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盲目の少年、サトリ

 __ジリリリリリ!!! ガチャ……


「……朝」


 僕は目覚ましのうるさい音で目を覚ます。

 体を起こし、ベットに立て掛けている杖を探す。


「杖、あった」


 杖を手に持つと部屋から出て一階の洗面台に向かう。

 僕は目が見えないので家の中でも杖が必要だ。

 階段の前まで着くと、手すりに両手をつけて慎重に一段一段降りる。


「__あぁ! お兄ちゃん!!」


 僕は後ろの方から聞こえた声の方に振り返る。


「階段は危ないから降りるときは私に言ってってば!」

「……その声、もしかしてさき?」


 僕は少し驚いた顔で自分に話しかけてきた妹のさきに問いかけた。


「えっ、うん、そうだけど……? ってそんな事よりお兄ちゃん! お兄ちゃんは目が見えないのに一人で階段を降りるとか危ないよ!」


 普段は僕に話しかけすらしない。

 むしろ僕の事を軽蔑しているんじゃないかという態度をとる咲が僕のことを心配している。


「ほら! 手!」

「えっ?」

「手を出して!」


 咲にそう言われ、僕は咲の声のする方に手を出す。


「本当に、いくら妹の手を借りたくないからって……危ないんだからね!」


 咲はそう言って僕の手を握る。

 いつもは僕一人で階段を降りていても平気で無視するのに……。

 なんで、今日に限ってこんなに心配してくれているのだろう?


「ありがとう、咲」


 いや、きっと僕の考えすぎだろう。僕はそう思い素直に咲にお礼を言った。


「えっ! そ、その、どういたしまして……」


 僕は少し吃っている咲の返事に少しだけ首をかしげた。


「ほら、降りよお兄ちゃん」

「……うん」


 やはり、咲に優しくされるのには少し違和感を感じるが、きっと咲はいい子なんだろう。

 いつもは恥ずかしいとかそんな理由で僕を避けていたに違いない。


 僕は咲の手を借りて、いつもより早く階段を降りられた。


「お兄ちゃん、下に着いたよ」

「うん、ありがとう」

「えへへ」


 僕は咲にお礼を言うと洗面台の方まで向かう。

 洗面所まで着くと先に誰か来ていたようでジャバジャバと顔を洗っている音が聞こえる。

 僕は洗面台に先約がいるのがわかると時間を置いてからまた来ようと二階に引き返そうとする。


「ん、おはようサトリ」

「!」


 引き返そうとすると普段は絶対に挨拶などしてくれない母の声が聞こえた。


「あっ、ごめんね! 洗面台を使いに来たのね! 今、お母さんどくから!」

「えっ、いや、あの……」


 普段は洗面台を先に使っていても「どきなさい」と言って洗面台を横取りする母が僕の為に洗面台を使わせてくれると言った。

 僕はそのことに驚き、吃った返しをしてしまう。


「ど、どうかしたの? もしかして、お母さんに話しかけられたのがそんなに嫌だった?」

「あ、いや、そ、そうじゃなくて……」


 僕が言葉に詰まっていると、僕は額に冷たくて柔らかい感触を感じる。


「ね、熱はないわね」

「えっ、お母さん?」


 いつの間にか母の声が凄く近づいているのに気づく。

 どうやら、額の冷たくて柔らかい感触は母の手だったみたいだ。


「あっ! ごめんね! お母さん勝手に触っちゃって!」

「い、いや、その」


 普段の何倍も優しい母に僕はなんと言ったらいいのか分からなくなる。


「ね、ねぇサトリ?」

「な、なに……?」

「朝ごはん、リビングに準備しているけど、たまには一緒に食べない?」


 僕は母の言ったことに驚く。

 普段は僕だけ別の机に食パンだけ用意して一緒には食べないのに。


「い、いいの? 僕も一緒に食べて……?」

「も、もちろんよ!」


 僕は喜びを隠せず、口元が綻んでしまう。


「かわいい……」

「えっ、何か言った?」

「な、なんでもないわ!」


 母は焦ったようにそう言うが、何年ぶりかの家族との食事が楽しみで仕方がない僕は特に気にしなかった。


「きょ、今日はサトリの好きなベーコンエッグを作ったのよ!」

「……え、僕の好きな物……」


 僕はあまりの嬉しさに涙が出そうになるがなんとか抑える。

 普段、僕の事なんて無関心だと思っていた母が僕の好きなものを知っていてその上自分のために作ってくれた。

 僕はそれが嬉しくてたまらなかった。


「それじゃあ、私は先にリビングで待っているわね」

「うん!」


 僕は笑顔でそう答えた。



 洗面台で顔を洗い終わり、僕はリビングの方に向かった。


「あ、来たわねサトリ」

「ほら、お兄ちゃん! 椅子まで私の手貸してあげる!」


 リビングに入ると母と咲が僕に気づき、咲が僕の手を握り椅子まで案内してくれた。


「ほら、座って!」

「ありがとう、咲」

「えへへ」


 さっきと同じようなやり取りをする僕と咲。

 目は見えないが声からして咲は笑ってくれているのだろう。


「いい匂い……」


 僕は恐らく目の前に置いてある朝食の香りの良さによだれが出そうになる。


「そ、その、サトリは目が見えないし、食べるの大変でしょ?」

「え、うん」


 僕は目が見えないから普段は床とかを汚さないように出来るだけパンとかおにぎりとかを食べている。

 だから、こんな風にお箸とかフォークとかを使う食べ物はあまり食べれない。


「サトリ、お口を開けて」

「え?」


 少し戸惑いながら口を開ける。

 口を開けるとぷるんとした感触が舌の上に乗っかる。


「お、お母さん! ずるいよ!!」

「どう、サトリ? 美味しい?」


 舌の上に乗ったものを噛むと口の中に入ったものが卵とベーコンだということが分かった。

 僕は久しぶりに食べたベーコンエッグに感激する。


「美味しい……」

「よかった」

「むぅ! ね、ねぇお兄ちゃん、私も食べさせてあげる!」


 僕は口に入ったベーコンエッグを飲み込み、咲の声のする方を向く。


「え、いいの?」

「うん! もちろん! むしろあ〜んってしたい!」

「じゃ、じゃあ……」


 僕は口を開ける。

 すると、口の中には香ばしい香りとフワフワとした感触、バターの良い匂いが広がる。


「むぐむぐ、ゴクリ」

「お兄ちゃん、バターロール美味しい?」

「うん」


 バターロールを飲む込み、僕はそう答えた。


「も、もう一口」

「あ、咲! 次は私でしょ!」

「お母さん! 硬いこと言わないでよ!」

「あ、あの?」


 言い合いする母と咲に僕は困惑した表情をする。


「あ、ごめんねサトリ。もしかして、お母さん達に食べさせられるの嫌だった?」


 え、別に僕そんなこと思ってない。

 というか、むしろ嬉しかった。


「いや、そうじゃなくて。喧嘩は、良くないよ……?」

「天使か……」

「男神か……」


 二人が何を言っているかわからないが喧嘩はやめてくれたようだ。


「仲良く食べよう」

「サトリの言う通りね」

「そうね」


 二人は仲直りしてくれたようで、そのあとは交互にご飯を食べさせてくれた。

 鼻息とか荒かったけど風邪とか引いてないかな?


「ごちそうさま」

「ねぇ、お兄ちゃん! 一緒に学校行こうよ!」

「え、一緒に行っていいの?」


 普段は僕のことを置いてそそくさと先に学校に行く咲が一緒に行こうと誘ってくれたことに僕は驚く。


「もちろん!」

「うん、行く」


 僕がそう言うと咲は「やったー」と声を上げる。


「サトリ、今日は随分素直よね……」

「僕が、素直?」


 そうか、いつも一緒に食事を取れなかったり、話してもらえなかったり、出かけるときも留守番させられたりするのも僕が素直じゃなかったからなのか。

 食器を片付ける母の一言で僕は納得した。


「いいじゃん! 素直なお兄ちゃんの方が好き!」

「そうね。私も素直なサトリの方が好きよ」


 僕はそう言う二人になんと返したらいいのかわからなくなる。

 だだでさえ会話する機会はほとんどないのに好意をこんなにもストレートに伝えられる。

 とても嬉しいが返す言葉が浮かばない。


「えっと、その……」

「あっ、お兄ちゃん! もう出ないと学校遅刻しちゃうよ!」

「あらほんと、もう八時前ね」

「えっ!?」


 僕は八時前という言葉に冷や汗をかく。

 家から学校までは近い距離だが目の見えない僕は早くても二十分はかかる。

 つまり、遅刻確定だ。


「と、とりあえず、着替えないと!」


 僕は急いで二階にある自分の部屋に向かう。


「あっ、お兄ちゃん危ないよ!」

「サトリ! そんなに急いで階段を登ったら危ないわ!」


 僕が出来るだけ急いで階段を登っていると背中に柔らかい感触を感じる。

 どうやら、母と咲が僕の背中を抑えてくれているみたいだ。


「ほら、ちゃんと一段一段注意しながら登りなさい」

「う、うん……」


 僕が素直になっただけでここまで優しくしてくれるんだ。

 背中を抑えられてる安心感もあって僕はいつもより早く階段を登ることができた。


「それじゃあ、着替え終わるまで部屋の前で待ってるわね」

「うん」


 僕は部屋の中に入り、急いで着替えを始める。

 服の位置などは決まった場所に置いてあるから着替えは早い。

 僕は数分で着替えを済まし、部屋の外に出た。


「__プシュー」

「ま、待ってたわよサトリ……」


 母の声はなんだか鼻の詰まったような声だった。


「どうかしたの?」

「い! いや! 何もないわよ! 目が見えないのをいいことに覗きなんてしてないわよ!」


 僕は母の言っていることの意味がわからず首を傾げた。

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