第五話-4 東京行き
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(困ったことにあの娘ときたら、一度口にした事は何がなんでもやり遂げねば気が済まぬ性格でな。
それを止める為に、母娘で大喧嘩となってしもうた)
この初代様と伝説の二代様の大喧嘩、か。今度の図はちょっと想像したくないな。
「それで、どうなったのです?」
(うむ、さすがに人の眼のある所で親子喧嘩なぞ恥ずかしかった故にな。
わざわざ人のおらぬ山の奥に入って、二人きりで思う存分やり合ったのじゃが……。
その結果、まあ何と言うか……、二荒の戦場ヶ原が丸ごと焼野原になったと言うか……)
戦場ヶ原と言えば、奥日光にあるあの有名な湿原のことだ。
今でこそ観光地だけど、確かにあの当時なら入り込む人間などいないような秘境だっただろう。それにしたって……。
あの広大な湿原を焼野原とは、想像以上に酷い。
恥ずかしいとかいう問題じゃないだろうと思う。
(まあそんなわけで、その目の前の惨状を突き付けてな。
『お前はこれを日本中でやるつもりか! 国を焼いて民が喜ぶと思うてか!
下らぬ喧嘩などは男共にまかせておけば良いのじゃ! この大馬鹿者が!』
と一喝してくれたら、涙を流して謝りおった。
思えばあれからじゃのう、あ奴が己を律することを憶えたのは)
その惨状の半分は御自分の責任という自覚は……ないんだろうな、きっと。
「はあ……」
私は、窓の外を流れる景色に目をやり、溜息をついた。
あの地獄のような株主総会から1週間経った日曜日の今日。私はお母さんと一緒に、ミトリの本社へ向かうため新幹線に乗っていた。
目的は、幹部の皆さんに改めてご挨拶することと、会社の中を見学させてもらうこと。
そして、初代様もその付き添いということで、私の中に入って一緒に来て貰っていた。
「壬鳥衆の当主は、同時にミトリグループのCEOも務めることになります。
とは言っても、さすがに高校生を代表に据える訳にはいかないから、当面は私が代表のままということにしておいて。
あなたにはその間に精一杯勉強して、経営学と壬鳥衆とミトリグループの全てを学んでもらうことになるわ。
覚悟してね、これからは遊んでる暇なんかないわよ」
「いいけどさ。お母さん、私が受験生だってことは知ってるよね?」
「あらそ……、そんなことくらい知ってるわよ。おほほ」
今のは絶対「あらそうだっけ」と言いかけてた。
「それで、どこを受けるの?」
「いちおう、東大」
「自信ないの?」
「そんなこともないけど」
「なら平気よ。そっかー、私の後輩になるのね」
(東大とは、まさか東大寺のことではなかろうな)
「違いますよ、そんなにお寺がお嫌いですか。東大というのは、東京大学の略、まあ大学の中では日本一ですわね」
(ほほう、藍子はそこに行くというのか)
「まだ決まった訳じゃないですよ」
「決まってるわよ。じゃあいいわ、試験に絶対受かる秘伝の技を伝授してあげましょう」
「何それ?」
「いいこと? あなたが今修行中の、言霊の力。それは具体的には、魂に言葉を伝えることと、魂の発する言葉を聞き取ることの二つの技を駆使します。
そして魂とは、命とは、動植物だけに限らずこの世の万物全てがその身に宿しているもの。
特に人が作りし物には、作り手や使う人の想いが込められるが故に、命が宿りやすい。
付喪神って、聞いたことあるでしょう?」
「うん」
「中でも書物は、人の想いそのものが形になったと言っても過言ではありません。
ですから、本を読む時に言霊の力を使って、その本に込められた作者の想いまでも読み取ってしまえば、一読しただけでその全てを自分のものにすることができるのよ」
「書物って言ったって、小説とかならともかく、大量生産の教科書とか参考書に作者の想いなんて関係あるの?」
「逆よ。一冊の参考書に、いったいどれだけの多くの人の苦労と情熱が込められていると思っているの?
それよりも小説なんかの方が、欲と虚栄心しか入ってない、読むに堪えないものがほとんどよ。あなたもそうやって読んでみれば、すぐにわかるわ。
これで勉強はバッチリ」
「ふうん。なんかズルい気もするけど、まあいっか。やってみるよ」
「それだけじゃないわ。試験の時だって」
「まさか、周りの人の心を読んでカンニングをしろって言うんじゃ」
「違うわよ。人じゃなくて、試験問題。
これも本と同様、出題者の魂が思いっきり込められているわ。それをきちんと読み解けば、問題の意図も違わず理解でき、おのずと正しい答えを導くことができる。
これで合格間違いなしよ」
「ねえお母さん、それカンニングでしょ? カンニングだよね?」
「何を言うの。問題をよく読んで、きちんと理解して、正しく答える。それのどこがカンニングなの?
それにね、よく聞きなさい藍子。努力なんていうものは、結果を出して初めて意味があるのよ。
『頑張ってこれだけの結果を出しました』が、努力。『頑張ったけどダメでした』なんていうのは、努力とは言わないの。
だからと言って、結果が全てだなんて言わないわよ。結果を出すのは大前提。
その為には手段を選ばず、とも言わない。選ぶのは常に最短ルートのみ。
憶えておきなさい、これが壬鳥のやり方よ」
「初代様、こんなのでいいんですか?」
(ん? 全く以てその通りじゃと思うが、何か問題でもあるか?)
「…………いえ、ありません」
あまりの言い草に最初は呆れてしまったけど、よくよく考えたら『選ぶのは常に最短ルートのみ』とは、私のいつものやり方だった。
うん、私も間違いなく壬鳥の女だ。
――間もなく、終点、東京に到着いたします。お乗換えの方は…――
車内に、アナウンスが流れた。
「さて、駅に着いたら迎えの車が来ているはずだから、そのまま本社へ直行よ」
ミトリグループ本社。つい最近まで私達にはその存在すら知らされていなかった、壬鳥巫女衆の総本山だ。
はてさて、いったい何が飛び出してくるのやら……。




