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第一話-9 宴のはじまり

☆☆☆


 次の日の朝。

 巴絵が下駄箱を開けると、手紙が3通落ちた。


「撫子おー」


 巴絵が泣きそうな顔で、あたしに助けを求めてくる。


「あー、はいはい」


 渚ちゃんの件がトラウマになっちゃったかな。仕方がないから、手紙を拾ってあげる。


「しかし、一度に3通ってのはすごいな。急にどうしちゃったんだろ」


 そう言いながらあたしが自分の下駄箱を開けると、手紙が4通落ちた。


「へ?」

 と、あたし。


「は?」

 と、巴絵。


「え?」

 と、大生。


「なんですか、それええええっ!!」

 と、渚ちゃん。


「渚ちゃん、どっから出てきたの! 1年生の昇降口は校舎の反対側でしょ?」


「おはようございます。1日1回撫子様のお姿を拝見しないと、授業に身が入らないんです。

 て、そんな事はどうでもいいです! 誰からなんですか、その手紙は?!」


「いや別にこれは」


「許しませんよ許しませんよ。私でさえ撫子様にお手紙出すなんて恐れ多いこと、ずっと我慢していたのですから。

 でもどうしても我慢できなくて、仕方なく柊先輩で間に合わせたというのに」


「あ゛?」


 巴絵が、渚ちゃんを睨む。

 あたしは慌てて、いいからいいからと渚ちゃんを押しやり、巴絵の手を引っ張って教室へと逃げ込んだ。

 ああもう、勘弁してよ! 毎朝これじゃあ身が持たないよ!


 だがその願いも空しく、次の日の朝も巴絵の下駄箱からは7通の手紙が落ちて、あたしの下駄箱からは5通の手紙が落ちた。

 さらにその次の日には、校舎にたどり着く前に二人とも10通以上の手紙を手渡され、下駄箱には入りきらないほどの封筒が詰め込まれていた。


「ねえ撫子、一体どういうこと? これ」


「知るか。こっちが聞きたいよ」


 教室に入ったあたし達は、机の上の手紙の山を見ながら途方に暮れていた。

 幸い、と言っていいのか、果たし状は一枚もなく全部ラブレターだったけれど、何故かそのほとんどが女の子からだ。


「ほんとにどうすりゃいいのよ、ねえダイキ先生?」


「うん、これはもう明らかに渚ちゃんのせいだな。

 今までみんな遠慮していたのが、こないだの騒ぎで一気に火が付いたんだろう。

 まあ、手紙の中身はラブレターっていうよりファンレターだし、放っといていいんじゃない?

 一種の流行りみたいなもんだから、そのうち落ち着くよ」


「いいの? なんか会いたいとか、来てくれとか書いてあるけど」


「じゃあ、全部行く?」


「いやそれは」


「だろ? まあ、手っ取り早い方法もあるけど」


「どうすんの?」


「渚ちゃんに責任取ってもらうのさ。この手紙を渡せば、きっとあの子が全員潰してくれるぜ」


「撫子はそれでいいけど、私の方はどうするのよ」


「いや、あたしだって良くないって」


 大生が、溜息をつく。


「やれやれ、期末試験も近いってのにみんな色気付いちゃって」


 その言葉に、巴絵の目がキラリと光った。

 こっ、このバカ大生! どうしてお前はいつもいつも、そういう余計なことを言うんだよ!


「そう言えば、来週はもう試験ね。撫子?」


「そそそれでだ大生、とにかくこの手紙は放っておくわけにいかないよな。やっぱり無視しちゃうっていうのは手紙をくれた人達に悪いんじゃないかな。うーん、これは早急に解決しないとね」


「またお勉強会をやらなくちゃね。赤点なんて許さないわよ」


「なあなあ大生! 渚ちゃんて、結構かわいくない? あの子、部活とか入ってるのかな。ああー、ほんとに参っちゃったよなあ。どうしよう、この手紙の山。とにかく試験なんかよりもこっちの方をなんとかしないと、なっ、なっ!」


「早速今日からね。そうね、今回は私んちでやりましょうか。部活が終わったら帰るから、6時に来てね」


「ええっ! 今日から?!」


「来なかったら迎えに行くわよ」


 目が据わってる。ああもうだめだ、こうなったら何を言っても通じない。


「へー、お勉強会なんかやるの? なんか楽しそうだねえ」


 何も知らない馬鹿大生が、のん気な声で言いやがって。

 ふざけんな、楽しい訳なんかないだろ!


「うう……」


 実は試験前には毎回、お勉強会と称して巴絵が泊りがけで勉強を教えてくれることになっている。

 もちろんあたしが頼んだ訳じゃなくて、こいつのいつものお節介だ。ただ、そのお節介がただのお節介で済まないのも、いつも通り。

 とにかく、勉強を教える時のこいつの厳しさといったら、常軌を逸しているとしか言いようがない。ほとんど拷問、良くても特殊部隊の訓練かっていうレベルだ。

 試験が終わるまで毎日。ほぼ徹夜のマンツーマンで、怒鳴られ蹴られ定規で引っ叩かれ、口答えも一切許されず、返事は「はい」のみ。一度ふざけて「サーイエスサー!」と言ったら、胸倉を掴まれて「返事は一言でいいのよ」と睨み殺されそうになった。

 まあ、そのおかげであたしは赤点を取ることもなく、毎回平均点くらいはキープしているわけだけど、巴絵にしてみれば、あれだけやっても平均点しか取れないということが信じられないらしい。


 ちなみに巴絵の方はというと、こいつは基本的に満点しか取らない。

 そうでなかったのは、あたしの記憶ではたった一度だけだ。

 そのたった一度の時。どうやら何かつまらないミスで99点になったらしいんだけど、この馬鹿ときたら、一日中答案用紙を睨みつけたままボロボロと悔し涙を流し続けて、クラス中をドン引きさせやがった。

 どこまで負けず嫌いなんだよ、まったく。


 またあの地獄の一週間が始まるのか。くう、泣けてきた。


「まあ、試験も大事だけど、確かにこっちの方も放っとけないよねー」


 大生の阿呆、こっちはもうそれどころじゃないんだよ。


「うう……、お前責任取ってなんとかしろ馬鹿」


「なんで俺の責任? って撫ちゃん、なんで涙目?!」


「うるさい、お前のせいだ」


「うーん、さっぱりわからんけど愛する撫ちゃんのためだ、ここはオイラが人肌脱ごう」


「大生くん、誤変換がちょっとエッチよ」


 巴絵が、よくわからないツッコミをした。



★★★


 学校から帰った私は、お勉強会の準備を済ませて、撫子が来るのを待っていた。

 はあー、期末試験か。また撫子のお世話をしなくちゃいけないのね、ああ面倒くさい。


 6時ジャスト、撫子はまだ来ない。

 あれだけ言ったのに、6時1分になっても来なかったら迎えに行かなくちゃ。


 6時0分50秒、玄関が開いた。


「こんにち、ひっ!」


「遅かったじゃない、50秒の遅刻よ」


 私が玄関で待っているとは思わなかったらしく、撫子は私の顔を見るなり変な声を上げた。

 それにしてもちょっと驚きすぎじゃないの? それに、そのお化けでも見るような目、なんだかとっても失礼な感じだわ。


 撫子を、私の部屋に通す。

 ちゃんとお泊りセットも持って来ているわね。普段は我儘で生意気な撫子だけど、お勉強会の時だけはとっても素直なので、ちょっと嬉しい。

 私がいつも優しく丁寧に教えてあげているのを、撫子も判ってくれているのね。


「じゃあ、早速始めましょうか。まずは国語からね。

 はいこれ、撫子が来る前に問題作っておいたから。それをやってる間に、次の問題を作るわね。

 制限時間は1時間、はい始め!」


「はい」


 撫子が問題を解き始める。うん、素直でよろしい。


 私の勉強の教え方は、基本的にはテストの繰り返し。問題は、全部私が作る。

 基礎問題から始めて、解けなかった問題はちゃんと理解するまで教えてから次の回でもう一度出題し、それプラス次のステップの問題を1セットとして、段階的に難易度を上げていきながら、これを繰り返す。

 試験の範囲は全部頭に入っているし、定期試験なんて出題パターンも大体決まっているから、問題を作るのは簡単だ。本番の試験でも、大抵は私が作った問題のどれかと同じものが出ている。

 だから、このやり方で勉強すれば満点以外の結果なんてあり得ないはずなんだけど、そうは問屋が卸さないのが、撫子。

 2回目、3回目と繰り返すうちに、解けない問題が溜まっていき、そこへまた新しい問題を追加するので、回を重ねるごとに問題数が増えていく。

 そして最後には私でも手に負えないくらい膨大な問題数になって、撫子はパニック、私は頭を抱えるという形で勉強会は終わる。


 私は以前、毎度こうなってしまう原因を考えてみたことがある。

 そして、結局日数が足りないんだという結論に達し、だから一週間なんて言わずに1ヶ月くらいじっくりやりましょうよと提案したら、この子ったらマジ泣きで土下座までして「御免なさいそれだけは勘弁してください」って。

 そこまで嫌がらなくてもいいと思うんだけどなあ。


「はいやめ、時間よ。じゃあ採点するから、ちょっと待っててね」


 はじめは基礎問題だから、ほとんど解けるはず。

 ……なのに、どうしてこんなに出来ないのかしら。

 これも間違えてる。なんでここ空欄なの? 漢字が違う。また空欄……。


「ねえ撫子、あなた授業ちゃんと聞いてる?」


「はい」


 撫子が俯いたまま答える。


「はいじゃないでしょう? ちゃんと聞いていたら、こんな問題は簡単なはずでしょ?」


「ごめんなさい」


 机をバン!


「謝ったって勉強できるようになんかならないんだよ!

 ほらここ! 小学校で習う字だろうが! こんなの間違えてどうすんだお前、ぁあっ?!

 学校は昼寝するとこじゃねえんだぞわかってんのかゴルァ!!」




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