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第一話-7 さてどうしよう


☆☆☆


「勝負あり! そこまで!」


 沙月ママの宣言と同時に、あたしは道場の中に飛び出した。


「春ちゃん!」


 床板の上に、うつ伏せで横たわる春ちゃん。

 その傍らで、天井を見上げながら立ち尽くす巴絵。

 あたしは春ちゃんを抱き起すと、膝の上に頭を乗せて顔に手をかざした。


「しっかりして、いま治してあげるからね」


 右手に、祈りの光をともす。

 そうしながら、ハンカチで鼻血とよだれを拭き取ってあげた。いくらなんでも、この姿は可哀そうすぎるもん。


「ああーっ! たーのしかったあああー!」


 巴絵が両手を高々と上げ、天にも届けとばかりに歓喜の声を放つ。


「ねえっ、ねえっ、今の見た? 私の華麗な回し蹴り! あれが決まると、ホンット気持ちいいのっ!」


「うるせえっ! おすわり!」


「はいっ」


 その一言で巴絵はストンと腰を下ろし、あたしの前に正座した。


「で?」


「はい?」


「さっきのあれは、いったい何だったの?」


 ジロリと睨みつけるあたしに向かって、巴絵は姿勢を正したまま平然と言い放った。


「テヘペロ」


 真顔で。


「テヘペロじゃねーよ! なんなんだお前はっ!」


「なんなんだって、何があー?」


 こいつ、判っててトボけてやがる。


「だからっ! なんでお前が結界なんか使えるようになってんだよ!」


「いいじゃない別に。奥の手は、最後の最後まで隠しておくから奥の手なのよ」


「奥の手って、おま……」


 すると、巴絵の背中にキャンディーが飛びついてきた。


「トモエーっ! なになにアレ、どうしちゃったの?! すっごかったーっ!」


「ちょっ、離れなさいよ」


「いいじゃあーん。ねえねえ、あのパワーシールドいったい何なの? ワタシにもできるかなあ、教えて教えてっ!」


 パワーシールドって? ああ、結界のことか。

 でもあれは。


「キャンディには、ちょっと無理なんじゃないかなあ」


「えーっ、なんでよナデシコー。ワタシだって少しはパワーアップしてるんだぞー」


「いや、そうじゃなくて。こいつのは反則だから」


「反則?」


「失礼ね、私がいつ反則なんかしたって言うのよ」


 むくれる巴絵を、あたしは再び睨みつける。


「とぼけんな、犯人もちゃんと判ってんだぞ。ばあちゃん出てこい!」


 すると巴絵の中から、声が響いた。


(てへぺろ)


「テヘペロじゃねーっ!!」


(何をそんなに腹を立てておるのじゃ。せっかく巴絵が勝ったというに、少しは喜ばんか)


「そーだそーだ」


「そーだじゃありません。初代様、いったいどういうおつもりなのか、私にも説明していただけますわよね」


 そう言って母ちゃんも隣に腰を下ろす。


「撫子、春風さんがもう少しの間だけ息を吹き返さないように調整しといて。さすがに極落院にこんな話を聞かせるわけにはいかないわ」


「調整って、そんな器用なことできないよ」


「大丈夫、私にまかせて。

 もう少しだけ、おやすみ……」


 藍子姉ちゃんが春ちゃんの耳元でそう囁くと、春ちゃんは、くうー、と安らかな寝息を立て始めた。

 うん、姉ちゃんの言霊なら確実だな。


「さてと」


 あたしと母ちゃん、姉ちゃん、キャンディー、蓬子の5人が、巴絵を囲んで座る。

 沙月ママと龍麻兄ちゃんは、その外側だ。


「初代様。あなたが何をなさったのか、お分かりになっていますか?」


「そうだよ。いくら巴絵が身内同然とはいえ、壬鳥の祈りの力を使わせるなんて。あたしだってマズいことくらい判るぞ」


「ソウデスね。ウチのファミリーでも、神の力を私利私欲に使おうとする者は討ち滅ぼせと教えられていまス。本当に今のは、お師匠サマのしわざなのでスか?」


 三人に続けざまに責められた巴絵が、いや、ばあちゃんがむくれ顔になる。


(なんじゃよー、みんなで意地悪しおってー)

「なによー、別にいいじゃないのよー」


 いや、やっぱり巴絵もだった。


(言っておくが、儂はべつに私利私欲や考えもなしにこのようなことをした訳ではないぞ。

 すべては撫子、おぬしのためじゃ)


「あたしの?」


(うむ。つまりは先日、やんきいとやらとの大喧嘩の時のことじゃ。巴絵の力が相手にまるで通じず、やられ放題だったことを、おぬし、ひそかに悔やんでおったであろう?)


「えっ、そうなの?」


 なぜか巴絵が声を上げる。


「お前は知らなかったのかよ。てか、ばあちゃん知ってたのかよ!」


(ほっほっ、おぬしの頭の中なぞ全部お見通しじゃ。と言っても、ロクなもんはつまっておらぬがの)


「うっせーよ! つーか、それが何の関係があるんだよ」


(要するに、巴絵がいかに修行で力を付けようとも、それは常人の力にすぎぬ。超常の力にはとても及びはせぬということ。

 撫子は、もとよりそんな世界に巴絵を引き込んでしまうことを厭うておった。それが先頃の喧嘩で、危惧していた通りの結果となってしまったのを目の当たりにして、あらためて巴絵の身を案じておったという訳じゃな。そうであろ?)


「うう……」


 その通り。その通りなんだけど……。


「知らなかった……。撫子、あなたそんなに私のことを心配してくれていたの?」


 だからそんなに目をキラキラさせて、こっち見んな! これだから知られたくなかったんだよ!


「そ、それが何の関係があるんだよ」


(じゃから、巴絵がぼこぼこにされないように頑丈な鎧をくれてやっただけではないか。

 もしそれをしておらなんだら、今頃どうなっておったと思う? この極落院の娘の光刃は、巴絵の脚なぞたやすく両断しておったぞ)


「えっ」


「それほど?」


(それほどじゃ。どうじゃ、この儂が巴絵を救ってあげたのじゃぞ。少しは感謝する気になったかの。ふふん)


 最後の『ふふん』さえなければね。


「ま、まあそういうことなら」


(いずれにせよ、もう少し修行を積まぬことには自在に使いこなすことは出来ぬ。儂も初めてのことゆえ、色々と試してみぬとな。

 肝心な時に身を守れぬでは意味がなかろう)


「そうそう、身を守るためよ。攻撃は最大の防御って言うし」


「おいこら!

 てゆーか、春ちゃんにはどう説明するんだよ」


「えー? 古峰(こぶ)神明(しんめい)流の秘技だって言えばいいじゃないの」


「それはどうかしら」


 と、それまで黙って話を聞いていた沙月ママが口を挟んできた。


「春風さんは、さっき私の気を読んで相当ビビってたみたいよ。それは別にいいんだけど、私の気の質も読まれちゃってるから、さっきのアレが私のとは全然別物なのはすぐバレちゃうと思うわ」


「ええー? そんなの判るの?」


「あー、確かに沙月の言う通りかも。この子の気の力、極落院で言うところの神力は相当なものだものね。変に胡麻化そうものなら、余計に怪しまれるかも。うーん」


 母ちゃんも腕を組んでうなりだした。が。


「なら、パパでいいじゃない。柊仁流空手道の秘伝の技ってことで。

 どうせパパはあと3年くらい帰ってこないんでしょ? 都合の悪いことは全部いない人のせいにしちゃえばいいのよ」


「そうね、とりあえずそれでいきましょう」


「いいのかよ、そんなんで!」


 と、その時。


「ううーん……」


「あっ、春ちゃんが眼をさますよ」


「いいわね撫子、あなたもちゃんと話を合わせるのよ」


「う、うん」


 間一髪、春ちゃんが目を覚ました。


「春ちゃん、大丈夫?」


「撫ちゃん……? ウチ、どないしはっ……、あっ! 巴絵ちゃんは?!」


 春ちゃんは勢いよく起き上がると、正面に座る巴絵の顔を、眼を丸くして見つめた。


「ウチ、巴絵ちゃんの脚を神刃で斬りそうになって……。そしたら、巴絵ちゃんの脚が光って……」


「春風ちゃん、あのね」


「そうや! 巴絵ちゃん! なんで巴絵ちゃんが神力をっ! あれはいったい!」


 あたしは慌てて、春ちゃんを後ろから抱きしめた。


「春ちゃん春ちゃん! 何でもない! 何でもないんだよ!」


「撫ちゃん! 何でもないって、でもあれは!」


「あれはねっ、巴絵のパパのっ! 秘伝のタレだからっ!」


「……タレ?」


「お馬鹿」


 あたしの一言に、春ちゃんが首をひねりながら天井を見上げ、巴絵はがっくりと肩を落とした。





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