男子演劇部に入らないといけないのかな?
「まぁ、出るのは一回だけでいいですよ」
「そうなの?」
「私はもぉっとサトリちゃんのメイクしたいんだけどねぇ〜」
男子演劇部のコーディネーター、村道幸太郎さんがそう言った。
「あ、私、千琴様のメイクもしなきゃだったわぁ。じゃあ、また後でね。チュッ」
「ひっ……!」
僕は右の頬に一度経験したことのある柔らかい感触を感じる。
あの時は恥ずかしいだけだったが今回はなんでか鳥肌が収まらない。
「それじゃあねぇ」
「ありがとうございました」
「どうも……」
鳥肌の収まらない自分の腕を撫でながら僕は言った。
「それにしても、なんで僕なの?」
「ん、それはなぜ演劇部の舞台にサトリ先輩を選んだかということですか?」
「うん」
僕は頷いた。
「別に、僕はどうでもいいんですよ」
「どうでもいい?」
「はい。でも、千琴様が僕の敬愛する方が貴方を選んだんです。だから昨日、千琴様自らサトリ先輩を演劇部に招待しましたよね?」
「え、うん」
少しずつ、悠斗君の声のトーンが下がっていくことに気づく。
「でも、貴方は千琴様自らの誘いを、千琴様が差し伸べた手を拒んだ」
「悠斗君?」
悠斗君の声が震えている。
「許せないんですよ。なぜ、あの神にも等しい千琴様の手を拒むだなんて出来るのか……狂信者の僕には理解できない」
「え、え?」
なんでかはよく分からないが悠斗君は昨日の勧誘を断ったことをすごく怒っているみたいだ。
「でも、大丈夫です」
「ひゃっ……!」
僕は両肩を掴まれる。
「貴方にも千琴様の素晴らしさを教えてあげます」
「は、はい……」
声だけでもわかる悠斗君の気迫に僕は「はい」としか返せなかった。