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第五話-9 結界陣

♧♧♧


「お姉ちゃん。竜野宮の四方印結界が、破られたそうよ」


 鈴子ちゃんのその一言で、会議室は忽ち大騒ぎになった。

 どうやら幹部の人達は、全員が鈴子ちゃんと同じイヤホンマイクを付けていたらしい。

 鈴子ちゃんに続いて、連絡が入って来た人。こちらから外部に連絡を取る人。皆一斉に、マイクに向かってしゃべり出した。


「スクリーンを出して」


 お母さんが言うと、正面の壁に掛かっていたカーテンがスーッと開いて行き、その向こう側に、壁一面の巨大なスクリーンが現れた。


「お母さん、シホウイン結界って?」


 ただ一人イヤホンマイクを付けていない、お母さんに尋ねる。


「四方の印の結界、と書くの。あれをご覧なさい」


 鈴子ちゃんが、イヤホンマイク相手に外と会話をしながら、手元のタブレットに指を滑らせる。

 あれでスクリーンを操作しているのか。

 画面いっぱいに映し出されたのは、竜野宮の地図。

 そしてその地図の上に、4つの大きな円が描かれていた。

 円はそれぞれ東西南北の位置にあって、互いに重なり合うような形で、地図の大部分を覆っている。そしてそれぞれの円の中心に、一際明るい点が点滅していた。

 ん?

 でも、その地図が示しているのは、竜野宮市の中心部ではないようだ。

 かなり南にずれた区域。

 画面の中央、4つの円の中心にあるのは……、私の家だ。


「竜野宮には、壬鳥を守る為の防御結界が施されていたの」


「防御結界?」


「そうよ。

 結界は、我が家を起点として東西南北に置かれた要石から、それぞれ半径5㎞の範囲で展開されている。

 その結界内部では、壬鳥に対して悪意を現した者は、たちまちその悪意を消し去られてしまうことになるの。

 つまり、本人も気づかない内に、悪いことをしようという気持ちがなくなってしまうのね。

 そうやって、壬鳥に害を為そうと竜野宮に来た連中は、みな中に入り込んだ途端に行動の目的を見失い、気が付いた時には結界の外に出てしまっている。

 そしてそのまま、何をしに来たのかも忘れて、静かにお引き取りいただく。

 てな感じで、これまでずっと獄落院の連中をおちょくっ……撃退してきたのだけれど。

 とうとう奴らも、本気になったらしいわね」


 そんなとんでもないものが、竜野宮にあっただなんて。


「そして要石には、それぞれ四方を守護する聖獣の名が冠されていた。

 破られたのは、北の護り、玄武」


 東の青龍、南の朱雀、西の白虎、北の玄武。

 中国に古くから伝わる、四体の聖獣だ。

 そしてスクリーンに映し出された4つの円は、そのうち3つが青色に輝き、一つだけが赤く染められていた。

 その赤い円の中心にある点滅。北に位置している、あれが玄武か。

 だが地図の上では北にあるとは言っても、実際の位置は市街地のど真ん中だ。

 県庁のすぐ近く、八幡山公園あたりか。


「この際だから、藍子には全部見せておくわ。

 鈴子、地図を広域にして」


 お母さんが言うと、地図は縮小されより広範囲の地域が表示された。

 地図上には、四方印結界だけでなくその4つを取り囲むように無数の円が映されていた。

 それらの円が全て青色で染められているところを見ると、破られたのは玄武ただ一ヶ所のみのようだ。


「これが、竜野宮結界陣よ」


 それは竜野宮を中心に県内の半分近くを占める、無数の結界の集合体だった。


「これらの結界全てが四方印結界と同じもの、という訳ではないわ。

 周りの結界は、四方印結界のような防御機能は持たされていない。ただ悪意を探知するだけのものよ。

 でもそれによって探知された悪者は、即時監視下に置かれることになる。何かあった時に対応できるようにね。

 さて、藍子。この陣容を見てどう思う?」


 大きい円と、それを取り囲む沢山の小さな円。

 でもその配置は、単純な同心円上に並んでいるのではなかった。

 明らかに、南に偏って配置されている。


「南が正面、ということかな。そして北は裏門。四方印の円も南の色が一番濃い気がするし。

 これは、南から向かってくる敵に備える構えだね」


「初代様は、どうご覧になります?」


(はははっ、成程なるほど。これで結界の全容がよう見えたわ。

 見事なものじゃな。実に見事な、どこまでも人を小馬鹿にした布陣じゃ)


「有難うございます。流石は初代様、一目で見抜かれてしまいましたね」


 ん? 今の二人の言い回しは、何?


「では藍子、あなたならこれをどう攻める?」


 そうだな。


「正面から攻めるのは論外。裏門も守りが固そうな布陣になっている。

 比較的薄いのは、東西かな。攻めるとすれば、ここ。

 でもここを突破しようとすると、南北から挟み撃ちになってしまう。深く入り込んだところで背後を絶たれたりしたら、後はもう袋叩きだね。

 これは、鉄壁の陣容だと思う」


 となると、だ。


「今回の、北の玄武を奇襲するという手は、かなり有効だと思う。

 東西から攻めるよりもずっと大きなリスクを負うことになるけど、そちらが単なる消耗戦になってしまうのに対し、こちらは成功した時の効果が絶大。

 外堀を飛び越えて本丸の一角を落としてしまえば、他の布陣なんか関係ないし、そこから一気に天守閣を狙うことができる」


「でもそれだと、周りから袋叩きになるのではなくて?」


「その前に、こちらが陣を敷いてしまえばいい。つまり、逆に結界を張ってしまうんだ」


「なるほど。その後は?」


「そこから天守閣、つまり我が家を狙う」


「で?」


「決着が付けば、ジエンドじゃないの?」


「残った結界はどうするの?」


「そんなの……放っとけばいいんじゃ……。え?」


 お母さんが、ニヤニヤ笑っている。


「そうよ、それが正解。獄落院も、こちらの問いに対し百点満点の回答を出してきたわけね。

 こちらの油断もあったとはいえ、敵ながらあっぱれと言いたいところだわ」


「何が言いたいの?」


「ふふ。もちろん、こっちもやられっぱなしで黙ってなんかいないわよ。

 これから全力で反撃はする。

 でももしそれで敗れたとしても、最後の最後は、私達は逃げてしまえばいい。家なんか落とされたって、痛くも痒くもないわ」


 じゃあ、何の為にこんな大規模な結界陣なんかを……。


「そして、戦いが終わったら後に残った結界陣の残骸なんか、誰も気にしたりはしない」


「まさか……」


「そう、私達が本当に守りたいものは、ここにある」


 鈴子ちゃんがタブレットを操作する。

 すると、地図のある一点がひときわ大きく輝いた。


「南の護り……朱雀」


 じゃあ、じゃあこの布陣の真の目的は……。


「自分達を守る為ではなく、私達自身を囮にして敵の目をくらますこと?」


「その通り」


 お母さんが頷く。


「固く守れば守るほど、そこには大切な宝物が置かれていると、誰もが考える。

 そして正面が固く守られているのに、馬鹿正直にそこを攻める愚か者はいない。本丸さえ落とせれば、固い門など無視すればいいのだから。

 そしてその宝物が逃げ出したら、それを追うだけ。後に残った廃墟なんか気にする必要はない。

 でもその廃墟は、その後も生きたままずっとそこに留まることになるのよ。

 つまりね。一番の宝物であるはずの私達家族も、実は敵を食いつかせる為の、ただの餌。

 これが竜野宮結界陣の、全容よ」


 めちゃくちゃだ。王将を囮にする陣形だなんて。


「そこまでして、護らなければならないものって……」


「壬鳥神宮への、入り口よ」



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