第五話-11 急変
♧♧♧
「壬鳥神宮? 壬鳥神社とは違うの?」
(また、儂の知らぬものが出てきおったのう)
「壬鳥神社は、初代様もご存じの通り、初期の壬鳥衆の拠点となった神社です。
そして壬鳥神宮とは、初代様の没後、二代目・泉深子様と三代目・風璃子様の手によって築かれた、この世の外にある神域のことです」
「この世の外……。そこには、何があるの?」
「さあ? 誰も行ったことがないから、知らないわ」
あっさりと。
「書庫に残されているどの文献にも、壬鳥神宮についての記載は一切ない。
ただ歴代当主にのみ、神宮への入り口の鍵と、その由来が口伝によって伝えられてきたの。
藍子、次はあなたの番よ」
「なるほど。わかったよ」
って、やっぱりただのハンコ押しじゃ済まないじゃんか。プンプン。
「入口があるとは言っても、この世の外にある場所に果たして生身の人間が入れるのかすらも疑問ですけど。もしかしたら、初代様なら可能かもしれませんね。
いかがです? そのうち機会があったら、お試しになられますか?」
(はは、嫌じゃよ。
そんなことをして、もし万が一泉深子の奴が出て来おったらどうするのじゃ。
可愛い孫の風璃子だけなら良いがの)
ほんとに初代様って、二代目様のことが苦手なんだな。
(壬鳥神社の結界といい、獄落院の娘が言っておったお宝とやらといい。まったく泉深子の奴ときたら、厄介な物を色々と残してくれたもんじゃわい。
いや、案外風璃子の仕業かも知れぬな。あやつもあれで相当な悪戯好きであったゆえ)
「悪戯?」
お母さんが、ピクリと眉を上げる。
「初代様。そう言う御自分こそ何を残されたのか、もうお忘れなのですか?」
(はっはっはっ、そうであったそうであった。
してみると、その壬鳥神宮とやらの正体も、実は守る価値などないロクでもない物かも知れぬぞ)
その言葉に私とお母さんは、思わず顔を見合わせた。
あり得る……。
(この陣を敷いたのは、誰じゃ)
「四法印を結んだのは、私の祖母である燕子。その周りに結界陣を張り巡らしたのが母、紫子ですよ」
私から見れば、ひいお婆ちゃんとお婆ちゃんだ。
「神宮の入り口は、それ自体が強力な結界を形成しています。
侵入者を排除するためにそれは必要なものではありますが、あまりに強力な結界は周囲にも幾許かの影響をもたらしますし、その結界の存在そのものが、逆に隠された物の重要性を露わにしてしまいます。
そこで、結界の上にもう一つ結界を被せ、更に目に見える別のお宝、つまり壬鳥本家を置くことによって興味の矛先をそらす。これが元々あった結界でした。
祖母燕子は、その隣に同じものを三つ置き、壬鳥本家をその中心に据えることによって元の結界の外に移動させました。そして母紫子は、更にその周囲に陣を敷き、より強固な城郭を築いたのです」
(つまり欺瞞の上に欺瞞をいくつも重ねたという訳じゃ。そやつらも相当にふざけた輩じゃな)
それにお母さんもこのお母さんだし、初代様もこの初代様だ。やっぱりこれが壬鳥の血ということなのか。
じゃあ私も、いつまでも我慢している必要はないってことかな。ふふ……。
(これ藍子、程ほどにしておけよ。おぬしの本性など、儂はとっくに見抜いておるぞ)
(はーい)
「報告します」
鈴子ちゃんが立ち上がった。
「皆さんも既にご確認されたと思いますが、先ほど、竜野宮結界陣、四方印結界の要石の一つである、玄武が破壊されました。
現地確認を急いでいますが、結界崩壊の影響で、竜野宮市街地は現在霊波流の嵐となっている模様です。
その為、霊波動システムを使用している機器類がその影響を受けており、また、壬鳥衆も精神に影響を受ける恐れがありますので、積極的な行動が困難な状況です。
さらに本日は休日ということもあって、竜野宮支社には一般社員と下位の者しかおらず、近くにも上位者はいないようです。
ただいま、本社と大宮から上位者が急行中です」
「子供たちは?」
お母さんだ。
「蓬子ちゃんは、お隣の柊家で、龍麻くんと空手の稽古中でした。そのまま待機するように連絡してあります」
龍麻くん、あの人が側にいてくれるなら安心だ。
「うちの笛子と琴子とも連絡が取れています。二人とも自宅にいました。ですが……」
あの二人は?
「撫ちゃんと巴絵さんの所在が、確認できません」
えっ……。
「携帯は? 連絡は取れないのですか!」
「藍子、落ち着きなさい」
思わず大きな声を出してしまった私を、お母さんがたしなめる。
だって、そんなこと言ったって。
「あの子達は今日、タキオン通りに買い物に行くって言っていたんです!」
あの場所の、すぐ近くじゃないの!
「ごめんね、藍子ちゃん。
二人に持たせている携帯電話にも、実は霊波動システムが組み込まれてあってね。霊波嵐の影響で誤作動を起こしているみたいなの。
そしてそれと同じ理由で、GPSの位置情報も取得できない」
「そんな……」
鈴子ちゃんがタブレットを操作すると、スクリーン上に4つのウィンドウが開いた。
そのうち3つには、森や公園らしき場所に立つ大きな石碑が写し出されているが、残るひとつはに、ノイズしか映っていない。
「やはり、監視カメラもダメみたいね。暫くすれば落ち着くとは思うけど」
暫くって、どれくらい?
その間に、あの子達に何かあったら……。
更に鈴子ちゃんが操作すると、ノイズだけだった画面がクリアな映像に切り替わった。
「これは、10分前の映像です」
そこには、森のような場所に立つ大きな石碑が映し出されていた。
周りに人気はなく、木々の枝葉が風に揺れているほかは、映像には何の動きも見られない。
と思っていたら、急に映像が乱れ、ブラックアウトした。
でもその寸前、ほんの一瞬だったけれど、消えて行く画面の端に石碑に向かっていく大勢の人の姿が確かに映っていた。
「結界が崩壊する少し前に、映像の方が先に消えています。
従って、カメラの異常は霊波嵐の影響ではなく、何らかの妨害によるものと判断されます。
また、四方印結界は、たとえ要石を壊されてもそれだけで消えることはありません。
仮に爆弾を落とされたとしても、石の破片がその場所にある限り結界を維持し続けるはずなのです。
つまりその結界が消えたということは、単なる物理的な破壊だけではなく、霊的な破壊行為がなされたことを意味します。
そしてそのような行動をとることができたということは、事前に結界を無効化する何らかの処置もなされていたということです。
以上により、今回の結界消失は単なる事故ではなく、悪意を伴った攻撃を受けたものと断定します」
悪意……。
「藍子」
お母さんが、固く握りしめた私の拳の上に、そっと手を添えてきた。
「二人の身に何か起きると決まった訳じゃないわ。
それに、あの子達ならどんなことがあっても、きっと大丈夫」
「お母さん……」
そうだね、あの二人ならきっと……。
でも……、でも……。
その時だった。
「はい、剣乃介です……。
鮎子ちゃん? どうしたの、今日はお休みだったはずじゃあ。
まあいい、丁度よかった。実はさ……、
えっ、鮎子ちゃん泣いてんの? どうしたの、何があっ……、
撫子ちゃんに……怒られた? ……嫌われちゃった、って……。
おまえ今! どこにいるっ!!!」
その場にいる全員が動きを止め、剣乃介さんに注目する。
「なにい? 今日は部活動で、非番のみんなと竜野宮に来ている?
部活動って、なでとも部か!
でも撫子ちゃんに見つかって怒られちゃったから、駅前の居酒屋で反省会してるとこだと?
まだ午前中だぞ、何やってんだよまったく。よく店も開いてたな。
いやそんなことよりも、今さっきそこで大きな霊波嵐が起きたのを感じなかったのか?
え? 酔っ払ってるからわかんなーい……。って、おまえなあ……」
どうやら、近くに行っている人がいたらしい。
「みんなって何人だ、そこに何人いる。
48人? 全員SSか? よし」
剣乃介さんが、大きく息を吸う。
「よく聞け。アラートCだ。
四方印結界の要石のひとつ、玄武が破壊されたらしい。直ちに誰か現場に向かわせろ。
それから、撫子ちゃんと巴絵ちゃんの保護。
判ってるな、こっちの方が優先だぞ。すぐに探せ。
なに? 二荒山神社から八幡山へ向かった所までは、後を付けていただと?
今すぐ全員で直行しろーっ!」
「ふう」
剣乃介さんが、ドッカと椅子に腰を下ろす。
「大丈夫です。
偶然と言うかなんと言うか、警備保障の精鋭部隊が揃って竜野宮にいたようです。
撫子ちゃん達とも接触していたらしいですので、すぐに見つかるでしょう」
「でも、八幡山って。まさかあの現場に……」
「なに、駅からなら5分もかかりませんよ。うちのSSは、全員が神速使いですから」
「では、私達も向かいましょう」
お母さんが立ち上がった。
「ここは鈴子にお願いするわ。
ヘリの準備を。
八幡山なら県庁が近いわね。すぐに連絡して、ちょっと屋上のヘリポートをお借りしますって」
「オッケーお姉ちゃん。後はまかせて」
「さっ、藍子。帰るわよ」




