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第五話-6 総本山

♧♧♧


(イヤーっ! お姉さんヒドいーっ! 返してえーっ!)


 ん? 一瞬、巴絵の喚き声が聞こえたような気がしたけど、気のせいだよな。

 まあいいや。


「では、改めて御挨拶させて頂きます」


 ミトリ本社、会議室。

 大きな会議用テーブルを囲んで、上座中央に私、その両隣にお母さんと鈴子ちゃんが座り、そして30人程の人達がぐるりと並んで座っている。

 巫女衆というくらいだから、てっきり幹部は女性ばかりなのかと思っていたけれど、男の人も結構いるのはちょっと意外だった。

 先入観というのは、良くないな。反省しよう。


「この度、壬鳥巫女衆第四十四代当主を襲名致しました、壬鳥藍子です。宜しくお願いします」


「「「「宜しくお願い申し上げます」」」」


 皆さんが、一斉に頭を下げる。


「では、さっそくですが皆さんも自己紹介といきましょうか。

 まずは私、こと先代当主の壬鳥珠子です。今更だけど、公式の場では初めてだから一応よろしくね、藍子。

 ミトリグループCEOと、株式会社ミトリホールディングス代表取締役、株式会社ミトリ総合経営研究所代表取締役、日本の巫女協同組合連合会会長を務めているわ。

 では皆さんも、順番にお願いします」


「株式会社ミトリリテイル代表取締役、簗瀬(やなせ)楓子(ふうこ)です。藍子ちゃん、お久しぶり。ご立派になられて、私も嬉しいわ」


「株式会社ミトリ食品代表取締役、文挟(ふばさみ)音々(ねねこ)です。私のことも憶えてる?」


「株式会社ミトリ医療サービス代表取締役、大宮(おおみや)碧子(みどりこ)です。私は赤ちゃんの頃会ったきりだから、憶えてないかな」


「一般財団法人ミトリの森理事長、壬鳥(みとり)徳次郎(とくじろう)です。私は初めましてですね」


「株式会社ミトリ警備保障代表取締役、古峰(ふるみね)剣乃介(けんのすけ)です」


 古峰?


「もしかして、巴絵のお母様の御実家と……」


「はい、沙月の従兄弟に当たります。この度のことは、巴絵ちゃんの身内として大変喜ばしく思っております。どうぞ宜しく」


「そうですか。こちらこそ、宜しくお願い致します」


 順番に立ち上がり、挨拶を交わしてくれる幹部達。

 ほとんどの人が私のことを見知っているようだけど、大変申し訳ないことに、私の方はほぼ誰も憶えていない。

 見覚えのある顔も無いわけではないものの、何処の何方様かまでは今の今までよく判っていなかった。

 まあ、親戚のおじちゃんおばちゃんなんて、大概そんなもんだよね。


 それに、壬鳥姓が少ないのも意外と言えば意外であったけど、これも単なる思い込みだ。

 壬鳥は女系故に、お嫁に行けば姓が変わって当然。逆に男性で壬鳥を名乗る人は、婿入りしたということだろう。

 そして最後に。


「壬鳥巫女衆先代次席、壬鳥鈴子よ。私も今更だけど、宜しくね。

 ミトリグループ秘書室総長と、ミトリ総研市場調査部本部長を兼任しているわ」


 さすがに鈴子ちゃんのことは、忘れるはずがない。

 お母さんが当主を引退したことに伴って、鈴子ちゃんも自動的に次席を降りることになるらしい。

 そしてこれからは、鈴子ちゃんに代わって撫子がその座に着くことになるのだ。

 そんなの、あいつにちゃんと務まるのかな。

 それに次席や三席って、いったい何をするんだろう。ただの名誉職なら別にかまわないけど。


 というか、そもそも当主の私こそ何をすればいいの?

 今回のことは、ある意味緊急事態だったから仕方がなかったとはいえ、それにしても後先考えずにやってしまった感は否めない。

 まあ、やった以上は最後まで責任を取らなければならないし、いずれこうなることは決まっていたことだから、早いか遅いかの違いではあるのだけれど。


 とはいえ、こんな巨大組織のトップというのは、女子高生の身にはさすがにちょっと荷が重いな。

 そういえば、あの時はまだ私は、壬鳥巫女衆なんて存在すら知らなかったんだよな。

 撫子を助ける為に私自身もパワーアップする必要があると思って、お母さんから当主の力を譲ってもらったのだけれど、お母さんは組織については何一つ言わなかった。


 それどころか、その後もずっと、あの株主総会の当日になってさえだ。一言の説明もなく、私達をあんなステージの上に引っ張り上げやがって。

 ああーっ、今になって怒りがこみ上げて来た。

 この上いったい、何をやらされることになるのだろう。


「というわけで、大変な事はここにいる皆さんが全部やってくれるから。

 おかげ様で当主なんて、ここでお茶を飲みながら書類にサインとハンコを押すくらいしかやる事がないのよ。

 ね、簡単でしょ?」


 そんなわけあるか。もうお母さんの言うことなんか、絶対に信用しない。


「お母さんが言うと、冗談に聞こえないよ」


「あらやだ。冗談なんかじゃなくて本当のことよ」


「じゃあ、私は何をすればいいの?」


「来る時に言った通り、まずはお勉強よ。

 いくら何もしなくてもいいとはいっても、皆さんのやっていることはきちんと把握できなくちゃね。

 それに、書類にサインする時も、そこに込められている意思をちゃんと読み取って、悪意の有無を確認するのも大事な任務よ」


 ほら来た。

 簡単簡単と言いながら、次から次へと大仕事を押し付けてくる。これがいわゆるブラック企業のやり口というものだ。

 さっそく新幹線の中で教わったカンニング技術を使って、きっちり仕事しろってことだな。

 判ったよ、どっちにしろもう覚悟は出来ているんだ。


「つまり、嘘を見抜いて悪者をはじき出せばいいの?」


「半分正解で、半分不正解ね。

 本当に害のあるものは、私のところへ届く前にここにいる皆さんがきっちり始末を付けてくれている。ここまでたどり着いたということは、例え毒であってもそれは必要な毒ということよ。

 私達はそれをしっかり認識したうえでお付き合いをする、これが大事なのよ」


「清濁併せ呑むということ?」


「その通り。

 世の中というものは、正しいことだけで成り立っている訳ではないわ。というより、この世に絶対的な正義などそもそも存在しない。

 ある人にとっては正しい事であっても別の人にとっては間違いかも知れないし、利己主義は悪と言われるけど、自分の幸せを求めようとすること自体は決して悪いことではない。

 それが他人の幸せと衝突した時には争いとなる訳だけど、必ずしも正しい方が勝利するとは限らない。

『正義は勝つ』よりも『勝てば官軍』の方が、世の真理には近いわ」


「なるほど」


「正義も善悪も、自然界にもともと存在するものではなく、人間が自分の都合で勝手に考え出した概念に過ぎないわ。

 だから、そこに絶対的な定義なんてありはしない。

 言うなれば、当事者が納得しさえすればそれが正義であり善であって、そして納得できないものが、悪。これが真実よ。

 そしてそれを言葉で表したものが法律であり、暴力で表現するのが戦い。

 世の中から戦争が無くならないのは、それが正義対悪の争いではなく、正義対正義のぶつかり合いだからよ」


 幹部の皆さんは、私とお母さんの会話に黙って耳を傾けている。口を挟むのを遠慮している風ではなく、私達の会話を楽しんでいるようだ。

 そしてその眼差しの奥底には、一様に何かを期待するのような光が、覗き見えていた。

 ならば、これはただの無駄話しではないということだ。


「じゃあ、壬鳥巫女衆にとっての正義って、何?」


「正義など存在しないと言ったでしょ?

 私達にあるのは、祈りだけ。世の中全ての人が幸せでありますように、と。

 そしてそれは、全ての人の祈りでもある。

 私達壬鳥衆は、人々の祈りに心を傾け、そして実行するのよ」


「では、幸せとは?」


(腹いっぱい飯が食えて、ぐっすり眠れることじゃ)

 初代様?


(目覚めてからこの場に至るまで、儂はこの世の在り様をつぶさに見て参った。

 儂の生きた時代と較べれば、いや、較べようもない程に、今の世には幸せが満ち溢れておる。

 こんな世が現実のものになるなど、生きていた頃は夢にも思わなんだわ。じゃが……)

 初代様は、ここで言葉を区切った。


(じゃが最近になって、儂は今の世にも不幸せが存在することに気付いた。

 気付いて愕然としたわい。

 こんな天国のような世界にあってさえ、悲しみに涙し、苦しみに悶える者が存在するとはのう。

 いったい何故? と、儂は考えた。

 死や病の苦しみなら、理解できる。飢えは少ないが全く無くなった訳ではないというのも、やむを得ぬことであろう。

 じゃが、それだけに留まらぬ、儂には理解の範疇を超えた苦悩に悶え苦しむ者の、何と多きことか。

 八百年のうちに、人はここまで弱くなってしもうたのか、と)


 確かに、大昔と今を較べれば、そう感じるのも当然だろう。


(じゃが、それも儂の勘違いであった。実に簡単なことであったわ。

 今の世にある不幸せは、儂の世にあったものと少しも違わぬ。

 満たされぬ想いと、明日への不安。それは八百年どころか、千年も二千年も昔から人がずっと抱え続けてきたものじゃ。

 そして、幸せも同じこと。

 人それぞれに形は違えども、求めるものは変わらぬ。

 想いが満たされ、希望を抱いて明日を迎えることができる。それが幸せというものじゃ)



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