第一話-4 春風ちゃんのお宅訪問
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竜野宮の中心部から南へ5km。閑静な住宅街の一角に、そのお宅はあった。
白塗りの土塀に、歴史を感じさせる大きな門。扉は開かれていて、そこから真っ直ぐ続く石畳の先に、瓦屋根の古風豊かなお屋敷が見える。
私は門をくぐり、玄関へと向かった。
通路の両側は、きれいに剪定された生垣で囲われている。山茶花だろうか、秋晴れの空に葉の緑がよく映える。
このような造りの邸宅は京都にも数多くあり、私にとっては懐かしささえ憶える。休日の朝にふさわしい、心休まる佇まいだった。
今日は、巴絵ちゃんとの決戦の日。
約束の勝負をするために、私は彼女の自宅を訪れていた。
と言うても、何でこないなことになったのか、イマイチよう判らんのやけどな。
ウチが撫ちゃんの唇を奪ったことで、巴絵ちゃんはより本気になってしもうたけど。あれはまあ、あれやし。
て、あかん。思い出しただけで頬が熱くなる。
なんたって、ウチのファーストキスやもんな。
あん時は頭に血が上って、勢いでやってしもたけど。というか、そもそも撫ちゃんがウチにおかしなことしたせいやん。ウチは悪ないわ。
けどそのおかげで。ああ、初めての人が撫ちゃんやなんて、ほんま幸せやあ。
でも撫ちゃんの方は初めてやないて、喚いてたけどな。巴絵ちゃんが……。
そういえば巴絵ちゃん、あれから一言も口きいてくれへん。
まあ、やってしもたもんはしゃあない。
と、気を取り直し呼び鈴を押す。
「はーい」と、奥の方から声が聞こえ、程なく玄関の引き戸がカラカラと開いた。
出迎えてくれたのは、巴絵ちゃんによく似た、長身の女の人。
もしかして、お母はん?
「お、おはようございます。私、巴絵さんと同じクラスの、獄落院春風と申します。
巴絵さんは御在宅でしょうか」
「いらっしゃい、お待ちしてたわ。さ、お上がりになって」
にこやかな笑顔。
だが目を合わせた瞬間、私はかつてない戦慄に体を強張らせた。
な、なんやこのお人……!
お母はんの後ろについて玄関を上がり、長い廊下を歩きながらも、背中に冷たいものが流れるのを感じずにいられなかった。
このお母はん、まるで隙がない!
こちらに背を向け、完全に無防備な体勢でいるにも関わらず、首筋に刃を当てられているような薄ら寒い感覚。
殺気を放っているわけではない、殺気ではないのだが、存在そのものが凶器であるような危険な空気をまとっている。
恐ろしい……。こないな人は、獄落院にもいない。
だが私に襲いかかった脅威は、それだけではなかった。
道場へと向かう廊下の角を曲がった、その時。私は背後に何かの気配を感じ、ふと振り返った。
そこにあったのは、壁。
いや、肉体?
男の人の、胸?
「やあ、いらっしゃい」
頭上から響く、雷鳴のような唸り声。その声につられて見上げると、そこには岩で出来た仁王像のような恐ろしい顔が、私を睨み付けていた。
「ひぐっ」
思わず漏れそうになった悲鳴を、無理矢理飲み込む。
この怪物みたいな体と顔には、見覚えがある! 以前ファンクラブの動画に映っていた、壬鳥のボディーガードだ!
しまった。ここは敵の本拠地、壬鳥本家のお隣りだ。決して油断していたわけではないが、今日の用事はあちらとは無関係だから、隣家まで手を伸ばしてくることはないだろうと思っていた。
だが本家ともなれば、そこには多くの強者が群れ集っているのは当然のこと。
事実、この男も巴絵ちゃんのお母はんに劣らぬくらいに隙がない。しかもこの巨体でありながら、背後を取られるまで全く気配を感じることができなかった。
なんという手練。まずい、ここで捕えられたら逃げようがない!
「あら龍麻、いたの?」
男の声に、お母はんが振り返る。
「おう。巴絵が他流仕合をするって言うんで、俺も見物させてもらおうと思ってさ」
「あらそう。ならちょうど良かった。紹介するわ、お相手の獄落院春風さんよ」
「おお、この子が」
そう言ってニッコリと笑いかけてくるその顔が、怖い怖い怖い!
「春風さん、こちら巴絵の兄の、龍麻です」
「龍麻です、よろしく」
「ひゃ、ひゃじめまし……」
え?
「巴絵ちゃんの、お兄はん?」
「そうそう。よろしくな」
「よっ、よろしくお願いします!」
思い切り頭を下げながら、安心したらドッと汗が出て来た。ああよかった、壬鳥の刺客やなかったんか。
それにしても、この怪物が巴絵ちゃんのお兄はん? そしてこちらの全身刃物のようなお人が、お母はん。
柊家って、いったい……。
二人に連れられて、道場に入る。
広い武闘場の中央に、道着をまとい、静かに目をつぶって正座する巴絵ちゃん。精神集中をしとるのやろうか。
そして手前には、撫ちゃんと他にも何人かの女性も正座で待機していた。
「あ、春ちゃんいらっしゃい。朝からごめんねー」
撫ちゃんが手を振ってくれる。
「撫ちゃん、おはようさん。ええんよ、約束やし」
隣に座る小柄な女の子も、動画で見覚えがある。おそらく撫ちゃんの妹の、蓬子だ。
そしてその向こうの金髪の人は、留学生のマクガイアはんや。
なんでこの人が? というか、なんでこの二人も道着を着とるん?
「オハヨー、ミス春風」
「おはようさん」
彼女も、にこやかに手を振ってくれる。
「ところで、なんでマクガイアはんまで?」
「うん。実はワタシ、ここに弟子入りしたんよ」
「へえー、そうなん」
「で、こちらがワタシの姉弟子。カッワイーでしょう?」
そう言いながら、隣の子の肩を抱く。その子は、ほっぺにキスしようとしてくるマクガイアはんを押し退け、手をついてお辞儀をしてきた。
「初めまして、壬鳥蓬子と申します。以後お見知りおきを」
なんという、礼儀正しい子。私も慌てて床に膝をつき、ご挨拶をする。
「獄落院春風と申します。お姉さんにはいつもお世話になっております」
「いえいえ、こちらこそ。うちの姉がさぞかしご迷惑をお掛けしていることでしょう。これも妹たる私の不徳と致すところと、深く反省しております」
「そんな、とんでもない。撫子さんにはいつも大変良くしていただいて」
「いやいや、そんなはずは。
姉の未熟さはこの私もよくわかっております。毎日毎日、アレをやらかしたコレをしでかしたと噂が耳に入るたびに、赤面の思いでございます」
「いえいえ、立派なお姉さまをお持ちになって、さぞやご自慢のことと」
「いやいや、こんな恥ずかしい姉では世間様に顔向けできぬと常々」
「いえいえ」
「いやいや」
「こら」 ボカッ。
と、撫ちゃんが妹さんの頭を殴った。
「あ痛っ!」
「あいた、じゃないよ。お前、挨拶するフリをして何をあたしの悪口言ってんだよ。しかも初対面の人に向かって」
「てへへ、バレたか」
「バレたかじゃねーだろ。いい加減にしろ、まったく」
ウチもつい乗せられてしもたわ。
なるほど、これが撫ちゃんの妹か。ちょっと納得。
そしてもう一人。一番端に座っていた人が、静かに立ち上がった。
「初めまして、獄落院さん。撫子の母です」
「あ、初めまして。獄落院春風です」
って……。
真っ直ぐにこちらを見据えてくる撫ちゃんのお母はんの顔を見た瞬間に、全身が硬直した。
撫ちゃんのお母はんって、先代当主! 壬鳥珠子!!
壬鳥巫女衆の頂点やないの!!!
なな、なんでこないな超大物まで。
あかん、もう逃げられん……。




