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第一部最終話 祈り

★★★


「撫子っ!」


「巴絵はそこにいてっ!」


 立ち尽くす私を後に残して、撫子はヤンキー達の群れに突っ込んで行った。

 襲いかかってくる男達をものともせず、撫子はその間を走りながら、連中の頬面を引っ叩いていく。連中は、撫子の後を追うようにバタバタと倒れていった。

 そして撫子は群れの中を一気に駆け抜け、そこにいた数十人もの男達を一人残らず薙ぎ倒してしまったのだ。


「はは……」


 目の前で繰り広げられたその冗談のような光景に、私はもう笑うしかなかった。


「すげえや…、撫子……」


 私がこんなにボコボコになるまで殴り合っても、ただの一人も倒せなかったというのに……。

 ホッとした途端に、全身から力が抜けてしまった。

 私は地面にヘタり込んで、抱き合って再会を喜ぶ撫子とキャンディーの姿を眺めた。

 はああー。久々の実戦はキツかったなあ。

 あー、こりゃ疲れたわ。



 それから程なくして、ミトリの人達が救援に駆けつけてくれた。

 駆けつけてくれたのはいいのだけれど、つむじ風と共に姿を現したお姉さん達が、現れた途端に全員ひっくり返ってゲーゲーと汚物をまき散らしたのには、私も撫子も呆れ返った。

 もしかしてこの人達も他の場所で戦っていたのだろうかと、一瞬思ったのだけれど、

「な、撫子ちゃん、憶えておいて。神速を使う時は絶対にお酒を飲んじゃダメよ」

 だそうだ…。

 ホントに何なの、この人達って。


 珠子お母さんと藍子お姉さんが到着したのは、それから暫く経ってから。


「撫子、大丈夫か」


「うん姉ちゃん、平気」


 初代のババアも、私の中に戻って来た。


(はっはっは。こりゃまたこっぴどくやられたのう)


「うるさいわね、ほっといて」


 ほっといてじゃなくて、実はババアが戻ってくれてホッとしていたというのは、内緒だ。


「姉ちゃん、お願い」


「ん、わかった」


 お姉さんが撫子の額にチョンと触れると、撫子の全身から眩いほどの光が溢れ出した。


「ナデシコ…それって……」


 その輝きを目にしたキャンディが、絶句する。

 私にとっては四度目だけど、見る度にその輝きは強く、大きくなっている気がする。


「巴絵……」


 薄桃色の光に包まれた撫子が、私に向かって手を広げる。

 きれい…。

 その時私は生まれて初めて、撫子の姿を可愛いではなく、美しいと思った。

 撫子が、私を優しく抱きしめてくれる。


「あたしを守ってくれて…ありがとう」


 その光の中で、私は全身の傷が癒えていくのを感じた。


 それから撫子は、地面に横たわるヤンキー達も一人ひとり介抱していった。

 ただし、私にしてくれたのとは違って、めんどくさそうに頭を引っ叩いて回っただけだけど。


 目を覚ました連中は、記憶を失ってはいなかったものの、自分達が何故あんなことをしたのかは、さっぱり判らないと言っていた。

 やはり、撫子の言っていたあの黒邪気に操られていたようだ。

 それから改めて私達とお友達になりたいとか連絡先を教えてくれとか懇願してきたけど、はっきり言って嫌なので、お断りした。

 特に、年下の私を『姉さん』と呼んだ奴だけは、絶対に許さない。


 あとついでに、ミトリの悪酔いお姉さん達も撫子は介抱してあげた。


 これほど大勢の者達に力を使っても、撫子の光は少しも衰える気配を見せず、それどころかますます輝きを増していくように感じられる。

 そういえば以前、撫子もそんなことを言っていたような……。


(単に力が強いということではない。これこそが、撫子の本性なのじゃ。

 他者の喜びを己の喜びとすることができる者は、この世に無限の幸をもたらすことができる。

 撫子の、湧き出る泉のような魂の形は、あの者が持つ無限の慈愛の顕れなのじゃ。

 いずれあやつの魂は、本物の慈愛と癒しの巫女として覚醒することとなるであろう。

 おぬしもウカウカしてはおられぬぞ)


 そんなこと、言われなくても判ってる。



 ここでいったい何が起きていたのか。

 その真相を私達が知ったのは、家に戻ってお母さん達から説明を聞いた後のこと。

 そしてその日は、キャンディと一緒に撫子の家に泊まり、三人で一晩中語り合った。


 キャンディは、今度は短期でなく、本格的に日本に留学することになったそうだ。

 そして竜野宮に戻って真っ先に向かったあのオタビルで私達を発見して、それからずっと後を付けていたらしい。

 うーん、今回ばかりは怒るに怒れないなあ。まあ仕方がないか。


 そして、私達の窮地を救った、あの魔法のステッキ。

 あれは、キャンディの力が強くなったということではなくて、力をアイテムに溜め込むという技によるものだそうだ。

 そんなことできるの?と初めは思ったけど、よくよく考えてみれば、呪符やお守り、それに呪いの人形など、魔法の世界ではごく一般的なことだった。

 キャンディは、アメリカに帰ってからこの技術を学び、2ヶ月間ずっとあのステッキに力を注ぎ続けるという修行を続けていたそうだ。


 それでもたった一発分しか溜まっていなかったということに、相当ショックを受けていたようだったけれど、その一発が私達を救ってくれたのだから、努力は決して無駄ではなかったはずだ。

 私と撫子がそう言ってベタ褒めしてあげたので、本人も納得したようだ。

 それにババアも、


(まあそう気を落とすな。これからは儂が稽古を付けてやるゆえ)


 と言ってくれたのには、大喜びしていた。


 それから数日……。

 珠子お母さんとミトリの人達は、結界の修復と反撃の準備で大忙しらしい。

 でも私達の周りには特に変わったこともなく、平和な日々が続いている。

 撫子も「大人同士の喧嘩なんてあたしには関係ない」と知らんぷりだ。


 そして今日も、いつも通りの朝が始まる。



☆☆☆


「でね、ババアが言うには、私は動きが雑なんだって。何でも力任せで、精密さが足りないって言うのよ」


「ふーん」


 学校へと向かう道を並んで歩きながら、


「おはよう。撫子、巴絵」

「おはよう」

「おはよう」


 通りかかるクラスメートと朝の挨拶を交わす。


「だから最近はね、体捌きを中心にやっているの」


「へー。じゃああたしと一緒じゃん」


「おはよう。今日も仲いいね」

「おはよう。うっさい」

「おはよう」


 いつもと変わらぬ、他愛のない会話をしながら。


「あんたのは『余計な力が入りすぎないように、ゆっくり静かに』でしょ?私のはそうじゃなくて『素早く正確に』なの。方向性が違うのね」


「よくわかんないな」


「じゃあ、ちょっとやって見せてあげる。いい?」


 巴絵は鞄を足元に置くと、両手を前に突き出すような恰好をした。

 何する気?と思ったら、その両手をヒュヒュヒュッと、目にもとまらぬスピードで、めちゃくちゃな感じに動かしてみせた。

 しかも、左右の動きががバラバラ?


「な、なにそれ。何かの踊り?今、なにやったの?」


「へへー。今のはね、右手で123456789って書いて、左手で987654321って書いたのよ。そして次が」


 ヒュヒュヒュヒュッ。


「今度は右手が987654321で、左手が123456789。

 こうやって、どんな複雑な動きでも自由自在に体を操れるように、っていう訓練なのよ」


「すげー。あたしもちょっとやってみようかな」


 巴絵と同じように両手を前に出し、そして右手で123…、左手で987…って。


「出来るか、こんなの!」


「ふふん、当然でしょ。そう簡単に真似されてたまるもんですか」


 得意げに胸を張る巴絵。

 すごいのは認めるから、あたしの前でおっぱい張るのはやめろ。


「おはようさん、撫ちゃん柊はん。何してるん?」


「あ、春ちゃん。おはよう」


「おはよう、獄落院さん」


 チラリと、巴絵と目配せを交わす。


 先日の事件について、春ちゃんが無関係だとはとても思えなかったのだけれど、驚いたことに本人はその翌日でさえそんな素振りは少しも見せなかった。

 そしてその後もずっと平常運転のままあたし達に接しているし、それにばあちゃんの見立てでも(概ね、白じゃな)だという。

 『概ね』というのが微妙だけど、とりあえず敵ではないということらしい。

 獄落院なのに…。春ちゃん、ホントにそれでいいの?

 って、あたしが言うことじゃないんだけど。


「柊はん、今なにしとったん?」


「うん。空手のね、体捌きの練習なの。もう一度やってみせるわね」


 巴絵はさっきと同じように構えると、ヒュヒュヒュッと両手で数字を書き上げた。


「うわあ、柊はん器用やなあ。なんやおもろそうや、ウチもちょっとやってみてええ?」


 春ちゃんまでノッてきた。


「ふふ、難しいわよ」


「こお?せーの」


 ヒュヒュヒュッ。


「えっ?」

「すげっ」


 なんと、春ちゃんは巴絵の芸、じゃなかった技を一発で真似てしまった。


「いやあ、これは難しいわ」


「ちょちょちょっ、獄落院さん今なにしたのっ?」


「なにって、巴絵のマネしただけじゃん」


「そんな、私でさえこれが出来るようになるのに丸3日もかかったのよ。それを、一発でなんて…」


 おーおー、巴絵がショック受けてる。こいつの上を行くなんて、さすが春ちゃんだ。


「じゃ、じゃあじゃあ、これならどお?」


 そう言うと巴絵は片足を上げて、キックボクシングのような、でもそれよりも高くつま先を突き出した変な構えを取った。そして、


「ABCDEFGHI…XYZ!」ズバババババッ!

 と、今度は右足でアルファベットを書き上げた。と言っても、動きが早すぎて、神速でも使わないとホントに書いてのるかなんて見えやしないよ。


「ひょええ、なんだそりゃ」


 ちなみに、足の動きは見えなかったけど、ミントグリーンのシマシマパンツは丸見えだ。


「わあ、えらいなあ。ほならウチも」


 と、春ちゃんも巴絵と同じ構えを取る。

 こっちは可愛らしいイチゴ模様だった。ちょっと意外。

 そして、


「あいうえおかきくけこ…わおんがぎぐげ…ぱぴぷぺぽっ!」シュババババッッ!

 と、巴絵の26文字をはるかに超える、50音からぱぴぷぺぽまでを一気に書き上げて見せた。


「ふう」


「ぐっ…」


 普段物静かな春ちゃんには珍しく、どや顔で巴絵を見ながら息を吐く。

 その勝ち誇った視線に、巴絵は悔しそうに唇を噛んだ。


 あれ?いつの間にやらあたし達の周りに人の輪ができている。

 まあいっか、いつものことだし。


「ま、負けるもんですか。月火水木金土日!」ズババババッ!


 今度は漢字で来た!


「睦月如月弥生卯月皐月…師走!」シュババババッ!


 春ちゃんも負けてない。てか、完全に圧倒してるじゃん。


「くそおっ、花鳥風月!」ズババッ!


「百花繚乱!」シュババッ!


「織田信長!」ズババッ!


「諸葛孔明!」シュババッ!


「画龍点睛!」ズババッ!


「魑魅魍魎!」シュババッ!


「ぐううっっ!」


 ガクッと、とうとう巴絵が膝をついた。

 ミントグリーンとイチゴの対決は、イチゴの勝利に終わったようだ。


「ち、ちくしょう。悔しい、悔しい、悔しい……」


「おいこら、馬鹿おっぱい」


 地面に手をつき悔しい悔しいと呟き続ける巴絵の眼から、ボタボタと大粒の涙がこぼれ落ちる。あーあ、始まったよ。


「えっ、えっ、柊はんどないしたん?」


「大丈夫大丈夫、いつものことだから。おい、こんな道の真ん中で這いつくばってたら、通行の邪魔だろ」


 ホントにこいつの負けず嫌いときたら、始末に負えないな。


「ほら、さっさと立てって。負けは負けなんだから、素直に認めろよ」


「なんですって?」


 ジロリと睨まれた。


「この私に負けを認めろですって?冗談じゃないわ。よおおし、こうなったら!」


 巴絵はいきなり立ち上がると、春ちゃんにビシッと指を突き付けた。

 涙ボロボロの、みっともない顔で。


「な、なんやの柊はん」


「獄落院さんに、決闘を申し込むっ!!!」


「なんでやっ!」



「プッ…」


 無理、我慢できない。


「あははっ!あははははっ!」


 あたしは大声を上げて笑いころげた。


「巴絵ったら、カッコ悪すぎー!」


 やっぱり今日も、グダグダでダメダメだ。

 でもさ、でも。こんな毎日が、楽しくて仕方ないんだ。

 だって、これがあたし達だもん。


 グダグダでも……ダメダメでも……

 こんな日常が、これからもずっとずっと続きますように……。



 それがあたしの……祈りだ……。









ここまで読んで下さった皆様へ


 こんな駄文に飽きずにお付き合いいただき、ありがとうございました。


 さて、撫子と巴絵の物語はこの先もまだまだ続きます。

 これから壬鳥巫女衆は獄落院との本格的な抗争に突入し、その争いは撫子達の生活にも大きな変化をもたらします。

 平穏を願う撫子の祈りも空しく、日常は次第に非日常に浸食されて、二人の少女やその仲間達は、否応もなく争いの渦に巻き込まれることになってしまうのです。

 とまあ、こんな感じで物語は進むのですが。


 大変申し訳ありません。

 ここまでの日常とこれから先の非日常の境目として、ここで一旦、一区切りとさせて頂くことに致しました。


 というのも、この先を既に10話分ほど書いてあるのですが、抗争が始まった途端に、どうにも作品の雰囲気が違ってきちゃったのですよ。

 なんというか、コメディでなくアクション物っぽくなってきちゃったのですね。

 なので、この先のお話は別の作品として改めて投稿させて頂こうと思います。


 ストーリーの見直しも含めて、ある程度まとまってから投稿する予定ですので、暫くお時間を頂くことになりますが、お楽しみにお待ちいただけたらと思います。


 その前にもう一本のエタりかけ作品の方が先になるかもしれませんが。


 という訳で

 長い間有難うございました

 またお会いできる日まで、皆様どうかお元気で


 たかもりでした


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