第一話-5 VS 母
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「あなたが獄落院の、春風さんね。お会いできてうれしいわ」
真っ直ぐにウチの顔を見据え、なぜか『獄落院の、』と区切って私の名を呼ぶ撫ちゃんのお母はん。
というか、我が獄落院家の百年来の宿敵。
壬鳥巫女衆の元トップ。
第四十三代当主。
壬鳥珠子!
慌てて立ち上がり、ご挨拶をしようとしたのだが。
「ははは、はひっ。おおお会いできてわわわ私もここ光栄の至りでごごござまっ」
「あらあら、そんなに緊張なさらなくても良くってよ。獄落院の、春風さん?」
「はあっ、はあっ……」
なんちゅう眼光や。あかん、見つめられるだけで息が上がってくる。
「撫子からお話は伺っていたわ。私もずっとお会いしたいと思っていたの。
日芽子さんはお元気かしら?」
え?
「ヒメコさんですか? ええと」
はて、誰やろ。そんな名前の人は獄落院には……。ヒメコ…ヒメコ……極落院日芽子……様…。
って、本家のお上様やないのっ! 普段名前でなんかで呼ばへんから、すぐには出てこんかったわ!
「ななな、なんでお上様のお名をっ?」
「大学でご一緒させていただいたの。懐かしいわあ、あの人には色々とお世話になって」
「ご、ご学友ですか?!」
「ホント、色々と、お世話に、なったわ、とっても、ものすごく」
「う……っ」
お母はん、目が笑ってまへん。
壬鳥と獄落院のトップ同士が顔見知り、しかも同級生やったなんて。
そんなん全然知らんかったわ。
「つい先日もね、うちの撫子と巴絵ちゃんがとっても可愛がっていただいたようで。
近い内にぜひ御礼をさせていただきたいわ。たっぷりとね」
「えっ、撫ちゃんと巴絵ちゃんがですか?」
「あらあら、トボけなくてもよろしくてよ。十二神将に名を連ねるあなたが、知らないはずはないわよね?」
「あの……」
いったい何の話?
思わず撫ちゃんの方を見ると、撫ちゃんも目を丸くしてこっちを見ていた。
「やっぱり、春ちゃんは知らなかったんだ」
そう言いながら立ち上がる。
その真剣な顔を見て、ウチも理解した。本当に何かが起きていたのだ。
「何があったのか、教えていただけますか?」
お母はんの眼をまっすぐに見る。
「ふうん、嘘はついてないようね」
お母はんもウチをじっと見据えて、うなずいた。
「教えて下さい。もしかして、結界に乱れが生じていることに関係しているのですか?」
「はて、結界とは何のことかしら?」
「私を試そうというおつもりでしたら、無用です。この竜野宮に満ちる、春霞のように優しい結界には、以前から気付いていました」
「そうなの、さすがね。そのうえ結界を無効化する術まで会得しているとは恐れ入るわ。
この際だから白状してしまうけど、この1か月あまり、あなたは最高クラスの厳重な監視下にあったのよ。なのにあなたは尻尾の先すら見せず、なおかつ自由に動き回っているようでありながら、結界に一切の反応を生じさせない。
結界管理班の人達が、ついに獄落院が新技術を開発したかとパニックになりかけていたところに、あれが起きた。
あなたを捕らえろという意見が多く出たのだけれどね。ある人が、あなたは敵ではないと保証してくれたので、それは取りやめになったのよ」
ある人とは? 遠回しな言いぶりからして、撫ちゃんや巴絵ちゃんとは別なお人や。
ほな、いったい誰や。思い当たる人がおらん。
「では、信用していただいているということでよろしいのですね。
ならば聞かせて下さい。いったい何が起きたのですか」
お母はんが、うなずく。
「結界を司る要石の一つが破壊されました。その時に、偶然その場に居合わせた撫子と巴絵ちゃんが巻き込まれて、獄落院の手先と思われる男達に襲われたのです」
なんてことを!
「全然知りませんでした。許せない、私の大切な友達にそんな非道いことを……」
「あのねあのね、春ちゃん」
とその時、撫ちゃんが小声で言ってきた。
「ホントは襲われたんじゃなくて、巴絵が自分から喧嘩売りに行っただけだから」
「え? そ、そうなん?」
まあどっちでもええ。撫ちゃんと巴絵ちゃんに手え出したことには変わりあれへん。
「とにかく、結界の完全な修復にはまだまだ時間がかかります。我々としてはその間に新たな対抗策を立てておかなければなりません。
春風さん。壬鳥の敵ではないとは言っても、獄落院を裏切るわけにはいかないのは判っています。裏切れとは言いません。
でもちょっとだけ、ヒントくれない? どうやって結界を破ったの?
ねっ?」
と、手を合わせてニコッと首を傾げるお母はん。なんや可愛ええな。
「私は、結界を破ってなどおりません。心の底から、壬鳥に害意を持っていないのです」
「獄落院なのに、なぜ?」
「獄落院が、嫌いだからです」
「どういうことかしら」
「私は、あの家のやり方が気に入らないのです。
卑怯で、冷酷で、自分の利益になるなら他人を陥れることを何とも思わない。そのくせプライドばかり高くて、他者の言葉に耳を貸そうとする器量もない。
あそこはそんな連中ばかりです。
十二神将は、言わば獄落院の暗部です。私もずっと、生まれ持った力にふさわしい汚い働きを求められてきました。
ですが私はそのことごとくをしくじり続け、ついには半ば見放された形でこんな田舎に追いやられて来たのです」
「田舎で悪かったわね」
あ……。
「す、すんまへん! つい!」
あかんあかん、ほんまこういうとこが京都人のあかんとこや。
「まあいいわ。それで?」
「私は、ずっとあの家から逃げ出したかった。
だからその行きつく先がたとえ敵地のど真ん中であったとしても、私には喜びしかなかったのです。
壬鳥に対しても、撫ちゃんに対しても、初めは何の感情も抱いていませんでした。逆にこちらが敵意を向けられるのが判っていたから、面倒な詮索をされるよりはと、先手を取って正体を晒してしまおうとしただけです。
それなのに撫ちゃんは……、撫ちゃんは、出会ったその日のうちにお友達になろうって言ってくれはった。
そんなことを言われたのは、初めてやったんです……。
私は……、ウチは……生まれて初めてできたお友達を……大切にしたい。
そのためなら……。た、たとえ帰る家を……失ったとしても……」
あかん、ウチは何をしゃべっとんのや。初対面の人にこないなこと、しかも泣きながらやなんて。
みっとものうてたまらんわ、もお。
「春ちゃん」
撫ちゃんが前に立ち、ウチを抱きしめてくれた。
「泣かないで、春ちゃん。大丈夫だよ、あたしはずっと春ちゃんのお友達だから」
「撫ちゃん……」
「まあ、まあっ!」
と、撫ちゃんのお母はんが声を上げる。しかも、お母はんまで泣いてはる?
「どうしよう、撫子。この子、ちっとも嘘ついてない。本気で撫子のことを大切に思ってるわ」
「だから言っただろ、春ちゃんは友達だって」
「うん、うんっ。ごめんなさいね、春風さん。疑ったりして。
あなたともっとお話しがしたいわ。ねえ、今からうちに来ない? お茶でも飲みながらゆっくり話しましょう?」
「それがいいよ! そうだ、今日はうちに泊まっていきなよ!」
「え、嬉しい。ええの?」
「ワオ、エクセレンッ! ワタシもご一緒していい?」
「もちろん。そうだ、キャンディはお友達宣言まだだったよね」
「お友達宣言? 何それタノシソー!」
「あらあら。じゃあ今夜は腕によりをかけて御馳走いっぱい作らなきゃね」
「やったー! ご馳走だー!」
「楽しくなってきたわ。さっ、行きましょ行きましょ」
と、マクガイアはんと蓬子ちゃんも立ち上がり、お母はんがウチの手を引いて歩きだそうとした、その時だった。
「あのー」
巴絵ちゃんのお母はんが、おずおずと手を上げた。
「盛り上がってるところ大変申し訳ないんですけどー。先にこっちを済ませてもらってからでいいかなー。
あの子が泣きそうになってるのでー」
「「「「「あ……」」」」」
その言葉に、五人同時に声を漏らす。
お母はんが指さす先には、道場の真ん中にひとりポツンと、涙目で正座している巴絵ちゃんの姿があった。




