第五話-10 無敵vs不死身
☆☆☆
「が……」
バットで後ろから殴られた巴絵が、膝を折る。
「あいたたた、お姉ちゃんヒドいなあ。なんやいきなり蹴ることないやろ」
殴ったのは、たった今巴絵に蹴り飛ばされた、あの男だった。
こいつ、巴絵のキックをモロに受けたはずなのに、全然こたえてない……。
「いあや、おっぱいちゃんキッツイわあ。ホンマ参ったなあ」
膝をつく巴絵の前に、今度は巴絵に殴られた男が立ちはだかる。
こいつも!
あの、コンクリートブロックも粉砕するハンマーパンチを受けても平気だなんて!
「そないに喧嘩腰にならんと、わいらと仲良くしたってやあ。なあっ!」
男が、俯く巴絵の顔面を、いきなり蹴り上げた。
ガッ!……。
間一髪、巴絵が両腕でガードする。
巴絵は男の脚を掴み取ると、そのまま立ち上がった。
バランスを崩してよろめくヤンキー男。巴絵は更にそいつの左足を蹴って宙に浮かすと同時に、その体を思いっきり振り回した。
「ぬうううりゃああっっ!」
「うわっ!」
男の体を、後ろに立つバット男に叩きつける。
「ふうううっ」
絡み合って吹っ飛んで行く男達を見据えながら、巴絵は大きく息を吐いた。
そして周りに立つ他の男達をぐるりと見回し、獣のような眼で睨み付ける。
「グルルル……」
ヤバいな、眼がイっちゃってるよ。
でも、こいつらはいったい……。
あたしと巴絵は、完全に男達に囲まれてしまっていた。
投げ飛ばされた二人も、アイタタタと言いながら、またもや平然と立ち上がってくる。
何なんだ、この打たれ強さは。いくらなんでもあり得ないよ。
それに、さっきからのちぐはぐな会話。やっぱり何かおかしい。
幸い男達は、頑丈なこと以外には力もスピードも普通なようだし、逃げようと思えば充分逃げられるだろう。
でもその前に、この完全に野獣モードに入っちゃっている巴絵を落ち着かせなくちゃ……。
そう思って巴絵の顔を見上げて、気が付いた。
「あ……」
巴絵の頭から、邪気が出ている。
最近はあまり気にしていなかったけど、祈りの光のように、マイナスの気である邪気も見ようと思えば見えるんだ。
あまり気持ちのいいものじゃないし、別にこれ自体が人に害を与えるものでもないからわざわざ見ようともしていなかったけど。
でもこれだけ激怒している人間だと、勝手に見えちゃうんだな。
はあ、しょうがない。
「巴絵、落ち着け」
「グルルルル……」
聞いてないし。
「落ち着けって」
「ウウウ……」
全然聞こえてない。それに、なんかブツブツ言ってると思ったら。
「殺してやる殺してやる殺して……」
なんてこと言ってんだよ、このケダモノは!
「おいっ!」
「え?」
「え、じゃねえよ馬鹿」
「うん、大丈夫。待ってて、こいつら全員すぐに皆殺しにしてやるからね」
「からねじゃねー!」 スパーン!!
と、光を込めた手で引っ叩く。
「痛ったーい! 何すんのよもお! …って、あら? 私、今何言ってた?」
ずっと前に、渚ちゃんとケンカしてた時にやったのと同じだ。
祈りの光りなら、こういう悪い気を祓い清めることができる。
「ったくもう、いい加減にしろよな、この狂犬女」
よかった、なんとか正気に戻ったみたいだ。
「だって!」
ん?
「だって、こいつら許せないじゃない! 私と撫子の、大切な大切な大切なデートをまたもや台無しにしやがったんだよ?!」
あれ、正気に戻ってない? いや、じゃなくて。
「正気でそれかよ、まったく」
「よーよー、話しは終わったあ? じゃあ今度はボク達と遊んでやー」
「もう許さない。あと一歩でも前に出たら、潰してやるわよ」
「待って」
巴絵を制しながら、眼を凝らして男達をもう一度良く見てみる。そうか、こいつらも……。
「どうしたのよ」
「邪気だ」
「邪気?」
「人の心の濁った気。気持ちが荒れたり喧嘩したりして心に悪いものが溜まると、それが黒い気となって外に噴き出すように見えてくるんだ」
「へーそおなの。あれ? じゃあ私も出てるの?」
「出てたよ。やかんの湯気みたいに、頭のてっぺんからポッポポッポって」
「失礼ね!」
「失礼じゃねえよ、馬鹿。正気を失うほどカッカしてたくせに」
「うう」
でも、そんなことより……。
「こいつらの邪気は、なんか変だ。
体から出てくるというより、真っ黒な気が、蛇のように体中に巻き付いている感じだ。
こんなの、見たことない」
訳がわからないけど、だからこそこいつらは危険だ。
「おい、お前ら一体何者なんだ? こんなとこでいったい何をしようと」
「あっははは。いやあ、いきなり投げ飛ばされるとは思わんかったわあ。おっぱいちゃん、ホント乱暴もんやなあ」
男が笑いながら、再び巴絵の方に近づいて行く。
えっ。無視された?
「おいちょっと、お前」
あたしが前を遮ろうとすると、男はあたしには目もくれず、でもスルリとよけて巴絵の前に立った。
なんだこいつ、あたしのことが見えてないのか?
いや、目には入っていても、それがあたしだと気づいてない?
「なあなあ、お姉ちゃん。わいらと仲良う遊んで、やっ!」
言いながら、またしてもその男が巴絵に殴りかかった。
巴絵は紙一重でそのパンチをよけながら、こちらもお返しのストレート一発。
だが殴られた男は、平気な顔で巴絵の手を掴もうとする。
巴絵は逆にそいつの手首を掴み取ると、両手を使ってその腕ごとグイッと捻った。
バキッ……。
男の肘が、変な方向に曲がった。
巴絵は表情ひとつ変えずに、男を見据えたまま手を離す。
でもやっぱり……。
「おおー、びっくりしたあ」
男は、右腕をブラブラさせながらも少しも痛そうな顔をせず、それどころかヘラヘラと笑っていた。
「おおい、みんなあ。お姉ちゃんが遊んでくれるみたいやでーっ」
「おおーっ」
「ヒャッホー!」
他の男達が一斉に巴絵に襲いかかった。
「おい、やめろよお前ら!」
だが、どいつもこいつもあたしには目もくれず、巴絵だけに向かっていく。
なんで? さっきはあたしにも声を掛けてきたのに。喧嘩が始まったとたんに、あたしの事を忘れてしまったみたいだ。
「オラッ」 バキッ
「くらあっ」 ゴッッ
「そいや!」 ドカッ
次々と襲いかかる男達。
でも、その拳も蹴りもことごとく躱して、反対に巴絵の方が殴り倒している。
巴絵は、いつもの蹴り主体の大振りでなはく、ボクシングスタイルの構えで、向かってくる男達を片っ端から殴り飛ばしていた。
あれが大勢の敵に囲まれた時の、戦闘スタイル。
柊仁流空手か神明流剣術かどっちなのかは判らないけど、とにかく本気の巴絵は恐ろしい。
だがやはり、男達は少しもこたえた様子はなく、倒されても倒されても平然と起き上がって、また巴絵に向かっていく。
そうか、あの邪気。
あれが鎧のように、あいつらの体をガードしているんだ。
まずいな、いくら巴絵でもこれじゃもたない。
「だめだ巴絵!」
逃げよう、と声を掛けようとしたその時だった。
植え込みの方で、ズズーン!! と地響きを立てて、石碑が倒された。
その瞬間……。
「あ……。くああっ! ああああーっ!!」
突然、脳みそを吹き飛ばされるような衝撃と猛烈な眩暈に襲われて、あたしは大声をあげながらその場にしゃがみ込んでしまった。




