第一話-6 朝の対決。昼の対決
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昨日はえらい目に合った。
舞島さんは、脳震盪を起こして立てなくなっちゃうし。
巴絵は、あたしが「舞島さんを保健室まで担いで行け」って言ったのに「絶対嫌だ!」って言い張るし。
舞島さんは「もうずっとこのままでいいです」なんてあたしにしがみついてくるし。
巴絵も巴絵で「撫子ったら、そんなにその子がいいの?!」なんて訳のわかんないことを言い出すし。
舞島さんも「当たり前でしょ、あんた邪魔だから帰りなさいよ!」って、また喧嘩を売るし。
巴絵は怒って、ホントに帰っちゃうし。
あたしの力じゃ舞島さんを担ぐなんて無理だし。
結局1時間もあそこに座り込んだままだったし!
ああもう! なんであたしが、あんな苦労をしなくちゃいけないんだよーっ!!
そして今日も、朝っぱらから昨日の続きだ。
「きゃあん、撫子さまー!」
校門をくぐったとたん、あの子が手を振りながら走り寄ってきた。
「あ、舞島さんだ」
巴絵がムッとした顔で睨みつけるが、舞島さんはそっちには目もくれず、あたしに抱きついてきた。
「ああん、撫子様お早うございますぅ。うふ、今朝もいい匂い。くんくん」
「ちょ、何してんの。やめなって」
巴絵が鬼のような目つきでを睨んでいるのに、舞島さんは完全に無視。昨日蹴り飛ばされた事なんか、全然気にしてないみたいだ。
参ったな。この子、どうすりゃいいんだ。
「あー、君々、舞島さん? 撫ちゃんが困ってるから、ちょっと離してあげてくれないかな?」
後から来た大生が、助け舟を出してくれた。
昨日、あのラブレターじゃなかった果たし状をこいつにも見せたので、一目でピンときたんだろう。
「誰ですかあなた。私の撫子様を撫ちゃんなんて、気安く呼んだりして」
舞島さんがあたしに抱きついたまま、大生を睨みつける。
「ええと、二人のクラスメイトで名前は……」
「名前なんかどうでもいいです。ただのクラスメイトなら関係ありません。邪魔だからどっかに行って下さい」
おお、大生がムッとしている。いつもヘラヘラしてるこいつがこんな顔をするなんて、ちょっと珍しいぞ。
「ただのクラスメイトじゃない。何を隠そう、撫ちゃんにコクったのは俺の方が先だ」
「ええっ!」
舞島さんが飛び上がった。
「こっ、この大馬鹿野郎! いきなり何を言い出すんだよお前は!」
「撫子様! それ本当ですか!」
「え、ええ? ええっと……、まあ……」
「まさか、付き合っているんですか?」
今にも泣き出しそうな顔で迫ってくる。てか、近い近い!
「いや、そういう訳じゃないけど」
「んぁはっ?」
とたんに泣き顔から笑顔、さらには蔑みに満ちた邪悪な顔へと変貌し、大生の方を向いて「フフン」とせせら笑った。
この子の顔芸、面白いなあ。
「なあんだ、ただのモブですか。ザコですか。ゴミですか。
臭いがうつるから、撫子様のそばに寄らないでくださいな。へっ」
「おまっ」
大生がまた、見たことないような顔になった。
巴絵は? と目をやると、逆になんだかニコニコしてる。
なんだ機嫌が直ったのかと思ってよく見たら、口は笑ってるけど目は全然笑ってないし、そういえばさっきから一言もしゃべってない。
怖ええよ!
「コクったからって何ですか。私なんか、昨日撫子様に抱かれたんですからね!」
「ちょ! 舞島さん!」
「撫子様、名字でなんてそんな他人行儀な。渚って呼んで下さい」
「渚……ちゃん?」
「な・ぎ・さ」
「渚……、っておい巴絵! ちょっと待て!」
無言のまま、巴絵の右脚が上がりかけていた。パンツ見えてるって! ピンクのシマシマ!
にしても、こいつシマシマ好きだな。
大生はもう何がなんだかわからない表情になって、ヒクヒクと顔を引きつらせている。
それに、いつの間にかあたし達を中心に人の輪ができていた。
ちくしょう、みんな無責任に面白がりやがって。そこ、ニヤニヤ笑ってんじゃないよ。そっちも写真取んな! クソッ!
ああもう、こうなったらしょうがない!
「落ち着け大生。ほら、渚ちゃんもその辺にしときなよ」
あたしにしがみついてる渚ちゃんの頭を、ポンポンと叩く。
すると、渚ちゃんはいきなりデレデレになって、ふにゃあと鳴いた。
「ふああ……、なでちこさまにいいこいいこされちゃあたああ」
それからハッと気がついたようにあたしから離れ、周りを見回すと、人が変わったような素直なそぶりで、頭を下げた。
「えっと、ごめんなさいでした先輩方。失礼なことを言ってすみませんでした」
「ほらほら大生も、機嫌直せ」
大生の頭の上のあたりを、パッパッと払う。
「へ? ま、まあ判ってくれればいいんだけど」
渚ちゃんの豹変ぶりに正気に戻ったように、大生も戸惑いの声を上げる。
ついでに巴絵の頭も叩こうとしたけど、届かないのでお尻をポンと叩いた。
「きゃっ、な、何すんのよ」
巴絵は顔を赤くして怒ったが、さっきまでの鬼のような表情は消えていた。
ふう、やれやれ。
あたしは自分の右手を見た。
まだ掌に、かすかに光が残っている。この光が……。
「どうかしたの? 撫子」
あたしが自分の手元をじっと見つめているのを見て、巴絵が怪訝そうに聞いてきた。
「ううん、何でもないよ」
あたしは、誰にも見えないはずのその光を隠すように、ギュッと手を握りしめた。
帰ったら、藍子姉ちゃんに報告しなくちゃ。
♦♦♦
「どおおりゃああああ!!」
「しゃあああああっ!!」
ともちゃんの回し蹴りが空気を切り裂き、撫ちゃんが絶妙な間合いでそれをかわす。
続けてともちゃんの軸足にローキックを放って体勢を崩すと、一気に懐に飛び込んだ。
その脳天に向かって、ともちゃんの必殺の肘が襲いかかる。
いつも通りの見慣れた光景、教室は今日も平和だ。
どうも、東雲大生です。
竜野宮第四中学2年4組。身長体重……あ、興味ないですか。そうですか。
ともちゃんもすっかり機嫌が直ったみたいで、いつものように撫ちゃんと仲良く喧嘩をしています。
傍から見ればどう見ても本気の殺し合いですが、毎度のことなので、この教室には気にする奴なんか一人もいません。
しかしまあ、毎日毎日飽きもせず、よくこんな喧嘩ばかりできるもんだよ。
感心しちゃうね。
「ねえダイキ、ホントにあれ止めなくていいの?」
キャンディが隣で動画を撮りながら、聞いてくる。
実はキャンディは隣のクラスなのだが、しょっちゅううちの教室に遊びに来る。目的はもちろん、ともちゃんと撫ちゃんだ。
この変態外人は、留学当初からともちゃんに目を付けて勝手にライバル視し、その後すぐに仲良くなって、痴漢行為を続けている。
撫ちゃんはそのついでみたいなもんだったんだけど、一目見た瞬間に「カワイー! 欲しいー! おうち持って帰るー!」と叫んで抱きつき、ともちゃんに殴り倒されていた。
「止めるって、どうやって? あいつらの間に割り込んだりしたら、こっちが殺されちゃうよ」
「デスヨネー」
今日の喧嘩の原因は、ええと、おっぱいです。
つい5分ほど前のことでした。撫ちゃんが机に突っ伏して寝ていたところにともちゃんが来て、正面によっこらしょと座ったのです。
するとなんと、ともちゃんのおっぱいが撫ちゃんの頭の上に乗っかって、いい感じにはまってしまいました。
ともちゃんが「撫子そろそろ起きなさい」と撫ちゃんをゆさぶりますが、その時撫ちゃんは、おっぱいで頭を抑え付けられて起きるどころか窒息しそうになっていたのです。
で、「殺す気かこのバカおっぱい! 今日こそその脂身をもぎ取ってやる!」となった訳です。
「トモエのキックはすごいね、こっちまで音が聞こえてくる。あ、見えた、シマシマ」
「ともちゃんは、小さい頃からお父さんの道場で空手を習ってるからね。有段者だよ」
「オウ、カラテマスターね」
しかもあの体格。男子並みのパワーで、全身が凶器だ。
でも、そんなともちゃんも凄いけど、そのカラテマスターと何の訓練もなしに互角に渡り合う撫ちゃんって、ホントにすげえって思う。
考えてみれば、ともちゃんと毎日これだけやり合ってりゃ、バスケのディフェンスを躱すくらいは楽勝だよな。
「ナデシコもすごい、ニンジャみたい」
「さすがキャンディ、わかってるな。よく見てみ? 時々撫ちゃんが二人に見えたりとか、ともちゃんも手が2本とか3本に見えるだろ?」
「うん、ホントだ」
「あれが忍法、分身の術だ」
「ワオ! サスケね!」
「古いの知ってるな!」
しかし冗談じゃなく、あいつらの体捌きはマジで分身レベルだもんな。ああ恐ろしい。
と、撫ちゃんがともちゃんの放った手刀を左腕でいなし、隙を突いて両手でしっかりとおっぱいを掴んだ。
「引っ込めおっぱい!」
「あんっっ!」
勝負あり。撫ちゃんの勝ちだ。
「ぐほ!」
いや、同時にともちゃんの膝が、撫ちゃんの腹部を捕らえていた。今日は引き分けか。
「Oh……」
キャンディが声を漏らす。
それにしても、どうして撫ちゃんは、こんなにもともちゃんのおっぱいを目の敵にすんのかね。
そりゃあ、二人の胸を見比べれば聞くまでもないだろうとは思うけどさ。でも、あのやたらと掴みたがる様子は、どう見ても嫌いじゃなくて、おっぱい大好きにしか見えない。
実は、以前一度だけ聞いてみたことがあるんだけど、その時の撫ちゃんは怒るでも笑うでもなく、何か微妙な顔をしていたんだよな。
あの顔がなぜか忘れられなくて、あれ以来聞いてないけど。でも、今日の喧嘩の様子なんかを見ていると、ただの見間違いだったんじゃないかという気もしてくる。
うーん。