第五話-7 壬鳥巫女衆とかいう連中
♧♧♧
「では、私達の役目とは?」
初代様に尋ねる。
(不幸を祓い、幸を導く。と言えば聞こえは良いが、不幸も幸も結局は己自身が決めること、他人にどうこう出来るものではない。
儂らに出来るのは、せいぜい腹を満たし痛みを和らげるくらいのことであろうよ)
「その行いは、善ですか?」
(いいや、これを善と呼ぶも傲慢であろう。
我らはただ、自分勝手にやりたいことをやっておるだけじゃ)
「わかりました。有難うございます、初代様。
私のやるべきことが見えたような気がします」
(何を今更。おぬしにはとっくの昔に判っておったことであろうに)
「え? 何をですか?」
(ククッ)
初代様が含み笑いを漏らす。
(皆の者、聞くが良い。
この娘はな。かつてこの儂に向かって、見知らぬ他人の幸せなんぞよりも自分の妹達の幸せの方がずっと大切じゃと抜かしよったのじゃぞ)
なっ!
「初代様、そ、それは……」
(そのうえ、壬鳥などいつでも捨ててやるとまで言い放ちおった。どう思う、皆の衆よ)
「やっ、ちがっ……」
よりによってこんな場所で、なんということを!
だが、
「さすがは藍子様、判ってらっしゃる」
「うんうん、実に正しいお心だ」
「おみごと」
「若いのに、大したもんだ」
「私も見習わなくちゃ」
パチパチパチ……。
と、狼狽える私を余所に、皆さんは何故か大喜びで拍手喝采。
「あはは、それを聞いて安心したわ。それでこそ私の娘」
「お母さんまで!」
「そうよ、藍子。私達壬鳥巫女衆は、世界平和の為に身を尽くそうなんて大それたことは目指していない。
私達が望むのは、家庭の平和だけよ。
だから家族が一番で全然かまわない、仕事なんて二の次でいい。
人は働く為に生きているのではなく、生きるために働いているだけなのだから」
(その通り。じゃがなあ)
「ええ判っていますわ、初代様」
と、お母さん。
じゃが?
「何だというのですか?」
(判っちゃいるけどやめられない、ということじゃよ)
「またそんな、新しいのか古いのかよく判らないフレーズを」
(人の性分というものは、理屈通りには行かぬものじゃ。
己の力を己の為に使えばいくらでも幸せになれように、他人の泣き声を耳にすると居ても立ってもおられぬ。
よせば良いのに余計な事に首を突っ込み、いらぬ苦労を自ら背負いこんでしまう。
生まれ持っての苦労性、まったく難儀な輩じゃ)
クスクスと笑い声が漏れる。皆がニヤニヤしながら、私の顔を見ていた。
見られているのは、私? それとも初代様?
「初代様、それはいったい誰の事を言っておられるのですか?」
鈴子ちゃんだ。
(決まっておろう。ここにいるおぬしら全員のことじゃ)
「あらあら、まるで御自分は違うみたいな言い草ですね」
(ああ、違うぞ。かつてはそうであったかも知れぬが、今は違う。
儂はこの世に蘇り、ある者に出会って、考えを改めたのじゃ。
己が好きでやっていることを、仕方なく嫌々やらされているなどと考える後ろ向きでネガテブな態度は、もう捨てたのじゃ)
「それはそれは。初代様のお気持ちを改めさせる程の人物がいらっしゃったとは驚きですね。もしかして、あの巴絵さんでしょうか?」
(いいや。巴絵ではなく、撫子の方じゃよ)
「え?」
「なんと」
「予想外すぎる名前が出てきましたね」
(あやつが言うたのじゃよ。
自分はこの街が好きで、友達皆のことが大好きじゃと。大好きな者達の幸せを守ることは、己自身の望みであり、喜びであると。
あれには、嫌じゃ嫌じゃと繰り言ばかりいっておった自分自身が、恥ずかしうなってしもうたわい)
「あはは、それはあの子の言いそうなことです」
おば様達の評価はともかく、私に言わせればそれは意外でもなんでもない。
そう、撫子ならそう言うに違いないのだ。
(そうじゃ。儂も暫く付き合うてみて感じたが、あやつの内に秘めた優しさというものは、底なしなのじゃな。
正に、慈愛と癒しの巫女じゃ)
「その通りです。
でも本人に自覚がないから、その優しさと心の弱さの区別をつけられず、想いと気持ちのギャップに苦しみ続けてきたのですよ」
(それも、もうそろそろ卒業じゃな)
「ええ、これも初代様が導いて下さったおかげです」
(なに、救われたのは儂の方じゃ。これでもう、思い残すこともないのう)
「「「「ええっ!」」」」
皆が一斉に声を上げた。今、何と……。
(なんじゃ?)
「初代様。まさか、成仏なさってしまわれるおつもりなのですか?」
(いや別に?)
「「「「はあああーっ」」」」
今度は一斉に溜息だ。
「脅かさないで下さいよ、まったく」
「ほんと、タチの悪い婆様だわ」
「きっと生きていらした頃から、ずっとこんな調子だったんでしょうね」
「当時の巫女衆の方々の御苦労が、偲ばれます」
「ほんとほんと」
(おぬしらも大概、遠慮がないの!)
「当然です。それくらいでなくては、壬鳥衆なんてやってられません」
鈴子ちゃんだ。
「藍子ちゃん、この際だから教えておいてあげるわ。
ここの書庫には、大昔からの文献がたくさん残されていて、壬鳥衆のこれまでの歴史が色々と綴られているのだけれどね」
「はい?」
「その中でも特に目立つのが、当時の人達が書き残した、当代当主に対する愚痴なのよ」
「どういうことです?」
「もう歴代の当主というのがね、どいつもこいつも我儘放題の自分勝手で、周りの人達を振り回してばかりの輩だったらしいのよ。
一番最初からそうだったってことよね」
「ああ鈴子、それ私も読んだわ。
中でも、二代目泉深子様の日記が一番酷かったわね。全編、初代様への悪口で埋め尽くされていたわ。
正に悪口日記」
「あやつめ、そんなものを残しておったのか。己こそ儂以上に好き勝手やっておったくせに、なんと図々しい」
「お姉ちゃんも他人事みたいに言ってるけど、自分だって相当なもんでしょ。
ね、藍子ちゃん?」
「その通りですね。お母さんの自分勝手には、家族全員が迷惑しています」
「ちょっと、藍子まで」
「判りました。では私は、先代当主を反面教師として、これからは壬鳥の名を汚さぬよう精一杯努力させて頂くことに致します」
「頼もしいわあ。お姉ちゃんとは大違い」
「でもでもおー。始める前からやめてやるなんてとんでもない事を言ったのはあー、歴代当主の中でもたぶん藍子だけだしいー」
「お母さん!」
「お姉ちゃん、自分の娘をディスってどうすんのよ」
「さてさてそれでは皆さん、冗談はここまでにして」
お母さんが高らかに宣言する。
「改めて、幹部会の決議を頂きたいと思います。
この私の自慢の娘でありとても御立派なお心根をお持ちの壬鳥藍子を、壬鳥巫女衆新当主として指名する件について。
賛成の方、挙手をお願いいたします」
どこまでが冗談でどこからが本気なのかさっぱり判らない。
全員が苦笑しながら、一斉に手を上げる。
「藍子。総会とか幹部会とか、こんなに何度も承認承認って面倒くさいと思うでしょ? でもこれは必要なことなのよ」
お母さんが小声で言ってきた。
「うん判ってる。こういう組織では、手続は欠かせないんでしょ?」
「じゃなくてね。こうやって繰り返し念を押しておくことで、後になって私達のやることに文句を言われた時に『だから最初に、ホントに私でいいの? って何度も聞いたわよね』って言い返す為なのよ」
「お母さん……」
「お姉ちゃん、聞こえてるわよ」
「はい、ありがとう御座いますっ」
再び、高らかに。
「さーて、本日のお仕事はこれにて終了。堅苦しいのはこれくらいで、じゃあ後はのんびりと会社の中を見学でもしてもらいましょうか」
本当にいつもこんな調子なのだろうか。なんだかなあ。
「あ、お姉ちゃん。悪いけど、今日はもう一つお仕事してもらうわよ」
「ええー、今日はもういいじゃないのよー。『明日できることは明日やる』がミトリのモットーでしょー?」
「そんなモットーはお姉ちゃんだけよ。
残念ながら明日じゃ駄目なの。宣伝部から、レコーディングはまだかって催促が来てるわ。お姉ちゃんはともかく、藍子ちゃんは今日しか時間取れないでしょ?」
レコーディング?
って、まさか!
「あーそっかそっか、忘れてたわ。まあしょうがないわね、スタジオの準備は出来てるの?」
「今、確認するわ。……鈴子です、準備は?」
鈴子ちゃんが、普段から身に付けているらしいイヤホンマイクに向かって、話しかける。
「……はい、じゃあよろしく。いつでもどうぞだって」
「しゃーない、お仕事お仕事っと。藍子、行くわよ」
「どっ、どこへ」
まさかまさかまさか……。
「えーと、22階?」
「じゃなくて! いったい何をしに行くの!」
「こないだ言ったじゃない。CMソングの録音よ」
「やっぱり私も歌うの?!」
「あったりまえじゃないの。さっ、行きましょ」
「ええー、やだよー」
ついさっきの御立派な宣言はどこへやら。
私が撫子ばりに駄々をこねようとした、その時だった。
「はい、鈴子です。……えっ。…判りました、続けて情報収集をお願いします。それと子供たちの所在確認を、最優先で。
お姉ちゃん」
「ん?」
「レコーディングは中止。竜野宮の四方印結界が、破られたそうよ」




